研究

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未利用な光エネルギーを利用可能な波長に変えるフォトン・アップコンバージョンの理論体系を構築

広く社会での応用検討を可能にする理論体系を提供

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公開日:2021.08.24

要点

  • フォトン・アップコンバージョン(UC)は最近注目される光の短波長化技術
  • これまでのUCの理論は部分的かつ断片的で専門家さえよく分からなかった
  • 多くの解を体系的に導出・整理しUCの理論を一般に理解できるものにした

概要

東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授と産業技術総合研究所 ナノ材料研究部門の鎌田賢司上級主任研究員は共同で、近年注目を集める光エネルギーの利用効率向上技術、フォトン・アップコンバージョン(UC)[用語1]の特性評価やデータ解析に広く利用できる一貫した理論体系を構築した。

UCは太陽電池や水素発生光触媒などで未利用な光の長波長領域(低エネルギーの光子群)をそれらに利用可能な短波長な光(より高エネルギーの光子群)に変換する技術であり、太陽光程度の強度の光も高効率に波長変換できることから近年注目が集まっている。しかし、これまでのUCの理論は断片的かつ部分的で必ずしも導出が明らかでなく、またそれらの相互関係も不明であり、表層的であるために利用しにくい状態が続いていた。

このため、当該分野の研究者でさえよく分からないものであったが、村上准教授らは様々な解析解を導出して整理し、UCという広い応用可能性をもつ光技術の社会での応用検討の加速に資する一貫した理論体系の構築を達成した。

本研究成果は8月2日、英国王立化学会の学術誌「Physical Chemistry Chemical Physics」にオンライン掲載された。

背景

持続可能社会の実現には光エネルギーの有効利用が重要である。光は太陽電池によって電力を、光触媒による光合成によって水素や炭化水素などの有用物質を生産できる。しかし、光エネルギーの変換には、光が光子という基本粒子からなる性質に起因して、特定範囲の波長の光しか利用されないという根本的な制限が存在している。

短波長の光は「光子1個あたりがもつエネルギー」が多い。例えば波長の短い紫外線には日焼けや消毒などの高い作用能がある。一方、長波長の光は「光子1個あたりがもつエネルギー」が低い。このため、赤い光には日焼けや消毒などの高い作用能はない。つまり、同量の光エネルギーでも波長が短い光(紫外光や青色に近い光)はより少ない数の光子からなり、ケーキを少ない人数で分けると1個あたりが大きくなるイメージで、1個あたりの光子のエネルギーが大きく様々な作用を起こせるため、より高い有用性をもつ(図1a)。

光の波長と「光子1個あたりのエネルギー」は反比例するため、太陽電池や光触媒などには各材料に固有なしきい値波長[用語2]があり、それにより長波長側の光はエネルギー変換には利用されないという光に特有な制限ルールが存在している。

未利用な波長域にある光エネルギー(エネルギーの低い光子群)を利用可能な波長域の光(よりエネルギーの高い光子群)に変換するのが、フォトン・アップコンバージョン(図1a、以下UC)である。UCには幾つかの可能な方式があるが、太陽光に近い強度でも比較的高効率にUCを行いうる方法として、近年有機分子間の三重項-三重項消滅(TTA)[用語3]を用いるUC法(TTA-UC法)が注目を集めている。図1bにこの例[注1]を示す。ここでは入射した光が赤色から青色、近赤外光から黄色と、より短波長の光に変換されている。このようなUCが狙った波長に対して高効率に行えるようになると、上述した光の利用効率に関する制限ルールを回避でき、光エネルギー利用の幅広い高効率化が可能となる。

図1 (a)フォトン・アップコンバージョンの概念図と(b)「概要」の掲載論文で例示した試料によるUC。

図1. (a)フォトン・アップコンバージョンの概念図と(b)「概要」の掲載論文で例示した試料によるUC。

経緯

TTA-UC法は近年、様々な分野(特に化学分野)からの参入が相次ぎ、報告数が急増してきている。TTA-UC法は「分子間のエネルギーの受け渡し」を用いる方式で、おおまかには図2のようなイメージになる。ここで「ex」は入射した低エネルギーの光子、「UC」は変換された高エネルギーの光子を表す。エネルギーの保存則を満たす必要があることから、TTA-UC法では効率の上限は2個の入射光子から1個の高エネルギー光子が作られる状況となる。

図2. フォトン・アップコンバージョンの内部過程の流れを表す模式図。説明は注2を参照。

図2. フォトン・アップコンバージョンの内部過程の流れを表す模式図。説明は[注2]を参照。

図2のおおまかな模式図だけでもTTA-UC法の特性や動作を表現する理論式が複雑であることが読み取れる。これまで複数の研究者により理論が断片的かつ部分的に発表されており、中には単純でよく使用されるために分野内での同意がよく取れている式もあるが、幾つかの式については導出が不明であり、また、実際そのような中には結果的に誤った式も存在していた。

また、幾つかの式の間にある関係も不明瞭で、理論の体系的な整理がないために実験結果への解釈や評価に用いにくい状態となっていた。このため、当該分野の研究者でさえ、その中身や根底にある関係はよく理解できていなかった。

