東工大ニュース
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公開日:2023.02.20
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の白根篤史准教授と同 工学院 電気電子系の岡田健一教授、戸村崇助教および株式会社アクセルスペースは、従来の無線機の半分以下の消費電力で動作する、小型地球観測衛星用のKa帯[用語1]フェーズドアレイ[用語2]無線機の開発に成功した。
地球観測衛星では、画像取得と通信の姿勢制御の競合を避けるためにフェーズドアレイ無線機が用いられるが、小型衛星では消費電力の制約から採用が難しかった。この問題を解決するために、研究グループでは新しいアクティブハイブリッドカプラ回路技術を考案した。この技術を用いた無線機構成では、衛星通信に必須の円偏波[用語3]信号を従来の約半分の機能ブロックで作り出すことが可能で、それによって大幅な消費電力の削減を実現した。
実際に作製したKa帯フェーズドアレイ無線機は、256素子のアレイアンテナおよび64個のフェーズドアレイICで構成した。各ICは安価で量産可能なシリコンCMOSプロセス[用語4]で製造を行った。この無線機は、アクティブハイブリッドカプラ回路をはじめとした増幅器、移相器を搭載することで、低い消費電力でのビームステアリング[用語5]と円偏波信号の生成を可能とした。本無線機の消費電力は、最大出力電力63.8 dBm EIRP(Equivalent Isotropic Radiated Power)[用語6]時に26.6 Wであり、最新の円偏波フェーズドアレイ無線機と比較しても半分以下という、低い消費電力を達成した。
研究成果の詳細は、2月19日から米国サンフランシスコで開催される国際会議ISSCC 2023「International Solid-State Circuits Conference 2023」で発表される。
気候変動に対応するための環境モニタリング、スマート農業における農地管理や、災害危険箇所の検出といった、人工衛星を用いた地球観測データサービスの重要性は、近年ますます高まっている。地球観測衛星には、地上をモニタリングするための画像センサをはじめとするさまざまなセンサが搭載されており、それらのデータを宇宙から地上へと送信する無線機が必要となる。地球観測データの需要の高まりにともない、宇宙と地上間でのデータ通信の頻度とリアルタイム性をこれまで以上に高めることが強く求められている。
これまでの小型地球観測衛星では、画像取得時の衛星の姿勢制御と通信時の姿勢制御の競合によって、データ更新頻度とリアルタイム性が律速されるという課題があった。従来の無線機は、ホーンアンテナのような一方向に高い指向性を持つアンテナを利用しているために、アンテナを地上局方向に向かせる必要がある。その際に、画像取得と通信の姿勢制御が競合し、所望の地域にポイントを合わせることができず、画像の取得頻度が落ちてしまう。
大型の地球観測衛星では、そうした姿勢制御の競合を避けるために、指向性を機械的に制御できるジンバル機構もしくは電気的に制御できるフェーズドアレイ無線機が用いることが可能である。しかし小型衛星では、無線機に許容される消費電力の制約から採用が困難であった。
人工衛星向けの無線機では円偏波が用いられるが、従来構成の無線機では、円偏波を生成するために2系統のトランシーバを用いる必要があり消費電力が大きくなってしまっていた(図1左)。そこで本研究では、円偏波生成に用いる2系統の回路ブロックを1系統に共有化するアクティブハイブリッドカプラ回路技術を考案した。この技術を用いて、利用する回路ブロックを約半分にした新規無線機構成を提案することで、フェーズドアレイ無線機の大幅な低消費電力化を達成した。
提案したフェーズドアレイ無線機は、2つのポートを持つアンテナ、増幅器、位相器、そしてアクティブハイブリッドカプラで構成されており(図1右)、低消費電力での電気的な指向性制御を可能としている。アンテナに接続される最終段の電力増幅器の前段に、アクティブハイブリッドカプラを配置することで、円偏波生成に必要な0度と90度の位相を持つ2つの信号を生成する。このような構成をとることで、カプラ前段では、1系統の増幅器と移相器のみで構成することが可能となる。またアクティブハイブリッドカプラは移相調整機能を備えており、正確な0度と90度の位相差を作り出すことで、円偏波の精度を高め、通信の高速化を実現する。
本研究のプロトタイプのフェーズドアレイ無線機は、64個のフェーズドアレイICと256素子のアレイアンテナで構成した(図2)。これらのフェーズドアレイICは、安価で量産が可能なシリコンCMOSプロセスを用いて製造を行い、ウェハーレベル・チップ・スケール・パッケージ(WLCSP)にてパッケージ化し、1チップに8系統のトランシーバを集積した。
さらに本研究では、本無線機と測定評価用のアンテナを用いたOTA測定(Over The Air)[用語7]による無線機評価を行った。その結果、本無線機は次世代の地球観測衛星の通信に用いられるKa帯25.5-27.0 GHzで動作し、右旋・左旋の両円偏波において、256APSK(256 Amplitude Phase Shift Keying)[用語8]変調利用時に最大で16 Gbpsの通信速度を達成した。無線機の最大出力電力は63.8 dBm EIRPであり、そのときの消費電力は26.6 Wであった。この消費電力は、最新の円偏波フェーズドアレイ無線機における、同様の出力電力での消費電力の半分以下であり(図3)、大幅な低消費電力化を実現することに成功した。
