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光パルスを用いた反強磁性体特有の効率的なスピン励起法

瞬間的な光励起中のダンピングトルクを有効に利用

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公開日:2020.12.04

要点

  • 光パルスを用いて反強磁性体のスピン歳差運動を効率的に励起
  • 瞬間的な光励起中のダンピングトルクを有効に利用して、スピンを短軸方向に傾けることに成功
  • 反強磁性体の超高速歳差スイッチングにつながると期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の佐藤琢哉教授はスイス・チューリヒ工科大学(ETH)のManfred Fiebig(マンフレッド フィービッヒ)教授、Christian Tzschaschel(クリスチャン チャシェル)元大学院生と共同で、光パルスを用いた反強磁性体[用語1]に特有の効率的なスピン励起方法を見出した。

スピントロニクス[用語2]デバイスの高速化を目指すうえで、磁化の反転速度や磁壁移動速度はスピンのダンピング[用語3]に大きく依存する。これまでスピンのダンピングはスピン励起後の緩和過程に関して集中的に研究が行われ、瞬間的なスピン励起中のダンピングトルクは無視されてきた。

反強磁性体のスピン歳差運動[用語4]は楕円率の高い楕円運動を描く。そのため、楕円軌道の短軸方向にスピンを励起することで、歳差運動の振幅をより増大させることが可能になる。本研究ではフェムト秒円偏光パルス[用語5]を用いて反強磁性体スピンを瞬間的に励起し、励起中のダンピングトルクを利用してスピンを短軸方向に傾けることに成功した。

これにより、反強磁性スピントロニクスにおけるスピンの超高速制御の効率的な道筋が明らかになった。さらに反強磁性体の超高速歳差スイッチングにつながると期待される。

研究成果は2020年12月1日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」(オンライン版)に掲載された。

図1. 六方晶マンガン酸化物にフェムト秒光パルスを照射したことによって生じた副格子磁化の歳差運動

図1. 六方晶マンガン酸化物にフェムト秒光パルスを照射したことによって生じた副格子磁化の歳差運動

研究成果

強磁性体の歳差運動はほぼ円形軌道を描くのに対し、反強磁性体のスピン歳差運動は楕円率の高い楕円運動を描く。そのため、楕円軌道の短軸方向にスピンを励起することで、歳差運動の振幅をより増大させることが可能になる。本研究では、フェムト(1,000兆分の1)秒円偏光パルスを用いて反強磁性体スピンを瞬間的に励起し、励起中のダンピングトルクを利用してスピンを短軸方向に傾けることに成功した。

背景

反強磁性体は正味の磁化が存在しないため、外部磁場の影響に対して堅牢である。さらに内部の強い交換相互作用により共鳴周波数がテラヘルツ帯に達するため、ピコ(1兆分の1)秒程度の反強磁性磁化の超高速反転が期待されている。そのため、反強磁性体は、次世代の超高速スピントロニクスにおいて有望な磁性材料である。

スピントロニクス・デバイスの高速化を目指すうえで、磁化の反転速度や磁壁移動速度は、スピンのダンピングに大きく依存する。これまでスピンのダンピングは、スピン励起後の緩和過程に関して集中的に研究が行われ、瞬間的なスピン励起中のダンピングトルクは無視できるとされてきた。

研究の経緯

六方晶[用語6]マンガン酸化物試料においてフェムト秒円偏光パルスを励起光として、逆ファラデー効果[用語7]によってスピン歳差運動を励起した。磁化の運動方程式(Landau-Lifshitz-Gilbert方程式)に従って、逆ファラデー効果が生成する有効磁場(図1のHIFE)は副格子磁化[用語1](図1のMi)に磁場トルク(図1のτFL)を生じるが、その方向は歳差運動の長軸方向となる。

一方、ダンピング項により生じるダンピングトルク(図1のτDL)は歳差運動の短軸方向となる。短軸方向に副格子磁化が傾くと、正味の磁化が生じる。光パルスによる瞬間的なスピン励起と同時に正味の磁化が現れるとダンピングトルクが作用したといえる。

