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高スピン流生成効率と高熱耐久性を両立する新材料の開発に成功

超低消費電力な不揮発性メモリの実用化加速へ

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公開日:2022.02.15

要点

  • 4.1に及ぶ巨大なスピンホール角と、600℃にも耐える高い熱耐久性を両立する新材料の開発に成功。
  • スピン軌道トルク(SOT)方式に適した純スピン流注入源を開発。
  • 次世代不揮発性メモリの開発加速へ貢献。

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系のファム・ナムハイ准教授、白倉孝典大学院生(博士後期課程)、キオクシア株式会社 メモリ技術研究所 デバイス技術研究開発センターの近藤剛主幹を中心とした共同研究チームは、高いスピン流生成効率と高い熱耐久性を両立するハーフホイスラー型トポロジカル半金属(HHA-TSM)[用語1]の一種である、YPtBi薄膜の作製およびその動作実証に成功した。

近年、「スピン軌道トルク(SOT)方式」を利用した不揮発性メモリが、従来の「スピン移行トルク(STT)方式」よりも高効率にスピン流を生成できるという理由から注目を集めている。SOT方式では、スピンホール効果[用語2]を利用してスピン流を生成する。このスピンホール効果の強さはスピンホール角θSHで表され、その大きさは材料中の不純物濃度やバンド構造により決まる。

純スピン注入源材料として、初期から研究されてきた重金属類は、半導体集積プロセスに対して高い親和性を有するものの、θSHが0.1台と小さいため、デバイス動作時の消費電力増大が問題となっていた。一方、近年注目されているトポロジカル絶縁体[用語3]は、1を超える巨大なθSHを有するものの、V族とVI族のみから構成されるため熱耐久性が300℃程度と低く、半導体集積プロセスに対する親和性が低いという問題があった。

今回の研究では、4.1という巨大なθSHと600℃という高い熱耐久性を併せ持った、HHA-TSMの一種であるYPtBi薄膜の作製と、低電流密度で生成されたスピン流による磁化反転の実証に成功した。本研究成果により、SOT方式を利用した超低消費電力な不揮発メモリの研究開発の加速が期待できる。

本研究成果は、2月14日付(英国時間)の英国の学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

背景

IoT社会の到来により、単位時間内に取り扱う情報量が爆発的に増大するなか、より高速で容量の大きい新たな不揮発性メモリの需要が高まっている。
この要件を満たすものとして期待が寄せられている、磁性体を利用した不揮発性メモリは、磁性体の磁化の向きを電子のスピン角運動量の流れであるスピン流で制御することによって動作する。

現在、そのスピン流の生成には、磁性体に電流を注入してスピン偏極電流を生成する「スピン移行トルク(STT)方式」が用いられている。この方式では、スピン流の生成効率は磁性体のスピン分極率で決まる。しかし、よく使われている磁性金属のスピン分極率は原理的に1を超えられず、0.6~0.7程度にとどまるため、スピン流生成効率が小さく、磁化制御のために大電流を要するという欠点があった。

こうした欠点を解決する方法として、近年注目を集めているのが、制御対象の磁性体に接合した非磁性体に電流を注入し、スピンホール効果を介して純スピン流を生成する「スピン軌道トルク(SOT)方式」だ。このSOT方式では、スピン流の生成効率は、スピンホール効果の強さを示すスピンホール角θSHだけでなく、非磁性体の構造によっても制御できる。さらに、θSHは原理的に1を超えることも可能であり、STT方式よりも容易に大きなスピン流生成効率を実現できると予測された。

研究の経緯

「スピン軌道トルク(SOT)方式」を用いる場合、純スピン注入源に用いる非磁性体の選択が重要であり、スピン流生成の観点から非磁性体は大きなスピンホール角θSHを有していることが望ましい。

こうした条件を満たす非磁性体として、これまでWやTaをはじめとする重金属や、Bi2Se3やBiSbなどのトポロジカル絶縁体が研究されてきた。

重金属は薄膜作製手法が成熟しているため、磁性体と良好な界面を形成できるメリットがあり、融点が高いため加熱を伴う半導体集積プロセスに対しても高い親和性を有する。しかし、そのθSHは0.1~0.4程度と小さいため、制御電流の低減効果は限定的であった。

一方、トポロジカル絶縁体は図1(a)に示すバルクバンドのトポロジーに保護されたトポロジカル表面状態(TSS)の寄与により、1を超える巨大なθSHを持っているという性質がある。しかし、既存のトポロジカル絶縁体はV族、VI族のみから構成されるため、熱耐久性が300℃程度と低く、半導体集積プロセスに対する親和性が低いという問題があった。

研究成果

研究チームはこの問題を解決するため、ハーフホイスラー型トポロジカル半金属(HHA-TSM)の一種であるYPtBiに着目した。HHA-TSMは図1(b)に示すようなハーフホイスラー構造を有する3元合金であり、トポロジカル絶縁体と同様、スピンホール効果の強いトポロジカル表面状態(TSS)を有することが特徴である。

