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遷移金属ダイカルコゲナイドで一般原理を発見 ―トポロジカル電子状態の設計・制御に新たな道―

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2017.12.22

要旨

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発計算物理研究ユニットのバハラミー・モハマド・サイード ユニットリーダー(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師)、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の笹川崇男准教授、英国セント・アンドルーズ大学のフィリップ・キング准教授らの国際共同研究グループは、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)[用語1]において、物質表面にスピンの向きがそろったトポロジカルな電子状態[用語2]や、物質内部全体にグラフェンと同様な質量ゼロのディラック電子状態[用語3]が発現する際の一般的な原理を発見しました。

電子状態を決める波動関数[用語4]にトポロジー(位相幾何学)を当てはめることで、「トポロジカル絶縁体」などが理論的に提唱され、実験による検証が進んできました。一方、これまでは個々の物質について、構成するさまざまな元素間や電子軌道間における運動量とエネルギーの関係を解析することで、トポロジカルな電子状態が出現する原因が理解されていました。しかし、戦略的にトポロジカル物質を創製するための一般化された方法論や明確な指針はありませんでした。

今回、国際共同研究グループは、経験や実験データを必要としない第一原理計算[用語5]で求めたTMDの電子状態をもとに一般原理を理論的に構築し、スピン状態までの詳しい電子構造を直接観察できる角度分解光電子分光法[用語6]によって実験的な検証を行いました。その結果、六つの異なる組成をもつTMDについて、トポロジカル表面電子状態や3次元ディラック電子状態が存在していることを実証しました。これは提唱した一般原理による理論予測が正しいことを示しています。

本成果は、2016年のノーベル物理学賞で活気づいているトポロジカル電子物質の研究分野に普遍的な基礎学理を与えるとともに、トポロジカル電子状態の制御や物質設計への重要で新たな指針になると期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Materials』(11月27日付:日本時間11月28日)に掲載されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表:川﨑雅司)」および「トポロジカル量子計算の基盤技術構築(研究代表:笹川崇男)」の一環として行われました。

共同研究グループ

  • 理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発計算物理研究ユニット

    ユニットリーダー バハラミー・モハマド・サイード(Bahramy Mohammad Saeed)

    (東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任講師)

  • 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

    准教授 笹川崇男

    大学院生(研究当時) 大川顕次郎

    大学院生(研究当時) 浅川瑞生

  • セント・アンドルーズ大学

    准教授 フィリップ・キング(Philip King)

背景

固体物質中におけるトポロジカルな電子状態とそれらの状態間の相転移は、2016年のノーベル物理学賞の対象となったことで大きな注目を集めています。トポロジー(位相幾何学)の本質は、穴の数やねじれの数といった連続変形させても消えない特徴で分類すると、その分類に従った共通の性質が素材の寸法や形などによらずに現れるというものです。

電子状態を決める波動関数についてこれを当てはめることで、トポロジカルな電子状態、「トポロジカル絶縁体」、「トポロジカル半金属」、「トポロジカル超伝導体」などが理論的に提唱され、実験による検証が進んできました。これらの固体物質中に現れる特殊な相対論的・量子力学的な粒子状態は、次世代の高性能な電子デバイスを実現するものとして注目されています。

一方、これまでは個々の物質について、構成するさまざまな元素間や電子軌道間における運動量とエネルギーの関係を解析することで、トポロジカルな電子状態が出現する原因が理解されていました。しかし、戦略的にトポロジカル物質を創製するための一般化された方法論や明確な指針はありませんでした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、バルクあるいは表面、または両者に共存した形で、質量ゼロのディラック電子状態を単一種類の電子軌道のみを使って創製できる一般的な原理を提唱しました。

これは、ひっくり返しても同じ結晶構造となる「空間反転対称性」と、ある角度で回転させても同じ結晶構造となる「回転対称性」との両方を持つ物質に適用できます。結晶中の電子は、運動量(運動する速度と方向)によってエネルギー状態が変化します。適切な元素を選んで適切な原子配置を行うと、相対論効果[用語7]を無視した場合には、回転対称軸に沿った運動量のどこかにおいて、同じ種類の電子軌道から作られる複数の電子状態を交差させる(二つの電子状態に同じ運動量とエネルギー状態をとらせる)ことが原理的に可能であることに注目しました。

