東工大ニュース
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公開日:2023.07.21
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の稲木信介教授、白倉智基大学院生(当時)らは、多孔質材料である共有結合性有機構造体(Covalent Organic Framework, COF)[用語1]を電気化学的に合成すると同時に電極表面に固定化する手法を開発した。
COFは、熱的・化学的安定性に優れるため、ガスの吸着・分離材料や触媒、電極材料などへの応用が期待されている。しかしながら、従来の合成法では、生成したCOFが不溶・不融なバルク状粉末として得られるため、成型・加工性が乏しいという課題があった。
本研究では、常温・常圧の温和な条件で電気化学的に酸を発生させ、この電解発生酸(Electrogenerated Acid: EGA)[用語2]を触媒としてモノマー[用語3]の縮合反応を行うことにより、電極近傍でCOFを合成することを着想した。実際に、1,2-diphenylhydrazine由来の酸を発生させ、その発生量や場所を簡便に制御することが可能であることを実証した。さらに、アミンモノマーおよびアルデヒドモノマーを原料としたCOF合成実験を行ったところ、電極近傍で形成したCOFが電極表面に析出し、薄膜状の多孔質材料を一段階で得ることに成功した。
本研究手法は、COFの薄膜合成やその形態制御といった研究展開を可能にする。特に、COF膜を電極上に直接固定化できることは、電極材料やセンシング材料等のデバイスに応用する際のプロセス技術としても有望であると期待される。
研究成果は、ドイツの化学学術雑誌「Angewandte Chemie」国際版にHot Paper(注目論文)として6月9日にオンライン掲載された。
共有結合性有機構造体(Covalent Organic Framework: COF)は、有機分子からなるモノマー同士の共有結合により形成される二次元もしくは三次元状の結晶性材料である。軽元素で構成されるため軽量であることに加え、規則的に分子が配列した多孔質構造由来の大きな表面積を有している。特にイミン結合[用語4]からなるCOFは、モノマーの種類が豊富であることに加え、熱的・化学的安定性に優れるため、ガスの吸着・分離材料や触媒、電極材料などへの応用が期待されている。
一般に、COFは高温高圧下での合成法や酸触媒を用いる手法により得られるが、多くの場合不溶・不融なバルク状粉末として得られる。バルク状粉末は成型・加工性が乏しいため、COFを合成しながら成型する工夫が試みられている。例えば、気相/液相あるいは液相/液相界面で合成することにより二次元シート状のCOFを得る手法や、テンプレートとなる基板表面においてCOF膜を作製する手法も開発されている。しかしながら、温和な合成条件で電極上にCOF膜を簡便に作製することは困難で、その厚みや形状制御も実現していなかった。
稲木教授らは、常温・常圧の温和な条件で電気化学的に酸を発生させ、この電解発生酸(Electrogenerated Acid: EGA)を触媒としてモノマーの縮合反応を行うことにより、電極近傍でCOFを合成することを着想した(図1)。酸触媒の発生量や場所を簡便に制御することが可能であることに加え、電極近傍で形成したCOFが電極表面に析出し、薄膜状の多孔質材料を一段階で得ることができる。
図1に示したように、電解質および1,2-diphenylhydrazine (DPH)を含む電解液に板状電極を浸し、常温・常圧条件下で電位を印加することにより、電極近傍においてDPHの酸化反応が進行する。酸化反応に伴い速やかにプロトンが放出され、このプロトンが電解発生酸として機能する。実際に、指示薬存在下において電解発生酸を発生させたところ、電極近傍のみが局所的に呈色したことから、酸の発生を時空間的に制御できることがわかった。
次に、COFの原料であるアミンモノマーとアルデヒドモノマーおよびDPHを含む電解液に電極を浸し、電位を印加したところ、電解発生酸が触媒として縮合反応が進行し、モノマーの重合体であるCOF膜が電極表面に析出した(図2)。電位掃引のサイクル回数に応じてCOFの膜厚が増大したことから、電解発生酸の生成量を制御することにより、得られるCOF膜の厚みを制御できることがわかった。小角X線散乱測定[用語5]や窒素ガス吸着測定により、得られたCOF膜は高い結晶性と多孔質構造を有していることが明らかとなった。また、異なるアミンモノマーとアルデヒドモノマーの組み合わせにおいても相応するCOF膜を得ることに成功し、三次元状のCOF材料も合成可能であった(図2 右下「TAPM-PDA COF」)。