図1. 逆ファラデー効果によって生じた有効磁場HIFEと、副格子磁化Miに作用する磁場トルクτFLと、ダンピングトルクτDL。楕円は副格子磁化の歳差運動の軌道を表す。

図1. 逆ファラデー効果によって生じた有効磁場HIFEと、副格子磁化Miに作用する磁場トルクτFLと、ダンピングトルクτDL。楕円は副格子磁化の歳差運動の軌道を表す。

図2. a: 円偏光の励起光に対する、検出光のファラデー効果の信号。赤線は振動成分のフィッティング。 b: t = 0付近の信号を拡大したもの。赤線は非零の初期位相をもつことがわかる。 c: 信号の振動成分とそのフィッティング。

図2. a: 円偏光の励起光に対する、検出光のファラデー効果の信号。赤線は振動成分のフィッティング。 b: t = 0付近の信号を拡大したもの。赤線は非零の初期位相をもつことがわかる。 c: 信号の振動成分とそのフィッティング。

図2aは、フェムト秒円偏光ポンプパルスで励起した副格子磁化のダイナミクスを、直線偏光プローブ光のファラデー効果[用語7]によってポンプ・プローブ時間分解測定した波形であり、赤線はそれを減衰振動でフィットしたものである。図2bは光励起時(t = 0)付近を拡大した図であり、赤線は非零の初期位相を持つことがわかる。これは、ダンピングトルクの作用により副格子磁化の歳差運動が、t = 0において楕円軌道の短軸方向の成分をもったことを意味している。

今後の展開

瞬間的な光励起中のダンピングトルクの実証から、反強磁性スピントロニクスにおけるスピンの超高速制御の効率的な道筋が明らかになった。さらに反強磁性体の超高速歳差スイッチングにつながると期待される。

用語説明

[用語1] 反強磁性体と副格子磁化 : 強磁性体は磁石に吸い付くのに対し、反強磁性体は磁石に吸い付かない。これは、平衡状態(基底状態)で反強磁性体の内部で隣り合うスピン(副格子磁化)が互いに反対方向を向き、全体として磁化が相殺されているためである。内部ではスピン間の強い交換相互作用が働いているため、共鳴周波数は数テラヘルツ(1テラヘルツは1秒間に1兆回の振動数)にも達することがある。

[用語2] スピントロニクス : 電子は自転と公転をしており、自転に基づく角運動量(運動量のモーメント)を量子力学上、スピン角運動量もしくは単にスピンと呼ぶ。例えば、磁石の性質の起源はスピンが整列することに由来する。このような電子が持つスピンを積極的に応用する技術をスピントロニクスという。

[用語3] スピンのダンピング : 歳差運動しているスピン(磁化)は、時間とともに元の静止状態に緩和する。このような作用をダンピングという。

[用語4] スピン歳差運動 : 強磁性体や反強磁性体のスピン(磁化)が、ある周波数において電磁波を吸収し共鳴振動すること。

[用語5] フェムト秒円偏光パルス : 光は電磁波であり、電場と磁場は光線の進行方向と垂直に振動する。電場面の振動方向を偏光面といい、それが伝播に伴って時間的に不変ならば光は直線偏光、円弧を描くならば円偏光という。光パルスとは、短時間のみONとなる光を指し、1フェムト秒は1,000兆分の1秒。

[用語6] 六方晶 : 1平面で互いに60度で交わる同長な3軸と、これらに垂直な同一平面上で互いに120度の角で交わり、さらにこの3軸と直交する結晶軸をもつ。

[用語7] ファラデー効果と逆ファラデー効果 : 物質に磁場をかけたとき、その磁場方向に物質に入射した直線偏光光線の偏光面が、磁場の大きさに比例して回転する磁気光学効果をファラデー効果という。逆に、物質に円偏光の光線が入射するとき、物質中に光線と平行に磁場が発生する効果を逆ファラデー効果という。特に円偏光パルスを照射すると、パルス状の磁場が発生するため、スピン歳差運動を超高速に誘起することができる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Efficient spin excitation via ultrafast damping-like torques in antiferromagnets
著者 :
Christian Tzschaschel, Takuya Satoh, Manfred Fiebig
DOI :

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