研究

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生体膜の曲面構造を認識するタンパク質の網羅的な探索技術を開発

細胞機能の発現や疾病に関わる膜構造制御機構の理解に期待

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公開日:2020.12.01

要点

  • 生体膜の曲面構造によって親和性が変化する「曲率認識タンパク質」の網羅的な探索手法を世界で初めて確立
  • 曲率認識タンパク質の探索に利用できる、様々な曲率をもつ安定な生体膜材料の調製に成功。正常細胞とがん細胞から曲率認識候補タンパク質を同定
  • がん細胞に有意に高発現する曲率認識タンパク質は、新たながんマーカーとしての利用に期待

本研究成果の概要図

本研究成果の概要図

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の田中祐圭助教、大河内美奈教授、同大学 大学院生の児美川拓実、矢内健太郎らは、様々な曲率をもつよう調製した生体膜材料との結合試験による、曲率認識タンパク質[用語1]の網羅的な探索法を開発した。

曲率認識タンパク質は、生体膜の曲面構造の違いにより親和性が変化するタンパク質であり、細胞内に見られる様々な曲面生体膜の構造制御に重要な役割を果たす。これまでは、個別のタンパク質の機能解析から曲率認識タンパク質が同定され、細胞膜の構造制御に関する研究に活用されてきた。本研究では、様々な曲率をもつよう調製した生体膜材料を利用することで、細胞内に存在する多種多様なタンパク質の中から、曲率認識能をもつタンパク質を網羅的に選抜可能になった。

さらに、がん細胞では膜構造が著しく変化することが知られ、その膜構造ががんの転移にも強く関与することが知られる。そこで本報告では、正常細胞とがん細胞を用いた比較解析を実施した結果、がん細胞で高発現し、新たながんマーカー[用語2]となりうる曲率認識能タンパク質の同定に成功した。

この研究成果は11月25日(現地アメリカ東部時間)付で、米科学誌「Analytical Chemistry(アナリティカル・ケミストリー)」に掲載された。

背景

細胞では、細胞分裂やエンドサイトーシス (細胞膜の陥入による細胞外物質の取り込み経路)などに代表されるように、細胞機能や状態に応じて生体膜の曲面構造が動的に変動している。このような生体膜のダイナミックな形態変化プロセスにおいて、特定の曲率をもった曲面生体膜を認識し、高い結合能を示す「曲率認識タンパク質」が重要な役割を果たすことが知られる(図1)。そのため、曲率認識タンパク質の探索およびその分子機構の解明は、細胞機能の理解が深まるだけでなく、疾病の診断および治療法の開発などにも繋がると期待されている。

図1. 曲率認識タンパク質機能の概要

図1. 曲率認識タンパク質機能の概要

従来の研究では、時間や労力、コストのかかる手法により候補タンパク質の探索や個別の候補タンパク質の機能解析が行われており、曲率認識タンパク質を簡便に同定できる手法の開発が求められていた。

研究成果

本研究では、様々な曲率をもつ生体膜材料(SSLB: Spherical supported lipid bilayer)を調製し、細胞から抽出される多種多様なタンパク質の曲率認識能を直接評価することで、曲率認識タンパク質を簡便に同定できる手法を開発した(図2)。

図2. 本研究で開発したSSLBを利用した曲率認識タンパク質の網羅的な探索原理の概要

図2. 本研究で開発したSSLBを利用した曲率認識タンパク質の網羅的な探索原理の概要

まず、様々な曲率をもつ安定な曲面生体膜を調製するために、足場となる、粒径の異なる球形SiO2粒子を用意し、細胞膜を構成する脂質成分で被覆した。これにより曲率が異なる(粒径の異なる)安定な曲面生体膜構造をもつ球形材料(SSLB)を調製できた(図3)。

図3. 球形SiO2粒子を生体膜で被覆することによるSSLBの調製

図3. 球形SiO2粒子を生体膜で被覆することによるSSLBの調製

  • a)左:合成したSSLB粒子の位相差顕微鏡像
    右:SSLB粒子の蛍光顕微鏡画像(表面の脂質膜に赤色蛍光脂質を添加)
  • b)左:合成した球形SiO2粒子の走査型電子顕微鏡像
    右:SSLB粒子の走査型電子顕微鏡像

