東工大ニュース

鉄さびの主成分を使って二酸化炭素を再資源化

多存物質を活用した人工光合成の実現に期待

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公開日:2022.05.16

要点

  • 鉄さびの主成分であるα型酸水酸化鉄からなる新しい固体触媒を開発
  • 可視光をエネルギー源として、CO2を水素のキャリア物質であるギ酸へ変換
  • 世界最高のCO2還元選択率でギ酸を得る初の鉄系固体触媒を実現

概要

東京工業大学 理学院 化学系の前田和彦教授、西岡駿太特任助教、安大賢大学院生(博士後期課程2年)らの研究グループは、鉄さびの主成分であるα型酸水酸化鉄(α-FeOOH)からなる固体触媒を開発し、CO2から水素のキャリア物質であるギ酸[用語1]を高選択率[用語2]で得ることに成功した。

光エネルギーを利用してCO2から有用物質を得る「人工光合成」系の構築を目指す研究では従来、貴金属や希少金属からなる固体触媒が用いられており、資源的制約の観点から代替材料の開発が求められていた。研究グループは、鉄系の土壌鉱物(α-FeOOHなど)がCO2の吸着能力を有する点に着目し、α-FeOOHを基盤とした固体触媒を開発した。その結果、開発した触媒が分子光増感剤[用語3]の共存下でCO2のギ酸への還元的変換反応において高い性能を示した。触媒調製条件を最適化した結果、α-FeOOH をアルミナ[用語4]に担持した触媒が特に高性能を有し、80~90%のCO2還元選択率を実現した。

この研究成果から、資源的制約とは無縁な多存元素からなる材料を使い、かつ太陽光をエネルギー源として、地球温暖化の主因であるCO2を常温常圧下で有用な化学物質に変換できる可能性が見えてきた。

研究成果は5月12日(現地時間)、ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に速報として掲載された。

背景

光エネルギーから化学エネルギーへの高効率変換を実現する光触媒(すなわち人工光合成)系の構築に向けた取り組みのなかで、CO2を変換して有用物質を得る固体触媒の開発は特に重要な課題である。そうしたCO2変換の固体触媒としては、これまでは銀やコバルト(その他貴金属や希少金属)などからなるナノ粒子が用いられてきたが、資源制約の観点から、これらに代わる材料の開発が切望されていた。また、「欲しいものを作り分ける」という選択率の制御の観点でも、開発の余地が多く残されていた。

研究成果

鉄系の酸水酸化物[用語5]および酸化物は典型的な土壌鉱物であり、地球環境における炭素循環の反応点のひとつでもある。特にα型酸水酸化鉄(α-FeOOH)は鉄さびの主成分としても馴染み深い物質である。前田教授らは、こうした鉄系の土壌鉱物がCO2吸着能力を有する点に着目して、α-FeOOHを基盤とした固体触媒の開発を進めてきた。その結果、アルミナの微粒子上に担持したα-FeOOHが、分子光増感剤の共存下でCO2をギ酸へと高選択的に変換できることを発見した。この触媒は可視光エネルギーのアシストにより、常温常圧下で繰り返し使用することが可能で、最適化した条件では80~90%の高い選択率でギ酸を得ることができた(図1)。

図1 α-FeOOH/Al2O3触媒によるCO2還元反応(繰り返し反応試験)

図1. α-FeOOH/Al2O3触媒によるCO2還元反応(繰り返し反応試験)

高いCO2変換選択率を与えるα-FeOOHでは、他の触媒試料と比べてCO2吸着量が有意に多く、α-FeOOHをアルミナ微粒子上に担持したものではCO2吸着能力の増強が認められた(図2左)。一方でCO2吸着能力が低いα-Fe2O3(酸化鉄)では、CO2還元選択率も低かった(図2右)。このように、固体触媒へのCO2吸着能力を高めることが触媒のCO2還元性能向上に寄与すること、また適切な担体を用いることでCO2吸着能力と触媒性能を増強できる可能性が示された。

図2 様々な触媒試料のCO2吸着能力(左)とCO2還元活性比較(右)

図2. 様々な触媒試料のCO2吸着能力(左)とCO2還元活性比較(右)

様々な触媒試料のCO2吸着能力

CO2還元活性比較

図2. 様々な触媒試料のCO2吸着能力(上)とCO2還元活性比較(下)

今後の展開

これまで鉄は、CO2変換触媒の中核元素として注目されてきたが、ギ酸を高選択的に得る鉄系の固体触媒は皆無だった。今回の研究成果は、地殻中の埋蔵量が豊富な鉄を適切に活用することで、有用な資源物質を得る化学反応系の構築が可能になることを示しており、元素戦略の観点からも重要である。

今後は、異なる結晶構造をもつ鉄化合物の適用や異元素との複合化、さらには触媒担体の最適化を行うことで、触媒性能の飛躍的な向上が見込まれる。同時に、反応生成物を「作り分ける」技術も確立され、より付加価値の高いアルコールなどを得る新触媒の創出、ひいては脱炭素社会や水素社会の実現に向けた基盤技術の構築につながると期待される。

α-FeOOH/Al2O3触媒によるCO2還元反応のデザインイラスト

α-FeOOH/Al2O3触媒によるCO2還元反応のデザインイラスト

付記

本研究は、高エネルギー加速器研究機構の野澤俊介准教授、東京工業大学の横井俊之准教授、鎌倉吉伸特任助教らと共同で行われた。
また、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「ヒドリド含有酸化物を活用した電気化学CO2還元」(研究代表者:前田和彦、課題番号:JPMJCR20R2)および東工大STARの支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] ギ酸 : 分子式HCOOHで表されるもっとも単純なカルボン酸。適当な触媒を用いれば、水素(H2)とCO2に分解できるため、貯蔵や輸送に困難を伴う水素のキャリア物質として注目されている。

[用語2] 選択率 : 化学反応における全ての生成物量に対する目的生成物量の割合。

[用語3] 光増感剤 : 光を吸収して励起状態となり、触媒へと電子を与える物質。ある種の金属錯体や半導体はこの機能を有する。

[用語4] アルミナ : 酸化アルミニウム(組成式:Al2O3)の通称。触媒の担体として汎用的に用いられる物質。

[用語5] 酸水酸化物 : 同一化合物内にアニオン種として酸化物アニオン(O2–)と水酸化物アニオン(OH)を含む無機化合物。

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Alumina-Supported Alpha-Iron(III) Oxyhydroxide as a Recyclable Solid Catalyst for CO2 Photoreduction under Visible Light
著者 :
Daehyeon An, Shunta Nishioka, Shuhei Yasuda, Tomoki Kanazawa, Yoshinobu Kamakura, Toshiyuki Yokoi, Shunsuke Nozawa, Kazuhiko Maeda*
DOI :

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