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タンパク質用いて細胞内分子フィルターを開発―細胞内の解毒、細胞内在分子の構造解析への応用に期待―

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公開日:2017.02.13

要点

  • 細胞内のタンパク質結晶化を利用し、分子フィルターを作成
  • 生きたままの細胞内でターゲット分子の選択的集積を達成
  • 3つのアミノ酸を欠損させるだけで結晶中に細孔空間を形成

概要

東京工業大学 生命理工学院の安部聡助教、上野隆史教授、理化学研究所(理研) 放射光科学総合研究センター 生命系放射光利用システム開発ユニットの平田邦生専任技師(科学技術振興機構さきがけ研究者 兼任)、山下恵太郎基礎科学特別研究員、京都工芸繊維大学の森肇教授らの研究グループは、分子フィルターの役割を果たすタンパク質結晶の細胞内合成に成功した。ある種のタンパク質が細胞中で結晶化することに着目して実現した。

このフィルターは細胞が生きたままでもターゲット分子を選択的に吸着させる点が特徴で、細胞内の解毒に威力を発揮する。また、タンパク質結晶は分子構造解析に用いられるため、細胞中で特定の分子を集積させることにより、これまで困難とされてきた細胞に内在する分子の構造や、それらの反応による構造変化を追跡する分子のカゴとしての利用も期待される。

この研究では、昆虫ウイルス[用語1]が細胞感染時に作り出す多角体[用語2]とよばれるタンパク質を用いた。多角体が細胞内で結晶化する際に結晶中に隙間ができるように、アミノ酸を欠損させた変異体を作成し、細胞内で細孔空間を有する結晶を作成した。わずか三つのアミノ酸を取り除いただけの変異体の結晶が、野生型では吸着しないアニオン性(陰イオン)の蛍光色素を細胞内で選択的に吸着することを見出した。この分子の設計には、わずか数マイクロメートル(μm)[用語3]のサイズしかない微小結晶の構造解析が不可欠であり、大型放射光施設 SPring-8[用語4]の微結晶測定用ビームラインBL32XU/BL41XUと自動データ収集・解析システムを用いることによって初めて実現可能となった。

今回の成果は日本学術振興会の最先端・次世代研究開発支援プログラムおよび科学研究費補助金の支援によるもので、化学・材料分野において最も権威のある学術誌の一つである「ACS Nano(米国化学会 ナノ材料誌)」のオンライン版で2月9日に公開された。

研究背景

多孔性の結晶材料[用語5]は、ゲスト分子の貯蔵、分離や触媒反応場としての利用など様々な応用が可能な固体材料として注目されている。しかしながら、細胞内などの生体環境下で利用可能な多孔性材料の開発は安定性や設計性の問題から達成されていない。そこで、東工大の安部助教、上野教授らはタンパク質が細胞内で自発的に結晶化する現象に着目し、多孔性のタンパク質結晶を細胞内で合成して分子のフィルターの役目をするタンパク質の結晶性材料を構築した。

研究内容

同研究グループは細胞内で多孔性空間を有するタンパク質結晶のテンプレートとして、昆虫細胞内で合成される「多角体」とよばれるタンパク質結晶に着目した。多角体はウイルス保護という本来の機能のため、乾燥、有機溶媒に高い耐性と極めて高い安定性を示す。そこで、多角体タンパク質のアミノ酸側鎖を欠損した結晶を作成することにより、細胞内で選択的に分子を吸着するフィルター材料を構築した(図1)。具体的には多角体タンパク質の分子界面に位置するL4ループ[用語6]を形成するアミノ酸残基のうち三つのアミノ酸残基(192 - 194番目のアミノ酸)を欠損させることにより、本来の結晶パッキングを維持したまま結晶内部の細孔を拡大した(図2)。

(a)アミノ酸欠損による結晶内細孔空間の構築、(b)細胞内における結晶内への蛍光色素の吸着。

図1. (a)アミノ酸欠損による結晶内細孔空間の構築、(b)細胞内における結晶内への蛍光色素の吸着。

野生型多角体の結晶構造。分子界面に存在するL4ループ上のアミノ酸残基(192 - 194番目)を欠損した変異体を合成した。

図2. 野生型多角体の結晶構造。分子界面に存在するL4ループ上のアミノ酸残基(192 - 194番目)を欠損した変異体を合成した。

(1)アミノ酸欠損変異体の結晶構造

L4ループの3つのアミノ酸を欠損し、作成した変異体は野生型と同様、昆虫細胞内で結晶を形成した。多角体結晶はわずか数マイクロメートルのサイズしかない微小結晶であるため、この変異体結晶の構造解析は大型放射光施設 SPring-8のビームラインBL32XU、BL41XUにて行われた。理研が開発したZOOシステム(自動データ収集システム)を用いて多量の微小結晶から測定を行い、KAMOシステム(自動データ処理システム)でデータ処理を行うことにより迅速な測定・構造解析が可能となった。

