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単一のπスタック二量体を識別する手法の開発

高感度分子認識法への応用に期待

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公開日:2023.07.13

要点

  • ナフタレン分子の単一πスタック二量体を識別する方法を開発。
  • 電流信号と振動スペクトルの計測を融合した革新的な構造解析法により、分子間の結合を選択的に認識。
  • 単分子レベルでの高感度な分子認識、病理診断などへの応用に期待。

概要

東京工業大学 理学院 化学系の本間寛治大学院生、金子哲助教、西野智昭准教授は、物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センターの塚越一仁博士と共同で、振動スペクトルと電流信号の計測により、単一分子のπスタック二量体[用語1]を識別する手法を開発した。

π電子を介した相互作用(π—π相互作用)[用語2]は、電子材料における結晶構造や電子輸送特性、薬品と生体との相互作用など、さまざまな分野の理解に重要である。近年、単分子の電子輸送特性が活発に研究されているが、単分子が二量体を形成すると、π軌道の重なりに伴う量子化学効果によって電子輸送特性が著しく変化することが示唆されている。しかし、その二量体の構造を実験的に明らかにする手法はなく、分子同士の相互作用を効果的に調べることができなかった。

そこで本研究グループは、分子間に働くπ電子を介した相互作用を認識する手法を開発し、相互作用の違いにより生じるπスタック二量体の構造変化を、電流信号と振動スペクトルから識別することに成功した。本研究手法は室温中で二量体を形成する分子を識別することを可能とし、病理診断や創薬のための機構解明、分子間における電子輸送機構の解明への貢献が期待される。

本研究成果は、2023年7月12日付(現地時間)の米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載された。

背景

π電子を介したπ—π相互作用は、有機半導体に用いる結晶や小分子とタンパク質、DNAなどとの結合を担う重要な相互作用であり、近年は分子がπ電子を介して連なったπスタック二量体が注目されている。この二量体は、π軌道の重なりがわずかに変わると、量子現象によって電子輸送特性が急激に変化する特性を有し、分子素子への応用も期待されている。π—π相互作用によって形成された単一の二量体の構造が明らかになれば、分子の重なり具合による電子輸送特性の制御や、小分子と生体内の標的部位との吸着構造のモデル化などが可能となり、新たな電子材料開発や創薬機構解明、病理診断への応用が期待される。しかし、単一分子同士からなる二量体の電極間における接続構造を実験的に明らかにする手法は乏しく、分子同士の相互作用と、金属と分子間の相互作用などの他のさまざまな状態を識別することは困難であった。

本研究グループは以前から、金属電極間に捕捉された単一分子の電子輸送特性と分子の吸着構造の解明に取り組んでおり、単分子レベルでの吸着構造を解明する手法の開発に成功している(分子が金属のどこにどのように吸着しているかの識別に成功—高性能分子デバイス実現に道拓く—|東工大ニュース)。本研究では、単一分子が二量化した分子集合体の検出に取り組み、ナフタレン分子でのπスタック二量体の識別を目的とした。

図1. 本研究の実験手法(左)とナフタレン二量体検出の概念図(右)。左右それぞれの金電極に吸着した2つの分子を検出。
図1.
本研究の実験手法(左)とナフタレン二量体検出の概念図(右)。左右それぞれの金電極に吸着した2つの分子を検出。

研究成果

本研究グループは、二量体の認識に用いる電極を作製するために、微細加工技術を用いて、断面が150 nm×120 nmの細線状の金電極を機械的に破断し、分子を捕捉するナノギャップ構造を作製した(図1)。この金電極を用いて、電流信号を検出する電気計測と同時に、レーザー光を照射してラマン散乱計測を行った。金属のナノギャップでは、表面増強ラマン散乱と呼ばれる信号増強現象により、単一分子内の化学結合の振動情報を検出することができる。実験では、金電極にナフタレンチオール分子を吸着させた状態で計測を行い、電極上の分子の電流信号と振動スペクトルを解析して、分子の状態の特定を試みた。

