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量子の渦、数えます!

ダイヤモンド量子センサによる超伝導研究の新手法

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公開日:2023.09.26

要点

  • ダイヤモンド量子センサを用いて超伝導体中の量子渦の広視野イメージングに成功。
  • 数多くの量子渦の磁場を定量的に調べ、磁束の量子化を実証。
  • 量子渦を評価する新手法として超伝導研究の発展や超伝導材料開発への貢献が期待。

超伝導体における量子渦

超伝導体における量子渦

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の辻赳行大学院生、岩﨑孝之准教授、波多野睦子教授らは、東京大学 大学院理学系研究科の西村俊亮大学院生、小林拓大学院生、佐々木健人助教、小林研介教授らとともに、ダイヤモンド量子センサ[用語1]を用いて超伝導体[用語2]量子渦[用語3]を広視野でイメージング(可視化)することに成功しました。

超伝導体における量子渦は、巨視的な量子現象の現れであると同時に、超伝導体の特性を理解する上で重要な情報を与えてくれます。その可視化にはさまざまな技術が応用されてきました。本研究では、ダイヤモンド量子センサを用いた新技術により、超伝導薄膜内の量子渦から発生した磁場を広視野かつ高精度にイメージングすることに初めて成功しました。ダイヤモンド量子センサ基板の作製手法を工夫するとともに、その不均一性の影響を軽減する新しい解析手法を開発し、銅酸化物高温超伝導体の一つであるYBa2Cu3O7−δ(YBCO)薄膜中の量子渦をさまざまな温度・磁場においてイメージングしました。多数の量子渦を同時に観測し、一つ一つ調べた結果、量子渦の磁束が量子化していることを高い精度で実証しました。さらに、得られた量子渦の形状が理論モデルと整合することや、磁場侵入長の振る舞いが従来の結果と一致することから、開発した技術の正確性と幅広い適用性を証明しました。今回実証に成功した広視野イメージング技術は、幅広い温度・磁場範囲、高圧などの極限環境下でも有効であり、今後、高圧下における高温超伝導体への適用などの新しい超伝導体の開発や、その応用研究に役立つことが期待されます。

背景

多くの超伝導体は、磁場を強めていくと、その磁場を細い線状の磁束として内部に取り込むことによって超伝導状態を維持しようという性質を持っています。超伝導体に取り込まれた磁束は、周回する永久電流(超伝導電流)によって取り囲まれた独特の構造を持つ「渦」として存在しています(図1左)。しかも、渦を貫く磁束はh/2eというプランク定数hと電気素量eだけで表される普遍的な値の整数倍をとる(量子化)ことが知られています。これを量子渦と呼びます。

量子渦は量子力学の根幹に関わる現象であり、その結晶状態や液体状態などの多彩な振る舞いが半世紀以上にわたって研究されてきました。また、量子渦は超伝導のメカニズムを解き明かす有力な手がかりにもなりますし、その制御は超伝導磁石の開発など応用上も重要です。

図1 ダイヤモンド量子センサによる超伝導体量子渦の観測のセットアップ (左)外部磁場が存在する場合、超伝導体の内部に量子渦が生成されることがある(左下)。量子渦は、線状になった磁束(青い細矢印)の周りを永久電流(円状の赤矢印)が取り囲む構造を持つ。本研究では、多数の窒素空孔中心(NV中心)(赤い短い矢印)が表面に集積されたダイヤモンド量子センサ基板(左上)を超伝導体に貼り付け、イメージセンサとして用いることで量子渦から漏れ出た磁場を可視化した。NV中心の方位が一方向に揃っているため高精度な磁場計測が可能。(右)光学クライオスタット内のステージに、ダイヤモンド量子センサ基板と超伝導体をセットし、温度を変えながら顕微鏡で観測を行う。コイルとアンテナはそれぞれ磁場とマイクロ波を印加するために用いる。