このように、本手法は温和な条件下で局所的に生じる電解発生酸を用いることにより、モノマーの重合と生成するCOF薄膜の電極表面への固定化を同時に達成する画期的な手法であると言える。
本研究で用いたCOFは、ゼオライトやメソポーラスシリカ、金属有機構造体(MOF)に次いで開発された比較的新しい多孔質材料である。今回、軽量・安定性に優れるCOFの合成と薄膜化を一挙に達成できたことにより、応用研究が加速すると期待される。
本研究では、常温・常圧の温和な条件下、DPH由来の電解発生酸がアミンモノマーとアルデヒドモノマーの縮合反応によるイミン結合形成を促進し、対応するCOF膜を電極上に直接的に作製し、固定化できることを実証した。本手法は、電解発生酸の生成を時空間的に制御することが可能であることから、従来法では不可能とされてきた、COFの電極上での薄膜合成やその形態制御といった、研究展開が可能である。特に、COF膜を電極上に直接固定化できることは、電極材料やセンシング材料等のデバイスに応用する際のプロセス技術としても有望であると期待される。
付記
本研究は、科学研究費助成事業・学術変革領域研究(A)(JP23H04914)、基盤研究(B)(JP20H02796、JP23H02001)、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR211G)、ならびに「東工大の星」支援【STAR】の支援を受けて行われた。
用語説明
[用語1] 共有結合性有機構造体(Covalent Organic Framework: COF) : 軽元素の有機化合物が共有結合を介して規則的に配列した構造体であり、多孔質材料として知られる。軽量で熱安定性や化学的安定性に優れる。
[用語2] 電解発生酸(Electrogenerated Acid: EGA) : 電解酸化により陽極近傍に生じる酸。有機溶媒中で生じる電解発生酸は水和されていない強い酸として作用する。通常は微量の水の酸化により生じるが、本研究のように、容易に酸化される前駆体を用いて発生させることもできる。
[用語3] モノマー : 重合を行う際の基質のこと。単量体ともいう。本研究では、アミノ基を3つ持つアミンモノマーとアルデヒド基を2つ持つアルデヒドモノマーを重合することにより、二次元状の高分子材料を得ている。
[用語4] イミン結合 : 炭素-窒素二重結合のこと。本研究では、アミンモノマーとアルデヒドモノマーの脱水縮合反応により、イミン結合からなるCOF材料が得られる。
[用語5] 小角X線散乱測定 : X線を物質に照射したときに、小さい散乱角で散乱されたX線を測定することにより物質の構造情報を得る手法である。物質の数ナノメートルレベルでの規則構造の分析に用いられる。
論文情報
掲載誌 : |
Angewandte Chemie International Edition |
論文タイトル : |
Site-Selective Synthesis and Concurrent Immobilization of Imine-Based Covalent Organic Frameworks on Electrodes Using an Electrogenerated Acid |
著者 : |
Tomoki Shirokura, Tomoki Hirohata, Kosuke Sato, Elena Villani, Kazuyasu Sekiya, Yu-An Chien, Tomoyuki Kurioka, Ryoyu Hifumi, Yoshiyuki Hattori, Masato Sone, Ikuyoshi Tomita, Shinsuke Inagi |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
教授 稲木信介
Email inagi@cap.mac.titech.ac.jp
Tel 045-924-5407 / Fax 045-924-5407
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