研究

東工大ニュース

光を利用した「ロジウムアート錯体」の発生に成功

有機ホウ素化合物合成の新触媒として材料化学・医薬化学に貢献

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公開日:2021.08.04

要点

  • 「3価のロジウム錯体」を、光照射しながら還元することにより、高エネルギー錯体である「2価のロジウムアート錯体」へ変換することに初めて成功
  • 生成されたロジウムアート錯体を触媒として用いることにより、ベンゼン環における炭素―水素結合のホウ素化反応を開発
  • 医薬品や機能性材料として幅広く利用される「有機ホウ素化合物」を効率的に合成する触媒として材料化学・医薬化学の発展に寄与

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の永島佑貴 助教、田中仁 大学院生、アントニオ・ジュニオ・アラウージョ・ディアス 大学院生、田中健 教授のグループは、「3[用語1]のロジウム錯体[用語2]」を光励起[用語3]しながら還元[用語4]することで、高エネルギー錯体である「2価のロジウムアート錯体[用語5]」へ変換することに初めて成功した。さらに、生成されたロジウムアート錯体を触媒に用い、簡便に有機ホウ素化合物を合成する手法を開発した。

「3価のロジウム錯体」は空気中でも安定で、さまざまな試薬と組み合わせることにより、有機化合物の炭素―水素結合を多彩な元素へと変換できる性質を持つ。そのため、機能性材料や生理活性物質・医薬品を合成するための触媒として広く利用されてきた。しかし、材料化学や医薬化学において広く用いられる有機ホウ素化合物を合成するための「ホウ素化反応」については、ホウ素が電気陽性[用語6]であるため触媒として使用することが難しく、新たな手法の開発が望まれていた。

研究グループは、光照射によって「3価のロジウム錯体」を励起状態へ変換し、これを還元することで、高エネルギー錯体である「2価のロジウムアート錯体」を発生させる手法を初めて開発した。また、このアート錯体が、炭素―水素結合のホウ素化反応を効率的に進行させる触媒となることを見いだした。今回開発した新手法は、効率的な有機ホウ素化合物の合成を実現し、材料化学・医薬化学の発展に寄与することが期待される。

研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」の掲載に先立ち、オンライン版(7月20日付)に掲載された。

背景

有機ホウ素化合物は、医薬・農薬の合成中間体や機能性材料・生理活性物質として、材料化学・医薬化学など幅広い分野において活用されている。本研究では、その触媒としてのポテンシャルの高さから、近年いっそうの開発が進む「ハーフサンドイッチ型錯体」を活用して、有機ホウ素化合物の効率的な合成手法を開発することを目指した。

ロジウム(Rh)・ルテニウム(Ru)・イリジウム(Ir)・コバルト(Co)などの遷移金属を中心とし、周囲にシクロペンタジエニルなどの配位子[用語7]が結合した金属錯体は、平面状の配位子が金属原子の片面を覆っており、サンドイッチを半分にしたような外観から「ハーフサンドイッチ型錯体」と総称されている。

このハーフサンドイッチ型錯体は、有機化合物の炭素―水素(C–H)結合を切断して新たな官能基[用語8]を導入できる、つまり物質に新たな特性を付与できる触媒として、機能性材料・医薬品・生理活性物質の合成などに古くから利用されてきた。

近年、ハーフサンドイッチ型錯体を光や電気などの外部エネルギーと組み合わせ、錯体からほかの分子に電子を移動させる「酸化」反応を起こすことによって、プラスに帯電した高酸化数の触媒を発生させる手法が報告された。この手法によって、ハーフサンドイッチ型錯体の触媒としての活性が大きく向上する。その結果、有機化合物において炭素原子と結合した水素原子を、アルキル基(炭素)によって置換するアルキル化反応、アミノ基(窒素)で置換するアミノ化反応、エーテル基(酸素)で置換するエーテル化反応など、多様な反応が実現されてきた(図1A)。

しかしながらこれらの反応は、炭素・窒素・酸素といった電気陰性な元素の導入に限られており、電気陽性な元素であるホウ素を導入するホウ素化反応に関しては、ハーフサンドイッチ型錯体を触媒として活用した事例はほとんど報告されてこなかった。これは、プラスに帯電する高酸化数の触媒は、電気陽性なホウ素試薬と上手く相互作用できないためである。そのため、ホウ素化反応を可能にする新たな手法の開発が求められていた。

