研究

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ナノ材料と色素分子の融合で人工光合成を実現

水と太陽光から水素を製造する光触媒の開発を加速

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公開日:2020.05.27

要点

  • 酸化物ナノシートと色素分子を融合した可視光駆動型水分解光触媒を開発
  • 太陽光に多く含まれる可視光をエネルギー源に水から水素を製造
  • 色素増感型水分解光触媒における世界最高効率を達成

概要

東京工業大学 理学院 化学系の前田和彦准教授、大島崇義大学院生、西岡駿太大学院生(2018年度博士後期課程修了)らは、酸化物ナノシートと色素分子からなる複合材料が、可視光照射下で水から水素を効率良く生成する光触媒として働き、いわゆる「人工光合成」を実現できることを発見した。実験条件を最適化した結果、触媒性能を示すターンオーバー頻度は、従来の245倍の1,960(毎時)にまで向上し、外部量子収率は2.4 %に達した。

この光触媒の高い性能は、優れた可視光吸収能をもつルテニウム系色素の担体として、表面積が高く、電子伝達に有利な酸化物ナノシートを用い、電子移動を促進する工夫を施すことで実現した。前田准教授らの発見により、精密設計されたナノ材料を活用して太陽光エネルギーをクリーンな水素へ変換する、革新的な光触媒材料を創出できる可能性が見えてきた。さらに本研究で得られた材料設計指針は、色素増感型光触媒の開発を大きく促進すると期待される。

研究成果は4月14日、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載された。

ルテニウム錯体吸着HCa2Nb3O10ナノシート上での水素生成のデザインイラスト。掲載誌のグラフィカルアブストラクトに使用されている。Adapted with permission. Copyright 2020, American Chemical Society.

ルテニウム錯体吸着HCa2Nb3O10ナノシート上での水素生成のデザインイラスト。掲載誌のグラフィカルアブストラクトに使用されている。Adapted with permission. Copyright 2020, American Chemical Society.

背景

水を水素と酸素に分解する光触媒の開発は、太陽光に多く含まれる可視光を化学エネルギーへと変換する「人工光合成」実現の観点から重要な課題である。酸化チタンに代表されるある種の金属酸化物は、合成が比較的容易で、化学的にも安定であることから、水分解の光触媒材料として広く研究されてきた。だが、そうした金属酸化物のほとんどでは、バンドギャップ[用語1]が大きいため、紫外光しか吸収できないことが大きな問題となっていた。

この問題の解決法として、可視光の吸収が可能な色素分子を金属酸化物上に吸着させ、可視光吸収により励起状態[用語2]となった色素からの電子(e-)移動を利用して、水から水素を製造するシステムが提案されてきた(図1)。このシステムは色素増感太陽電池と同じ原理で駆動することから、色素増感型光触媒と呼ばれ、半世紀に渡って世界中で研究されてきたが、効率の向上が課題となっていた。

図1. 酸化物と色素分子を組み合わせた可視光駆動型水分解光触媒。

図1. 酸化物と色素分子を組み合わせた可視光駆動型水分解光触媒。

研究成果

前田准教授らはこれまでの研究で、酸化物ナノシート[用語3]KCa2Nb3O10の積層空間に白金(Pt)ナノ粒子[用語4]を内包したナノ構造体を開発し、これが紫外光照射下で効率良く働く水分解光触媒となることを明らかにしていた(参考文献1)。今回、類似組成の酸化物ナノシートHCa2Nb3O10に色素分子としてルテニウム錯体を吸着させたものを水素生成光触媒に用いたところ、酸化タングステン系の酸素生成光触媒とヨウ素系電子伝達剤(I3-/I-)の存在下において、可視光により、水を水素と酸素に完全分解できることを発見した(図2)。さらに、アモルファス[用語5]状の酸化アルミニウムをあらかじめ付着させた、酸化アルミニウム修飾Pt/HCa2Nb3O10ナノシートを使用することで、水分解反応が大幅に促進されることを突き止めた。この反応機構をレーザー分光で調べたところ、酸化アルミニウムの存在によって、ヨウ化物イオン(I-)からルテニウム錯体の電子供給過程が高速化されていることが確認され、このことが高活性化に寄与していることが明らかとなった。

最終的な触媒性能を示すターンオーバー頻度[用語6]は1,960(毎時)に、外部量子収率[用語7]は2.4 %(420 nmでの値)に達した。これらの値は、これまでに報告されてきた類似の光触媒系を大きく超え、世界最高値となった。類似の層状HCa2Nb3O10を用いて同様の操作を行っても高活性には至らず、ナノシートの活用が高活性化において不可欠であることもわかった。

