研究

東工大ニュース

ほぼ全ての脊椎動物に共通するフェロモン受容体を発見

1細胞-1受容体ルールを破るフェロモン受容体

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公開日:2018.10.05

要点

  • 種間での共通性がないというフェロモン受容体のこれまでの定説を覆す
  • シルル紀の祖先から受け継いだフェロモン受容体を発見
  • 脊椎動物のフェロモン受容の起源や進化の解明に大きな期待

概要

東京工業大学 生命理工学院の二階堂雅人准教授と鈴木彦有大学院生(研究当時:博士後期課程、現:日本バイオデータ)、バイオ研究基盤支援総合センターの廣田順二准教授、生命理工学院の伊藤武彦教授が中心の研究グループは、115種におよぶ生物種の全ゲノム配列を網羅的に解析して、ほぼ全ての脊椎動物が共有する極めて珍しいタイプのフェロモン受容体遺伝子を発見しました。

一般的に、フェロモンやその受容体は多様性が大きく、異なる種間での共通性は極めて低いことが知られています。しかし、今回新たに発見された遺伝子は、古代魚のポリプテルスからシーラカンス、そしてマウスなどの哺乳類におよぶ広範な脊椎動物で共通であるという驚くべき特徴を備えていました。

これは4億年に亘る脊椎動物の進化の歴史において、この受容体が太古の祖先から現在に至るまで高度に保存されてきたことを意味し、フェロモン受容の要となる中心的な機能を担っている可能性を示唆しています。この発見はフェロモン受容の進化的起源の謎を解く重要な成果であり、今後はフェロモンの生理機能の解明や、様々な家畜種に共通した繁殖管理技術の開発にもつながると期待されます。

この成果は、2018年9月24日に米国の学術誌『Molecular Biology and Evolution』に掲載されました。

研究の背景と経緯

地球上の多くの生物にとって、子孫を残すための生殖システムはもっとも重要で不可欠なものと言えます。そして、脊椎動物におけるフェロモン受容は、この生殖システムの中心的役割を果たしています。フェロモンは、ある個体が分泌し同種内の別個体が受容することで、生得的な行動や生理的変化を引き起こす化学物質のことを指します。特に同種の異性を誘引する働きがあることはよく知られています。

V1Rフェロモン受容体は、哺乳類の鋤鼻器(じょびき)[用語1]に存在する神経細胞(鋤鼻神経細胞)で発現し、様々なフェロモンを受容します。このV1R受容体は多重遺伝子族[用語2]を形成し、種間での遺伝子数やレパートリーが非常に多様であることが分かっています。異なる種間ではフェロモンやV1R受容体の種類が異なっており、このことが種に特異的な行動の誘導や、同種内のみでの繁殖を可能にしていると考えられています。また、鋤鼻器には多くの神経細胞が存在しますが、個々の神経細胞は数あるV1R遺伝子の中からただ1種類のみを選択して発現するという「1細胞-1受容体」ルール[用語3]が存在します。そして、鋤鼻器は発現するV1Rの種類によって異なる多様な個性をもった神経細胞の集団を有することになり、それが様々なフェロモンの受容や識別を可能にしています。

二階堂准教授らの研究グループは、進化生物学研究の一環として、フェロモンを介した種分化の研究を進めており、これまでにタンザニアの湖に生息する熱帯魚や霊長類、さらにはシーラカンスのV1R受容体遺伝子群の単離と進化解析を行ってきた経緯があります。今回は、研究対象種をより広範な脊椎動物に広げてゲノムの網羅解析をしたところ、以下の興味深い発見に至りました。

研究成果

研究グループは広範な種の脊椎動物計115種の全ゲノム配列を対象に、V1Rフェロモン受容体遺伝子群の網羅的な探索と得られた配列の系統解析を行いました。その結果、ほぼ全ての脊椎動物に共通する例外的なV1R遺伝子が存在することを発見しました。V1Rは種間での多様性が大きく、異なる種では同じV1Rを共有していないと考えられてきました。しかし、今回見つかったV1R遺伝子は、古代魚と呼ばれる下位条鰭類のポリプテルスやガー、肉鰭類のシーラカンス、さらにカエルやトカゲ、マウスなどの哺乳類といったほぼ全ての脊椎動物に共通しているという、驚くべき特徴をもっていました。脊椎動物の進化に照らし合わせて考えると、このV1R受容体遺伝子の起源は今から4億年以上前のシルル紀にまで遡ることが分かりました(図1参照)。このV1Rはこれまでに見つかっていない新規遺伝子であったため、研究グループはこれをancV1R(ancient:起源が古いという意味を含めた)と名付け、さらなる解析を進めました。

脊椎動物の進化とancV1Rの進化シナリオ

図1. 脊椎動物の進化とancV1Rの進化シナリオ

脊椎動物の進化の過程でancV1Rはサメの分岐した後に誕生し、その後は広範なグループで保持されてきた。黒色で表した種は機能的なancV1R配列をもつ種で、灰色はancV1Rが偽遺伝子化した種を表す。ancV1Rの誕生と欠失のタイミングをそれぞれ黒色と灰色の丸印で表した。

注目すべき重要な発見として、いくつかの種においては、このancV1R遺伝子に変異が入り偽遺伝子[用語4]化し、その受容体としての機能を消失していたことです。たとえばクジラやヒトを含めた高等な霊長類、鳥、ワニなどです。興味深いことにこれらの種では、フェロモン受容するための鋤鼻器が退化しているという共通点がありました。つまりancV1Rは鋤鼻器において中心的な役割を担っているものの、鋤鼻器が退化した種ではその役割を失ったため偽遺伝子化したと予想できます。

