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「温めると縮む」新たな負熱膨張材料を発見

2つの収縮メカニズムを併せ持ち、室温から500℃の範囲で機能

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公開日:2021.01.04

要点

  • 新規な負熱膨張材料(リン酸硫酸ジルコニウム、Zr2SP2O12)の単相合成に成功
  • 相転移とフレームワークの2つの収縮メカニズムを併せ持つ世界初の材料
  • 光通信や半導体分野で利用される熱膨張抑制材としての活用に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の早川裕子大学院生(当時)、磯部敏宏准教授、中島章教授らの研究グループは、リン酸硫酸ジルコニウム(Zr2SP2O12)の単相合成に成功し、これが2種類の収縮メカニズムを併せ持つ新規な“温めると縮む”負熱膨張材料[用語1]であることを発見した。

負熱膨張材料は、光通信や半導体製造装置の構造材など、精密な位置決めが求められる局面で熱膨張を抑制する効果がある。しかし従来の負熱膨張材料には、広い作業温度域と大きな負熱膨張性の両立が困難という問題があった。

本研究で単相合成に成功したZr2SP2O12は、フレームワークメカニズムと相転移メカニズムという異なる収縮メカニズムを併せ持つ、世界初の材料であることが明らかになった。さらに熱処理による高機能化により、室温から500℃まで広い温度範囲で大きな負熱膨張性を示し、最大で-108 ppm/K(Zr2S0.9P2O12-δの120℃から180℃の体積膨張率)であることが確かめられた。

本成果は、2020年12月18日にNature Publishing Group(NPG)発行の「NPG Asia Materials」に公開された。

背景と経緯

多くの材料は、温度が上昇することで体積が膨張する傾向を示す。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求されるデバイスでは、このわずかな熱膨張が問題になる。負熱膨張材料には、これらのデバイスを構成する材料に配合したり、デバイスに組み込んだりすることで、熱膨張を抑制する効果がある。このため、日本や欧州を中心に新たな負熱膨張材料が開発されている。

負熱膨張材料の収縮メカニズムは、フレームワークメカニズムと相転移メカニズムに大別される。フレームワークメカニズム[用語2]を有する材料が広い温度域で穏やかな負熱膨張性を示すのに対し、相転移メカニズム[用語3]の負熱膨張材料は狭い温度域で巨大な負熱膨張性を示すため、この2つのメカニズムはトレード・オフの関係にあるといえる。そのため従来の材料はいずれも、作動温度域と巨大な負熱膨張性の両立が困難であり、さらに構成元素の毒性、合成の特殊性などの問題を抱えている。このような背景から、広い温度域で巨大な負熱膨張性を示し、安価で大量合成可能な負熱膨張材料の開発が求められてきた。本研究チームでもこれまで、フレームワークメカニズムを有する材料に巨大な負熱膨張性を付与する研究に取り組んできた。

研究成果

リン酸硫酸ジルコニウム(Zr2SP2O12)はこれまで、ZrとPを含む硫酸吸収用ゲルに硫酸を吸収させた際に生成することは知られていたが、材料として研究された例はなく、その性質は不明だった。今回の研究では、リン酸タングステン酸ジルコニウム(Zr2WP2O12)の合成法のひとつである水熱合成法を応用して、Zr2SP2O12の単相合成に成功した。その熱的性質を調べたところ、室温から約120℃と約180℃以上ではフレームワークメカニズム、約120℃から約180℃の範囲では相転移メカニズムによって収縮する材料であることが明らかになった(図1)。フレームワークメカニズムと相転移メカニズムの2つのメカニズムを併せ持つ材料はこれまで発見されておらず、今回合成されたZr2SP2O12はその2つのメカニズムを併せ持つ世界初の材料となる。

材料の格子体積の温度依存性。今回発見した負熱膨張材料Zr2SP2O12と、熱処理により高機能化したZr2S0.9P2O12-δとの比較。

図1. 材料の格子体積の温度依存性。今回発見した負熱膨張材料Zr2SP2O12と、熱処理により高機能化したZr2S0.9P2O12-δとの比較。

さらにZr2SP2O12について、X線回折[用語4]で調べた格子定数[用語5]の変化から熱膨張率を算出し、広い温度域で負熱膨張性を示すことを明らかにした。また、リートベルト法[用語6]によってその収縮メカニズムを解析したところ、フレームワークメカニズムによる収縮は、結晶を構成するZrO6八面体とSO4、PO4四面体の結合角の変化が主な原因であること、相転移メカニズムによる収縮は、ZrO6八面体が大きく歪むことが原因であることがわかった(図2)。さらに本材料は、相転移前後で空間群[用語7]が変わらないアイソシンメトリック相転移を示す、珍しい物質であることもわかった。

またZr2SP2O12の合成時の熱処理温度を変えることで、結晶内のSO4を任意に欠損させることが可能である。SO4を約10%欠損させたZr2S0.9P2O12-δの場合には、室温から500℃までというより広い温度範囲で巨大な負熱膨張性を示すことが明らかになった(図1)。

 Zr2SP2O12の結晶構造解析結果。広い温度範囲で連続的にZrO6八面体とPO4(SO4)四面体の結合角が変化することがフレームワークメカニズムの一因である(左図)。一方、結晶構造内のZrO6八面体の短軸と長軸が逆転する大きな変化が、相転移メカニズムの一因である(右図)。

図1. Zr2SP2O12の結晶構造解析結果。広い温度範囲で連続的ZrO6八面体とPO4(SO4)四面体の結合角が変化することがフレームワークメカニズムの一因である(左図)。一方、結晶構造内のZrO6八面体の短軸と長軸が逆転する大きな変化が、相転移メカニズムの一因である(右図)。

今後の展開

これまで、室温付近での負熱膨張性の硫酸塩は発見されておらず、Zr2SP2O12は負熱膨張物質における新しい物質群になる。今後、元素置換等により組成を変化させることで、さらに大きな負熱膨張率を有する材料の開発が期待される。また、5GやIoTデバイスへの応用を念頭に、ポリマー材料との複合化に取り組む予定である。

用語説明

[用語1] 負熱膨張材料 : 負の熱膨張率を有する材料。温めると縮む材料を指す。

[用語2] フレームワークメカニズム : 材料が熱収縮するメカニズムのひとつ。原子の結合角が変化することで、結晶構造内の僅かな空間を埋めるように原子団が折りたたまれ、結晶が小さくなる。天然では、ユークリプタイトなどの結晶でも見られる。

[用語3] 相転移メカニズム : 材料が熱収縮するメカニズムのひとつ。通常、一次相転移による体積減少は1つの温度で起こるが、元素置換などの方法を用いて、特定の温度域で連続的に相転移させることで体積減少を実現している。

[用語4] X線回折 : 物質の結晶構造を調べる方法。試料にX線を照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

[用語5] 格子定数 : 結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。

[用語6] リートベルト法 : X線回折で得られた回折パターンから、結晶構造内の原子座標を精密化する方法。温度毎の原子座標を分析することで、負熱膨張材料の収縮メカニズムを解明できる。

[用語7] 空間群 : 結晶内の原子配列の対称性を分類したもの。すべての結晶は230種類の空間群のいずれかに属する。結晶が相転移するとその前後で空間群が変化することが多い。

論文情報

掲載誌 :
NPG Asia Materials
論文タイトル :
Negative thermal expansion in α-Zr2SP2O12 based on phase transition- and framework-type mechanisms
著者 :
Toshihiro Isobe, Yuko Hayakawa, Yuri Adachi, Ryosuke Uehara, Sachiko Matsushita, Akira Nakajima
DOI :

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