研究

東工大ニュース

「DNA液滴」の形成と制御に成功

人工細胞・人工細胞小器官や分子ロボットの開発に期待

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公開日:2020.06.12

要点

  • DNAナノ構造の液-液相分離により、水中にDNAの液滴を形成することに成功
  • DNAの塩基配列を緻密に設計することで、DNA液滴の融合・分裂、タンパク質の捕捉などの動的挙動の制御を実現
  • 分子ロボットの開発や、人工細胞・人工細胞小器官(オルガネラ)の構築による原始細胞の起源の解明、人工細胞工学分野への貢献に期待

概要

東京工業大学 情報理工学院 情報工学系の瀧ノ上正浩准教授、佐藤佑介日本学術振興会特別研究員(現所属 東北大学)らの研究グループは、DNAの塩基配列情報を人工的に設計することで、液-液相分離による「DNA液滴」の形成に成功した。さらにDNA塩基配列を緻密に設計することで、液滴の融合や分裂などを制御可能であることを実証した。

細胞内では液-液相分離現象により、マイクロサイズの様々な液滴状の構造が形成されている。これまでにも細胞から抽出したタンパク質などを利用して、細胞内での液-液相分離の原理・役割の解明などが行われてきた。

一方、DNAやタンパク質などの生体高分子の振る舞いは、分子内の配列に依存している。しかし、そうした生体分子の配列を人工的に設計することで、相分離現象や、形成されたマイクロ液滴の動的挙動を制御する方法は確立されていなかった。

本研究で実証されたDNA液滴の制御技術は、薬剤送達システム(DDS)や医療用分子ロボットへの応用が期待できる。さらに、人工細胞や人工細胞小器官(オルガネラ)の構築を通して、原始細胞の起源や、細胞核での遺伝子制御原理などの解明にも貢献できる。

本研究成果は、2020年6月3日(米国東部時間)にアメリカ科学技術振興協会(AAAS)刊行の科学雑誌「Science Advances」のオンライン版で公開された。

研究の背景と経緯

細胞内部では、液-液相分離[用語1]によって、マイクロサイズ[用語2]の微小な液滴が形成されている。そうした液滴は、遺伝子の転写制御、細胞小器官(オルガネラ)の形成、抗ストレス刺激など、細胞機能の制御に重要な役割を担っている。これまでにも、細胞から抽出したタンパク質などを用いて、タンパク質の濃度や溶液に加える塩の濃度が液滴の形成に及ぼす影響などが研究されてきた。

一方、核酸やタンパク質などの生体高分子が持つ最大の特徴の一つは、分子内に「情報」が塩基配列やアミノ酸配列としてコードされており、分子の振る舞いがこの配列情報に従う点である。したがって、そうした生体分子の配列を適切に設計すれば、液-液相分離のような複雑な現象を制御し、形成された液滴に任意の機能を実装するといった応用が期待できる。

人間が容易に設計できる生体分子の一つがDNAである。生命の遺伝情報を担う物質として知られるDNAは、4種類の塩基(A, T, G, C)の配列に従って二重らせんを形成するという性質を持つ。つまり、4種類の塩基の並び順を人工的に設計することで、二重らせんの形成を制御することができる。そのため、DNAはプログラムが可能な生体分子材料として利用できる。この技術はDNAナノテクノロジーと呼ばれる。このDNAが持つ可制御性と生体親和性を巧みに利用して、がん治療や病気の検出のための医療用分子デバイスの構築や、細胞が持つ高度な機能性分子の模倣などが行われてきた。しかし、細胞内で生じる液-液相分離のような物理現象を人工的に制御するという観点で、DNAが持つ可制御性に着目した研究はこれまで行われてこなかった。

研究成果

研究グループは、Yモチーフと名付けたY字型のDNAナノ構造[用語3]を設計・作製した(図1a)。Yモチーフは3種類のDNAで構成されている。その分岐の先端部分には粘着末端[用語4]と呼ばれる1本鎖のDNAが設けられており、Yモチーフはこの粘着末端を介して互いに結合できる。研究グループは、粘着末端の配列を緻密に設計することで、液-液相分離により、DNAで構成された液滴(以下、DNA液滴)が水中に形成されることを示した(図1b)。さらに、粘着末端の配列を様々に変更し、DNA分子間の相互作用の強さを調節することで、DNA液滴が形成される温度を変えることに成功した。