図2. 酸化アルミニウム修飾Pt/HCa2Nb3O10ナノシートとルテニウム色素を組み合わせた複合材料を水素生成光触媒とした、水の可視光完全分解システム。酸化タングステン系光触媒を酸素生成系に用い、ヨウ素系電子伝達剤(I3-/I-)で水素/酸素生成系間の電子伝達を行っている。

図2.
酸化アルミニウム修飾Pt/HCa2Nb3O10ナノシートとルテニウム色素を組み合わせた複合材料を水素生成光触媒とした、水の可視光完全分解システム。酸化タングステン系光触媒を酸素生成系に用い、ヨウ素系電子伝達剤(I3-/I-)で水素/酸素生成系間の電子伝達を行っている。

今後の展開

これまで、色素増感型光触媒では、色素分子の耐久性や担体酸化物の制約があることから、水の水素と酸素への完全分解が可能な高性能の光触媒を創出することは困難と考えられてきた。今回の前田准教授らの発見により、精密設計されたナノ材料を色素増感型光触媒の部材として活用することで、太陽光エネルギーを化学エネルギーへ変換する革新的な機能材料を創出できる可能性が見えてきた。

今後、可視光吸収を担う色素の分子設計や類似ナノシート材料を検討することで、色素増感型光触媒のさらなる性能向上が見込まれる。本研究成果が、太陽光エネルギー変換を指向した色素増感型光触媒の開発を大きく促進すると期待される。

付記

本研究は米国ペンシルベニア大学のThomas E. Mallouk教授、産業技術総合研究所の佐山和弘博士、三石雄悟博士、物質・材料研究機構の木本浩司博士、柳澤圭一博士、江口美陽博士、新潟大学の由井樹人准教授、本学の石谷治教授、横井俊之准教授のグループとの共同で行った。

本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B「金属酸化物ナノシートと第一遷移金属酸化物ナノ粒子からなる可視光水分解光触媒」(代表:前田和彦 東京工業大学 准教授)、同 新学術領域計画研究「複合アニオン化合物の新規化学物理機能の創出」(代表:前田和彦 東京工業大学 准教授)、公益信託ENEOS水素基金「エネルギー構造を制御したナノ構造金属酸化物/金属錯体ハイブリッド光触媒による高効率な可視光水素生成」(代表:前田和彦 東京工業大学 准教授)等の助成を受けて行った。

参考文献

1.
Takayoshi Oshima, Daling Lu, Osamu Ishitani, Kazuhiko Maeda, Angew. Chem., Int. Ed., 2015, 54, 2698-2702.

用語説明

[用語1] バンドギャップ : 半導体において、電子で占有されたバンドを価電子帯、空のバンドを伝導帯といい、価電子帯と伝導帯の幅の大きさをバンドギャップという。電子は伝導帯の下端を、正孔は価電子帯の上端を動く。

[用語2] 励起状態 : 光エネルギー(光子)を吸収した後の分子の状態のこと。光子を吸収する前の状態を基底状態という。

[用語3] ナノシート : ナノメートルオーダーの厚みとマイクロメートルオーダー以上の平面サイズをもった二次元材料の総称。一般的な三次元性の固体とは異なり、柔軟な構造と高い表面積を有するため、複合系の機能材料への応用研究が進められている。

[用語4] ナノ粒子 : ナノメートルオーダーのサイズをもった粒子の総称。一般的なマクロサイズの固体微粒子と比べて大きな表面積をもち、これに起因した特異な物性・機能性を示す。

[用語5] アモルファス : 原子やイオンが不規則に配列している固体。反対に、原子やイオンが三次元的な長距離秩序をもって配列している固体を結晶という。

[用語6] ターンオーバー頻度 : 触媒反応において、単位時間あたりに1個の触媒分子(あるいは活性点)が与える生成物数の最大値のこと。

[用語7] 量子収率 : ある反応系が吸収した光子数に対して、生成物を与えるのに使用された電子数の割合のこと。反射等の理由で反応系が吸収した光子数を厳密に計数できない場合、入射光子の全吸収を仮定して、外部量子収率、またはみかけの量子収率として表される。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
An Artificial Z-Scheme Constructed from Dye-Sensitized Metal Oxide Nanosheets for Visible Light-Driven Overall Water Splitting
著者 :
Takayoshi Oshima, Shunta Nishioka, Yuka Kikuchi, Shota Hirai, Kei-ichi Yanagisawa, Miharu Eguchi, Yugo Miseki, Toshiyuki Yokoi, Tatsuto Yui, Koji Kimoto, Kazuhiro Sayama, Osamu Ishitani, Thomas E. Mallouk*, Kazuhiko Maeda*
DOI :

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