研究

東工大ニュース

鉄酸鉛の特異な電荷分布を解明

電荷秩序が磁化の方向変化を誘起、負熱膨張への展開も

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公開日:2021.04.09

要点

  • ペロブスカイト型酸化物鉄酸鉛の特異な電荷分布を解明
  • 鉄スピンの方向が変化するメカニズムを理論的に解明
  • 新しい負熱膨張材料の開発につながることが期待される

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所(WRHI)のHena Das(ヘナ・ダス)特任准教授、酒井雄樹特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)、東正樹教授、西久保匠研究員、物質理工学院 材料系の若崎翔吾大学院生、九州大学大学院総合理工学研究院の北條元准教授、名古屋工業大学大学院工学研究科の壬生攻教授らの研究グループは、ペロブスカイト型[用語1]酸化物鉄酸鉛(PbFeO3)がPb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3という特異な電荷分布[用語2]を持つことを明らかにした。

同様にBi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3の電荷分布を持つBiNiO3(ビスマス・ニッケル酸化物)は、改質することで巨大な負熱膨張[用語3]を示すため、PbFeO3を元にした巨大負熱膨張材料の開発も期待される。Pb2+とPb4+秩序配列[用語4]するために、周囲の環境の異なる2種類の鉄イオン(Fe3+)が存在し、温度によって磁化の方向が変化するスピン再配列[用語5]につながることも明らかにした。

研究成果はNature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)のオンライン版で3月26日に公開された。

研究グループには、中国科学院物理研究所、瑞国ポールシェラー研究所、独国マックスプランク研究所、台湾国立放射光科学研究センター、仏国放射光施設ESRF、米国オークリッジ国立研究所、中国松山材料実験室が参画した。

背景

ペロブスカイト型酸化物は、強誘電性、圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導など、多彩な機能を持つため、盛んに研究されている。こうした機能は、3d遷移金属[用語6]が担っており、その価数やスピン状態によって変化する。一方鉛やビスマスは典型元素でありながらPb2+とPb4+(Bi3+とBi5+)という電荷の自由度を持っており、3d遷移金属と組み合わせること、周期表の順番にしたがって系統的な価数の変化を示す。

東教授らはこれまでにPbCrO3がPb2+0.5Pb4+0.5Cr3+O3の、PbCoO3がPb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5Co3+0.5O3の特徴的な電荷分布を持つこと、Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3の電荷分布を持つBiNiO3を改質すると巨大な負熱膨張が起こることなどを明らかにしてきた。しかしながら、PbFeO3の電荷分布は解明されていなかった。

研究成果

PbFeO3の結晶構造を、走査透過電子顕微鏡[用語7]大型放射光施設SPring-8[用語8]のビームラインBL02B2での放射光X線粉末回折実験[用語9]と、瑞国ポールシェラー研究所・米国オークリッジ国立研究所での高分解能中性子回折実験[用語10]によって詳細に調べた。その結果、ペロブスカイト型構造(一般式ABO3)のAサイトに、Pb2+とPb4+が1:1で秩序配列した結晶構造(図1)を持っていることが明らかになった。

Pb2+とPb4+が1:1で含まれることは、SPring-8のビームラインBL09XUでの硬X線光電子分光実験[用語11](図2)によって、鉄イオンがFe3+であることはメスバウアー分光実験[用語12]でも確認した。Pb2+とPb4+の配列は層状と岩塩型の中間で、これまでに見つかっていなかった特殊な形である。この特殊なPb2+とPb4+の秩序配列のために、周囲の環境の異なる2種類の鉄イオンが存在し、そのことが418 Kで磁化の方向が変化するスピン再配列につながることを、第一原理計算[用語13]で明らかにした。

図1. PbFeO3の結晶構造と、走査透過電子顕微鏡像の比較。Pb2+のみの層と、Pb2+とPb4+が1:3の層2枚が交互に積み重なるため、後者に挟まれたFe1と、前者と後者の間のFe2が存在する。また、静電反発のため、Pb4+を含むPb-O層間の間隔が広くなっている。

図1. PbFeO3の結晶構造と、走査透過電子顕微鏡像の比較。Pb2+のみの層と、Pb2+とPb4+が1:3の層2枚が交互に積み重なるため、後者に挟まれたFe1と、前者と後者の間のFe2が存在する。また、静電反発のため、Pb4+を含むPb-O層間の間隔が広くなっている。

図2. 硬X線光電子分光実験の結果と、決定したPbイオンの平均価数。PbFeO3ではPb2+とPb4+が1:1で存在し、平均価数が3価であることがわかる。

図2. 硬X線光電子分光実験の結果と、決定したPbイオンの平均価数。PbFeO3ではPb2+とPb4+が1:1で存在し、平均価数が3価であることがわかる。

図3. 第一原理計算によるスピン再配列の機構解明。熱膨張で結晶格子が歪むことで、2種類の鉄イオンの磁気異方性の強さが変化して、スピンの方向が変化することがわかる。格子歪みは収縮を正に定義している。

図3. 第一原理計算によるスピン再配列の機構解明。熱膨張で結晶格子が歪むことで、2種類の鉄イオンの磁気異方性の強さが変化して、スピンの方向が変化することがわかる。格子歪みは収縮を正に定義している。

今後の展開

PbFeO3がPb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3という特異な電荷分布を持つことが明らかになった。今後、BiNiO3同様、PbFeO3に化学置換を施すことで、温度の上昇でPb2+Fe4+O3への変化が起きるようにすることができれば、半導体製造装置のような高精度な位置決めが求められる場面において、熱膨張によるずれを抑制できる負熱膨張の発現も期待される。