実験の結果、ナフタレン分子に特徴的な振動スペクトルを検出するとともに、振動に由来するピークと電流値の変動に相関があることを見出した。電気伝導度と環呼吸振動[用語3]の振動エネルギーについて相関図を作成したところ、3種類の状態が明瞭に検出された。この結果について、量子化学計算を行って、振動エネルギー変化と電気伝導度変化の傾向を解析したところ、それぞれの状態は、(1)ナフタレンチオールのπ電子が電極金属と強く相互作用して化学吸着[用語4]した状態、(2)ナフタレンがπ—π相互作用によって二量体を形成した状態、(3)ナフタレンが電極金属と弱く相互作用して物理吸着[用語5]した状態であることが明らかとなった。振動エネルギーが電気伝導度に依存して変化することは、吸着構造の違いによる相互作用の大きさを反映しており、電極金属とナフタレン分子間の電荷移動の影響によるものと考えられる。

以上のように、本研究ではナノギャップ構造において単一のナフタレン分子二量体の識別に成功した。

図2. ナフタレンの振動エネルギー電気伝導度の相関図(左)と、図中の各領域に対応する相互作用での状態(右)。Gは電気伝導度を表し、1 G0は77.5 μSに相当する。
図2.
ナフタレンの振動エネルギー電気伝導度の相関図(左)と、図中の各領域に対応する相互作用での状態(右)。Gは電気伝導度を表し、1 G0は77.5 μSに相当する。

社会的インパクト

今回の研究で開発した手法は、室温の大気中というさまざまな素子が動作する環境において、単分子の二量化を検出することが可能であり、さまざまな機能性分子に対して適用できる汎用的な手法になるものと期待できる。π—π相互作用を介した電子輸送は多くの電子材料で重要であり、また製薬の標的部位への分子認識とも関連が深いため、ナノメートルスケールの微小な電子素子開発や創薬分野への貢献、また病理に関係する部位を高感度で検出する医療診断法の開発など、幅広い応用展開が期待される。

今後の展開

本研究によって、ナフタレン分子という基礎的な分子の二量体の検出に成功した。今後は、さまざまな分子間相互作用を有する二量体に対して研究を展開し、検出手法の汎用性を検討するとともに、生体分子の認識素子作製への応用を目指す。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究C「電流計測と表面増強ラマン計測に基づく単分子計測法の開拓」(研究代表:金子哲)、基盤研究B「伝導度計測に基づく単一分子スケールにおける表面電位三次元計測法の開発」(研究代表:西野智昭)、東京工業大学 あすなろ研究奨励金「分子間相互作用の変調による分子接合の電子輸送の制御」(研究代表:金子哲)、同 挑戦的研究賞「構造解析に基づく単分子接合の物性制御への挑戦」(研究代表:金子哲)の一環として行われた。

用語説明

[用語1] 二量体 : 2つの分子が相互作用によってまとまったユニット構造を形成している状態。

[用語2] π—π相互作用 : ベンゼンなどの芳香族分子が持つπ電子同士による相互作用。分子性結晶の構造や小分子とタンパク質の結合など、さまざまな分子が機能を発現するための機構を担っている。

[用語3] 環呼吸振動 : ベンゼンやナフタレンのような、環状構造を持つ分子の骨格が対称に変化する振動。

[用語4] 化学吸着 : 対象物質と分子が化学反応により化学結合を形成している状態。

[用語5] 物理吸着 : 対象物質と分子が分子間相互作用により結びついている状態。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Intermolecular and Electrode-molecule Bonding in a Single Dimer Junction of Naphthalenethiol as Revealed by Surface-enhanced Raman Scattering Combined with Transport Measurements
著者 :
Homma, Kanji; Kaneko, Satoshi; Tsukagoshi, Kazuhito; Nishino, Tomoaki
DOI :

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