東工大ニュース
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公開日:2017.07.21
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の菅野了次教授らの研究グループは、全固体リチウムイオン電池(以下、全固体電池)の実用化を加速させる新たな固体電解質を発見した。菅野グループでは、2011年にイオン伝導率が高い固体電解質であるLGPS物質系[用語3]を発見し、2016年にはその派生の固体電解質材料を発見している。しかし、これらは高価な元素であるゲルマニウム(Ge)を用いたり、塩素(Cl)などを用いた特異な組成に限られており、電気化学的な不安定性も課題であった。新電解質は、スズ(Sn)やケイ素(Si)という単独では十分な性能を発揮できない元素を組み合わせて組成し、液体の電解質に匹敵する11 mScm-1のイオン電導率を示す超イオン伝導体[用語4]である。新電解質の発見に際しては、擬似三成分系と呼ばれる相図中で材料探索を行うことにより、十分な性能を持つ電解質の開発が可能であり、その組み合わせによって既存材料の課題を解決するさらなる電解質の発見もあり得ることを提示した。全固体電池のキーテクノロジーとなる固体電解質の物質群の多様性を拡大することで、全固体電池設計の幅も大きく広がり、実用化が加速すると期待される。
これらの成果は、2017年7月10日に、米国科学誌「Chemistry of Materials」に掲載されました。
電気自動車やスマートフォンなどを駆動するリチウムイオン電池の電解質には液体が使われており、容量、コスト、安全性などが課題となっている。このため、固体の電解質を開発し、高容量かつ高出力で安全性に優れた全固体型リチウムイオン電池を実現することが急務である。固体の電解質は液体の電解質に比べて電気の伝導率(イオン伝導率)が低く、その結果、固体電池は液系電池と比べて出力が低いことが課題とされていた。2011年に発見された固体電解質Li10GeP2S12(LGPS=リチウム・ゲルマニウム・リン・硫黄)はイオン伝導率12 mScm-1と液体電解質に匹敵する伝導率を示し、2016年に発見したLiSiPSCl(リチウム・ケイ素・リン・硫黄・塩素)はイオン伝導率25 mScm-1を示す超イオン伝導体である。しかし、これらの固体電解質は、レアメタルであるゲルマニウムが必要であったり、特異な組成が必要であり、4種類の材料のみに限られていた。また、電気的安定性にも課題があり、固体電解質のさらなる開拓により材料の多様性を確保する必要があった。
本研究ではLGPS系物質においてゲルマニウム系を凌駕するイオン伝導率の実現を目指した。スズ(Sn)およびケイ素(Si)を組成し、それぞれ単独では達成出来なかった11 mScm-1を持つイオン伝導率を示す超イオン伝導体Li-Sn-Si-P-S(LSSPS):Li10.35[Sn0.27Si1.08]P1.65S12 (Li3.45[Sn0.09Si0.36]P0.55S4)を発見した。
今回の超イオン伝導体の長所は、合成しやすく、熱安定性が高い点である。また、大気下での安定性が高いこと、柔らかく、加工しやすいこと、電気化学的な安定性が高いことなどの長所を備えている。
さらに、スズとケイ素を組み合わせることで、広いLGPS相の生成組成域を実現したため、新たな材料の発見も期待できる。すなわち、
といった特徴がある。
このように、スズ、ケイ素の系は超イオン導電特性を示す新しい固体電解質として有望である。また、Li3PS4-Li4SiS4- Li4SnS4擬似三成分系で材料探索を行い、今後とも優れた固体電解質材料の種類を拡大できる。
同研究グループは、全固体電池が、既存のリチウム電池と比較して、優れた特性を有することを示すため、優れた特性をもつ固体電解質を探し、電解質と電極材料の組み合わせを最適化することで全固体電池の高出力特性等を実証してきた。今回、超イオン伝導体として高いイオン伝導率を期待できる硫化物系で、さらに新規物質の探索を行った結果、スズ、ケイ素を含む固溶体からなる高性能な固体電解質を見いだした。
