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トポロジカル絶縁体で世界最高性能の純スピン注入源を開発

次世代スピン軌道トルク磁気抵抗メモリの実現に期待

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公開日:2018.07.31

要点

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系ファム・ナム・ハイ准教授の研究チームは、次世代スピン軌道トルク磁気抵抗メモリの実現に向けた、トポロジカル絶縁体であるBiSbの(012)面方位を用いた世界最高性能の純スピン注入源を開発した。

スピン軌道トルク磁気抵抗メモリは、スピンホール効果による純スピン流を用いて、高速で書き込みができる次世代の不揮発メモリ技術である。しかし、従来から純スピン流源として使われている白金やタングステンなどの重金属は、スピンホール角が低い(0.1~0.4程度)という問題があった。研究チームでは、BiSb(ビスマス/アンチモン)トポロジカル絶縁体薄膜を評価したところ、電気伝導率が2.5×105 Ω-1m-1と高い上に、室温でも超巨大なスピンホール角(~52)を示すBiSb(012)面を発見した。さらに今回、BiSb(012)の薄膜を用いて、従来よりも1桁~2桁少ない電流密度でMnGa(マンガン/ガリウム)垂直磁性膜の磁化反転を実証した。

このBiSbをスピン軌道トルク磁気抵抗メモリへ応用すると、データの書き込みに必要な電流を1桁、エネルギーを2桁低減でき、さらに記録速度を20倍、記録密度を1桁向上させられる。本研究成果は、7月30日16時(英国時間)に英国の学術誌『Nature Materials』に掲載された。

研究の背景

近年、電子回路の低消費電力化の観点から超高速、超高密度、高耐久性の不揮発性メモリが求められる。磁気抵抗メモリ(MRAM)は、ランダムアクセスメモリの一種であり、不揮発性に加えて、高速動作、極めて高い耐久性など、大変優れた特性を持つ。そのため、MRAMは不揮発性メモリと集積回路の融合に適する最有力候補とされ、世界中で研究開発が盛んに行われている。

しかし、MRAMは既存の揮発性メモリと比べて、書き込みに必要なエネルギーが大きいという欠点がある。第一世代のMRAMのメモリ素子(磁気トンネル接合: MTJ)では、磁界印加による磁化反転法が用いられている。近年、第二世代の書き込み技術として、スピン・トランスファー・トルク法(Spin transfer torque; STT)が研究開発され、製品に使われ始めている。

このSTT法では、MTJ素子の磁化固定層から磁化自由層にスピン偏極電流を注入し、STTによって、磁化自由層に磁化反転を起こす。しかし、STTによるMRAMの書き込みエネルギーが従来の揮発性メモリよりも1桁大きいという課題が残っている。また、STT-MRAMの書き込み電流が大きいため、サイズが大きなトランジスタを使う必要があり、既存のワーキングメモリのDRAM並みのビット密度を実現することは難しかった。

研究の経緯

ファム准教授らの研究チームは、スピンホール効果によって発生した純スピン流によるスピン軌道トルク(Spin orbit torque:SOT)を用いた磁化反転技術に着目した。SOT法では、スピンホール効果のスピンホール角(θSH )>1および、高い電気伝導性を示すスピンホール材料を開発できれば、MRAM素子の磁化反転に必要な電流を1桁、エネルギーを2桁以上も下げることができる。図1にSTT-MRAMとSOT-MRAMの違いを示す。

(a)スピン・トランスファー・トルクを用いるSTT-MRAM(左)(b)スピン軌道トルクを用いるSOT-MRAM(右)
図1.
(a)スピン・トランスファー・トルクを用いるSTT-MRAM(左)(b)スピン軌道トルクを用いるSOT-MRAM(右)

しかし、これまで研究されてきた純スピン流源の重金属(タンタル、プラチナ、タングステンなど)はθSHが0.1~0.4程度と小さい。一方、トポロジカル絶縁体はθSH>1を満たせることが知られているが、よく研究されているBi2Se3(ビスマス/セレン)など、バンドギャップが大きいトポロジカル絶縁体は電気伝導率がσ~104 Ω-1m-1程度と小さく、結果として純スピン流生成の性能を反映するスピンホール伝導率は重金属とあまり変わらなかった。この電気伝導率の低さにより、磁性金属との接合において、大分部の電流が磁性金属側に流れてしまい、スピン流の発生に寄与しないという問題があった。

