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世界初 DNAを用いた自己修復可能な単分子素子を開発

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公開日:2021.11.10

要点

  • DNA単一分子を電極に接続した電子素子を開発
  • 素子が破断してもDNAによって自己修復する特性を実現
  • 従来の単分子素子の脆弱性を根本的に解決し、実用化を加速

概要

東京工業大学 理学院 化学系の原島崇徳大学院生(博士後期課程3年)、西野智昭准教授、豊橋技術科学大学 情報・知能工学系の栗田典之准教授らの研究グループは、DNA[用語1]を用いた新たな単分子素子を開発した。

近年、単一の分子を電極に接続し、微小デバイスとして応用する「単分子素子」の開発が盛んに行われている。これまでに、単分子スイッチや単分子トランジスタといった優れた機能性を有する単分子素子が提案されている。一方で、単分子素子は安定性が低く、実用化の大きな障壁になっている。これは外部からの機械的な振動によって単分子と電極の接続が容易に破壊されてしまうことに起因している。外部からの振動を完全に遮断・回避することは現実的に困難であり、有効な解決策がなかった。そこで本研究グループは、機械的なストレスを緩和するとともに、破壊されても自己修復できる革新的な単分子素子を開発した。DNA単一分子をジッパーのように開閉させることで機械的な揺らぎを緩和し、さらに生じた破壊を自発的なDNAの二重鎖形成[用語2]によって自己修復することで、機能を回復させることに初めて成功した。これまで提案されたさまざまな単分子素子に本研究で開発した技術を組み込むことで、その実用化が加速度的に進むと期待される。

本研究成果は2021年10月1日(現地時間)、国際学術誌「Nature Communications」に掲載された。

背景

単一の分子を電極間に接続した単分子素子は、分子エレクトロニクス[用語3]による超微小コンピューターの実現への期待を背景に、微小デバイスや超微量センシングへの応用の観点から注目されている。これまでにダイオードやトランジスタのような優れた機能を持つ単分子素子が多数報告されている。しかし従来の単分子素子は、1 nm(ナノメートル)程度の機械的な揺らぎで容易に破壊されてしまうという根本的問題を抱えていた。分子と電極の結合力を強固にするなどの取り組みがなされてきたが、解決には至っていない。剛直な分子による単分子素子は外部からの機械的なストレスに対応できず、電極との接続が破壊されてしまう。また、1 nm程度の揺らぎは振動により絶え間なく生じ、これを完全に防ぐことはできない。そのため、これまで単分子素子の安定化を根本的に実現できる方策は見いだされていなかった。

研究の経緯

あらゆる物質の機械的な破壊は、最も弱い結合から発生する。単分子素子では、単分子と電極を繋ぐ化学結合が最も弱いため、微小な外部振動でもこの結合が容易に破壊されてしまう。そこで研究チームは、水素結合による弱い結合の集合体であるDNAを単分子素子へ適用すれば、外部から与えられる機械的なストレスはDNAの開裂によって緩和され、単分子と電極の結合を保持できると着想した。

研究成果

本研究では、DNA単分子を横向きに接続した単分子素子(DNAジッパー)を新たに開発した(図1)。この単分子素子では、DNA塩基対が段階的に開裂することによって機械的なストレスを緩和し、分子と金属間の結合を保存できた。さらに、DNAの二重鎖形成によって開裂した構造が自発的に修復されることを見いだした。

図1 DNAジッパーによる単分子素子の図解

図1. DNAジッパーによる単分子素子の図解

実験では、電極に接続したDNA素子に対して、電極間隔を30 nm広げて故意に破壊した後、ジッパーが再生されるかを確認する耐久試験を行った。その結果、DNAジッパーは最大で78回繰り返し復元できた(図2)。これは、電極の引き上げの際に、DNAの二重らせん構造が部分的に保存され、押し戻しの際にDNAの完全な二重らせん構造が回復することによって自己修復するという動作機構に起因する。この機構は、DNAジッパーの開閉の分子動力学シミュレーション[用語4]によっても確認された(図3)。