その結果、これらの変異体結晶は、結晶系や格子定数が野生型と同じであること、変異領域以外の構造がほとんど変化ないことがわかった(図3)。詳細な構造解析の結果、変異領域の分子間、分子内水素結合の数が減少し、分子間相互作用が弱くなり、変異領域の柔軟性が高くなっていることがわかった。

変異体結晶(オレンジ色)の結晶構造と野生型(マゼンタ色)の結晶構造の重ね合わせ。

図3. 変異体結晶(オレンジ色)の結晶構造と野生型(マゼンタ色)の結晶構造の重ね合わせ。

(2)蛍光色素の結晶内吸着反応

作成した変異体結晶への試験管内、細胞内での吸着を行った。試験管内での蛍光色素の取り込みを検討した結果、アミノ酸を欠損した変異体では、アニオン性の蛍光色素の取り込み量や速度が野生型より大きいことがわかった。一方、双性イオンやカチオン性の色素では、ほとんど取り込み量に変化がない。さらに、細胞内においても野生型ではみられないアニオン性色素であるフルオレセイン[用語7]の吸着が変異体結晶において観察された(図4)。

共焦点顕微鏡観察による細胞内で合成した野生型(a)、変異体(b)結晶への蛍光色素の吸着。上図は1細胞の蛍光イメージ、下図はAからBの蛍光強度。
図4.
共焦点顕微鏡観察による細胞内で合成した野生型(a)、変異体(b)結晶への蛍光色素の吸着。
上図は1細胞の蛍光イメージ、下図はAからBの蛍光強度。

今後の展開

今回の研究では、細胞内で結晶を形成する多角体タンパク質の分子界面に位置するアミノ酸残基をわずか3残基欠損させることにより、細胞内での選択的分子吸着を可能とする多角体結晶の合成に成功した。この成果によって合成した結晶材料は、細胞内での選択的な分子認識や吸着、貯蔵が可能であるため、細胞内解毒に威力を発揮すると考えられる。また、タンパク質結晶は、分子構造解析に用いられることから、細胞内で特定の分子を集積させることにより、これまで困難とされてきた細胞内分子の構造解析や反応による構造変化を追跡する分子のカゴとしての利用も期待される。

用語説明

[用語1] 昆虫ウイルス : カイコなど鱗翅(りんし)目昆虫の幼虫に感染するウイルス。感染した細胞内でタンパク質結晶を作り、その中に潜む。

[用語2] 多角体 : 細胞質多角体病ウイルスの感染後期に合成される多角体タンパク質が自発的に集合し結晶化したタンパク質の構造体である。水中、有機溶媒中においても結晶が溶解しない高い安定性を有している。pH10以上のアルカリ溶液にのみ溶解し、内部に固定化していたウイルス粒子を放出する。

[用語3] マイクロメートル(μm) : 長さの単位で100万分の1m。数μmの微小なタンパク質結晶の構造解析は困難と考えられてきたが、放射光施設などのマイクロビームラインを利用することにより数μmサイズのタンパク質結晶の構造解析が可能となっている。

[用語4] 大型放射光施設 SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高品質の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。タンパク質の結晶構造解析の分野でも大きな成果をあげている。

[用語5] 多孔性の結晶材料 : 分子が規則的に集合した構造体で、内部に多数の細孔を有する結晶。細孔径の大きさにより、マクロ孔(>50 nm=ナノメートル)、メソ孔(2 - 50 nm)、マイクロ孔(<2 nm)などに分類される。これらの材料は、分子の設計性も高く、様々な分子の吸着や分離などに利用可能なため、注目を集めている。

[用語6] L4ループ : 多角体タンパク質の一部分でループを形成する。今回の研究では、L4ループ上に位置するアミノ酸側鎖を欠損した。

[用語7] フルオレセイン : 蛍光色素の一種で緑色蛍光を発する。主に、顕微鏡観察などに用いられ、様々な誘導体が合成されている。

論文情報

掲載誌 :
ACS Nano
論文タイトル :
Crystal Engineering of Self-Assembled Porous Protein Materials in Living Cells
著者 :
Satoshi Abe, Hiroyasu Tabe, Hiroshi Ijiri, Keitaro Yamashita, Kunio Hirata, Kohei Atsumi, Takuya Shimoi, Masaki Akai, Hajime Mori, Susumu Kitagawa and Takafumi Ueno
DOI :

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