本研究は、衛星が取得する地球の画像や各種センサのデータを、今まで以上に高頻度かつ高リアルタイムに地上に送ることを可能にする。それによって、われわれが直面している、気候変動、食糧問題、災害対策といった地球規模での社会課題を解決に導く、新たな衛星データサービスの誕生を促す。
本研究において開発したフェーズドアレイ無線機は、株式会社アクセルスペースの開発するデジタル変調ユニットと統合して、同社の小型地球観測衛星に搭載し、数年以内の宇宙実証を計画している。また本研究は、地球観測衛星に限らず、今後ますます打ち上げが活発化するさまざまな用途の小型衛星へのフェーズドアレイ無線機の搭載を可能にする。本研究によって実現する高速、高頻度、および高リアルタイム性のデータ通信は、今後のさらなる衛星データ利活用の展開を加速させるものである。
付記
本研究は、JST 研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP 産学共同 JPMJTR211D の支援を受けて実施された。
用語説明
[用語1] Ka帯 : 一般には26-40 GHz までの周波数帯域を示すが、ここでは地球観測衛星に割り当てられているKa帯(25.5-27 GHz)を指す。
[用語2] フェーズドアレイ : 複数のアンテナへ位相差をつけた信号を給電する技術。放射方向を電気的に制御するビームフォーミングの実現に利用される。
[用語3] 円偏波 : 電磁波の進行方向に垂直な面内で、その励振周波数と等しい周期で電界の向きが回転している偏波。水平偏波または垂直偏波を用いた直線偏波による無線通信により衛星通信を行うと、衛星の姿勢によって偏波方向が変わり、偏波面が定まらずに信号の受信が困難になる場合がある。これに対して、円偏波を用いた無線通信により衛星通信を行うと、偏波面を定めなくても信号の受信が可能となるという特性がある。
[用語4] シリコンCMOSプロセス : CMOSプロセスは、N型とP型のMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を相補的に用いた集積回路であり、バイポーラプロセスと比較し消費電力の削減と高い集積率を実現したプロセスである。近年の集積回路はほぼ全てがCMOSプロセスとなっている。
[用語5] ビームステアリング : 電波を細く絞り、電波を集中的に任意の方向に発射、制御する技術。
[用語6] EIRP(Equivalent Isotropic Radiated Power) : 指向性のあるアンテナを用いると、放射方向によっては無指向(等方性)のアンテナを用いるよりも強い電力密度を発生させることができる。この時に、指向性のあるアンテナにより生じたものと同じ電力密度を等方性アンテナにより得るために必要となる送信電力をEIRP(Equivalent Isotropic Radiated Power)という。
[用語7] OTA測定(Over The Air) : ケーブルを利用した接続に対して、アンテナを用いて電波伝搬を介した接続での測定。
[用語8] 256APSK(256 Amplitude Phase Shift Keying) : 256 Amplitude Phase Shift Keying(256値振幅位相)変調。振幅と位相双方に情報を乗せて伝送する変調方式。1シンボルあたり8 bit 256値の情報を乗せることができる。
発表予定
この成果は、2月19日(現地時間)から開催される国際会議ISSCC 2023「International Solid-State Circuits Conference 2023」において、「A Small-Satellite-Mounted 256-Element Ka-Band CMOS Phased-Array Transmitter Achieving 63.8dBm EIRP Under 26.6W Power Consumption Using Single/Dual Circular Polarization Active Coupler(片・両円偏波対応アクティブカプラを用いた63.8dBm EIRP消費電力26.6W小型衛星搭載用256素子Ka帯CMOSフェーズドアレイ送信機)」の講演タイトルで、現地時間2月21日午後4時45分から発表される。
講演セッション : |
Session19: 5G and Satcom: Receivers and Transmitters |
講演時間 : |
2月21日午後4時45分(現地時間) |
講演タイトル : |
A Small-Satellite-Mounted 256-Element Ka-Band CMOS Phased-Array Transmitter Achieving 63.8dBm EIRP Under 26.6W Power Consumption Using Single/Dual Circular Polarization Active Coupler(片・両円偏波対応アクティブカプラを用いた63.8dBm EIRP消費電力26.6W小型衛星搭載用256素子Ka帯CMOSフェーズドアレイ送信機) |
会議Webサイト : |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
准教授 白根篤史
Email shirane@ee.e.titech.ac.jp
Tel / Fax 03-5734-3764
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661