東工大ニュース
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公開日:2023.05.26
東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センターの辻昌武大学院生(研究当時。現 特任助教)、金正煥(Junghwan Kim、キム・ジョンファン)助教(研究当時。現・特任准教授、蔚山科学技術院 助教授)、細野秀雄特命教授らの研究チームは、室温でヨウ化セシウム(CsI)とヨウ化銅(CuI)の粉末を混ぜるだけで、高効率で青色発光する蛍光体Cs3Cu2I5が生成することを見出し、この現象を利用して良質な薄膜の室温形成に成功した。さらに、高効率発光の起源となっている銅イオン周囲の特異な構造の生成の機構を解明した。
Cs3Cu2I5は2018年に同研究室が見出した青色蛍光体で、有毒な元素を含まず、発光の量子効率が90%を超え、化学的にも安定という特徴を有する。そのため、フォトディテクター・シンチレーター・青色EL素子用途への応用で近年注目されている。これらの特性は、結晶中の銅イオンがCuI3三角形とCuI4四面体が結合した[Cu2I5]3−二量体の発光中心がセシウムイオンによって孤立している特異な構造が起源である。しかし、このような特異な銅イオンの構造はこれまで例がなく、なぜこの構造が安定に生成するか不明であったことが、材料開発の発展を妨げてきた。
今回の研究で本材料系は室温でも固相反応[用語1]が促進されることを発見し、高品質な薄膜合成に成功した。また、反応メカニズムの解明過程で、課題であった結晶構造がヨウ化セシウム(CsI)結晶中の隙間に由来することを見出し、今後の新規発光材料の設計指針を示した。
本研究成果は、5月17日付の米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
低温プロセスで合成可能なハロゲン化物は、大面積のフレキシブルエレクトロニクスや光電変換デバイスへの応用に向けて関心を集めている。特に、有毒な鉛を含まない銅系ヨウ化物は、大きなバンドギャップ、p型導電性、優れた光吸収・放出特性により、フォトニクスや透明エレクトロニクスの分野で注目されている。2018年に当研究グループが見出したCs3Cu2I5(以降CCI)は、最も量子効率の高い青色発光を示す物質として世界的に研究されている[参考文献1]。しかしながら、依然として高効率発光の主因となっている特異な結晶構造(図1)の起源が不明であり、さらなる発光材料の探索を妨げてきた。
本研究ではヨウ化銅(CuI)とヨウ化セシウム(CsI)を2重に積層した薄膜を作製すると、室温付近で保持するだけで固相反応が促進され、2つの層の膜厚比に応じてCCIや類似化合物である黄色発光体CsCu2I3の良質な薄膜を得られることを発見した。この二層膜実験から、CsIとCuIの間でCu+、Cs+、I−イオンの急速な相互拡散が起きていることが明らかとなった。この相互拡散によるCCIの生成機構の調査として、第一原理計算[用語2]による点欠陥の生成エネルギーの比較、および走査透過電子顕微鏡(STEM)[用語3]による界面の観察を行ったところ、CsCl型構造[用語4]を持つCsIの結晶中に、本来あるべきでない位置に入り込んだヨウ素原子ICs (アンチサイト欠陥[用語5])と、結晶中の隙間に入り込んだ銅イオンCuix (格子間サイト欠陥[用語6])が同時に導入されることでCCIが生成していることが示唆された(図2)。本研究を通して、CCIはハライドの柔らかさ、Cu+イオンの大きさと拡散性、CsCl型構造の充填密度の低さなどの元素ごとの長所がうまく組み合わさって特異な構造と優れた発光特性を発現していることが明らかとなった。
また、従来の溶液法で作製した薄膜はパターニングが不可能で、膜の表面が粗いために、CCIデバイス特性の向上が阻まれていた。一方で、今回開発した室温での固相反応法を用いることで、CuI半導体薄膜の狙った箇所だけをCsCu2I3やCCI発光体へと転化させることが可能である。生成した薄膜は表面が平坦で、75%の高い発光効率を示すCCI薄膜を得ることができた(図3)。本手法は溶液プロセスとの親和性も高く、透明で良質な薄膜を作製可能であることから、今後のEL素子、透明エレクトロニクス、フレキシブルデバイスへの応用に向けた大きな一歩になると確信している。
CCIは大気中でも劣化しない高性能な青色蛍光体であり、すでにシンチレーター用途や青色発光ELデバイスの創製に向けて世界的に動き出し始めている。今回の研究によりCCIを発光層として用いる青色EL素子の性能向上につながると考えられる。また、特異な発光中心の構造を持つ化合物の設計指針は、暖色系の白色光を作るのに必須な高輝度赤色蛍光体の創製にも貢献できると考えている。
