東工大ニュース

2次元超伝導体を貫く磁束線の量子的な液体状態を発見

超伝導デバイス開発の新たな指針に

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公開日:2020.12.15

要点

  • 原子レベルに薄い超伝導体の微弱な “超伝導のゆらぎ” を、絶対零度付近まで精密に検出することに成功
  • 超伝導体の異常な金属状態の起源が、超伝導体を貫く磁束線の量子的な液体運動にあることを実証
  • 磁束線の量子性を用いた超伝導デバイスへの応用の可能性

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の家永紘一郎助教、大熊哲教授の研究グループは、乱れが少ない極薄の超伝導体を磁場中に置くと、内部を貫く磁束線が量子液体状態[用語1]となり、絶対零度(0 K(ケルビン))でも流動性を持つことを発見した。

この発見により、2次元超伝導[用語2]の分野で20数年来、未解決の問題となっていた磁場中の異常な金属状態の起源が解明された。この研究成果は超伝導の研究で一般的に用いられる電気抵抗測定に加え、熱電効果[用語3]の測定によって微弱な超伝導のゆらぎ[用語4]を高感度に検出したことにより得られた。

今回の研究で明らかになった磁束線の量子性は、超伝導デバイス開発の新たな指針になると期待される。

本研究成果は2020年12月14日(現地時間)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」(フィジカル・レビュー・レターズ)オンライン版で公開された。

背景

超伝導体とは冷やすと電気抵抗がゼロになる物質のことであり、強力な電磁石の材料としてリニアモーターカーや医療用の磁気共鳴映像法(MRI)などに広く用いられている。ところが超伝導体自身に磁場がかかると、磁束線の侵入に伴って超伝導の欠陥(渦糸、図1左)が生成され、その運動によって超伝導特性が左右される。このため、超伝導の磁場に対する性質を調べることは極めて重要である。特に量子コンピューティングに用いられる超伝導量子ビットでは、微小な超伝導薄膜素子が極低温環境で動作するため、超伝導体の極低温・磁場中での特性の解明が求められている。

極薄の2次元超伝導体は強いゆらぎ効果のために、厚い超伝導体とは大きく異なる性質を示す。特に絶対零度付近では、磁場の増加によって超伝導状態が壊され、絶縁体へと変化する量子相転移[用語5]が起こる。

ところが、乱れが少ない試料では中間の磁場領域において、電気抵抗が常伝導状態よりも数桁も低い異常な金属状態が現れることが1990年代から知られている。この金属状態は磁束線の量子的な運動に由来すると予想されていたが、通常の電気抵抗測定では電子の散乱の信号と磁束線の運動の信号を区別することができないため、実証はされていなかった。

図1. (左)超伝導体を磁場中に置いた場合、磁束線が侵入した箇所の超伝導は壊され、超伝導電流の渦を伴った欠陥(渦糸)が生じる。(右)超伝導のゆらぎを検出するための熱電効果測定の模式図。磁束線は温度勾配(熱流)の方向に運動し、それと垂直方向に電圧を発生させる。

図1. (左)超伝導体を磁場中に置いた場合、磁束線が侵入した箇所の超伝導は壊され、超伝導電流の渦を伴った欠陥(渦糸)が生じる。(右)超伝導のゆらぎを検出するための熱電効果測定の模式図。磁束線は温度勾配(熱流)の方向に運動し、それと垂直方向に電圧を発生させる。

研究成果

本研究では、厚さ12 ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)のモリブデンゲルマニウム(MoGe)の超伝導薄膜を作成し、超伝導の微弱なゆらぎを高感度に検出できる熱電効果測定を行うことにより、磁束線の運動だけを分離して検出することに成功した。試料に温度差をつけると、超伝導を担わない通常の電子および磁束線は高温側から低温側に運動して電圧を発生させる。電子は温度勾配方向に、磁束線は温度勾配と垂直方向に電圧を発生させるため、電圧信号には磁束線の運動のみが検出される(図1右)。

