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非平衡相転移におけるキブル・ズーレック機構を実証

超伝導磁束の集団運動にみるコスモロジー

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公開日:2022.12.06

要点

  • 駆動された超伝導磁束の集団が、乱れた運動状態から秩序ある格子に変化する過程において、自発的に格子欠陥が生成されることを発見
  • 駆動力を増やす速度と欠陥密度の関係が、キブル・ズーレック機構に従うことを実証
  • 初期宇宙の相転移にも関係するキブル・ズーレック機構の適用範囲の拡大と非平衡相転移の新たな研究につながるものと期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の前垣内舜大学院生、同学院の大熊哲教授の研究グループは、超伝導体を貫く磁束の集まりの運動状態が、乱れたフローから秩序ある格子的フローへ変わる非平衡[用語1]相転移の過程で、磁束格子[用語2]内に格子欠陥[用語3]が自発的に現れることを発見し、その欠陥生成がキブル・ズーレック機構[用語4]で説明できることを実証した。

キブル・ズーレック機構による欠陥生成は、初期宇宙の相転移でも起こっていたと考えられており、1970年代に提案されて以来、実験室での検証が盛んに行われてきた。しかし、従来の実験は温度低下によって起こる平衡相転移に限られていた。本研究では同グループが最近見出した、駆動力(電流)の増加によって磁束線の並びがきれいに格子的に揃っていく非平衡相転移に着目し、その過程で磁束格子に含まれる格子欠陥の量を調べた。その結果、駆動電流の増加速度を上げて非平衡相転移点を素早く横切るようにすると、 終状態の欠陥密度が増加すること、そして駆動電流を増やす速度と欠陥密度の間に、べき乗則が成り立つことを発見した。これにより、非平衡相転移にもキブル・ズーレック機構が適用できることを初めて実験的に証明した。

本研究により、キブル・ズーレック機構の適用範囲が平衡相転移から非平衡相転移に広がった。近年急速に発展している非平衡相転移の研究分野への新たな展開が期待される。

本研究成果は、米国物理学会「Physical Review Letters」(フィジカル・レビュー・レターズ)誌のEditors' Suggestion に選ばれ、2022年11月22日(現地時間)にオンライン版で公開された。

背景

物質がある状態から別の状態に変化する相転移現象は身の回りに多くみられる。水が氷になる液体-固体転移や、磁石の性質が現れる強磁性転移、電気抵抗がゼロになる超伝導転移などは、物質を冷やすことで秩序が生まれる相転移である。また現在の宇宙も、ビッグバン後の高温状態から冷却されてできた秩序状態にあると考えられている。

超伝導や強磁性の場合には秩序に向きがあり、たとえば強磁性体を冷やしていくと、秩序の向き(スピンの向き)が揃う領域が生まれることで磁石の性質が現れる。また、異なる方向に秩序が揃った領域が複数生まれると、それらの領域が接する境界には、トポロジカル欠陥[用語5]と呼ばれる、秩序が不完全な状態が形成される。相転移する温度(相転移点)より低温での秩序の向きの揃い具合は冷却速度(相転移を横切る速度)に依存し、急冷するほど場所ごとに秩序の向きがばらばらになり、トポロジカル欠陥の量も増加する(図1)。このような、冷却速度と生成するトポロジカル欠陥の密度の関係を説明する理論が、キブル・ズーレック機構である。具体的には、冷却速度と欠陥密度にべき乗の関係があることが予想されている。この機構はコスモロジー(宇宙論)の分野で最初に提案された。たとえば初期宇宙の相転移で生成された後、現在まで消えずに残っているトポロジカル欠陥の存在は、宇宙初期の様子を探る手掛かりになると考えられている。

これまでに、温度低下によって起こる平衡相転移に関しては、液体ヘリウムや冷却原子を用いてキブル・ズーレック機構の実験検証が行われ、実験室でコスモロジーが模擬できることが示されてきた。一方、近年盛んに研究されている非平衡相転移については、相転移そのものに対する理解は進みつつあるが、キブル・ズーレック機構の実証には至っていなかった。

図1 超伝導体などでは冷却速度を上げると秩序の向きが揃う間もなく固まってしまい、 トポロジカル欠陥の量が増える。

図1. 超伝導体などでは冷却速度を上げると秩序の向きが揃う間もなく固まってしまい、 トポロジカル欠陥の量が増える。

研究成果

本研究では、最近本グループによって検証、開発された、駆動電流の増加と共に、乱れた運動状態から秩序的な運動状態へと非平衡相転移を起こす、アモルファスMoxGe1-x超伝導膜の低温(4.1 K)における磁束系を用いた。超伝導磁束を用いる利点としては、(1)磁束の運動の平均速度に比例して発生する電圧を精密に測定することで、磁束の運動状態が高精度にわかること、(2)駆動電流の増加速度(冷却速度に対応)を変えることによって、相転移点を横切る速度を数桁も変えられることなどが挙げられる。また、(3)磁束格子の秩序度あるいはトポロジカル欠陥の密度を見積もる手法が、同グループの先行研究[参考文献1]によってすでに示されている。

