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隕石中に閉じ込められたCO2に富む液体の水を世界で初めて発見

太陽系形成時に誕生した小天体がその後の木星の軌道変化に伴なって移動した証拠

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公開日:2021.05.11

立命館大学 総合科学技術研究機構の𡈽山明教授、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の奥住聡准教授らの研究グループは、炭素質コンドライトと呼ばれる隕石(サッターズミル隕石: Sutter's Mill)の鉱物の中に、X線ナノCTおよび低温下での透過型電子顕微鏡を用いた分析により、鉱物中に閉じ込められた二酸化炭素(CO2)に富む液体の水(CO2に富む流体包有物)を世界で初めて発見しました。本研究成果は、2021年4月22日(木)4時(日本時間)に米国科学振興協会「Science Advances」に掲載されました。

概要

炭素質コンドライトと呼ばれる隕石(サッターズミル隕石: Sutter's Mill)の中に、大型放射光施設SPring-8のX線ナノCTおよび低温下での透過型電子顕微鏡を用いた分析により、鉱物中に閉じ込められた二酸化炭素(CO2)に富む液体の水(CO2に富む流体包有物)を世界で初めて発見しました。この流体包有物は太陽系形成時のCO2を含む氷に由来すると考えられます。

このような氷は太陽からかなり離れた低温領域(CO2が氷として存在できるCO2スノーラインの外側)で形成されたもので、この隕石をもたらした小天体(母天体)自身もこのような低温領域で形成されたと考えられます。この領域は木星の形成領域よりも外側に位置することから、太陽系形成当時にこの隕石が木星の外側ででき、その後の木星の軌道変化に伴なって現在の小惑星帯(木星軌道の内側にある)に移動したという、最近のダイナミックな太陽系形成モデル(理論)の物質科学的な証拠(エビデンス)であると言えます。

炭素質コンドライトは、初代はやぶさが採取したサンプルとは異なります。一方、はやぶさ2サンプルは炭素質コンドライトあるいはその類似物と考えらえており、これから始まるはやぶさ2サンプルの分析においても、同様に液体の水が見いだせるかもしれません。

背景

太陽系において水は、太陽系の進化や地球の海の形成さらに生命の誕生に重要な関わりを持っています。始原的な隕石である炭素質コンドライトには、炭素質物質(有機物)だけでなく水も含まれています。しかしこれらの"水"は、鉱物の結晶構造中に水酸基(OH)や水分子(H2O)として存在し、液体としての水はこれまで発見されていませんでした。

今回我々は、新しい手法を用いて炭素質コンドライトのひとつであるサッターズミル(Sutter's Mill)隕石中に、液体の水を探しました。この時着目したのは、方解石(CaCO3)という鉱物です。ほとんどの隕石は太陽系初期に形成された小惑星(隕石の母天体)からやってきたものですが、石の成分(鉱物)と共に集積した氷が融けて、水は鉱物と反応し水質変成が起こります。方解石はこの時に水溶液から析出したものと考えられます。方解石が成長するときに取り込んだ当時の水が、方解石粒子の中に包有物として残っている可能性があるのです。

研究成果

分析では、まず隕石の薄片中に方解石の粒子を探しました(図1A)。このような方解石粒子を含む30ミクロン程度の物体を集束イオンビーム(FIB)と呼ばれる装置を用いて切り出しました。これらのX線ナノCT撮影を、大型放射光施設SPring-8[用語1]のビームラインBL47XUにおいて行い、その3次元内部構造を1画素が約60〜100 nmという超高空間分解能で得ました。これにより、図1Bに示したように数ミクロンよりも大きな包有物を方解石中に多数見出すことができました。

これらの包有物は平坦な結晶面をもち、その中に液体が存在していたはずです。しかしながら、この中身をよく調べてみると現在は空隙で、かつては存在していた水が46億年という長い間のどこかで逃げてしまったと考えられます。

一方、方解石中には1ミクロンより小さなナノメートルサイズの包有物(ナノ包有物)が無数に存在していることもわかりました。このような小さな包有物の中身はX線CTでは調べることができないので、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察を行いました(図1C)。もしその中に水が入っていると、水は凍るはずです。このようにしてできた氷は結晶なので、電子線回折によって検出できるはずです。そこで、低温ステージを用いて着目したナノ包有物(図1D)の電子線回折図形を撮りました(図1E,F)。すると、常温(20℃)でみえるホストの方解石結晶の回析スポット(図1Fの斑点)に加えて、低温(-100℃)で新たな回析スポット(図1Eの黄色の矢印)が出現しました。その位置から、これらの回折スポットはH2Oの氷ではなく、CO2の氷あるいはCO2ハイドレート(CO2·5.75H2O)と呼ばれる氷であることがわかりました。すなわち、包有物中に含まれていたのは純粋な液体の水(H2O)ではなく、CO2を含む流体だったのです。さらに、CO2-H2O系の相図から流体に含まれるCO2の量は15%以上ということもわかりました。また、サッターズミル隕石が受けた水質変成時にこのような多量のCO2を含む流体が存在できる条件として、母天体の直径はおおよそ100 kmよりも大きなものであったこともわかりました。