本研究グループでは、ハーフサンドイッチ型錯体の電子を奪って「酸化」させる従来の手法とは真逆に、錯体に電子を与える「還元」を行い、マイナスに帯電した低酸化数の「アート錯体」を発生させる手法を設計した(図1B)。アート錯体は、電子を過剰に有しマイナスに帯電しているため、電気陽性なホウ素と静電的に相性が良い。そのため、これまで実現が困難であった炭素―水素結合のホウ素化反応が進行すると考えた。

図1 本研究とこれまでの研究の比較 A)これまでの研究では、錯体を「酸化」によってプラスに帯電させることで、炭素・窒素・酸素を有する官能基との反応を促した。しかしこの方法では電気陽性なホウ素との結合は難しい。 B)そこで本研究では、「還元」によってマイナスに帯電したアート錯体を発生させることで、電気陽性なホウ素と良好に相互作用させることを目指した。(Rh = ロジウム、Cp = シクロペンタジエニル、DG = 配向基[用語9])

図1. 本研究とこれまでの研究の比較

A)これまでの研究では、錯体を「酸化」によってプラスに帯電させることで、炭素・窒素・酸素を有する官能基との反応を促した。しかしこの方法では電気陽性なホウ素との結合は難しい。
B)そこで本研究では、「還元」によってマイナスに帯電したアート錯体を発生させることで、電気陽性なホウ素と良好に相互作用させることを目指した。
(Rh = ロジウム、Cp = シクロペンタジエニル、DG = 配向基[用語9]

研究の手法と成果

1. ハーフサンドイッチ型錯体を還元する手法の設計

本研究では、ハーフサンドイッチ型錯体を還元し、マイナスに帯電したアート錯体を生成することによって、炭素―水素結合のホウ素化反応を実現することを目的としている。

しかし、一般的にハーフサンドイッチ型錯体を還元することは熱力学的に極めて不利であることが知られていた。これは、還元によって発生するアート錯体が、高いエネルギーを有し不安定であるためである。研究グループでは、この課題を解決する手段として、光照射を行って還元前のハーフサンドイッチ型錯体をより高いエネルギーを有する光励起状態へ一度変換しておくことで、還元が熱力学的に有利になるのではないかという仮説を立てた(図2A)注1

注1) 2021年5月7日付 東京工業大学プレスリリース:光を利用した「有機スズジラジカル」の発生に成功|東工大ニュース

図2 光を利用した「還元」手法と理論計算による予測

図2. 光を利用した「還元」手法と理論計算による予測

本仮説の妥当性を理論化学的に検証するために、密度汎関数法[用語10]を用いた理論計算を行った。

本研究ではハーフサンドイッチ型錯体のなかでも、中心金属としてロジウム(Rh)を、配位子としてシクロペンタジエニル(Cp)を有する3価のシクロペンタジエニル(Cp)ロジウム(Rh)錯体に着目した。理論計算を行った結果、400 nm 付近の青色光を用いれば、3価のロジウム錯体を効率よく光励起できることが示唆された(図2B)。

さらに、計算の結果、塩基性の配向基を有する錯体は、光励起によって電荷分離錯体を形成することも予測された。このような錯体は、励起状態が長寿命であることも知られており、還元を行う上でより有利に働くとの期待が持てた。

2. ホウ素化反応の条件の探索

次に、本錯体を用いた触媒反応を開発するべく、様々な配向基を有するベンゼン環と、ホウ素試薬であるジボロンの組み合わせを用い、どのような条件で炭素―水素結合のホウ素化反応が起こるかどうかを探索した(図3A)。その結果、ロジウム錯体の配位子であるシクロペンタジエニル(Cp)に関して、特徴的な結果が得られた。

一般的なCp(Cp*)や電子不足なCp(CpE、無置換Cp)は触媒として有効でなかったものの、研究グループが開発したアミドペンダント[用語11]Cp(CpA)を有するロジウム錯体が極めて高い触媒活性を示すことを見いだした(図3B)。加えて本反応は、光照射を行った場合でのみ反応が進行することも明らかになり、当初の作業仮説を支持する結果を得た。

