東工大ニュース

光反応を促進するハイブリッド型ロジウム触媒を開発

可視光を捕集しながら分子の結合を活性化する

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公開日:2023.03.31

要点

  • 可視光を捕集する機能と有機分子を活性化する機能の両方を有するハイブリッド型ロジウム触媒を開発
  • 開発した触媒に可視光を照射することで、2種類の異なる光反応が促進されることを発見
  • 光照射下で触媒が機能する仕組みを計算化学シミュレーションによって解明

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の大内誠也大学院生、井上智仁大学院生、野上純太郎大学院生、永島佑貴助教、田中健教授のグループは、光反応を促進するハイブリッド型ロジウム触媒の開発に成功した。本触媒に可視光を照射することで、2種類の全く異なる光反応が促進されることを見出した。

イリジウムやルテニウムなどの遷移金属は光レドックス触媒[用語1]として有名であり、ラジカル型光反応[用語2]に利用されてきた。一方で、周期表上でそれらと隣り合わせに位置するロジウムは、同じ遷移金属であるものの、光反応の触媒として利用された事例が非常に少なく、ロジウムの光触媒としての性質は研究が進んでこなかった。

研究グループは、「可視光を捕集する機能」と「有機分子を活性化する機能」の両方を有する「ハイブリッド型ロジウム触媒」を開発した。この触媒に可視光を照射することで、ロジウム触媒の性質に由来した2種類の異なる光反応が促進されることを見出し、既存の触媒では困難であった分子変換を実現した。さらに、密度汎関数法[用語3]を用いた計算化学シミュレーションにより、開発したロジウム触媒が非ラジカル型光反応[用語4]を促進することを明らかにした。

本研究の成果によって多様な分子変換が実現できたことで、有機材料や医薬品、生理活性物質などの複雑な有機化合物が効率的に合成できるようになるとともに、太陽光などの自然エネルギーを利用した持続可能な物質生産に貢献できると期待される。

研究成果は、英国の科学雑誌「Nature Synthesis」の掲載に先立ち、3月29日(日本時間)にオンライン掲載された。

背景

有機合成は、医薬品、生理活性物質、機能性材料などを合成する上で欠かせない技術であり、私たちに豊かな生活をもたらしてきた。こうした有機合成で用いられる化学反応のほとんどは、「熱」によって促進される熱反応であった。一方で近年、可視光などの「光」によって促進される「光反応」が注目を集めている。これは、光吸収によって生じる励起状態[用語5]を利用することで、通常の熱反応では実現しえない化学変換が期待できるためである。また、太陽光などの自然エネルギーを利用できる点も魅力的であり、さまざまな光反応を実現するための「光触媒」を開発することが求められている。

遷移金属錯体は、励起状態の寿命、つまり光触媒機能を発揮できる時間が長いことから、さまざまな光触媒へ応用されている。イリジウムやルテニウムなどの錯体は、励起状態にて他の分子へ電子を移動(レドックス)できる光レドックス触媒として知られ、ラジカルと呼ばれる化学種を用いたさまざまな光反応(ラジカル型光反応)を実現してきた(図1A)。一方で、周期表上でイリジウムやルテニウムと隣り合わせに位置するロジウムは、同じ遷移金属であるものの、光触媒として利用された事例が非常に少なく、光触媒としての性質は明らかにされてこなかった。

そこで研究グループは、光触媒として機能するロジウム錯体を設計することで、従来とは異なる性質を持つ光触媒反応が開発できるのではないかと考え、研究を行った。その結果、複数の非ラジカル型光反応を促進する新たなロジウム触媒の開発に成功した(図1B)。

図1 本研究とこれまでの研究の比較

図1. 本研究とこれまでの研究の比較

研究成果

1. ハイブリッド型ロジウム錯体の設計と合成

研究グループはこれまでに、光反応を触媒することのできるロジウム錯体を報告している(※1)。しかし、この錯体は有機分子を活性化する機能はあるものの、可視光を捕集する機能がなく、光反応に用いるためには上述の光レドックス触媒と併用する必要があった。

※1

2021年8月4日付 東工大ニュース:光を利用した「ロジウムアート錯体」の発生に成功

そこで研究グループは、有機分子を活性化する機能に加えて可視光を捕集する機能を有するハイブリッド型ロジウム錯体の合成を目指した。合成に先立ち、錯体がどのような波長の光を捕集できるか、光を吸収した後に錯体がどのように構造変化するか、など触媒としての性能を予想しながら設計するべく、密度汎関数法による計算によってコンピューターシミュレーションを行った。その結果、π共役系[用語6]を拡張する(つなげる)ことで捕集できる光の波長が長波長シフトすることが予想されたが、錯体自体が不安定化する可能性が示唆された。そこで、π共役系が繋がらないように「増やす」アプローチを取ることで、錯体が安定なまま可視光を捕集できるのではないかと考えた。具体的には、スピロフルオレンインデノインデニル配位子[用語7]が結合したロジウム錯体を設計し、頭文字を取ってSFI-Rh錯体と名付けた(図2A)。

