東工大ニュース
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公開日:2019.09.18
東京工業大学 情報理工学院の瀧ノ上正浩准教授、石川大輔研究員(現首都大学東京)、東北大学の鈴木勇輝助教、東京農工大学の川野竜司准教授、東京大学 大学院総合文化研究科の柳澤実穂准教授、京都大学の遠藤政幸准教授らの研究グループは、DNAオリガミ[用語1]で作製したDNAナノプレートによって細胞膜を模倣した、人工細胞(微小カプセル、図1)の開発に世界で初めて成功した。
人工的な膜に細胞膜のような複雑な機能を持たせるには、性質や機能を自在に設計可能な物質を材料とする必要があった。今回開発した、DNAを膜の材料とする微小カプセルでは、DNAの塩基配列を設計することで膜の機能を自在に設計でき、“プログラム”した機能をコンピュータソフトウェアのようにインストールできる。この技術は、分子コンピュータ/分子センサーを搭載した分子ロボット[用語2]や薬剤送達等への応用が期待される。
研究成果は現地時間9月13日にドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版で公開された。
細胞のような、分子スケールからマイクロスケールにおよぶ、複雑で高機能なシステムを人工的に創ることは、科学技術において究極の目標の一つである。これまでにも、細胞膜を模倣した人工的な膜を持つ人工細胞[用語3](微小カプセル)の構築が試みられているが、細胞膜のような機能のある膜を設計・作製することは困難であった。
人工細胞となる微小カプセルの構築には、脂質分子(細胞膜の構成分子)を構成素材とする人工的な膜で水滴を覆った、油中水滴エマルション[用語4]や脂質二重膜小胞(リポソーム)が一般的に用いられる。膜の構成素材としては、脂質分子以外に、ナノ・マイクロサイズ[用語5]の微粒子であるコロイド粒子も利用されており、その場合の油中水滴エマルションはPickering(ピッカリング)エマルション[用語6]、小胞はコロイドソームと呼ばれている。コロイド粒子の膜によるエマルションや小胞には、物理的な安定性があるだけではなく、コロイド粒子の形状やその表面の改質などにより、さまざまな用途へ利用できるという利点がある。しかし、プラスチックなどの通常の物質を材料とするコロイド粒子には、設計性と拡張性の限界が存在する。したがって細胞膜のように、外部からの分子刺激に応答したり、エネルギー(栄養)となる物質を取り込んだりといった複雑な機能を人工的な膜に持たせるには、性質や機能を自在に設計可能な物質を材料とするコロイド粒子を用いる必要があった。
研究グループは、生体高分子であるDNAを素材とするDNAオリガミにより、両親媒性[用語7]のDNAナノ構造体(DNAナノプレート)を設計・作製した。このDNAナノプレートを一種のナノサイズのコロイド粒子として用いて、油中水滴を覆う膜を形成させ、微小なカプセルを実現した(図2)。さらに、DNAナノプレートにナノサイズの孔を開けることで、微小カプセル間でイオンを輸送可能にし、細胞膜のイオンチャネルのような機能を実現することに成功した。
DNAは本来、親水性の物質であるため、油中水滴エマルションを作るのに必要とされる、界面活性剤のような両親媒性を持たない。そこで研究グループは、DNAオリガミで作製したDNAナノプレートの片面だけに疎水性の有機分子(コレステロール基)を取り付けることで、疎水性と親水性の両方を持つ両親媒性のDNAナノプレートを得ることに成功した。この両親媒性DNAナノプレートを用いて油中水滴エマルションを作製したところ、DNAナノプレートは油水界面に集積することがわかった(図3)。さらに、界面に集積したDNAナノプレートは、脂質分子のように流動的に動くのではなく、積層した非流動的なコロイド粒子のようにふるまうことが明らかになった。
また、一般的には細胞膜の膜タンパク質を介して行われるイオンチャネル機能を、両親媒性DNAナノプレートで安定化された微小カプセルへ実装することを試みた。DNAナノプレートにナノサイズの孔を構築し、2つの微小カプセル同士を接触させたところ、イオンの輸送による微小電流が測定された(図4)。さらに測定された電流値から、形成したナノチャネルの大きさを算出するため、数値シミュレーションも行った。これらの結果から、DNAナノプレートが十数層重なることにより、イオンを輸送するチャネルが形成されているということがわかった。
このように、細胞膜を模倣した微小カプセルの膜の素材に、性質や機能を自在に設計可能なDNAを用いることで、油中水滴を安定に保つ界面活性剤のような機能と、イオンチャネル機能を同時に発現できるDNAナノプレートを設計し、細胞のようなイオンの輸送を実現した。これは、微小カプセルの構築に従来用いられてきた脂質分子や固体粒子の設計性と拡張性の限界を超え、膜の性質と機能を分子レベルから自在に設計できることを示す成果であり、細胞のような複雑な機能を人工的に創り出すために重要な方法論となる。