このような状態に終止符を打ち、UC研究の健全な発展と社会における検討が広まるように、村上准教授と鎌田上級主任研究員は共同し、まず基盤となるモデルと仮定のセットを明確に定義し、それらの妥当性と適用範囲をよく議論した上、導出と証明が明確になされた理論体系の構築と整理を目指した。

研究成果

モデルの構築と定義の明確な導入を土台にし、そこから途中を省かない一貫した導出と証明によって、従来未知だった幾つかの新しい解析解を含む多くの有用な関係式を導出し、これまで欠けていたTTA-UCに関する理論体系を構築した。これにより、これまで当該分野で続いた首尾一貫した理論体系が欠如した状態に終止符を打った。

一例として、図2の上部に白字で示した励起光強度とUC量子効率との関係を普遍的に表す無次元解析解(ユニバーサル・カーブ)[用語4]の導出とその実験評価への適用法の整理を達成した。加えて、従来表層的で解析的整理が及んでいなかったUCの効率を支配する統計(図2中のφS)に関する解析解と、それと他の変数との関係を表す解析解を導出し、UCの理論と表現式を大学初等の数学知識があれば誰にでも体系的に理解可能なものとした。

期待される波及効果

TTA-UCは分野の始まりから約10年が経ち、今後は大学での研究だけでなく、社会、民間による応用検討が本格化すると考えられる。その流れにあり、本理論体系の整理は大学研究者の研究に理論による裏付けを与えるだけでなく、産学両方においてTTA-UCの基礎研究と応用開発を推進する一助になると期待される。

用語説明

[用語1] フォトン・アップコンバージョン(UC) : 「背景」で述べたように、長波長の光は、それをなす光子1個あたりのエネルギーが低いために起こせる作用が限られ、有用性が低い。この「作用」には、半導体からなる太陽電池の励起キャリアの生成、光触媒による化学反応などが含まれる。全体のエネルギー保存則は満たしつつ、低エネルギーの光子群(長波長の光)をより有用な高エネルギーの光子群(短波長の光)に変換するのがフォトン・アップコンバージョンである。図1aにはその概念模式図が、図1bにはその例が示されている。

[用語2] しきい値波長 : この波長より長波長側では作用は起きないが、それより短波長側になると作用が起きるといったような、現象が変わる境界の波長。

[用語3] 三重項-三重項消滅(TTA) : 分子の電子軌道において、相関のある2つの電子スピンが平行(同じ向き)である状態を三重項状態という。図2では「3S*」と「3A*」が三重項状態にあたり、ともに励起状態である。空間中で2個の「3A*」が出会うと、ある確率で片方が基底状態「A」に戻る一方、他方はそのエネルギーを使ってより高い「1A*」に昇る。この過程(3A*+3A*→A+1A*)が三重項状態-三重項消滅であり、図2中のTTAがそれにあたる。TTAはTriplet-Triplet Annihilationの略。

[用語4] 無次元解析解(ユニバーサル・カーブ) : 結果Yが因子Xに依存して変化するとする。このとき縦軸をY、横軸をXとすると、両者の関係を表すカーブが描ける。このカーブの具体的な形は、試料の性質を含む様々な条件によって変わる。しかし、もし根底にある両者を結び付ける規則を発見し、その規則に基づきYとXを適切に無次元化(数学的な変換の一種)することができれば、それにより発見された無次元数Y′とX′で描かれたカーブの形は唯一の決まった形となり、普遍的に「結果」と「因子」との関係を表すものとなる。このような無次元化によって得られた唯一決まった形をもつ普遍的なカーブのことをユニバーサル・カーブという。図2の上部に示した式が本理論に関係するユニバーサル・カーブであり、ここではΘが規格化UC量子効率(無次元数)、Λが無次元化励起強度を表しており、「どのような試料や実験条件で得られた計測データも、このカーブを縦と横に伸縮した形で表される」という普遍性を持っている。

注釈

[注1] これら試料の詳細は、左の写真:Chemical Physics Letters, vol. 516, pp. 56–61, 2011、右の写真:ACS Applied Materials & Interfaces, vol. 11, pp. 20812−20819, 2019を参照。

[注2] この図中では左上の上付き数字は「1」が一重項状態、「3」が三重項状態を表し、右上の上付きの*は励起状態を表す。「S」は基底状態のS種、「A」は基底状態のA種を表し、下方の池の水として表現されている。「TET」は三重項エネルギー移動(Triplet Energy Transfer)を意味し、3S*からAへの励起エネルギー状態(3S*+A→S+3A*)を表す。TTA-UCの流れとしては始めに「S」種の分子が入射光子「ex」を吸収して励起状態3S*となり、その励起エネルギーがTETによりA種の分子へと渡される。その後、A種間での三重項-三重項消滅(TTA)を経て、より高い3A*の励起状態から高エネルギーにシフトした光子「UC」が放出される。SはSensitizer、AはAnnihilatorの略。詳細は下記「論文情報」の論文を参照。

論文情報

掲載誌 :
Physical Chemistry Chemical Physics
論文タイトル :
Kinetics of Photon Upconversion by Triplet-Triplet Annihilation: A Comprehensive Tutorial
著者 :
Yoichi Murakami, Kenji Kamada
DOI :

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