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ペロブスカイト太陽電池特性の再現性、安定性を向上

官能基の存在と強固な接合界面の形成に成功

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公開日:2019.10.18

要点

  • 酸素官能基を修飾したカーボンナノチューブ紙状電極(BP)を採用
  • 初期の太陽電池特性にばらつきがあっても放置するだけで発電効率が向上
  • BP電極との接合界面がペロブスカイト層の再構成で強固になり特性が安定化

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の脇慶子准教授らはペロブスカイト太陽電池[用語1]の開発で、初期特性が安定しなくても常温常圧で放置するだけで電圧-電流特性が徐々に向上し、その構造が本来持つ最大効率に収束することを世界で初めて見出した。酸処理で-COOH、-OHなどの官能基[用語2]を修飾した多層カーボンナノチューブを紙状電極(BP)[用語3]として作製し、ホール輸送層(HTM)[用語4]/Au電極の代わりに用いて実現した。

発電効率の初期値3%のペロブスカイト太陽電池を常温常圧で77日間放置すると発電効率が11%に向上。同じ手法で作製しても再現性が得にくいのがペロブスカイト太陽電池の実用上の難点だが、その原因は不明だった。脇准教授らはBPへの官能基導入が再現性、安定性、発電特性向上の鍵であることを発見、簡便な手法で電池特性を大幅に向上した。

交流インピーダンス測定[用語5]や走査型電子顕微鏡による評価からヨウ化鉛(PbI2)あるいはペロブスカイト(MAPbI3)層と強い相互作用をする酸素官能基を多層カーボンナノチューブに導入すると、ペロブスカイト層への水分侵入が抑制され、ペロブスカイト層は常温でイオン拡散速度が大きいため、再構成して電極界面が強固になり、電荷移動抵抗が下がって光起電力、光電流[用語6]が共に増大、特性が向上したと結論づけた。

ペロブスカイト太陽電池の高効率・高耐久・低コスト化は電極との強固な接合界面形成が鍵で炭素材料がその役目を果たすことを示した。ペロブスカイト層の組成、膜厚の最適化で、これまでの発電効率を塗り替える可能性もある。

研究成果は9月24日発行のドイツWILEY(ワイリー)社の科学誌「Solar RRL」オンライン版に掲載された。

研究成果の概要

図. 研究成果の概要

研究成果

再現性が得られにくいが、簡便な作製プロセスである二段階湿式法を用い、HTMフリーペロブスカイト太陽電池を作製した(図1)。ぺロブスカイト材料はシンプルな組成を有するCH3NH3PbI3(ハロゲン化鉛ペロブスカイト)とし、電子はTiO2電極、ホールはHTM/Au電極の代わりにカーボンナノチューブ(CNT)紙状電極(buckypaper = BP)で集電した。

二段階湿式法によるペロブスカイト太陽電池の作製プロセス

図1. 二段階湿式法によるペロブスカイト太陽電池の作製プロセス

ペロブスカイト太陽電池は次世代の太陽電池として期待が高まる一方で、作り方が同じであっても初期の発電特性が一定せず、安定性も低いことが難点として知られている。脇准教授らは、CNTに導入した-COOH、-OHなどの酸素官能基が時間の経過とともにPbI2膜やMAPbI3膜と強い相互作用を有することを見出し、乾燥剤入りの試料ケースに保管して常温常圧で一定時間放置するだけで、その構造が本来持つ電流−電圧特性にまで次第に向上し収束することを発見した(図2)。

測定から、電池を暗所に放置するとMAPbI3/CNT界面抵抗のみならず、MAPbI3/TiO2界面の電子移動抵抗も大きく下がることがわかった。これらの結果は作製プロセスの精度が多少悪くても、酸素官能基が存在することで、ペロブスカイト結晶の再構成が常温常圧で起り、接合界面を強固に安定化することを示している。

官能基を導入したBP電極を用いたペロブスカイト太陽電池の発電効率(a)と電流-電圧特性の経時変化(b)
図2.
官能基を導入したBP電極を用いたペロブスカイト太陽電池の発電効率(a)と電流-電圧特性の経時変化(b)

これは酸素官能基がBP電極とペロブスカイト層との強い相互作用をもたらして界面の劣化を抑え、非常に大きいイオン拡散速度[用語7]を持つペロブスカイト結晶が常温で自己再構成して、さらに強い接合界面が形成すると結論づけた。放置後の試料を観察すると、ペロブスカイト結晶粒径が大きくなるだけではなく、セルから炭素電極の剥離が困難であった。

剥離後のペロブスカイト層/BP電極界面を観察したところ、通常の界面にはない強い接合が確認できた(図3)。官能基なしではペロブスカイト結晶粒径が大きくなるものの、界面は強固にならずに放置するほど劣化が進み、電池自体が黄色に変色する現象も確認された。このように強固な接合界面を多く作ることができれば、発電特性が向上し、劣化耐性と安定性が高い太陽電池を作製することが可能になる。

常温常圧で88日間保管後にBPをピンセットで削って剥離させた時の接合界面SEM像

図3. 常温常圧で88日間保管後にBPをピンセットで削って剥離させた時の接合界面SEM像

研究の背景

ペロブスカイト太陽電池は簡便な低温プロセスにより作製できる高効率の次世代太陽電池として期待されている。典型的な構造はCH3NH3PbI3:MAPbI3[用語8]の両側を、励起された電子を収集する電子伝導層 TiO2と透明電極のFTO、ホールを収集するホール伝導層(HTM)と金電極ではさむ構成になっている。実用化のためには、高効率化、大面積化、高耐久性化などの課題をクリアしなければならない。

