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機械学習を用いた高分子コーティング膜の設計効率化

低コスト化・開発期間短縮を実現する防汚特性予測の新手法確立

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公開日:2022.08.09

要点

  • 実験と理論計算を組み合わせてデータセットを構築し、AI(機械学習)を用いて、さまざまな高分子コーティング膜の血液に対する防汚特性の正確な予測に成功。
  • 機械学習によって防汚特性を発現する高分子コーティング膜の構造規則性を解明。
  • 仮想的に設計された材料を計算機上でスクリーニングすることで、高分子コーティング膜の開発プロセスの加速が期待される。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の林智広准教授、パライ・デバブラタ(Debabrata Palai)大学院生、田原寛之大学院生らのグループは、バイオセンサー、インプラント、ステント、人工臓器、人工心肺など医療材料のコーティング技術の一つとして注目されている高分子ブラシコーティング膜[用語1]の化学構造および物理構造(膜厚・密度)から、機械学習[用語2]に基づき、血液成分の吸着量を予測する新たな手法を確立した。

これまで、高分子コーティング膜の血液に対する防汚特性を示す化学的・物理的構造の関係性について、実際の物質合成と評価実験の繰り返しに多くのコストと時間が費やされていた。

本研究では、まず、さまざまな異なる条件下で合成された高分子コーティング膜の化学構造と特性、そして血液成分の吸着量を理論計算と実験により取得し、データセットを構築した。これを基として、機械学習を用いて、高分子コーティング膜の化学構造、特性、そして生体分子の吸着量の相関解析を行い、血液成分の吸着量の正確な予測に加え、高分子コーティング膜への血液成分の吸着量の相関を定量的に求めることに成功した。

本研究を応用することで、計算機上で仮想的に設計された高分子コーティング膜の防汚特性を予測することができる。将来的には、実際に物質を合成と評価を行うことなく、目的に応じて、適切な高分子材料の選択、その膜厚・密度の最適化が可能となり、材料開発に要するコストと期間を大幅に短縮することが期待される。

研究成果は2022年7月29日付「ACS Biomaterials Science & Engineering(米国化学会バイオマテリアルズ・サイエンス&エンジニアリング)」に掲載された。

本研究で提案された機械学習を用いて血中成分の吸着量を予測する手法の概念図

本研究で提案された機械学習を用いて血中成分の吸着量を予測する手法の概念図

背景

バイオセンサー、インプラント、人工関節などの医療材料において、さまざまな場面で防汚特性は非常に重要な役割を果たす。バイオセンサーでは、タンパク質、脂質、糖類などの生体分子の非特異的吸着がセンサーの選択性・感度に悪影響を及ぼす。また、血液と接触するバイオデバイスでは、血中成分の意図しない吸着が血栓症などの有害な副作用の引き金となる。これらを防ぐための策として、防汚特性を有する高分子コーティング膜が用いられている。

しかし、優れた防汚特性を有する高分子コーティング膜の効率的な開発は未だに実現していない。防汚特性と材料の化学的・物理的構造の関係性が定量化されていないことが原因の一つとして挙げられる。これまで求める材料を設計するためには、研究者の経験に基づく試行錯誤やセレンディピティに頼らざるを得なかった。

研究成果

本研究ではまず、5種類の単量体(モノマー)から、厚みと分子密度の異なる高分子コーティング膜を合成した。そして、高分子コーティング膜の化学構造(C-H結合の割合、厚み、分子密度など)と特性(疎水性、実効電荷、分子量など)から、血液成分の吸着量を予測するランダムフォレスト[用語3]による回帰モデルの構築に世界で初めて成功した(図1)。

ランダムフォレスト回帰から得られた各パラメータの重要度評価に加えて、ピアソン相関係数[用語4]を照らし合わせることで、化学構造と特性と生体分子の吸着量の相関を定量的に示した(図1と図2)。

機械学習を用いた生体分子の吸着量の実験値と予測値(実線上: y = x に近いほど予測が正確であることを示す)

生体分子の吸着量に対する記述子の重要度評価

図1.
:機械学習を用いた生体分子の吸着量の実験値と予測値(実線上: y = x に近いほど予測が正確であることを示す) :生体分子の吸着量に対する記述子の重要度評価
図2. 血中成分の吸着量に対する各高分子コーティング膜の(A)厚みと(B)密度のピアソン相関係数
図2.
血中成分の吸着量に対する各高分子コーティング膜の(A)厚みと(B)密度のピアソン相関係数

社会的インパクト

従来、生体材料(バイオマテリアル)の開発は試行錯誤的なアプローチによって行われてきた。今回確立した機械学習を用いる材料設計の手法は、材料開発において、大幅な低コスト化と時間短縮をもたらし、結果として持続可能な材料開発の実現にも貢献することが期待される。

また、バイオマテリアル分野では機械学習による材料設計の例は非常に少なかった。計算科学を用いた大規模なデータセットの構築が出来ないことが主な理由として挙げられるが、本研究では、適切なアルゴリズムとパラメータの選択によって、小規模のデータセットでも機械学習による材料設計が可能である事を示した。

今後の展開

構築した機械学習の予測性能を改良していくためには、多様な高分子コーティング材料の化学構造と、生体分子の吸着量を含む学習データがより必要となってくる。今後も産(実際の材料開発現場での応用)と学(未知材料の開発)の連携を通じて、より実用的な生体材料の設計および開発に貢献していきたい。

用語説明

[用語1] 高分子ブラシコーティング膜 : 高分子を材料表面から生やす(伸長させる)ことで、ブラシのように高密度に固定された構造をとる。従来の高分子被膜より優れた安定性と耐久性を持つ。

[用語2] 機械学習 : 機械(コンピュータ)にデータに潜むルールやパターンを学習させることで、学習に基づいた予測や判別を可能とするデータ分析手法。

[用語3] ランダムフォレスト : 木構造(樹形図)をもとに分類や回帰を行う決定木を複数組み合わせることで汎化能力を向上させる機械学習アルゴリズム。予測モデルの構築と同時に、変数の重要度を評価することができる。

[用語4] ピアソン相関係数 : 2つの変数間の関連の度合いを示す統計指標。-1から1の間の実数値をとり、1に近いほど強い正の相関があり、-1に近いほど強い負の相関がある。

論文情報

掲載誌 :
ACS Biomaterials Science & Engineering
論文タイトル :
Prediction of serum adsorption onto polymer brush films by machine learning
著者 :
Debabrata Palai, Hiroyuki Tahara, Shunta Chikami, Glenn Villena Latag, Shoichi Maeda, Chisato Komura, Hideharu Kurioka, and Tomohiro Hayashi
DOI :

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