今回の実験では、駆動電流の大きさと駆動電流を増やす速度を変えながら磁束格子の秩序度を調べた。その結果、駆動電流を素早く増加させたほうが格子は乱れており、多くの格子欠陥が生成されていることがわかった(図2左、中央)。十分大きな値まで電流を増やして秩序化させた終状態での格子欠陥密度は、キブル・ズーレック機構で予想される “駆動電流を増加させる速度のべき乗” で表され、またそのべきから決まる相転移の臨界指数[用語6]もキブル・ズーレック機構の予想と近いことがわかった(図2右)。この結果、および、臨界緩和を反映した実験結果(本論文を参照)は、格子欠陥が確かにキブル・ズーレック機構に従って生成されたことを意味している。これらの事実により、非平衡相転移においてもキブル・ズーレック機構が適用可能であることが初めて実験で証明された。

図2. (左)駆動電流と磁束格子の秩序度の関係。上(赤色)から下(青色)にかけて電流増加速度(冷却速度に対応)を増大させている。相転移点を素早く横切ると欠陥の多い乱れた格子ができる。(中央)三角格子中の欠陥の模式図。頂点から伸びる線分が6本ではない部分が格子欠陥。(右)格子欠陥の密度が電流増加速度の逆数のべき乗則に乗っている(実線と破線)
図2.
(左)駆動電流と磁束格子の秩序度の関係。上(赤色)から下(青色)にかけて電流増加速度(冷却速度に対応)を増大させている。相転移点を素早く横切ると欠陥の多い乱れた格子ができる。(中央)三角格子中の欠陥の模式図。頂点から伸びる線分が6本ではない部分が格子欠陥。(右)格子欠陥の密度が電流増加速度の逆数のべき乗則に乗っている(実線と破線)

社会的インパクト

物質材料中の格子欠陥はその機械的性質に大きな影響を与える。例えば、適度な欠陥の導入は材料の機械的強度を上げる。近年、物質材料開発の分野において、準安定性や非平衡性という新たな概念を取り入れることにより、従来実現できなかった革新的な物質材料を創出しようとする動きがある。本研究で得られた駆動力の増加速度と格子欠陥密度の普遍的関係は、従来の温度に加え、外力という新たな変数を利用した物質作製に道を拓くものと思われる。

今後の展開

キブル・ズーレック機構によると、相転移点を横切る速度と欠陥密度の間のべき乗則を決める指数は、相転移を特徴づける複数の臨界指数の組み合わせで与えられる。臨界指数はさまざまな相転移を特徴づけ、分類するうえで基本的かつ重要な量である。本研究の結果から、キブル・ズーレック機構が超伝導磁束系以外の非平衡相転移にも広く適用できる可能性が強く示された。このことは、他の非平衡相転移におけるキブル・ズーレック機構の研究を促すと共に、この機構を通した非平衡相転移の臨界指数の決定や分類といった新たな非平衡相転移の研究につながるものと期待される。

付記

本研究は、科学研究費助成事業・基盤研究(B)(22H01165:研究代表者 大熊哲)、新学術領域研究 (20H05266:研究代表者 大熊哲)、特別研究員奨励費(20J21425:研究代表者 前垣内舜)の支援を受けて実施された。

用語説明

[用語1] 非平衡 : 物質やエネルギーの流れがあり、時間とともに状態が変化すること。気象や生物、あるいは運動している物体など、身の回りは非平衡状態にあふれている。

[用語2] 磁束格子 : 超伝導体を貫く磁束が格子状に並んだ状態。主に三角格子を組むことが知られている。

[用語3] 格子欠陥 : 格子中の乱れ。三角格子であれば、三角形の頂点から伸びる線分が6本ではない部分が格子欠陥になる。

[用語4] キブル・ズーレック機構 : 初期宇宙の相転移や強磁性転移、超伝導転移などに伴う欠陥生成に関する理論。温度などを時間的に変化させて系の状態を変えるとき、相転移点のまわりでは状態変化にかかる時間が増大して、温度変化についていけなくなる。その結果、相転移点を素早く横切るほど、秩序の向きが揃った領域のサイズが減少し、欠陥密度が大きくなる。

[用語5] トポロジカル欠陥 : 連続変形では取り除くことのできない乱れ。超伝導体では磁束線、磁性体では磁壁、結晶格子では格子欠陥がトポロジカル欠陥になる。したがって本研究では、自身もトポロジカル欠陥である磁束線が作る格子中のトポロジカル欠陥(格子欠陥)を調べていることになる。

[用語6] 臨界指数 : 相転移点のまわりでみられる特定の物理量のべき乗則を決める指数。系の構成要素の細かい違いには依らない普遍的な値であり、異なる相転移を特徴づけるうえで基本的かつ重要な量。

参考文献

[1] M. Dobroka, Y. Kawamura, K. Ienaga, S. Kaneko and S. Okuma, New Journal of Physics, 19, 053023 (2017)

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Kibble-Zurek Mechanism for Dynamical Ordering in a Driven Vortex System
著者 :
Shun Maegochi, Koichiro Ienaga, and Satoshi Okuma
DOI :

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