絶対零度に近い0.1 K(室温である300 Kの3000分の1)という極低温まで測定した結果、電気抵抗(図2左)で異常な金属状態が観測された磁場範囲において、絶対零度付近でも熱電信号が消失しないことがわかった(図2右)。この結果は、磁束線が絶対零度でも凍らずに流動性を持つ量子的な液体状態となっていることを意味する。これにより、20数年来、未解決となっていた磁場中の異常な金属状態の起源が解明された。さらに詳細な解析によって、この金属状態は量子相転移点に特有の熱特性を有することが明らかになった。

図2. (左)電気抵抗の温度特性。磁場を増加させると、超伝導-金属-絶縁体の順に絶対零度の状態が変化する。(右)熱電信号の測定結果。金属状態を示す磁場範囲において、絶対零度付近まで磁束線の液体状態が存在することがわかる。

図2. (左)電気抵抗の温度特性。磁場を増加させると、超伝導–金属–絶縁体の順に絶対零度の状態が変化する。(右)熱電信号の測定結果。金属状態を示す磁場範囲において、絶対零度付近まで磁束線の液体状態が存在することがわかる。

今後の展開

現在、研究されている超伝導量子ビットが磁束線一本の量子性を利用しているのに対し、本研究では超伝導体中の磁束線が集団的に示す量子性を明らかにした。このため、本成果は超伝導デバイス開発の新たな指針となると期待される。学術的興味としては、試料内の乱れが強く高磁場中で強い絶縁体的性質を示す2次元超伝導体においては、磁束線が量子凝縮状態[用語6]になるという理論予想がある。今後はその検出を目指して、本研究の手法を用いた実験を展開する予定である。

付記

今回の研究は、科研費・基盤研究(B)(17H02919)、若手研究(17K14337, 20K14413)と、東京工業大学・研究の種発掘支援、大隅良典基礎研究支援の助成を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 量子液体状態 : 物質を冷やしても固体にならず、絶対零度まで液体のままである状態。代表例として液体ヘリウムがある。ヘリウムは1気圧のもと、4.2 Kで気体から液体になるが、液化したヘリウムをさらにいくら冷やしても固体にはならない。

[用語2] 2次元超伝導 : 非常に薄い超伝導体。超伝導を担う電子のペアの距離よりも薄いので、超伝導のゆらぎの効果が強くなり、厚い超伝導体とは大きく異なる性質を示す。

[用語3] 熱電効果 : 温度差を与えると電圧が発生する現象。発電としての応用が研究されているが、本研究では超伝導のゆらぎの検出方法として用いている。

[用語4] 超伝導のゆらぎ : 超伝導の強さが均一ではなく、時間・空間的にゆれていること。通常は熱によるゆらぎが生じるが、絶対零度付近では量子力学的な不確定性原理に基づいた量子的なゆらぎが生じる。

[用語5] 量子相転移 : 温度変化によって起こる相転移とは異なり、絶対零度において磁場などのパラメータを変化させた場合に、量子的なゆらぎによって起こる相転移。量子相転移点の付近では、強い量子ゆらぎによって新奇な基底状態の出現が期待される。

[用語6] 量子凝縮状態 : 多数の粒子が最低エネルギー状態に落ち込み、ひとかたまりの巨視的な波として振る舞う状態。超伝導状態では多数の電子のペアが凝縮している。液体ヘリウムも2.17 Kまで冷やせば凝縮し、粘性がゼロとなる超流動が生じる。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Quantum criticality inside the anomalous metallic state of a disordered superconducting thin film
著者 :
Koichiro Ienaga, Taiko Hayashi, Yutaka Tamoto, Shin-ichi Kaneko, and Satoshi Okuma
DOI :

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東京工業大学 理学院 物理学系

助教 家永紘一郎

E-mail : ienaga.k.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2732 / Fax : 03-5734-2749

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