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単一分子の電気抵抗の“ゆらぎ”からDNA二重鎖形成反応のボトルネックを探る

遺伝子検査の性能向上の新戦略

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公開日:2021.02.01

要点

  • 固体表面上でのDNAの二重鎖形成反応を分子スケールで観察
  • ボトルネック過程の制御により反応効率を2倍に向上
  • 遺伝子検査の大幅な性能向上が期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の原島崇徳大学院生(博士後期課程2年)、西野智昭准教授らは、遺伝子検査の性能向上を目指して、DNA[用語1]二重鎖形成反応中の単一分子の動きを観察し、反応効率を向上させる新手法を開発した。

本手法では、単一分子の電気抵抗を計測する技術を使用することで、基板上に修飾したDNAと相補的なDNAが二重鎖[用語2]を形成する反応中に、単一分子の動きに対応して生じる電気抵抗のゆらぎを観察する。このDNAの動きを細かな過程に分解して反応速度[用語3]を算出したところ、遺伝子検査の性能を決める二重鎖形成反応の効率は特定のボトルネック過程[用語4]によって決まり、さらに、DNAの基板表面への修飾状態に左右されることが分かった。この発見をもとに、DNAの基板への修飾状態を変化させたところ、同じ遺伝子配列であっても形成効率を2倍に向上させることができた。

現在、PCR法に代表されるDNAを用いた医療診断の重要性は高く、その性能の向上が強く求められている。今回開発した、DNAの分子スケールの動きに対応する電気抵抗のゆらぎの解析から、二重鎖の形成効率を左右するボトルネック過程を分析する新手法は、さまざまな遺伝子検査の性能向上に貢献できる。

研究成果は2020年12月22日(現地時間)、英国王立科学会誌「Chemical Science」に掲載された。

研究成果

医療診断に使用されるPCR法やマイクロアレイ法は、互いに相補的なDNAが二重鎖を形成する反応を利用している。この反応の効率は、検査法の性能そのものを左右する重要な指標である。研究チームは、このDNA二重鎖形成反応の効率を最大化するために、反応のボトルネックとなっている過程の解明と制御を目指した。

本研究では、単一分子のDNAが二重鎖を形成するまでの分子スケールの動きを電気抵抗のゆらぎとして観察する技術を用いることで、これまで困難であったボトルネック過程の解明に初めて成功した。本技術では、走査型トンネル顕微鏡[用語5]を利用してトンネル電流[用語6]を計測することで、二重鎖形成反応中に生じるDNA一分子の電気抵抗のゆらぎを直接測定することが可能になった(図1)。

図1. トンネル電流計測の模式図。基板表面上のDNAに対して相補的なDNAを修飾した金属探針を接近させ、二重鎖の形成と破断によって電気抵抗がゆらぐ様子をその場で観察する。赤で示した大電流領域はDNA二重鎖の形成、青で示した小電流領域は二重鎖の破断に対応する。

図1. トンネル電流計測の模式図。基板表面上のDNAに対して相補的なDNAを修飾した金属探針を接近させ、二重鎖の形成と破断によって電気抵抗がゆらぐ様子をその場で観察する。赤で示した大電流領域はDNA二重鎖の形成、青で示した小電流領域は二重鎖の破断に対応する。

さらに、トンネル電流をより詳細に解析することで、二重鎖形成反応中に起こる各過程の反応速度を算出することに成功した。その結果、ボトルネックとなる過程は、基板上のDNA塩基が表面から脱離する過程であることが明らかになった(図2)。この発見に基づき、DNAの表面への修飾状態を変化させたところ、DNAの二重鎖形成効率は最大で2倍向上した。

図2. DNAの分子スケールの動きと反応の速度

図2. DNAの分子スケールの動きと反応の速度

本技術の鍵は、注目した生体反応を細かな分子スケールの動きに分解し、各過程の反応速度を分析できることにある。そのため本技術は、DNAだけでなく、たんぱく質などの他の生体分子に適用できる汎用性を有しており、多様な検査キットや生体関連デバイスの性能向上に幅広く貢献できる。

背景

マイクロアレイ法やPCR法といった遺伝子検査は、昨今の新型コロナウイルス感染症の流行により、重要性が一層高まっている。ほとんどの遺伝子検査法は、相補的な塩基配列を持つDNAが二重鎖を形成することを動作原理としている。したがって、基板上に配置されたDNAの二重鎖の形成効率を最大化することは、検査法としての性能の最大化に直接つながる。そのため以前から、二重鎖形成反応の効率を最大化する戦略として、分子スケールでDNAの構造変化をとらえ、反応効率を左右するボトルネック過程を解明し、改善する手法が強く求められていた。

今後の展開

今回の研究は、分子スケールの電気抵抗の計測をもとに、単一分子の動きを細かく分解して分析することが、その分子を用いた検査法の性能を向上させる有効な道筋を与えることを示した。さらに重要な事実として、同じ生体反応であっても分子が置かれる環境次第では、本来の性質が損なわれることもあれば、逆に有利に働くこともあることを明らかにした。今後は本手法を応用することで、生体分子本来の機能を超えるような材料の新たな組み合わせや特殊な構造体といった、次世代のバイオセンシングを切り拓く発見につながると期待される。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)「刺激応答性分子探針による界面特性の単一分子スケール計測法の開発」(研究代表者 西野智昭)および特別研究員奨励費「光応答性を有する三端子DNAを用いた単一分子トランジスタの創案と開発」(特別研究員 原島崇徳)の一環として行われた。

用語説明

[用語1] DNA : デオキシリボ核酸の略語。アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の塩基配列から構成され、生体内の遺伝情報が内包されている生体分子。

[用語2] 二重鎖 : 相補的な二本のDNAによって構成される二重らせん構造のこと。

[用語3] 反応速度 : 反応物および生成物に関する各成分量の時間変化率。

[用語4] ボトルネック過程 : 多段階の反応の中で最も反応速度が遅い過程。律速段階ともよばれる。

[用語5] 走査型トンネル顕微鏡 : 原子レベルに鋭い探針を物質の表面に近づけトンネル電流を精度良く測定することで、表面の原子レベルの構造や電子の状態を観察する顕微鏡装置。

[用語6] トンネル電流 : 量子力学的なトンネル効果によって流れる電流。ナノメートルサイズの世界では、導体上でなくとも電子がすり抜けるようにして電気が通ることがある。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Elementary processes of DNA surface hybridization resolved by single-molecule kinetics: implication for macroscopic device performance
著者 :
Takanori Harashima, Yusuke Hasegawa, Satoshi Kaneko, Yuki Jono, Shintaro Fujii, Manabu Kiguchi and Tomoaki Nishino
DOI :

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E-mail : tnishino@chem.titech.ac.jp
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