このSSLBの有効性を確かめるため、生体膜の曲率認識能をもつモデルタンパク質であるAmphiphysinとEpsinについて、粒径の異なる各SSLB(30、50、100、1,000 nm)との結合試験を行った。その結果、従来の報告のとおり、曲率認識タンパク質は曲率の高い(粒径の小さい)SSLB(生体膜)に対して高い結合能をもつことがわかった。これによりSSLBを用いることでタンパク質の曲率認識能を評価できることが確認された(図4)。

図4. 精製したモデルタンパク質(AmphiphysinのBARドメイン、EpsinのENTHドメイン)と表面積を揃えた、様々な粒径のSSLBとの共沈試験による曲率認識能の評価

図4. 精製したモデルタンパク質(AmphiphysinのBARドメイン、EpsinのENTHドメイン)と表面積を揃えた、様々な粒径のSSLBとの共沈試験による曲率認識能の評価

  • 左:SSLBに結合および非結合タンパク質を電気泳動(SDS-PAGE)により評価
  • 右:電気泳動で確認されるタンパク質量の評価(1 μmのSSLBsへの結合量を1としている。)

細胞の膜構造は、がんの転移にも強く関与することが知られている。そのため本研究では、正常細胞とがん細胞に含まれる曲率認識タンパク質の比較解析を実施した。具体的には、正常細胞(ヒト皮膚線維芽細胞:NHDF)およびがん細胞(ヒト乳腺がん細胞:MDA-MB-231)のそれぞれの生体膜表面に存在する表在性膜タンパク質の混合溶液を調製し、様々な粒径のSSLBとの共沈試験を行った。SSLBに結合したタンパク質全体を質量分析装置で解析したところ、NHDFからのタンパク質が949個、MDA-MB-231からのタンパク質が786個同定された。

さらにこれらのタンパク質を定量的に解析したところ、既知の曲率認識タンパク質(AP2複合体やクラスリンなど)を含む118個の曲率認識候補タンパク質が同定された。中でも23個はがん細胞に優位に高発現していることが確認されており、新たながんマーカーとなり得ることが示唆された(図5)。これらの曲率認識候補タンパク質の中には、細胞の形状を制御するスペクトリン、小胞形成に関与するミオシン重鎖、ミトコンドリアの膜構造を制御するTIM44やOPA1など、曲率認識能をもつことが期待されるタンパク質が数多く含まれていた。

図5. 各細胞から同定された曲率認識タンパク質の個数分布

図5. 各細胞から同定された曲率認識タンパク質の個数分布

本研究で同定されたタンパク質の機能分類を行ったところ、膜輸送やミトコンドリア形成に関わると思われるタンパク質は曲率の大きい(粒径の小さい)SSLBに強く結合し、平面様の膜構造も含まれる小胞体制御などに関与するタンパク質は曲率の小さい(粒径の大きい)SSLBに強く結合することが示された(図6)。これより、同定されたタンパク質が高い親和性をもって結合する曲面生体膜は、そのタンパク質がもつ機能と密接に関わっていることが示唆された。

図6. SSLBを用いて同定された曲率認識タンパク質の機能分類

図6. SSLBを用いて同定された曲率認識タンパク質の機能分類

今後の展開

本研究により、細胞機能の発現や疾病に関与する生体膜に結合する曲率認識タンパク質を、選択的・網羅的に同定する技術を確立することができた。本手法には、次のような利点があげられる。

  • 1)混合タンパク質溶液から曲率認識タンパク質を選択的・網羅的に探索できる
  • 2)複合体を形成するタンパク質をまとめて同定できる
  • 3)タンパク質が最も強く相互作用する生体膜の曲面構造(曲率)を推算できる

これらの特徴は、これまで対象とされてこなかった細胞や生物での曲率認識タンパク質の探索や機能解析を行う上で非常に有用である。今後は、本研究で同定された曲率認識タンパク質の詳細な機能解析や、本手法をもとにした異なる対象での曲率認識タンパク質の探索によって、細胞機能の発現や疾病に深く関与する曲面生体膜構造の制御機構の理解が飛躍的に進むことが期待される。

付記

本研究は、科学研究費助成事業(課題番号18K04848、18H01795、18K18970)の支援を受けて実施した。

用語説明

[用語1] 曲率認識タンパク質 : 生体膜の曲面構造を認識し構造を制御するタンパク質

[用語2] がんマーカー : がん細胞が特徴的に産生する生体分子

論文情報

掲載誌 :
Analytical Chemistry
論文タイトル :
Proteomic exploration of membrane curvature sensors using a series of spherical supported lipid bilayers
著者 :
Masayoshi Tanaka, Takumi Komikawa, Kentaro Yanai, and Mina Okochi
DOI :

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