図1. ダイヤモンド量子センサによる超伝導体量子渦の観測のセットアップ

(左)外部磁場が存在する場合、超伝導体の内部に量子渦が生成されることがある(左下)。量子渦は、線状になった磁束(青い細矢印)の周りを永久電流(円状の赤矢印)が取り囲む構造を持つ。本研究では、多数の窒素空孔中心(NV中心)(赤い短い矢印)が表面に集積されたダイヤモンド量子センサ基板(左上)を超伝導体に貼り付け、イメージセンサとして用いることで量子渦から漏れ出た磁場を可視化した。NV中心の方位が一方向に揃っているため高精度な磁場計測が可能。(右)光学クライオスタット内のステージに、ダイヤモンド量子センサ基板と超伝導体をセットし、温度を変えながら顕微鏡で観測を行う。コイルとアンテナはそれぞれ磁場とマイクロ波を印加するために用いる。

これまでにさまざまな手法を用いて量子渦のイメージングが行われてきました。量子渦から出ている磁場を可視化する手法としては電子顕微鏡を用いるものが有名です。また、ホール素子やSQUID(超伝導量子干渉素子)など、さまざまなプローブ(探針)を用いる走査型プローブ手法[用語4]も用いられてきました。磁場を定量的に測定する手法としては、ダイヤモンド結晶の格子欠陥の一つである窒素空孔中心(NV中心)を利用するダイヤモンド量子センサも有名です。これまでに単一のNV中心をプローブとする走査型プローブ手法を用いた量子渦の観測も行われてきました。

その一方で、カメラを用いて多数のNV中心を同時に測定することによって、広視野で磁場イメージングを行う手法も追求されてきました。この広視野イメージング手法は、短時間で膨大なデータを取得できる上に、さまざまな磁場・温度・高圧下などの極限環境でも利用できるため、従来の走査型プローブ手法では不可能であった研究が可能になると期待されてきました。しかし、これまでの広視野イメージング手法では、走査型プローブ手法に比べて磁場の測定精度を高くすることができませんでした。その理由は、NV中心がダイヤモンドのさまざまな結晶方向を向いているために所望の方向の磁場成分を取り出すことが難しいことと、結晶に内在する「ひずみ」のために個々のNV中心の特性がばらばら(不均一)になってしまうという、2つの問題があるためです。

研究成果

本研究では、すべてのNV中心の方位が完全に整列したダイヤモンド量子センサ基板を活用し、さらに、NV中心の不均一性を取り除く解析手法を開発し、これまでの困難を乗り越えることができました。

実験のセットアップを図1に示します。図1左に示したように、多数のNV中心から構成されるダイヤモンド量子センサが、化学気相成長法(CVD)を用いて(111)Ibダイヤモンド基板(1×1×0.5 mm3)上に成長させた厚み2.3μmの薄膜内に配置されています。このダイヤモンド量子センサ基板の大きな特徴は、成膜条件を工夫することによって、NV中心の方位が基板表面に対して垂直になっている点にあります。この工夫によって基板表面に垂直方向の磁場成分だけを高精度に測定することが可能になりました。このダイヤモンド量子センサ基板をYBCO薄膜(超伝導転移温度88.7 K)にワニスで貼り付け(図1左)、光学クライオスタット中のステージ上に設置しました(図1右)。コイルを用いて磁場を印加しながら、ステージの温度を超伝導転移温度以上から以下に下げる「磁場中冷却」を行い、超伝導体に量子渦を生成しました。なお、磁場中冷却の際の印加磁場を変えることによって量子渦の密度の制御が可能です。

このセットアップを用いて、量子渦からの漏れ磁場の精密測定を行いました。具体的には、図1右に示したように緑色レーザをダイヤモンドに照射することによってNV中心から放射される赤色蛍光をCMOSカメラでイメージングしました。マイクロ波を印加しながら赤色蛍光の強度を測定すると、特定のマイクロ波周波数でNV中心内の電子スピンが磁気共鳴を起こす結果、赤色蛍光の強度が減るという現象が起こります。この現象を光検出磁気共鳴(ODMR)と呼びます。共鳴が起こるマイクロ波周波数は電子スピンが感じている磁場と正確に一対一対応しています。このように、発光を観測することによって局所的な磁場を検出することができるのです。これをCMOSカメラで顕微鏡の視野全体に対して行い、多数のNV中心からのODMRスペクトルを同時に測定することによって、あたかも目で見るかのように磁場を可視化できます。これがNV中心を量子センサとして用いる磁場イメージングの原理です。