図1. サッターズミル隕石の鉱物中のCO2に富む流体包有物の発見。

図1. サッターズミル隕石の鉱物中のCO2に富む流体包有物の発見。

(A) 隕石の走査型電子顕微鏡(SEM)写真。方解石(CaCO3)と呼ばれる鉱物に着目した。(B)サンプルのX線ナノCT像。FIBを用いて方解石を含む領域を切り出し、SPring-8においてX線ナノCT撮影を行った。数ミクロンの比較的大きな包有物だけでなく、ナノサイズの包有物も多数存在することがわかった。(C)方解石中のナノ包有物の透過型電子顕微鏡(TEM)像。ナノ包有物が多数存在する領域を、イオンビームを用いて薄く切り出し、TEM観察を行った。(D)CO2に富む流体包有物を含むナノ包有物(黄色の矢印の先)のTEM像。(E,F)(D)の包有物を含む領域の電子線回折図形。明るい斑点は方解石の回折によるもの。-100℃で見えている余分な斑点(E:黄色の矢印の先)の位置とこれらが20℃では消える(F)ことから、CO2とH2Oの化合物あるいはCO2の氷の存在がわかった。

研究の意義

このような多量のCO2を含む流体の存在は、隕石母天体がCO2を含む氷とともに形成されたことを意味しています。今から約46億年前の太陽系形成時には、太陽からの距離により、その位置よりも外側の低温領域ではH2O, CO2, COなどの氷が存在するスノーライン(雪線とも言われます)が存在しました。今回の結果は、サッターズミル隕石母天体がCO2スノーラインよりも外側で作られたことを意味しています。一方、今回CO氷は見つからなかったので、COスノーラインよりも内側ということになります。図2はこの様子を示しています。横軸に初期太陽系の進化による時間経過が示されており、時間経過(すなわち太陽系全体が冷えること)による各スノーラインの変化も見てとれます。

従来の太陽系形成理論のモデルでは、惑星や小惑星をはじめとする小天体が形成された位置は現在の軌道と大きく変わらないと考えられていました。ところが、最近のモデルでは、惑星や小天体は形成後その軌道が変化した(移動した)と考えられるようになりました。このモデルによると、木星は現在の軌道よりもやや内側で形成されたと考えられていて、図2は母天体が木星より外側で形成されたことを示しています。また、最近の研究により、隕石や地球外物質の安定同位体組成が炭素質コンドライトとそれ以外のものの2つのグループに大別されることがわかり、前者は木星の外側、後者は内側で形成されたと考えられています。新しいモデルによると、木星はやがて現在の軌道へと移動し、その時に多くの小天体も軌道変化を受け、サッターズミル隕石母天体も火星と木星の間にある小惑星帯に移動したと考えられます。すなわち、今回の発見は新しい太陽系形成モデルの物質科学的な証拠(エビデンス)を示したということになります。

初代はやぶさ探査機が採取した小惑星イトカワのサンプルは、普通コンドライトと呼ばれる隕石に対応していました。一方、はやぶさ2探査機が採取した小惑星リュウグウのサンプルは、炭素質コンドライトあるいはそれに類似した物質に対応すると考えられています。もうすぐ始まる初期分析により、はやぶさ2サンプルにも同様に液体の水を見いだし、小惑星リュウグウの形成条件を決定することができるかもしれません。

図2. サッターズミル隕石母天体の形成領域とH2O、CO2、COスノーライン。

図2.
サッターズミル隕石母天体の形成領域とH2O、CO2、COスノーライン。太陽系形成時に存在したH2O、 CO2、COスノーラインについて、これらの太陽からの距離が時間(太陽系星雲物質の太陽への落下率として表している)経過とともにどのように変化したかを示した図に、考えられるサッターズミル隕石母天体の形成領域(CO2スノーライン、COスノーラインと、氷を含む物質が枯渇した領域に囲まれている)を示した。木星は現在の軌道よりも太陽に近いところ(3天文単位付近)で形成されたと考えられ、隕石母天体の形成領域は木星よりも外側であったことがわかる。やがて木星は現在の軌道へと移動し、これに伴って隕石母天体は木星軌道より内側の小惑星帯に移動したと考えられる。

用語説明

[用語1] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

論文情報

掲載誌 :
Science Advances
論文タイトル :
Discovery of primitive CO2-bearing fluid in an aqueously altered carbonaceous chondrite
著者 :
𡈽山明(立命館大学 総合科学技術研究機構、中国科学院広州地球化学研究所)、三宅亮、北山晃(京都大学 理学研究科)、奥住聡(東京工業大学 理学院)、川野潤(北海道大学 理学研究院)、上杉健太朗、竹内晃久(高輝度光科学研究センター(JASRI))、中野司(産業技術総合研究所)、Michael Zolensky (Astromaterial Research and Exploration Science, NASA JSC)
DOI :

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立命館大学 総合科学技術研究機構

教授 𡈽山明

E-mail : atsuchi@fc.ritsumei.ac.jp

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系

准教授 奥住聡

E-mail : okuzumi@eps.sci.titech.ac.jp

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東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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北海道大学 総務企画部 広報課

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(SPring-8/SACLAに関する事)

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

E-mail : kouhou@spring8.or.jp
Tel : 0791-58-2785

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