図3 ベンゼン環の炭素―水素結合のホウ素化反応

図3. ベンゼン環の炭素―水素結合のホウ素化反応

3. 最適触媒を用いたホウ素化反応の検証

得られた最適触媒である3価のアミドペンダントシクロペンタジエニル(CpA)ロジウム(Rh)錯体を用いて、さまざまな化合物のホウ素化反応を検討した。その結果、塩基性配向基を有する化合物のホウ素化反応は効率的に進行する一方、中性配向基を有する化合物は全くホウ素化されないことが明らかになった(図3C)。これは、理論計算で予想された結果(図2B)とも一致し、光励起によってハーフサンドイッチ型錯体を高いエネルギー状態にしておくことが、反応進行の鍵であることが見いだされた。

実際に、塩基性配向基と中性配向基の両方を有する化合物を原料として用いると、塩基性配向基のオルト位のみがホウ素化され、高い化学選択性(99%以上)を有することが明らかになった。さらに、本反応の収率は最大99%であり、高い反応性を有した。

以上の結果により、多種多様な官能基を有する医薬品や生理活性物質・機能性材料などのホウ素化反応へ応用できる可能性が見いだされた。

4. 密度汎関数法を用いた反応経路の解析

最後に、密度汎関数法を用いた理論計算によって、反応経路の解析を行った。同手法により反応中の化学構造・エネルギー推移を求めることで、分子が反応する様子をまるでスナップショットを撮るかのように追跡することが可能になる。今回開発した化学反応について、考えられる反応経路を網羅的に計算することによって、2価のロジウムアート錯体の発生を立証した。また、2価のロジウムアート錯体の中間体や遷移状態の構造を特定し、この2価のロジウムアート錯体がホウ素化反応をどのように促進しているのかを明らかにした(図4)。

図4 理論計算によって得られた反応中間体・遷移状態の構造

図4. 理論計算によって得られた反応中間体・遷移状態の構造

今後の展開

今回の研究では、「3価のロジウム錯体」を光励起しながら「還元」することによって、マイナスに帯電した低酸化数錯体である「2価のロジウムアート錯体」を発生させるという新たな手法を開発した。本研究で生成されたアート錯体は、高い反応性と選択性を有しており、これまでとは異なる原料から有機ホウ素化合物を合成することが可能となる。

今後、本手法を用いることで、幅広い機能性分子や医薬品の多様な類縁化合物を迅速に合成できるようになり、材料化学・医薬化学の発展に寄与することが期待される。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(No. 20K22521、No. 21K14623、No. 19H00893)の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] : 原子がほかの原子と結合しうる数(価数)を示す単位。

[用語2] 錯体 : 金属元素を中心とし、周囲に配位子と呼ばれる非金属化合物が結合してできた物質。

[用語3] 光励起 : 分子が光を吸収することで、エネルギーの高い状態(励起状態)へと移行すること。

[用語4] 還元 : ほかの分子から電子を一つもらうこと。酸化数が低い状態へ移行する。

[用語5] アート錯体 : 金属化合物に対して、共有結合に使われていない電子対(非共有電子対)を持つルイス塩基が配位した錯イオン(錯体であるイオン)のこと。マイナスに帯電する。

[用語6] 電気陽性 : 分子内の原子が電子を引き寄せる強さの相対的な尺度を電気陰性度という。これが炭素(2.55)よりも低い値となる元素を、電気陽性な元素という。例として、ホウ素(2.04)、ケイ素(1.90)などがある。

[用語7] 配位子 : 錯体において、中心となる金属原子と配位結合する化合物。この場合の配位結合とは、分子の非共有電子対が中心金属へと供給されてできる化学結合を指す。

[用語8] 官能基 : 有機化合物の性質を化学的に特徴づける原子団。

[用語9] 配向基 : 触媒を用いた化学反応において、触媒に配位して反応を促進する官能基。

[用語10] 密度汎関数法 : エネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする密度汎関数理論を用いた計算手法。

[用語11] アミドペンダント : 本研究グループが開発したシクロペンタジエニル配位子(CpA)において、先端に導入したアミド基がペンダント状であることに由来してつけた名称。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Photo-Induced ortho-C–H Borylation of Arenes through In Situ Generation of Rhodium(II) Ate Complexes
著者 :
Jin Tanaka, Yuki Nagashima*, Antônio Junio Araujo Dias, and Ken Tanaka*
DOI :

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E-mail : nagashima.y.ae@m.titech.ac.jp
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