ノーベル賞レポート

大隅良典栄誉教授 受験生へのメッセージ

東京工業大学 すずかけ台キャンパス フロンティア研究棟(S2棟)にて

2017年1月5日
東京工業大学 すずかけ台キャンパス フロンティア研究棟(S2棟)にて

憧れの研究者の仲間入り

昨年の12月10日に、無事、ノーベル賞の授賞式を終えました。受賞が決まったとき、研究者としてこれ以上の瞬間はないと感じられましたが、その後は慌ただしさのために、なかなかその賞の意義を振り返る余裕がありませんでした。そんな中で、ノーベル財団が所有する歴代受賞者のサイン帳に自分の名前を書き込んだとき、DNAの二重らせんを発見したワトソンとクリック、代謝の研究で知られるリップマンなど、分子生物学の基礎を築いてきた憧れの学者たちに思いを馳せ、この方たちの仲間入りをしたのだと、感慨もひとしおでした。

自分の研究がノーベル賞に値するなどと考えたことはありませんが、ここ数年「ノーベル賞に近い」と周りの人達から言われていましたので、覚悟は出来ていたように思います。それでも、たいへん重い賞をいただいたと感じています。特に単独で受賞したことについて、その意味を考えることがあります。昨今の自然科学分野のノーベル賞は、各分野で受賞できる最大人数とされている3名で受賞することが多く、日本人の単独受賞は、1987年の利根川進先生以来です。どうしてそうなったのか。そこにはノーベル財団が、私の研究の中にある“原点回帰”を高く評価したことが垣間見えます。

ノーベル賞のメダルを手に財団内で記念撮影 © Nobel Media AB 2016. Photo: Alexander Mahmoud
ノーベル賞のメダルを手に財団内で記念撮影
© Nobel Media AB 2016. Photo: Alexander Mahmoud

ノーベル賞の賞状 Copyright © The Nobel Foundation 2016 Calligrapher: Susan Duvnas Book binder: Leonard Gustafssons Bokbinderi AB Photo reproduction: Lovisa Engblom
ノーベル賞の賞状
Copyright © The Nobel Foundation 2016
Calligrapher: Susan Duvnas
Book binder: Leonard Gustafssons Bokbinderi AB
Photo reproduction: Lovisa Engblom

基礎科学とは原点回帰すること

これまで私は一貫して、細胞内でタンパク質が分解されリサイクルされる「オートファジー」という現象を研究してきました。この現象は今でこそ、がんや神経変性疾患などに関係していることがわかり、研究も盛んですが、私が研究を始めた頃は、その存在は知られているものの、研究の対象としては見向きもされていませんでした。私が、酵母のオートファジーを発見し、“人のやらないことをやるんだ”という想いで続けてきたことで、研究手法が確立し、その役割の重要性も明らかになりました。特に、黎明期の10年間に、私たちのグループがかなりのことを解明したので、今この分野は花開いているのです。この分野の「原点」を築いたのが私たちであり、このことが高く評価され、今回の受賞につながったと思っています。

私は基礎科学者ですから、純粋に“知りたいこと”を研究してきました。それが結果として病気の解明につながったことは幸運でしたが、それが目的だったことは一度もありません。例えば、部屋を掃除しなかったために汚くなって病気になったとしましょう。しかし、病気になったのは細菌に感染したからであって、部屋が汚くなったことが病気の原因の本質ではない場合もあります。このように細胞がもつ基本的な機能を明らかにすることと、それが直接病気の原因だとわかることは、全く別だと考えなくてはいけません。

基礎科学とは本来「人間の知を広げる」ことです。私は「絵画や音楽のような文化活動の1つだ」と度々話してきました。そんな基礎科学が“役に立つ”と感じられることがあるとすれば、例えばがんを治したいと思ってがん細胞を調べてみても、その前提として正常細胞の基礎的なことが分かっていなければがん細胞、ひいてはがんという病気を理解できないといったことが挙げられます。

今回のノーベル賞受賞は、物事の原点に立ち返る基礎科学の大切さを改めて示したと思っています。これをきっかけに、役に立つかどうかをことさらに意識せず、純粋に知りたいことを追求する基礎科学を大事にする雰囲気が、社会に生まれてくれたらと願っています。

大隅良典栄誉教授

時には、はみ出すことを恐れない

基礎科学とは何か…少し難しいことを話しましたが、いつもこんなことを考えながら研究しているわけではありません。基本的に、研究は楽しいものです。今まで誰も知り得なかったことを、自分の手で明らかにできる喜びがある。だから、40年以上も続けて来られました。若い人達の中からも、基礎科学研究を目指す人が現れて欲しいと思っています。ただ最近は、そもそも科学者になって生きていけるのかという研究者を取り巻く深刻な問題があり、また研究が社会にどのように役に立つかが強く求められたりするため、なかなか面白いと思ったことに純粋に取り組めなくなっています。研究者の真髄に触れにくい時代になりました。

私が学生だった頃は、理学部の研究は役に立たないのが当たり前。そのことに誇りすら感じていました。それに比べたら世の中は全体的に、やりたいことがやりにくい方向に向かっているように思います。しかし本来、社会にはいろいろな人がいていいのですから、就職や論文のことばかり考えたり、世の中の流行に流されたりするのではなく、時には、はみ出してみてはどうでしょうか。そして若い人たちにはぜひ、“人生を賭けてみよう”と思えることを見つけて欲しいと思っています。私にとってはそれが基礎科学でしたが、本当に面白いと思えることであれば、苦労も乗り越えて行けるものだからです。

こんなことを言って、無責任だと思われるかもしれませんね。私も、若い人達を取り巻く環境をなんとか変えていかなくてはと思っており、ノーベル賞の賞金などを活用して大隅基金を立ち上げるなど、微力ながら若い人達の“やりたいこと”を応援したいと考えています。これがきっかけになって、世の中が動き出してくれたら嬉しいです。私からは若い人達に向けて、「やりたいことを、やってみなよ!」をメッセージとして贈りたいと思います。

大隅良典栄誉教授

(2017年取材)

公開日:2017年10月30日