研究

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クライオ蛍光顕微鏡で分子イメージングに成功

鍵はナノレベルのピント合わせにあり

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公開日:2019.10.11

要点

  • ナノメートル正確度のクライオ蛍光顕微鏡が完成
  • 通常の蛍光顕微鏡に比べて2桁高い正確度
  • 長さ10ナノメートルの二本鎖DNAの両末端を1分子ごとに可視化

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の古林琢大学院生、石田啓太大学院生、松下道雄准教授、藤芳暁助教と名古屋大学の樫田啓准教授、京都大学の中田栄司准教授、森井孝教授との共同研究グループは、クライオ蛍光顕微鏡[用語1]によって二本鎖DNA[用語2]分子イメージング[用語3]に成功した。

同研究グループは2007年に1 nm(ナノメートル、100万分の1 cm)の位置精度[用語4]を持つクライオ蛍光顕微鏡を開発、この顕微鏡を用いて、5'末端と3'末端[用語5]にそれぞれ違う色の蛍光体を結合させた二本鎖DNAを1分子観察した。二本鎖DNAの長さは10 nmであり、1 nmの空間精度があれば画像化できると考えていた。しかし、実際に観測された色素間の距離は0~50 nmに分布しており、大きな系統誤差[用語6]が発生していることが分かった。系統誤差の原因がピントボケであることを突き止め、個々の画像のピントもナノレベルで調整した。その結果、正確度[用語7]がナノレベルに向上し、長さ10 nmの二本鎖DNAを1分子ごとに画像化することに成功した。10 nmは生体分子間の距離に相当し、本研究は生命現象の光イメージングに向けた大きな一歩である。この研究成果は2019年9月17日(米国時間)に米国化学会誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」のオンライン速報版で公開された。

研究の背景と成果

これまで分子生物学では、主に1個ないし少数の生体分子の立体構造を観察することで、生命の理解を深めてきた。この研究をさらに進めるためには、細胞内部の系全体を俯瞰することが大切である。なぜならば、生体機能は複数の分子が関与する多段階の現象がある方向性を持って進むことで発現しているからである。しかし、現在の技術では細胞内部を分子レベルで観察することは不可能であり、もちろん、このような複数の分子のマクロな集合状態を可視化することはできなかった。そこで同研究グループは、このようなイメージングを実現するため、極低温に冷却した試料の蛍光顕微鏡(クライオ蛍光顕微鏡)を独自に開発した。その結果、2017年に色素1分子の三次元位置を1 nmの空間精度で決定することに成功した。

本研究ではクライオ蛍光顕微鏡を多数の分子間イメージングに利用するために、二本鎖DNAをテスト分子として評価をおこなった。図1Aに用いた二本鎖DNAの模式図を示す。二本鎖DNAの長さは10.2 nmであり、その5'および3'末端に、それぞれ、近赤外と赤色の蛍光を発する色素を結合させた。DNAの塩基数は30であり、剛直な棒状になっていると考えられる。図1Bは温度−271 ℃で観察した色素修飾DNAの1分子イメージの結果である。1個のDNAに分子に対して4回測定したので、各色素の測定点が4個ずつある。それぞれの図を見ると分かるように、5'と3'末端がはっきりと観測されており、DNAの向きや長さが分かる。通常の蛍光顕微鏡の正確度は蛍光波長(数百nm)程度であり、開発したクライオ蛍光顕微鏡では2桁高い、5 nmに達している。

クライオ蛍光顕微鏡による二本鎖DNAの1分子イメージング(観察温度:−271 ℃)3つの図はそれぞれ異なる3つのDNA分子の結果である。各DNA分子を4回ずつ測定しており、それぞれの4個の測定点がある。5'末端の位置を三角(△)、3'末端の位置を丸(○)で表している。図から分かるように、一つ一つの二本鎖DNA分子の長さや向きが可視化されている。
図1.
クライオ蛍光顕微鏡による二本鎖DNAの1分子イメージング(観察温度:−271 ℃)3つの図はそれぞれ異なる3つのDNA分子の結果である。各DNA分子を4回ずつ測定しており、それぞれの4個の測定点がある。5'末端の位置を三角(△)、3'末端の位置を丸(○)で表している。図から分かるように、一つ一つの二本鎖DNA分子の長さや向きが可視化されている。

系統誤差について

ここで、色素1分子の位置決定における系統誤差を実験的に示す。図2は、対物レンズを基準として色素の奥行き方向の位置(z)を±300 nmに変えて、2つの色素間距離を観察した結果である。図から分かるように、zの位置に応じて色素の位置が50 nm以上変化している。光学顕微鏡のピントは、光学の原理上、±300 nm程度ずれている。このため、光学顕微鏡では、ピントのボケに応じた色素の位置のシフトが生じていることが分かった。そこで、本研究グループは、個々のDNAに対して、ナノレベルのピント合わせ(10 nmの位置精度)を行い、系統誤差を補正することで、図1のような分子イメージングを実現した。