この研究の結果、性質や機能を自在に設計可能なDNAによって、細胞膜を模倣した人工的な膜を持つ微小カプセルを作製することが可能となった。DNAを素材とする研究は、2006年のDNAオリガミ発表後に急激に増加しており、酵素反応デバイスや情報処理デバイスなど、細胞の個々の機能をナノスケールのDNA構造体で人工的に創り出す技術が報告されている。今回の研究成果である微小カプセル技術は、膜の性質と機能をDNAの塩基配列から自在に設計できるという利点を活かして、細胞の個々の機能をコンピュータソフトウェアのようにインストールできる技術となり得る。今後は、分子センサーや分子コンピュータによる感覚や知能を持った分子ロボットや、生命科学の工学的研究、薬剤送達等の医薬研究への応用が期待される。
本研究成果は、文部科学省新学術領域研究「感覚と知能を備えた分子ロボットの創成(略称 分子ロボティクス)」および文部科学省 科学研究費補助金、「東工大の星」支援【STAR】、旭硝子財団研究奨励、油脂工業会館研究助成、内藤記念科学振興財団 内藤記念女性研究者研究助成金の支援のもとで得られたものである。また東京工業大学の森田雅宗日本学術振興会特別研究員(現 産業技術総合研究所 研究員)、土屋美恵修士課程大学院生(当時)、東京農工大学の大原正行修士課程大学院生(当時)、黒川知加子修士課程大学院生(当時)との共同研究である。
用語説明
[用語1] DNAオリガミ : 長い1本鎖DNA(主に7,000 - 8,000塩基)と多数の短い1本鎖DNA(数十塩基)から構成される、二次元・三次元のDNAナノ構造体。作りたい形状に合わせて、長い1本鎖DNAを一筆書き状に折りたたみ、相補となるように設計された短い1本鎖で固定することで、数十ナノメートルの構造体を作製できる。カリフォルニア工科大学のPaul Rothemund博士によって2006年に報告された。
[用語2] 分子ロボット : 外部から分子の信号を受信し、分子の計算によって判断を下すことで、その環境に対して自律的に反応する、感覚・知能・動作を併せ持つ人工的な分子システム。
[用語3] 人工細胞 : 実際の細胞の大きさに相当する数十マイクロメートル程度の微小な空間において、細胞の一部の機能を再構成したカプセル状の構造体。細胞膜と同じ成分である脂質分子で覆われた微小なカプセルが一般的だが、本研究のように、コロイド粒子で覆われたものも報告されている。
[用語4] 油中水滴エマルション : 互いに混ざり合わない水と油が乳化剤等を加えることで混ざり合い、水滴が油中に分散した状態。食品では、バターやマーガリンなどが挙げられる。一方、油滴が水中に分散したものを水中油滴エマルションといい、牛乳やマヨネーズがこれに当たる。
[用語5] ナノ・マイクロサイズ : ナノメートル(nm)は10−9メートル、マイクロメートル(µm)は10−6メートルである。水素原子が0.1 nm程度、バクテリアが1 µm程度の大きさである。
[用語6] Pickering(ピッカリング)エマルション : 洗剤などの界面活性剤分子ではなく、コロイドなどの固体粒子によって安定化されたエマルション。固体粒子の素材は、粘土鉱物や金属などの無機物、またポリマーやタンパク質などの有機物など、多種多様なものが報告されている。この現象はWalter Ramsden博士によって1903年に、またSpencer U. Pickering氏によって1907年にそれぞれ報告されており、一般的には後者の名前を冠してPickering(ピッカリング)エマルションと呼ばれる。
[用語7] 両親媒性 : 水となじみやすい(親水性)部分と、油となじみやすい(疎水性)部分の両方を持つ性質。この性質を持つ分子やコロイド粒子は、水と油のような、親水性と疎水性の2つの相が互いに接触している境界面(界面)に集まる性質を持つ。両親媒性物質を界面活性剤と呼ぶこともあり、洗剤は界面活性剤の一種である。
論文情報
掲載誌 : |
Angewandte Chemie International Edition |
論文タイトル : |
DNA Origami Nanoplate‐Based Emulsion with Nanopore Function |
著者 : |
Daisuke Ishikawa, Yuki Suzuki, Chikako Kurokawa, Masayuki Ohara, Misato Tsuchiya, Masamune Morita, Miho Yanagisawa, Masayuki Endo, Ryuji Kawano, Masahiro Takinoue* (石川大輔、鈴木勇輝、黒川知加子、大原正行、土屋美恵、森田雅宗、柳澤実穂、遠藤政幸、川野竜司、瀧ノ上正浩*) |
DOI : |
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東京工業大学 情報理工学院 情報工学系
准教授 瀧ノ上正浩
E-mail : takinoue@c.titech.ac.jp
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