設計したSFI-Rh錯体は、テラリール-1,5-ジエンと呼ばれる化合物から、カチオン性金触媒を用いた環化反応と、続く1価のロジウムとの錯体化反応によって合成した(図2B)。合成した分子は、単結晶X線構造解析[用語8]によって構造を決定し、原子同士の結合長から、設計通りの安定な錯体が合成できたことを確認した。

図2 ハイブリッド型ロジウム触媒の設計と合成

図2. ハイブリッド型ロジウム触媒の設計と合成

2. ロジウム触媒による光反応の開発とメカニズム解析

次に研究グループは、合成したハイブリッド型ロジウム触媒を用いた、医薬品、生理活性物質、機能性材料などの合成に有用な光反応群の開発を行った。その結果、図3に示すようなアレーンのC–H結合のホウ素化反応や、アルキンの[2+2+2]付加環化反応という、全く異なる2つの化学反応を触媒できることを見出した。特に、従来の触媒では反応を促進させることのできない原料が利用可能であり、本触媒の有用性を示すことができた。

図3 開発に成功した光反応群

図3. 開発に成功した光反応群

最後に、密度汎関数法を用いた理論計算によって、光反応がどのようなメカニズムで起きているかを分子レベルで解析した。その結果、基本的に本触媒は、光の関与しない一般的な分子結合の活性化によって反応を促進していることを確認した。しかし、最もエネルギーが必要な段階(律速段階)においては、触媒が光吸収することで励起状態へと移行し、励起状態特有の電子状態に変化することで、一般的な分子の活性化機構ではできないような反応の加速化を実現していることが明らかになった(図4)。つまり、開発した2つの光反応は、「分子を活性化する機能」と「光を捕集する機能」の両方を持つハイブリッド型触媒だからこそ実現できたといえる。

図4 理論計算によって得られた律速段階の分子構造

図4. 理論計算によって得られた律速段階の分子構造

社会的インパクト

本研究成果は、可視光を利用して有機分子の分子変換を実現する触媒の開発であり、コロネンなどの芳香族炭化水素による有機材料や、ベンゼン環やホウ素原子を含有する医薬品および生理活性物質などのさまざまな機能性分子の効率的合成や、持続可能な物質生産に貢献できると期待される。また、可視光は太陽から無限に降り注ぐ自然エネルギーであるため、光エネルギーの新たな利活用法を示した本研究は、持続可能な開発目標(SDGs)の観点からも重要性の高い成果といえる。

今後の展開

本研究によって、可視光を捕集する機能と有機分子を活性化する機能の両方を有する「ハイブリッド型ロジウム触媒」が開発できた。この触媒はロジウムに由来した特異な性質を有し、2種類の非ラジカル型光反応を促進した。今後、本ロジウム触媒を用いたより多彩な分子変換反応の開拓が期待できる。また、本アプローチを周期表上の他の未開拓元素に展開することで、さらなる新機能を有する光触媒(試薬)の発見につなげていきたい。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(No. 19H00893、No. 21K14623、No.20K22521)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「デジタル化による高度精密有機合成の新展開」(No. 22H05346)、公益財団法人 福岡直彦記念財団、UBE学術振興財団、上原記念生命科学財団の支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 光レドックス触媒 : 光を吸収することで、他の分子への電子の授受(レドックス)を促進できる触媒。

[用語2] ラジカル型光反応 : ラジカルと呼ばれる不対電子を持つ分子を中間体とする光反応。

[用語3] 密度汎関数法 : エネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする密度汎関数理論を用いた計算手法。反応中の化学構造・エネルギー推移・電荷やスピン密度を求めることで、分子が反応する様子をまるでスナップショットを撮るかのように追跡することが可能になる。スピン密度とは、分子内の各原子において、不対電子がどれだけ局在化しているかを示す値のこと。

[用語4] 非ラジカル型光反応 : ラジカルと呼ばれる不対電子を持つ分子を中間体としない光反応。基質と金属の複合体のまま反応が進行する。

[用語5] 励起状態 : 分子が光吸収することで移行できるエネルギーの高い状態のこと。通常の状態は基底状態と呼ばれる。

[用語6] π共役系 : 化合物中に交互に位置する単結合および多重結合に非局在化された電子を持つ結合系のこと。一般に、π共役系が長いほど長波長の光を吸収できる。

[用語7] 配位子 : 錯体において、中心となる金属原子と配位結合する化合物。この場合の配位結合とは、分子の非共有電子対が中心金属へと供給されてできる化学結合を指す。

[用語8] 単結晶X線構造解析 : 分子が規則正しく配列した結晶物質にX線を照射して起こる回折現象を利用して、分子構造を調べる解析手法。

論文情報

掲載誌 :
Nature Synthesis
論文タイトル :
Design, synthesis and visible-light-induced non-radical reactions of dual-functional Rh catalysts
著者 :
Seiya Ouchi, Tomonori Inoue, Juntaro Nogami, Yuki Nagashima*, and Ken Tanaka*
DOI :

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4月7日 12:30 図とPDFファイルを差し替えました。

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