このピントに依存したシフトは、色素の配向に由来していると考えている。クライオ条件では、色素分子の回転が完全に凍結している。このため、色素1分子からの蛍光光は空間的に非対称な双極子輻射として取り扱わなければいけない。この空間的に非対称な輻射がシフトを引き起こしていると考えている。

ナノレベルの色素間距離の1分子イメージングに現れる系統誤差(観察温度: −271 ℃)対物レンズを基準として色素の奥行き方向の位置(z)を±300 nm変えた時に、観測された各色素の位置。図1Aと同じく10 nmの長さのDNAの両端に赤色と近赤外蛍光性の色素を結合させている。3つの画像は一つのDNA分子を測定したものである。また、図1に比べて縦横の軸が5倍であり、約±50 nmのシフトであることに注意してほしい。
図2.
ナノレベルの色素間距離の1分子イメージングに現れる系統誤差(観察温度: −271 ℃)対物レンズを基準として色素の奥行き方向の位置(z)を±300 nm変えた時に、観測された各色素の位置。図1Aと同じく10 nmの長さのDNAの両端に赤色と近赤外蛍光性の色素を結合させている。3つの画像は一つのDNA分子を測定したものである。また、図1に比べて縦横の軸が5倍であり、約±50 nmのシフトであることに注意してほしい。

図3は、二本鎖DNAの両端に結合した2つの色素間距離の分布である。図3左は96個のDNA分子、右は20個について測定した結果である。左はピントに依存した系統誤差を補正しない場合、右は補正した場合である。二本鎖DNAの長さは10.2 nmである。補正しない場合には、色素間距離が0から50 nmに分布した。一方、系統誤差を補正すると、DNAの長さを中心とした分布となった。正確度に換算すると5 nmであり、分子レベルに到達している。

色素間距離の1分子測定の結果(観察温度: −271 ℃)。(左)補正無し、(右)補正有り。DNA分子は図1Aと同じ。

図3. 色素間距離の1分子測定の結果(観察温度: −271 ℃)。(左)補正無し、(右)補正有り。DNA分子は図1Aと同じ。

クライオ蛍光顕微鏡(通算19台目)を前に。第一著者の古林琢(左)と第二著者の石田啓太(右)

図4. クライオ蛍光顕微鏡(通算19台目)を前に。第一著者の古林琢(左)と第二著者の石田啓太(右)

今後の展開

近い将来、ナノメートル正確度のクライオ蛍光顕微鏡によって、前人未踏の生命現象の分子レベルの可視化が実現すると考えている。ここから得られるナノレベル空間情報は、これまで人類が蓄積してきた膨大な生命に関する情報をつなげ、多くの生命の謎が解けてくるはずである。

用語説明

[用語1] クライオ蛍光顕微鏡 : 極低温に冷やした試料からの蛍光を観察する顕微鏡。極低温下では分子の動きが完全に止めることができるため、高解像度な観察が可能になる。また、蛍光顕微鏡は1分子観察や厚みのある試料の観察が出来るので、生体試料への相性がとても良い。

[用語2] DNA : デオキシリボ核酸のこと。

[用語3] 分子イメージング : この記事では、分子サイズと同等以上の正確度で、1分子の空間配置を画像化することを指している。

[用語4] 精度(precision) : 繰り返し測定をした時、平均値からのバラツキの程度。精度が高いとは、偶然誤差が小さいことを言う。

[用語5] 5'(prime)末端と3'(prime)末端 : DNAの両方の末端をそれぞれ5'末端と3'末端と呼ぶ。

[用語6] 系統誤差(systematic error) : 測定値が真の値から偏ることによる誤差。

[用語7] 正確度(accuracy) : 真の値からのバラツキの程度。正確度が高いとは、偶然誤差と系統誤差が小さいことを言う。

論文情報

掲載誌 :
The Journal of Physical Chemistry Letters
論文タイトル :
Nanometer accuracy in cryogenic far-field localization microscopy of individual molecules
著者 :
古林琢、石田啓太、樫田啓、中田栄司、森井孝、松下道雄、藤芳暁
DOI :

謝辞

JST/CREST統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括:菅野 純夫」(研究課題名「超解像3次元ライブイメージングによるゲノムDNAの構造、エピゲノム状態、転写因子動態の経時的計測と操作」、研究代表者:岡田 康志)および「JST/さきがけ 統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括 浜地 格)」(研究課題名「細胞内部を観る分子解像度の三次元蛍光顕微鏡」、研究代表者:藤芳 暁)の支援を受けて実施した。

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