図1. (a) YモチーフとDNA液滴の概念図。Yモチーフの粘着末端の塩基配列を適切に設計すると、Yモチーフが液-液相分離により液滴状に集合する。(b) 水中に形成されたDNA液滴が融合する様子を撮影した連続写真。2つの液滴が衝突すると、一つに融合する様子が観察された。

図1. (a) YモチーフとDNA液滴の概念図。Yモチーフの粘着末端の塩基配列を適切に設計すると、Yモチーフが液-液相分離により液滴状に集合する。(b) 水中に形成されたDNA液滴が融合する様子を撮影した連続写真。2つの液滴が衝突すると、一つに融合する様子が観察された。

一般的に、同種の分子の液-液相分離で形成された液滴は、互いに融合する性質がある。一方、研究グループは、DNAの塩基配列を緻密に設計して、同じDNAを材料としていても融合しない、2種類の液滴を作ることに成功した(図2a, b)。また、そうした2種類の液滴が融合するかどうかを、配列設計の変更により制御できることを実証した(図2c)。さらに、DNAの配列設計技術と酵素反応を組み合わせることで、DNA液滴に分裂機能を持たせることにも成功した(図2d)。そのうえで、DNA液滴の分裂機能を応用し、ヤヌス液滴[用語5]や水玉模様の液滴のような、複雑な形状のDNA液滴を形成することもできた(図2e)。

図2. (a) 融合しない2種類のDNA液滴の模式図。Yモチーフと結合しづらい配列(「直交配列」)を持つ「直交Yモチーフ」を新たに設計した。直交Yモチーフどうしも互いに結合し、DNA液滴を形成できるが、Yモチーフとは結合できないため、Yモチーフと直交Yモチーフは独立してDNA液滴を形成し、それぞれのDNA液滴は融合しない。(b) 融合しない2種類のDNA液滴を撮影した連続顕微鏡画像。緑色の蛍光がYモチーフ、青色の蛍光が直交Yモチーフを表す。緑と緑、青と青のDNA液滴の融合は観察されたが、緑と青の融合は観察されなかった。(c) Yモチーフと直交YモチーフをつなぐことができるDNAを加えたことにより、2種類のDNA液滴が融合した(直交性が解消された)様子を撮影した顕微鏡画像。緑色と青色が一つの液滴の中に観察できることから、2種類のDNA液滴が融合していることがわかる。(d) 分裂するDNA液滴を撮影した連続画像。直交性が解消されたDNA液滴に酵素を作用させることで、直交性が回復し、DNA液滴が分裂する。(e) Yモチーフと直交Yモチーフが左右2成分に分離したヤヌス液滴と、斑点状に分離した水玉模様のDNA液滴。

図2. (a) 融合しない2種類のDNA液滴の模式図。Yモチーフと結合しづらい配列(「直交配列」)を持つ「直交Yモチーフ」を新たに設計した。直交Yモチーフどうしも互いに結合し、DNA液滴を形成できるが、Yモチーフとは結合できないため、Yモチーフと直交Yモチーフは独立してDNA液滴を形成し、それぞれのDNA液滴は融合しない。(b) 融合しない2種類のDNA液滴を撮影した連続顕微鏡画像。緑色の蛍光がYモチーフ、青色の蛍光が直交Yモチーフを表す。緑と緑、青と青のDNA液滴の融合は観察されたが、緑と青の融合は観察されなかった。(c) Yモチーフと直交YモチーフをつなぐことができるDNAを加えたことにより、2種類のDNA液滴が融合した(直交性が解消された)様子を撮影した顕微鏡画像。緑色と青色が一つの液滴の中に観察できることから、2種類のDNA液滴が融合していることがわかる。(d) 分裂するDNA液滴を撮影した連続画像。直交性が解消されたDNA液滴に酵素を作用させることで、直交性が回復し、DNA液滴が分裂する。(e) Yモチーフと直交Yモチーフが左右2成分に分離したヤヌス液滴と、斑点状に分離した水玉模様のDNA液滴。

次に、DNA液滴技術の拡張性を示すため、タンパク質と組み合わせることを試みた。タンパク質(ストレプトアビジン)に、配列設計したDNAを修飾することで、DNA液滴内部へのタンパク質の選択的な集積(図3a)や非対称な配置を実現した(図3b)。この結果から、DNAを修飾できる様々な分子に対して、本研究の成果であるDNA液滴の制御技術を適用できる可能性が示された。