DNAジッパーの開閉を伴う電気伝導計測。 (a) 走査型トンネル顕微鏡(STM、用語5)の基板と探針にDNAジッパーを架橋させ、電極間距離を広げた際の電気伝導度(用語6)を計測。ジッパーが完全に閉じた状態において高い伝導性が見られた。 (b) DNAジッパーの繰り返し形成の実験手順と、計測された伝導度トレース。ジッパーの閉じた状態に対応する伝導シグナル(青色ハイライト部)が繰り返し観測された。

図2.
DNAジッパーの開閉を伴う電気伝導計測。(a)走査型トンネル顕微鏡(STM)[用語5]の基板と探針にDNAジッパーを架橋させ、電極間距離を広げた際の電気伝導度[用語6]を計測。ジッパーが完全に閉じた状態において高い伝導性が見られた。(b)DNAジッパーの繰り返し形成の実験手順と、計測された伝導度トレース。ジッパーの閉じた状態に対応する伝導シグナル(青色ハイライト部)が繰り返し観測された。

DNAジッパーの開閉の分子動力学シミュレーション。 (a) シミュレーション中の電極間距離と塩基対数の時系列。 (b) 各シミュレーション終了時におけるDNAの構造のスナップショット。

図3.
DNAジッパーの開閉の分子動力学シミュレーション。(a)シミュレーション中の電極間距離と塩基対数の時系列。 (b)各シミュレーション終了時におけるDNAの構造のスナップショット。

つまり、DNAジッパーは塩基対の開裂によって機械的な揺らぎを緩和するだけでなく、優れた自己修復特性によって、破壊された単分子素子を迅速に再生することが明らかになった。従来の単分子素子は1 nm程度の小さな機械的な揺らぎでも容易に破壊されてしまうが、今回のDNAジッパーの開発により単分子素子の機械的安定性は飛躍的に向上した。

今後の展開

本研究では、機械的なストレスを緩和する機構と自己修復機構を備えたDNAジッパーを開発することに成功した。これらの機構をこれまで提案されたさまざまな単分子素子に組み込むことで、単分子素子の実用化につながると期待できる。さらに、従来の単分子素子では導電性の確保のために、使用できる分子サイズに制限があったが、今回開発したDNAジッパーでは使用できるDNAの長さに制約がないことから、本研究は単分子素子の拡張性の大幅な向上ももたらす。これにより、DNA結合タンパク質などのDNAを含むさまざまな生体システムを単分子素子上に構築可能になった。今後は、DNAジッパーをプラットフォームとした、単一分子レベルの感度を持つ新たなバイオセンシングデバイスの開発を計画している。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)「刺激応答性分子探針による界面特性の単一分子スケール計測法の開発」(研究代表者 西野智昭)および特別研究員奨励費「光応答性を有する三端子DNAを用いた単一分子トランジスタの創案と開発」(特別研究員 原島崇徳)の一環として行われた。

用語説明

[用語1] DNA : デオキシリボ核酸の略語。アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の塩基、糖、リン酸から構成され、塩基配列に生体内の遺伝情報が内包されている生体分子。塩基間の相補的な水素結合により、二重らせん構造を形成する。

[用語2] DNAの二重鎖形成 : アデニンとチミン、グアニンとシトシンがそれぞれペア(塩基対)を組むことで2本の DNA から二重鎖が形成される。

[用語3] 分子エレクトロニクス : 物質の最小単位である原子や分子を利用した電気回路を組み立てようとする学術分野。

[用語4] 分子動力学シミュレーション : ニュートンの運動方程式を短い時間間隔で逐次的に解くことにより、原子や分子の運動を予測・再現する手法。

[用語5] 走査型トンネル顕微鏡(STM) : 原子レベルに鋭い探針を物質の表面に近づけ、トンネル電流を精度良く測定することで、表面の原子レベルの構造や電子の状態を観察する顕微鏡装置。本研究では、表面と探針間の距離を精密に操作する用途で使用している。

[用語6] 電気伝導度 : 電流の流れやすさ。電気抵抗値の逆数。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Single-molecule junction spontaneously restored by DNA zipper
著者 :
Takanori Harashima, Shintaro Fujii, Yuki Jono, Tsuyoshi Terakawa, Noriyuki Kurita, Satoshi Kaneko, Manabu Kiguchi and Tomoaki Nishino
DOI :

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