本研究で得たLi-Sn-Si-P-S系のLGPS物質群は安価な構成元素からなる新材料で、固溶域も広く、最大で10 mScm-1を超える超イオン導電性能を示す。これにより、高価なGe系や、緻密な組成制御が必要なLi-Si-P-S-Cl系から、超イオン導電体の多様性を大きく広げた。四価カチオンの組み合わせにより、固溶領域が広がり、イオン伝導率も向上することは、組み合わせの最適化により既存のLGPS材料に含まれる元素を用いた開発の余地が充分に残されていることを提示している。また、Sn系硫化物は大気安定性に優れると言う報告もあり、LGPS材料の不安定性を解決するような材料設計が提案できる可能性がある。元素組み合わせや、組成比の最適化にはマテリアルズインフォマティクス[用語5]によるアプローチも適しており、全く新しい材料発見にいたる可能性もある。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の先端的低酸素化技術開発事業(ALCA)のALCA次世代蓄電池(ALCA-SPRING:ALCA-Specially Promoted Research for Innovative Next Generation Batteries)の一環として、実施されたものである。
次世代電池として期待される全固体電池実用化におけるキーテクノロジーは、液体並みの超イオン伝導性を示す固体電解質の発見にあります。
当研究室では、長年の研究蓄積をもとに、様々な全固体電池の実用化要求性能に対応した、優れた特性を有する固体電解質材料を次々に発見してきています。
今回、これまで希少金属が必要であった超イオン伝導性を示す固体電解質材料を、比較的安価で入手し易い、すず、ケイ素で代替できることを新たに見出しました。
この研究成果は、今後の全固体電池の実用化加速に大いに役立つことが期待できます。
用語説明
[用語1] イオン伝導率 : 10 mScm-1(1センチメートル当たり10ミリジーメンス。ジーメンスは抵抗の単位Ωの逆数で、電流の流れやすさを示す。現在のリチウムイオン電池の液体電解質のイオン伝導率は10 mScm-1程度。
[用語2] 全固体型リチウムイオン電池 : 電池の構成部材である正極、電解質、負極をすべて固体で構成した電池。
[用語3] LGPS物質系 : リチウム・ゲルマニウム・リン・硫黄で構成される材料。Li10GeP2S12は12 mScm-1程度のイオン伝導率。これから派生して、硫化物系の物質としてLiSiPSClは25 mScm-1のイオン伝導率。
[用語4] 超イオン伝導体 : 固体中をイオンがあたかも液体のように動き回る物質。銀・銅イオン伝導体では0.5 Scm-1程度、リチウムイオン伝導体では1 mScm-1程度の値が最高のイオン伝導率とされてきた。特に、高エネルギー密度電池として期待されているリチウム超イオン伝導体で、イオン伝導率と安定性を兼ね備えた物質の開発が望まれていた。ポリマー、無機結晶、無機非晶質などの様々な分野で物質開拓が行われており、その開発は1960年代から始まり、現在も引き続き行われている。
[用語5] マテリアルズ・インフォマティクス : 計算科学、データ科学、合成・評価実験及びこれらの連携手法により膨大な数の物質の評価を行い、その結果に基づいて新物質や新機能を開拓することを目指したアプローチの総称。
論文情報
掲載誌 |
Chemistry of Materials |
論文タイトル |
Superionic Conductors: Li10+δ[SnySi1-y]1+δP2-δS12 with a Li10GeP2S12-type Structure in the Li3PS4-Li4SnS4-Li4SiS4 Quasi-ternary System |
著者 |
Yulong Suna, Kota Suzukia, b, Satoshi Horib, Masaaki Hirayamaa, b, and Ryoji Kanno a, b * |
DOI : |
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所属 |
a Department of Electronic Chemistry, Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta, Midori-ku, Yokohama 226-8502, Japan b Department of Chemical Science and Engineering, School of Materials and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology, 4259 Nagatsuta, Midori-ku, Yokohama 226-8502, Japan |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
菅野了次 教授
E-mail : kanno@echem.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5401 / Fax : 045-924-5401
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