さらに研究グループは、マウスの鋤鼻器におけるancV1Rの遺伝子発現をin situハイブリダイゼーション法[用語5]で確認したところ、鋤鼻器の全体に渡る広い発現が確認されました(図2参照)。従来のV1Rが「1細胞-1受容体」ルールに従ってまばらに発現していることを考えると、今回ancV1Rで見られた全ての鋤鼻神経細胞における発現は、極めて興味深い知見です。この結果は、1つの鋤鼻神経細胞にはancV1Rと、既知のV1Rのどれか1種類とが共発現(1細胞-2受容体)していることを示唆し、これまでの定説を大きく覆すことになります。ancV1Rのこのような発現は、マウス以外にもマーモセット、ネコ、ヤギ、カエルでも確認されたことから(図2参照)、ancV1Rを持つ生物種に共通した現象であることも分かりました。

本研究で発見したフェロモン受容体遺伝子ancV1Rは、脊椎動物が古くから共通に保持してきたこと/鋤鼻器が退化した生物では偽遺伝子化していること/鋤鼻神経細胞全てに発現していること、全て考え合わせると鋤鼻器を介したフェロモン受容には、まだ解明されていない未知の機構が存在すると考えられます。今回の成果は、その未知の機構をancV1Rが担っている可能性を示唆し、今後の研究がさらに大きく展開することが期待できます。

鋤鼻器におけるancV1Rの発現パターン

図2. 鋤鼻器におけるancV1Rの発現パターン

各脊椎動物の鋤鼻器の凍結切片を用いてancV1Rの遺伝子発現を調べた結果、ほぼ全ての鋤鼻神経細胞にその発現を示すシグナルが得られた。これは様々な生物種で共通であった。

今後の展開

ancV1Rの分子生物学的な機能の解明は、フェロモン受容に関わる情報伝達系のメカニズムのさらなる理解に欠かせません。本研究グループはすでにancV1Rの欠損マウスの作製に着手しており、今後はその表現型観察から研究を進めていく予定です。ancV1Rは進化的に古くから保存された遺伝子であることから、鋤鼻器の起源やその進化的変遷を理解する上で重要な知見を得られると考えられます。

ancV1Rは、脊椎動物に共通に存在する受容体であるため、多くの家畜動物に対して共通に作用して生殖を促すような化学物質の探索も可能となり、農産業の分野にも大きな意義をもたらすことが期待されます。

ただし、ヒトancV1R遺伝子はすでに偽遺伝子化してその機能を失っているため、残念ながら今回の発見が私たちの夢みるヒトフェロモンの研究に直接つながることはなさそうです。

研究体制

本研究は、東京工業大学 生命理工学院、東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター、東京都医学総合研究所、岩手大学 農学部、農業・食品産業技術総合研究機構、京都大学 野生動物研究センター、東京慈恵会医科大学 解剖学講座、東京大学 大学院新領域創成科学研究科に所属する研究者の共同で進められました。

研究サポート

本成果は主に、文部科学省(MEXT)/日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、旭硝子財団、倉田記念日立科学技術財団のサポートを受けておこなわれました。

用語説明

[用語1] 鋤鼻器 : 四足動物が持つフェロモン受容に特化した嗅覚器官であり、匂いを感じる主嗅上皮とは独立した器官。発見者の名前にちなんでヤコブソン器官とも呼ばれる。我々ヒトでは鋤鼻器は退化していると考えられている。

[用語2] 多重遺伝子族 : ある1つの遺伝子配列が重複を繰り返すことで作られた遺伝子の集まり。一般的には配列上の相同性も高く機能的にも似たタンパク質をコードする。例えばマウスには187個、ラットには106個、ウシでは40個の機能的なV1R遺伝子が存在している。

[用語3] 「1細胞-1受容体」ルール : 嗅覚受容体の研究により明らかにされた現象で、多数存在する受容体のうちどれか1種類が発現すると他の受容体の発現を抑える負のフィードバックが働くため、1つの嗅神経細胞には1種類の受容体のみが発現する機構。

[用語4] 偽遺伝子 : 変異が入ることで、タンパク質をコードしなくなったDNA配列のことを指す。多くの場合はコードするタンパク質が生体にとって役割を失うことで進化的な制約が緩み、偽遺伝子化が起こる。

[用語5] in situハイブリダイゼーション法 : 組織中における目的遺伝子の発現部位を調べる方法。今回は鋤鼻器の凍結組織切片に、ラベルを入れたancV1R遺伝子のmRNA相補鎖を結合させることで、その発現パターンを可視化した。

論文情報

掲載誌 :
Molecular Biology and Evolution 2018 (in press)
論文タイトル :
A single pheromone receptor gene conserved across 400 million years of vertebrate evolution
著者 :
Hikoyu Suzuki, Hidefumi Nishida, Hiro Kondo, Ryota Yoda, Tetsuo Iwata, Kanako Nakayama, Takayuki Enomoto, Jiaqi Wu, Keiko Moriya-Ito, Masao Miyazaki, Yoshihiro Wakabayashi, Takushi Kishida, Masataka Okabe, Yutaka Suzuki, Takehiko Ito, Junji Hirota, Masato Nikaido
DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

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