図3. (a) DNA液滴へのタンパク質の選択的集積を表す模式図と顕微鏡画像。タンパク質(ストレプトアビジン)にYモチーフ・直交Yモチーフそれぞれの粘着末端と同じ配列を修飾することで、集積が生じる。図中のグラフは、顕微鏡画像の白線における蛍光強度(青:直交Yモチーフ、緑:Yモチーフ、赤:タンパク質)の分布を表す。(b) ヤヌス型のDNA液滴内部でタンパク質が非対称に分布する様子を撮影した顕微鏡画像。この画像では、タンパク質がYモチーフ成分の片側にのみ分布している。

図3. (a) DNA液滴へのタンパク質の選択的集積を表す模式図と顕微鏡画像。タンパク質(ストレプトアビジン)にYモチーフ・直交Yモチーフそれぞれの粘着末端と同じ配列を修飾することで、集積が生じる。図中のグラフは、顕微鏡画像の白線における蛍光強度(青:直交Yモチーフ、緑:Yモチーフ、赤:タンパク質)の分布を表す。(b) ヤヌス型のDNA液滴内部でタンパク質が非対称に分布する様子を撮影した顕微鏡画像。この画像では、タンパク質がYモチーフ成分の片側にのみ分布している。

今後の展開

今回の成果は、生体分子内に配列としてコードされた情報に基づいて、マイクロサイズの液滴を設計・制御するためのプラットフォームを提供するものと考えられる。またDNAは、配列設計を変えることで分子間の相互作用の強さを任意に調節できることから、細胞内で生じる生体分子の相分離現象を調べるためのモデルとしての活用が期待できる。さらに、これまでに報告されている様々なDNA分子センサやDNAコンピュータと組み合わせれば、分子ロボット[用語6]の開発につながり、この技術を通して、体内での治療技術や薬剤送達技術の発展に寄与できる。本成果をもとに、細胞小器官(オルガネラ)のような構造の創出、細胞核で起こる相分離等の物理現象の解明、原始細胞[用語7]の起源の探求など、人工細胞工学分野への展開も期待される。

本研究成果は、文部科学省 科学研究費補助金、「東工大の星」支援【STAR】、旭硝子財団研究奨励の支援のもとで得られた成果である。また、東京工業大学の阪本哲郎修士課程大学院生(当時)との共同研究である。

用語説明

[用語1] 液-液相分離 : 溶液中の分子が混じり合わずに分離する現象。1種類の分子が溶けている場合の液-液相分離は、水の中に分子の濃度が濃い相と薄い相の2層に分かれる。2種以上の分子が溶けている場合は、お互いに混ざらずに分離することを表す。

[用語2] マイクロサイズ : マイクロメートル(µm)は1メートルの100万分の1の長さ。大腸菌などの細菌の大きさが約1マイクロメートルである。

[用語3] ナノ構造 : ナノメートル(nm)は1メートルの10億分の1の長さ。水分子の大きさが約0.4ナノメートルである。ナノメートルサイズの大きさを持つ構造のことをナノ構造と呼ぶ。

[用語4] 粘着末端 : DNAの二重らせんの末端構造の呼び方の一つで、二重らせんを形成せずに1本鎖の状態で飛び出ている状態を指す。

[用語5] ヤヌス液滴 : 一般に、一つの粒子の中で成分が二つに分かれていることを、ローマ神話に登場する2つの顔を持つ神(Janus:ヤヌス)になぞらえて「ヤヌス粒子」と表現する。同様に、一つの液滴の中で成分が二つに分かれている液滴のことをヤヌス液滴と呼ぶ。

[用語6] 分子ロボット : 分子デバイス(分子レベルで設計されたセンサ、アクチュエータ、プロセッサなど)を統合した、人工的な分子システム。日本の分子ロボティクス研究会 outerが世界に先駆けて提唱した概念である。

[用語7] 原始細胞 : 現在の細胞の原型と考えられる細胞。原始細胞の起源にはいくつかの候補があるが、高分子の粒子が集まって形成された液滴(コアセルベート)を起源とする仮説がある。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Sequence-based engineering of dynamic functions of micrometer-sized DNA droplets
著者 :
Yusuke Sato, Tetsuro Sakamoto, Masahiro Takinoue(佐藤佑介、阪本哲郎、瀧ノ上正浩)
DOI :

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