本研究の学術的に最も興味深い発見は、ありふれた結晶構造であるCsCl型の構造中の負に帯電した隙間を、イオン半径の小さなCu+イオンが占めることによってCCIのようなユニークな結晶構造と、構造に起因した高効率な発光を得られることを明らかにしたことである。これまで、結晶中に普遍的に存在する隙間は、機能の発現には積極的には関与しないと考えられていた。しかし、最近では隙間の電子がアニオンとしてふるまう電子化物(エレクトライド)[参考文献2]の機能の発現や、隙間の不純物がドーパントとしてふるまう半導体の化学ドーピング[参考文献3]を可能とすることを明らかになりつつある。今回の発見は発光イオンが拡散してその位置を占有することで、通常では見られない構造を安定化し、特異的な発光特性を実現していることを明らかにした。今後、結晶内の「隙間」を積極的に活用することが、新規機能材料の設計の指針となっていくことが期待される。
付記
本成果は、以下の事業・研究課題によって得られた。 文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点形成型>「東工大元素戦略拠点」(JPMXP0112101001) 科学技術振興機構(JST)さきがけ「ヨウ素アニオンの性質を生かした新機能の開拓」(JPMJPR21Q4) 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「環境低負荷な光デバイス創製に向けた新規発光材料の探索」(JP20J13994)
参考文献
[1] T. Jun, K. Sim, S. Iimura, M. Sasase, H. Kamioka, J. Kim, H. Hosono; Lead‐Free Highly Efficient Blue‐Emitting Cs3Cu2I5 with 0D Electronic Structure, Adv. Mater. 30, 43, 1804547 (2018)
[2] H. Hosono, M. Kitano; Advances in Materials and Applications of Inorganic Electrides, Chem. Rev. 121, 5, 3121-3185 (2021)
[3] K. Matsuzaki, K. Harada, Y. Kumagai, S. Koshiya, K. Kimoto, S. Ueda, M. Sasase, A. Maeda, T. Susaki, M. Kitano, F. Oba, H. Hosono; High-Mobility p-Type and n-Type Copper Nitride Semiconductors by Direct Nitriding Synthesis and In Silico Doping Design, Adv. Mater. 30, 31, 1801968 (2018)
用語説明
[用語1] 固相反応 : 固体中や固体間の化学反応。多くの材料では、反応には物質の融点近傍の高温が必要とされる。
[用語2] 第一原理計算 : 量子力学に基づいて、物質中の電子の状態を計算することで、結晶の安定性や物性を支配する電子のエネルギーを予測することができる。
[用語3] 走査透過電子顕微鏡(STEM) : 薄片化した試料を透過した電子の像から原子スケールの高倍率で観察する手法。結晶面で回折した電子の像を解析することで局所的な結晶構造の同定も可能である。
[用語4] CsCl型構造 : 陽イオンが陰イオンと8配位の立方体を構成している構造。類似化合物のNaCl型構造とは陽イオンが陰イオンの半径比が異なり、格子中を原子が占める充填率が低いのが特徴。
[用語5] アンチサイト欠陥 : 化合物を構成する原子の一部が本来入るべき位置ではなく、他原子が入る位置に入っている状態。
[用語6] 格子間欠陥 : 結晶格子中のもともと空隙だった位置を原子が占めている状態。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
Room-Temperature Solid-State Synthesis of Cs3Cu2I5 Thin Films and Formation Mechanism for Its Unique Local Structure (Cs3Cu2I5薄膜の室温固相反応合成とユニークな局所構造の生成メカニズム) |
著者 : |
Masatake Tsuji(辻昌武)1、Masato Sasase(笹瀬雅人)1、Soshi Iimura(飯村壮史)1, 3, 4、Junghwan Kim (金正煥)1, 2, 4、Hideo Hosono(細野秀雄)1, 3 1東京工業大学、2蔚山科学技術院、3物質・材料研究機構、4科学技術振興機構さきがけ) |
DOI : |
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東京工業大学 栄誉教授 / 同 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 特命教授
細野秀雄
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