研究チームは、バンドギャップが小さく、電気伝導率が高いBiSbトポロジカル絶縁体に着目した。分子線エピタキシャル法[用語3]を用いて、Sb組成比が0~100%のすべての領域において系統的にBiSb薄膜の結晶成長を行い、金属並みの高い電気伝導率である~2.5×105 Ω-1m-1を示すBiSb製膜技術を確立した。さらに、50 kOeと高い垂直異方性磁界を示すMnGa磁性薄膜と接合する作製技術を確立した。本研究では、BiSb(012)面/MnGa磁性薄膜の接合において、BiSbのスピンホール効果の評価およびSOTによる磁化反転を検討した。

研究成果

研究チームは、BiSb(012)面/MnGaの接合において、BiSb(012)面のスピン軌道トルクを評価したところ、室温でも超強大なスピンホール角θSH~52を観測した。

図2に今まで研究されてきた重金属とトポロジカル絶縁体の常温におけるスピンホール角、電気伝導率およびスピンホール伝導率を示す。BiSbは従来の材料よりも2桁も高いスピンホール伝導率を示す。

今まで研究されてきた重金属とトポロジカル絶縁体の常温におけるスピンホール角θSH、電気伝導率σおよびスピンホール伝導率σSH
図2.
今まで研究されてきた重金属とトポロジカル絶縁体の常温におけるスピンホール角θSH、電気伝導率σおよびスピンホール伝導率σSH

さらに、図3に示すように、BiSb/MnGaの接合において、従来よりも1桁~2桁少ない超低電流密度でMnGaのスピン軌道トルクによる磁化反転を実証した。

これらの成果から、BiSbをスピン軌道トルク磁気抵抗メモリへ応用した場合、データの書き込みに必要な電流を1桁、エネルギーを2桁、記録速度を20倍、記録密度を1桁向上できることがわかった。

幅50 μmのBiSb(5nm)/MnGa(3nm)接合におけるSOTによる磁化反転の実証(左)および磁化反転電流密度のベンチマーク(右)。MnGaの磁化の向きを異常ホール効果により評価した。BiSbによるMnGa磁化反転の電流密度は1.5x106A/cm2と既存の材料より1桁~2桁少ないことを見出した。
図3.
幅50 μmのBiSb(5 nm)/MnGa(3 nm)接合におけるSOTによる磁化反転の実証(左)および磁化反転電流密度のベンチマーク(右)。MnGaの磁化の向きを異常ホール効果により評価した。BiSbによるMnGa磁化反転の電流密度は1.5x106 A/cm2と既存の材料より1桁~2桁少ないことを見出した。

今後の展開

本成果は、トポロジカル絶縁体を用いた場合、特性が優れたSOT-MRAMを実現することで、トポロジカル絶縁体の産業応用のきっかけになる可能性がある。

トポロジカル絶縁体を応用した高性能磁気メモリが実現できれば、組み込みメモリ(SRAMやFLASH)やワーキングメモリ(DRAM)の置き換えができることから、電子機器の省エネルギー化というインパクトがあるだけでなく、5~10兆円の新メモリ市場の展開も期待できる。今後は、産業界と連携して、SOT-MRAMの早期実用化を目指す。

用語説明

[用語1] スピンホール効果 : スピン軌道相互作用が大きな材料に流れる電流と垂直な方向に、アップスピンとダウンスピンが逆向きに流れ、純スピン流が発生する現象。この純スピン流を磁化自由層に注入することによって、磁化に働くトルクが発生し、磁化自由層に磁化反転を起こすことができる。ここで生じた純スピン流は、垂直(膜厚)方向には正味の電荷移動の代わりに、スピン角運動量を運ぶことができる。

[用語2] トポロジカル絶縁体 : 内部には、絶縁体(正確には半導体)のようにバンドギャップが存在するが、その表面においてヘリカルにスピン偏極電流が存在しうるディラック型金属伝導状態を有する物質群である。表面状態のスピンの向きsは波数ベクトルkに直交しており、スピン・運動量ロッキングが生じている。一方、スピンホール効果によって発生するスピン流がs×kの方向に流れるため、トポロジカル絶縁体は表面に垂直な方向には極めて高い効率でスピン流を発生する。

[用語3] 分子線エピタキシャル法(MBE) : 超高真空下で、材料元素の分子線を基板に照射し、基板の上に化学反応をさせることで薄膜の結晶成長を行う技術。半導体へテロ構造の結晶成長のために開発された技術であるが、近年では金属や絶縁物など多くの材料にも応用されている。基板温度、成長レート、組成などのパラメータを精密に制御できることから、高品質の結晶成長に最適な方法と言える。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
A conductive topological insulator with large spin Hall effect for ultralow power spin-orbit torque switching
著者 :
Nguyen Huynh Duy Khang, Yugo Ueda, Pham Nam Hai
DOI :

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