今回の研究では、コイルを精密に制御しながら完全無磁場の状況を実現し、その際に観測されるODMRスペクトルから結晶内部のひずみ分布を求めました。そのひずみ分布をもとに画像の各点ごとにODMRスペクトルの解析を行うことによって、量子渦からの漏れ磁場を5.47μTの精度(地磁気の約10分の1程度)で測定することに成功しました。この工夫によって、個々のNV中心の不均一性のためにこれまで困難であった広視野における高精度な磁場イメージングが可能になりました。

図2aに代表的な測定結果を示します。超伝導転移温度以上で一定の磁場を印加した後、磁場中冷却を行い、超伝導転移温度以下の40 Kで測定した磁場の像です。図の左から右に向かって印加磁場を増やしています。それに伴い、明るいスポットの数が増えていく様子が分かります。これが量子渦です。どのスポットからも同程度の磁場(約50μT)が出ていることは、量子渦からの磁束が量子化していることの現れです。また、このことは減衰することのない電流(永久電流)がそれぞれの量子渦の周囲に流れ続けていることを明白に物語っています。

図2 量子渦磁場の広視野精密イメージング a 超伝導転移温度より上から超伝導転移温度以下の40 Kまで3つの異なる磁場を印加しながら冷却した超伝導体における量子渦の像。明るい点が量子渦。左から右に向かって磁場が大きくなるとともに量子渦の個数が増えていることが分かる。b 多数の量子渦を調べ、磁束が量子化していることを示した結果。赤い縦線は超伝導体とダイヤモンド量子センサの距離を考慮して求められた観測されるべき磁束の理論値。c 量子渦の中心からの距離の関数として量子渦の周りの磁場分布を求めたもの。ここでも多数の量子渦の観測結果を用いている。赤い実線は理論モデル。

図2. 量子渦磁場の広視野精密イメージング

a 超伝導転移温度より上から超伝導転移温度以下の40 Kまで3つの異なる磁場を印加しながら冷却した超伝導体における量子渦の像。明るい点が量子渦。左から右に向かって磁場が大きくなるとともに量子渦の個数が増えていることが分かる。b 多数の量子渦を調べ、磁束が量子化していることを示した結果。赤い縦線は超伝導体とダイヤモンド量子センサの距離を考慮して求められた観測されるべき磁束の理論値。c 量子渦の中心からの距離の関数として量子渦の周りの磁場分布を求めたもの。ここでも多数の量子渦の観測結果を用いている。赤い実線は理論モデル。

測定結果を詳しく解析することによって、超伝導薄膜の単位面積あたりに生じる量子渦の個数が、印加磁場の大きさに正確に比例していることが分かりました。また、観測した多数の量子渦の磁場を統計的に解析することによって、磁束の量子化が起きていることを±10%の精度で実証することができました(図2b)。さらに、量子渦の「形」(量子渦の周りの磁場分布)を既存の理論モデルと比べてその整合性を確認する(図2c)とともに、超伝導体にしみ出す磁場の長さスケール(磁場侵入長)の振る舞いを解明しました。

今後の展望

超伝導体の量子渦についてはこれまでに多くの研究が行われてきましたが、本研究は初めて広視野で多数の量子渦を同時に精密観測するという新手法を実証したものです。ダイヤモンド量子センサ基板の作製と解析手法を工夫することによって、超伝導体内の微細な磁場分布を高精度に観測する手法が確立され、超伝導体の理解と新たな応用の可能性が広がりました。今後は、発現機構が分かっていない超伝導メカニズムの解明や、新しい超伝導体の探索、高圧下での高温超伝導体の観測などへの展開が期待されます。本研究は、量子センサを物性計測に適用することで新展開が可能であることを示す好例であり、量子センシング研究のさらなる発展に資するものです。