異なる対称性に分類される波動関数同士の場合には、これに相対論効果が加わっても交差状態を維持できるため、結晶全体でグラフェン[3]と同様に質量を持たないディラック電子を生成できます。一方、同じ種類の対称性をもつ波動関数同士の場合には、相対論効果によって交差するはずだった運動量の点において、二つの電子状態にエネルギー差が生じます。このバルクに生じているエネルギー差を境に、偶関数か奇関数[用語8]かという波動関数の性質が入れ替わるため、トポロジカル絶縁体と同様にスピン偏極した(スピンの向きがそろった)電子状態が表面のみに出現することになります。

国際共同研究グループは、この一般原理を満たす現実の物質として、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)が理想的な条件を持っていることを発見しました。TMDは、遷移金属層を二つのカルコゲン(硫黄:S、セレン:Se、テルル:Te)層が上下に挟む層状構造で、面内に120度の回転対称性を持ちます。そして、カルコゲンに由来するp軌道[用語9]が、上下の層間で結合性や反結合性の電子状態を作っています。これらの電子状態が、回転対称軸である積層方向の運動量において、上記のルールに従って相対論効果の存在下で交差を維持したりエネルギー差を生成したりすることによって、バルクや表面にディラック電子状態を発生させます。

図1に示したのは遷移金属のパラジウム(Pd)とカルコゲンの一つTeからなるTMD(PdTe2)についての第一原理計算の結果です。積層の垂直方向(kz)と平行方向(ky)に運動量を変化させたときの波動関数が持つエネルギー状態を3次元的に描写しています。Teのp軌道から発生している電子状態は三つあります。低いエネルギーの電子状態は、kz軸上で中間エネルギーの電子状態と交差してバルクでディラック電子状態を発生します。

一方、高いエネルギーの電子状態は、相対論効果によって中間エネルギーの電子状態との間にエネルギー差を形成し、表面にはトポロジカルなスピン偏極したディラック電子状態を発生していることが確認できます。バルクのディラック電子と表面のトポロジカルなディラック電子が同時に発生するという点において、PdTe2は大変興味深い物質であるといえます。

遷移金属ダイカルコゲナイド(PdTe2)におけるバルクおよび表面の電子状態

図1. 遷移金属ダイカルコゲナイド(PdTe2)におけるバルクおよび表面の電子状態

積層の垂直方向(kz)と平行方向(ky)に運動量を変化させたときの波動関数が持つエネルギー状態を3次元的に描写した。テルルのp軌道から発生している電子状態は三つあり、低いエネルギーの電子状態は、kz軸上で中間エネルギーの電子状態と交差してバルクでディラック電子状態を発生する。一方、高いエネルギーの電子状態は、相対論効果によって中間エネルギーの電子状態との間にエネルギー差を形成し、表面にはトポロジカルなスピン偏極したディラック電子状態を発生している。

また、角度分解光電子分光法によってバルクおよび表面の電子構造を観察したところ、この理論予言が正しいことを確認できました。さらに、この一般原理がトポロジカル電子状態の制御や物質設計への指針になることの実証として、六つの異なる組成を持つTMDについて第一原理計算で電子状態を理論予測し、角度分解光電子分光で結果が正しいことも確認しました。

今後の期待

TMDは、遷移金属(周期表の第3~11族に属する元素)とカルコゲン(硫黄、セレン、テルル)の組合せによって30種類以上の化合物が安定に存在することが知られ、組成によって絶縁体から金属、超伝導体までのさまざまな物性を示すことが分かっています。このような多様性と応用性の高い物質群について、トポロジカルな電子状態を系統的に開拓する道筋を与えるものとして、今回提唱した一般原理は大きな波及効果を持つことが予想されます。

これにより、ナノエレクトロニクスをはじめとするTMDを電子デバイスに応用する研究に弾みがつくことが期待できます。また、物質を限定せずに原子軌道の種類と対称性をもとに一般原理を構築したという点においても、トポロジカル電子物質について普遍的な基礎学理を与えるものとして、今回の成果は重要な意味を持ちます。