産業応用を見据え、YPtBi薄膜の作製には量産プロセスの一種であるスパッタリング法[用語4]を用いた。

図1(c)は成膜温度を変えて製膜したYPtBi薄膜のBi含有量を示した図である。Bi単体の融点は270℃と低いが、YPtBi膜中では理想組成である1を600℃もの高さまで保持している。これはYPtBi膜が600℃まで安定であることを示している。

さらにスピン伝導特性の評価を行うため、研究チームはスパッタリング法を用いてYPtBi膜と強磁性体CoPt膜のヘテロ接合膜を作製した。YPtBi膜は平均表面粗さ約2Å(図1(b)に示す単位格子の3分の1)という超平坦な界面を有するため、CoPt膜は強い垂直磁気異方性[用語5]を示した。YPtBiの成膜条件を最適化することで、最大で4.1という巨大なスピンホール角θSHを実現することに成功した。これらヘテロ接合膜を用いて、図1(d)に示すようなパルス電流による磁化反転実験を行ったところ、図1(e)に示すように、効率よくCoPtの磁化反転が確認できた。また、外部磁場を反転させることにより、磁化反転の方向が反転するというSOT方式の典型的な振る舞いが見られた。これら実験の結果、YPtBi膜はその巨大なスピンホール角により、重金属よりも1桁小さな電流密度でCoPt膜の磁化反転を可能とするスピン流が生成できることが分かった。

図1. (a)V族、VI族に基づいた従来型のトポロジカル絶縁体の結晶構造(左)とそのエネルギーバンド構造(右)。(b)HHA-TSMの結晶構造(左)とそのエネルギーバンド構造(右)。(c)スパッタリング法で製膜したYPtBi膜におけるBi組成比の成膜温度依存性。YPtBi膜と磁性体CoPt膜のヘテロ接合膜での、磁化反転の実験における、(d)パルス電流印加シーケンス、および(e)それに対応する磁化反転の結果。青の点は電流に対して平行に0.5kOeの外部磁場を印加した際の、赤の点は反平行に0.5kOeの外部磁場を印加した際の磁化反転の結果に対応している。
図1.
(a)V族、VI族に基づいた従来型のトポロジカル絶縁体の結晶構造(左)とそのエネルギーバンド構造(右)。(b)HHA-TSMの結晶構造(左)とそのエネルギーバンド構造(右)。(c)スパッタリング法で製膜したYPtBi膜におけるBi組成比の成膜温度依存性。YPtBi膜と磁性体CoPt膜のヘテロ接合膜での、磁化反転の実験における、(d)パルス電流印加シーケンス、および(e)それに対応する磁化反転の結果。青の点は電流に対して平行に0.5kOeの外部磁場を印加した際の、赤の点は反平行に0.5kOeの外部磁場を印加した際の磁化反転の結果に対応している。

今後の展開

今回の研究によって、YPtBiが、4.1という巨大なスピンホール角θSHと600℃という高い熱耐久性を併せ持つ高性能な純スピン注入源材料であることが示された。この成果により、今後、YPtBiを利用したさまざまな超低消費電力な不揮発性メモリの研究が加速されるとともに、他のハーフホイスラー型トポロジカル半金属(HHA-TSM)を用いた材料研究の発展につながると期待される。

付記

本研究は、キオクシア株式会社からの支援を受けて実施された。

用語説明

[用語1] ハーフホイスラー型トポロジカル半金属(HHA-TSM) : ハーフホイスラー構造を有する3元合金のゼロギャップ半導体のうち、表面に金属的な伝導状態を有する材料群。

[用語2] スピンホール効果 : スピン軌道相互作用により、材料中を流れる電子がそのスピンの向きに応じて逆向きに曲げられる現象。例えば、アップスピンをもつ電子が右側に曲げられる状況において、ダウンスピンをもつ電子は左側に曲げられる。この現象により、左右に逆向きのスピンが蓄積される。この状況下において磁性体を接合すると、蓄積スピンが磁性体に拡散し、スピン角運動量を受け渡すことができる。

[用語3] トポロジカル絶縁体 : 材料内部は絶縁体でありながら、その表面には金属的な伝導状態を有する物質群。

[用語4] スパッタリング法 : イオン化した原子(主に希ガス)を材料ターゲットに衝突させ、運動量交換により材料を弾き飛ばすことで物理的に蒸発させる方法。大面積かつ均一に材料を蒸着できるため、半導体や磁気記録における量産プロセスに広く使われている。

[用語5] 垂直磁気異方性 : 磁化のエネルギー異方性の一種。磁性体中の磁化が膜面に対して垂直に向いたときエネルギーが最小化する系では、系のエネルギーを下げるために外部磁場がなくても磁化が垂直方向を向く。磁化反転に必要なエネルギーおよび磁化の熱安定性の観点から、高記録密度媒体ではこの垂直磁気異方性を有していることが望ましい。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Efficient spin current source using a half-Heusler alloy topological semimetal with back end of line compatibility
著者 :
Takanori Shirokura, Tuo Fan, Nguyen Huynh Duy Khang, Tsuyoshi Kondo, and Pham Nam Hai
DOI :

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E-mail : pham.n.ab@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3934 / Fax : 03-5734-3870

取材申し込み先

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