付記

本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の制御と機能」(JP19H05826)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(S)(JP22H04962)、基盤研究(B)(JP23H01103, JP23H01103)、基盤研究(C)(JP22K03524)、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププロジェクト(Q-LEAP)(No. JPMXS0118067395)、東京大学次世代知能科学研究センターの補助を受けて行われました。本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1222UT1131、JPMXP1222IT0058)、FoPM(文部科学省卓越大学院プログラム「変革を駆動する先端物理・数学プログラム」)、JSRフェローシップの支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1] ダイヤモンド量子センサ : 量子センサとは量子力学の原理を利用して物理量を測定できるセンサのことです。さまざまな量子センサが知られていますが、ダイヤモンド結晶中の格子欠陥の一つである窒素空孔中心(NV中心)を量子センサとして利用するダイヤモンド量子センサはその代表例です。NV中心には電子が閉じ込められており、スピンを持っています。本研究では、このスピンが磁場に対して上向き・下向きに量子化した準位を利用して磁場強度を測定しました。このように磁場に敏感なNV中心は、原子サイズの“方位磁針”と喩えることができ、高精度な量子センサとなります。

[用語2] 超伝導体 : ある種の金属は温度を下げていくと電気抵抗が突然ゼロになるという不思議な現象が起こります。これを超伝導と呼び、この現象が起こる温度を超伝導転移温度と呼びます。超伝導は量子力学が中心的な役割を果たす現象として100年以上にわたって多くの研究が行われてきました。現在でも基礎物理学の重要なテーマの一つです。低温で超伝導を示す物質を超伝導体と呼びますが、これは応用上、MRIや超伝導リニアモーターカー実現などに必須となる素材です。本研究では、高い超伝導転移温度を持つ銅酸化物高温超伝導体を用いて測定を行いました。

[用語3] 量子渦 : 超伝導体は、磁場を加えるとその磁場を排除しようという性質(マイスナー-オクセンフェルト効果)を持ちます。また、多くの超伝導体では、さらに磁場を強めていくと磁場を細い磁束線として取り込むことによって超伝導状態を維持しようという振る舞いを見せます。超伝導体に取り込まれた磁束は、周回する永久電流(超伝導電流)によって取り囲まれた糸状の「渦」として存在しています(図1)。しかもその渦から出ている磁束(磁場の総和)はh/2eという値で量子化しています。これを量子渦(磁束量子)と呼びます。この現象は1957年にアレクセイ・アブリコソフによって予言され、1967年に実験的に観測されました(アブリコソフ博士はこの功績により2003年にノーベル物理学賞を受賞)。外村彰氏・原田研氏ら(日立)の電子顕微鏡を用いた量子渦の研究(1990年代~)は世界的に著名です。本研究はこの先行研究とは別の方法で量子渦を観測したものです。

[用語4] 走査型プローブ手法 : プローブ(探針)と呼ばれる微小な針で試料をなぞって、その形状や性質を観察する手法の総称。さまざまなプローブが開発されており、走査型トンネル顕微鏡(STM)や磁気力顕微鏡(MFM)などが知られています。それ以外にも、ホール素子や、SQUID(超伝導量子干渉素子)、単一のNV中心などをプローブとして用いる走査型プローブ手法が開発されてきました。位置分解能が極めて高いという大きな特長を持っています。本研究では、単一のNV中心を用いる走査型プローブ手法ではなく、数多くのNV中心をCMOSカメラで同時に観測するという広視野イメージングを行いました。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Letters
論文タイトル :
Wide-field quantitative magnetic imaging of superconducting vortices using perfectly aligned quantum sensors
著者 :
Shunsuke Nishimura*, Taku Kobayashi, Daichi Sasaki, Takeyuki Tsuji, Takayuki Iwasaki, Mutsuko Hatano, Kento Sasaki, and Kensuke Kobayashi*
DOI :

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