一般に、光吸収層であるペロブスカイト材料だけではなく、ホールを収集するためのHTM/Au電極[用語9]も高湿度の環境下で劣化し、電池の安定性を下げることが知られている。現在、水分を排除する環境下で作製・封止されたセルにおいて、発電効率20%以上が複数の研究機関から報告されているが、再現性や安定性に課題があり実用に資する数値とは言い難い。

従来のHTM/Au電極に代わり、安定性向上とコスト低減への期待から、炭素材料を使用するHTMフリーのペロブスカイト太陽電池が近年注目されている。しかしながら、報告されている発電効率はHTM/Au電極を使用した場合よりも低く、ペロブスカイト層で光励起されたホールを速やかに引き出し、界面での電荷移動抵抗を下げることが課題となっている。同時に劣化の原因となる水分のペロブスカイト層への侵入を防ぐことが重要で、電極/ペロブスカイト層の界面をできる限り強固にすることが双方の向上につながると考えられる。

研究の経緯

東工大の脇研究室では、長年多層カーボンナノチューブ(BP)の欠陥制御の研究を行ってきた。ペロブスカイト太陽電池において、接合界面でのホール収集率を高めるためには、カルボキシル基(-COOH)やフェノール基(-OH)などの酸素官能基を導入した高い仕事関数を持つ電極の使用が有効であり、これらの官能基を導入したBPを電極に用いて太陽電池構造を作製すると、ペロブスカイト層を形成するための前駆体であるPbI2膜に容易に貼りつけることが可能であり、MAIに浸しても剥離せずにペロブスカイト層が形成されるのに対して、BPに官能基を導入しないと溶液中で電極が剥がれることがわかった。

これは-COOH、-OHなどの酸素官能基がPbI2膜やMAPbI3膜と強い相互作用をすることを示しており、H-I間の水素結合形成のためと推測される。一方で、MAPbI3はイオン拡散速度が極めて大きいため、安定性を低下させることも知られている。もし、強い相互作用を持つ界面の形成が可能な電極を用い、水分による劣化を抑えられるのであれば、高いイオン拡散速度を逆に利用して、電極との強固な接合界面形成や、水分をブロックした状態でMAPbI3膜の結晶性をより安定な構造に再構成することが可能と考えた。

本研究では、非常に簡便な二段階溶液法(図1)を用い、多数の初期特性がばらばらで不安定な電池を作製した。これらを乾燥剤入りの試料ケースに入れて常温常圧で長期間保管して、発電特性の経時変化を比較した。測定はRH(相対湿度)が20-50%、常温、大気下で行なった。

今後の展開

ペロブスカイト太陽電池の自己再構成メカニズムを利用して、今後は光吸収層であるペロブスカイト層の組成や厚さ、電極界面などを最適化することにより、実用化に資する高効率かつ高安定性の太陽電池を早期に作製する。

謝辞

本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構低炭素社会戦略センター(LCS)の支援・協力を受けて行なわれた。

用語説明

[用語1] ペロブスカイト太陽電池 : ペロブスカイトと呼ばれる結晶材料を光吸収に用いた新しいタイプの太陽電池であり、塗布技術などの湿式法で容易に作製できるため、既存の太陽電池よりも低価格になると考えられている。

[用語2] -COOH、-OHなどの官能基 : 有機化合物を特性づける原子団を官能基といい、炭素は硝酸や硫酸などの酸化剤によって酸化処理された場合に炭素のエッジに酸素を含む官能基(-COOH、-OHなど)が形成される。

[用語3] 多層カーボンナノチューブの紙状電極(bukypaper:BP) : カーボンナノチューブの結合体による薄膜状の物質の総称。水などの溶液に分散したカーボンナノチューブをろ過して作製する。

[用語4] ホール輸送層(HTM) : hole transporting materialの略称。正孔を受け取る(電子を出す)仕事関数の大きい材料が必要で、高分子材料である「PEDOT:PSS」やspiro-OMeTADが高性能で広く使われている。しかし吸湿性があるため電池の劣化を引き起こす。

[用語5] 交流インピーダンス測定 : 直流電流では測定できない複数の界面抵抗を、周波数を変化させた交流電流によりそれらを分離して測定することができる。

[用語6] 光起電力・光電流 : 太陽電池に光を照射すると光吸収層に電子/正孔が生成し、正負の電荷が分離して電池の両端に収集されることによって、起電力が生じる。また、電気回路がつながれば光電流が流れる。

[用語7] イオン拡散速度 : ペロブスカイト太陽電池の代表的な材料であるMAPbI3は空孔を介してI-イオンのみならず、MA+イオンも容易に拡散できることが知られている。イオンがエネルギー障壁を超えることで隣の空孔に移動できるため、エネルギー障壁が低く、空孔欠陥が多いとイオンの拡散速度が大きい。

[用語8] CH3NH3PbI3:MAPbI3 : ペロブスカイト太陽電池において代表的なペロブスカイト材料であるメチルアンモニウムヨウ化鉛(CH3NH3PbI3)は通常MAPbI3と略される。

[用語9] HTM/Au電極 : ペロブスカイト太陽電池の典型的な構造はペロブスカイト材料の両側を、励起された電子を収集する電子伝導層 TiO2と透明電極のFTO、ホールを収集するホール伝導層(HTM)と金電極ではさむ構成になっており、通常HTM/Au電極と略される。

論文情報

掲載誌 :
Solar RRL
論文タイトル :
MAPbI3 Self‐Recrystallization Induced Performance Improvement for Oxygen‐Containing Functional Groups Decorated Carbon Nanotube‐Based Perovskite Solar Cells
著者 :
Jie Chen, Ti Chen, Tangliang Xu, Jia-Yaw Chang, and Keiko Waki*
DOI :

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2016年4月に発足した物質理工学院について紹介します。

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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
准教授 脇慶子

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