また、これまで2つの磁性イオンの存在が必要だと考えられていたスピン再配列が、鉛イオンの電荷秩序のよって起こることが明らかになったこと、そして室温をはるかに超える高い転移温度を持つことから、外場で磁化の方向を制御する新しいスピントロニクスデバイスへの応用につながることも期待される。

付記

本研究は、中国科学院物理研究所のXubin Ye(シュヒン イエ)、Jianfa Zhao(ジェンファ・ザオ)、 Zhehong Liu(ゼホン リウ)、Wenmin Li(ウエンミン リー)、Long Zhou(ロン・ゾウ)、Lipeng Cao (リペン・カオ)、Cheng Dong (チェン・ドン)大学院生、Runze Yu(ルンゼ・ユウ)准教授、Changqing Jin(チャンチン ジン)教授、Youwen Long(ユーエン ロン)教授、瑞国ポールシェラー研究所のDenis Sheptyakov (デニス・シェプチャコフ)、Junye Yang (ジュニー・ヤン)研究員、Michel Kenzelmann(ミハエル・ケンゼルマン)教授、独国マックスプランク研究所のXiao Wang (シャオ・ワン)、Zhiwei Hu (ジウェイ・フー)研究員、Liu Hao Tjeng(リュウハオ・チェン)、台湾国立放射光科学研究センターのHong-Ji Lin (ホンジ・リン)助手、Chien-Te Chen (チェンティエ・チェン)特聘研究員、仏国放射光施設ESRF のChristoph Sahle(クリストフ・サール)、Anna Efiminko(アンナ・エフィミンコ)研究員、米国オークリッジ国立研究所のHuibo Cao(フイボ・カオ)、 Stuart Calder(スチュワート・カルダー)研究員との共同で行われた。

本研究の一部は、地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー・東正樹 東京工業大学教授)との共同研究であり、文部科学省・科学研究費助成事業・基盤研究(S)「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表・東正樹 東京工業大学教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表・腰原伸也 東京工業大学教授)、東京工業大学 科学技術創成研究院World Research Hub Initiative(WRHI)、文部科学省・ナノテクノロジープラットフォーム事業の助成を受けて行った。

用語説明

[用語1] ペロブスカイト型 : 一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。

[用語2] 電荷分布 : 鉛は2価と4価、鉄は2価、3価、4価、5価、6価を取ることができる。それらの価数の組み合わせ。

[用語3] 負熱膨張 : 通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。

[用語4] 秩序配列 : 繰り返し周期を持って整然と配列していること。

[用語5] スピン再配列 : 磁性体において、秩序配列したスピンの方向が、ある温度を境に変化すること。

[用語6] 3d遷移金属 : 元素周期表の第4周期、スカンジウム(Sc)から銅(Cu)までの金属元素。複数の価数のイオンになることができ、磁性や電気伝導などの機能をもたらす。

[用語7] 走査透過電子顕微鏡 : 電子顕微鏡の一種。0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で試料中の原子を直接観察する。

[用語8] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[用語9] 放射光X線粉末回折実験 : 物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折X線の角度と強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。

[用語10] 中性子回折実験 : 試料に中性子を当てて、回折された中性子から対象物質の構造を調べる方法。中性子は、物質中の原子核と強く相互作用するので、物質中の電子と相互作用するX線回折とは異なる情報が得られる。酸素や水素などの軽元素を含む物質、磁性を持つ物質の構造解析などに威力を発揮する。

[用語11] 硬X線光電子分光実験 : 4 keV以上の高いエネルギーをもつ X線である、硬X線を物質に入射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内部の電子構造を調べる実験的手法。従来の真空紫外光や軟X線を用いた光電子分光は表面近傍の情報しか得られなかったが、硬X線で励起することにより、固体内部の電子構造を調べることが可能になった。

[用語12] メスバウアー分光実験 : 物質中の原子核によるガンマ線の吸収スペクトルを通じて、原子核を取り囲む電子の状態を探る実験手法。固体中の鉄の局所的な価数状態や磁気的状態の評価にきわめて有効である。

[用語13] 第一原理計算 : 経験によらず、量子力学の基本原理に立脚して、物質の結晶構造や電子状態を予測する理論計算。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications (2021)
論文タイトル :
Observation of novel charge ordering and spin reorientation in perovskite oxide PbFeO3
著者 :
ubin Ye, Jianfa Zhao, Hena Das, Denis Sheptyakov, Junye Yang, Yuki Sakai, Hajime Hojo, Zhehong Liu, Long Zhou, Lipeng Cao, Takumi Nishikubo, Shogo Wakazaki, Cheng Dong, Xiao Wang, Zhiwei Hu, Hong-Ji Lin, Chien-Te Chen, Christoph Sahle, Anna Efiminko, Huibo Cao, Stuart Calder, Ko Mibu, Michel Kenzelmann, Liu Hao Tjeng, Runze Yu, Masaki Azuma, Changqing Jin, and Youwen Long
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 東正樹

E-mail : mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5315 / Fax : 045-924-5318

神奈川県立産業技術総合研究所 有望シーズ展開事業

常勤研究員 酒井雄樹

E-mail : yukisakai@msl.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5342 / Fax : 045-924-5318

九州大学 大学院総合理工学研究院

准教授 北條元

E-mail : hojo.hajime.100@m.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-583-7526 / Fax : 092-583-8853

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有望シーズ展開事業に関すること

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