用語説明

[用語1] 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD) : タングステン(W)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)などの遷移金属元素Mと、硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)のいずれかのカルコゲン元素Xとが結合し、「MX2」の化学組成で表される層状構造を持つ化合物。組成によって絶縁体から半導体、金属、超伝導体まで幅広く電子状態が変化する。また、層状結晶をバラバラにした原子レベルの厚さのシートにしても安定で、積層時とは異なる電子状態が発現することもあり、有望な次世代の電子素子として注目されている。TMDはTransition Metal Dichalcodenidesの略。

[用語2] トポロジカルな電子状態 : 物質の組成や構造の詳細によらず電子波動関数が持つ特徴によって分類した際に、同じ分類の物質では類似した性質を持つ電子状態が必ず出現する場合があり、このことをトポロジカルな電子状態という。「トポロジカル絶縁体」は、その典型例で重元素由来の強い相対論効果によって波動関数がもつエネルギー状態の順番が逆転しているという特徴から、物質内部は電子が動けない絶縁体状態でありながら、その表面には必ず特殊な金属状態が出現する。「トポロジカル半金属」の場合は、ディラック電子状態が物質内部(バルク)全体で生じることから、3次元版のグラフェンと見なすことができる。さらに「トポロジカル超伝導体」では、粒子と反粒子とが同一になった電子状態が出現し、これを利用することで新しい原理に基づくエラーに強い量子計算が可能になるといわれている。

[用語3] ディラック電子状態 : ディラック電子状態はグラフェン(炭素が六角形の網の目状につながった原子1層のシート)やトポロジカル絶縁体の表面、トポロジカル半金属のバルク(物質内部全体)などで存在が確認されている電子状態。通常の固体中電子状態を記述するシュレーディンガー方程式ではなく、相対論的量子力学のディラック方程式に従い、質量を持たない粒子として振る舞う。電子の移動度が大きいため、電子デバイスへの応用が期待されている。

[用語4] 波動関数 : 粒子と波の両方の性質を持つ電子の振る舞いは量子力学に従う。電子状態はシュレーディンガーの波動方程式を解くことで求まり、位置と時間にどのように依存するかを示すのが波動関数である。

[用語5] 第一原理計算 : 量子力学の基本原理に基づいて、経験的なパラメータや実験データに頼らないで、物質の電子構造や電子物性などを計算する方法。モデルを構築することで、固体内部だけでなく表面の電子状態も計算可能であり、電子状態を作っている各元素の軌道成分や、スピン状態なども解析できる。

[用語6] 角度分解光電子分光法 : 真空中に置かれた単結晶試料の表面に、エネルギーの揃った強力な光を照射すると、電子が結晶から飛び出してくる(アインシュタインの光電効果)。飛び出した電子の運動方向とエネルギーを精密に分析することで、固体中と表面の電子構造を直接観察することができる。最近は、検出器の工夫によってスピン方向まで分析できるようになっている。

[用語7] 相対論効果 : 電子が光速に近い速度で運動する場合には、量子力学にも特殊相対性理論を考慮する必要がある。相対論的な電子の波動方程式としては、ディラック方程式が知られている。

[用語8] 偶関数、奇関数 : 変数にマイナスの値を代入してもプラスの場合と同じ関数の形になる場合、その関数を偶関数と呼ぶ。すなわち、 f(-x) = f(x) を満たす関数である。波動関数の場合では空間反転しても不変な関数が偶関数である。一方で、奇関数は f(-x) = -f(x) を満たし、波動関数では空間反転によって負符号がつく。

[用語9] p軌道 : 原子の電子軌道は、シュレーディンガー方程式の解としてs軌道、p軌道、d軌道と呼ばれる波動関数で表される。カルコゲンの最外殻の電子軌道はp軌道が構成している。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
Ubiquitous Formation of Bulk Dirac Cones and Topological Surface States from a Single Orbital Manifold in Transition-metal Dichalcogenides
著者 :
M. S. Bahramy, O. J. Clark, B.-J. Yang, J. Feng, L. Bawden, J. M. Riley, I. Markovic, F. Mazzola, V. Sunko, D. Biswas, S. P. Cooil, M. Jorge, J. W. Wells, M. Leandersson, T. Balasubramanian, J. Fujii, I. Vobornik, J. Rault, T. K. Kim, M. Hoesch, K. Okawa, M. Asakawa, T. Sasagawa, T. Eknapakul, W. Meevasana, and P. D. C. King
DOI :

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笹川崇男 准教授

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