東工大ニュース
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公開日:2024.05.23
東京工業大学 物質理工学院 材料系の小澤慶太大学院生(研究当時)、勝俣真綸大学院生(研究当時)、長瀬泰仁大学院生(研究当時)、同 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の重松圭助教、東正樹教授の研究グループは、住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点において、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)と共同で、磁石の性質(強磁性[用語1])と電気を蓄える性質(強誘電性[用語2])を併せ持つマルチフェロイック酸化物[用語3]をナノサイズのドット形状として合成することに成功した。
情報通信のエネルギー消費量が著しく増加する中、マルチフェロイック酸化物の次世代低消費電力不揮発性磁気メモリデバイスへの応用を目指した取り組みが進められている。特に、電気分極の反転で磁化を反転できるコバルト酸鉄酸ビスマスは、電圧による磁化反転で記録する次世代磁気メモリへの応用が期待されるが、実用化するには、微細化によって強磁性と強誘電性を単一分域で生じさせる必要がある。
今回の研究では、陽極酸化アルミナ[用語4]に自発的に形成する細孔構造を活用して、コバルト酸鉄酸ビスマスを60ナノメートルのドット状で作製した。このナノサイズのドットを走査型プローブ顕微鏡[用語5]によって調べることで、強誘電性と強磁性の単一分域[用語6]が実現していることを示した。この成果は、超低消費電力・不揮発性磁気メモリとして応用する際に、コバルト酸鉄酸ビスマスを高密度に集積できることを示しており、環境に配慮した次世代メモリデバイスの構築へ大きく前進したといえる。
研究成果は4月9日(現地時間)に米国化学会誌「ACS Applied Materials and Interfaces(エーシーエス・アプライド・マテリアルズ・アンド・インターフェイシズ)」のオンライン版に掲載された。
情報通信量の爆発的な増加や、人工知能によるデータ処理技術の普及などに伴って、情報通信技術に関連したエネルギー消費量は著しく増加しており、あらゆる分野において省電力技術のイノベーションが求められている。
東京工業大学 科学技術創成研究院内に発足した「住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点」では、強相関電子の原理により磁気的性質と電気的性質が交差相関応答を示すマルチフェロイック物質に着目し、次世代の低消費電力不揮発性磁気メモリデバイスへの応用を目指した材料・プロセス開発、信頼性評価および社会実装に取り組んでいる。
同拠点の重松助教、東教授の研究グループはこれまでに、室温で強磁性と強誘電性が共存するコバルト酸鉄酸ビスマスを薄膜形態で安定化し、電場によって電気分極を反転させることにより、磁化の方向を反転させることに成功していた。しかしながら、SとNの磁化が隣り合って存在すると、互いに打ち消し合ってしまうため、磁気信号の検出が困難である。このため、実際の磁気メモリ動作に応用するために、コバルト酸鉄酸ビスマス薄膜を強誘電分域や磁気分域の大きさと同じ100ナノメートル程度まで微細化して、単一の分域を持つ状態を作り出す(単一分域化)ことが望まれていた。
本研究では、コバルト酸鉄酸ビスマスをナノサイズで合成するために、陽極酸化アルミナに自発的に形成する細孔構造に着目した。この細孔の直径はおよそ60ナノメートルであるため、この孔を雛形とした真空蒸着を行うことで、同じサイズのドット形状のコバルト酸鉄酸ビスマスを合成することができた(図1)。
また、このナノドットを走査型プローブ顕微鏡によって測定した電気分極像(図2左)では、1つのドットの内部が単色に見えていることから、ドット内部の自発分極が同じ方向にそろっていることが確認された。一方で、青丸部分のドットの磁気像(図2中央)は、1つのドット内部にS極とN極が存在する1個の磁石としての見え方に合致していた。このことから、今回得られたコバルト酸鉄酸ビスマスのナノドットは、強誘電性・強磁性の分域が共に単一分域であることが示された。
さらに、陽極酸化の方法を変えることでアルミナ細孔のサイズを拡大し、190ナノメートルのコバルト酸鉄酸ビスマスのドットを合成した。このドットでの電気分極・磁化は複数の分域から形成されており、60ナノメートルのドットのような単一分域ではないことが判明した。
今回の成果で実現した、コバルト酸鉄酸ビスマスでの強磁性と強誘導性の単一分域化は、マルチフェロイック特性を利用した磁気メモリ動作に必要なものである。さらにメモリでは、同じ面積にどれだけ情報記録単位を作れるか、すなわち集積度をどれだけ高められるかということも重要である。コバルト酸鉄酸ビスマスのナノサイズへの微細化に成功した今回の研究結果は、この材料が超低消費電力不揮発メモリの情報担体として利用可能であるだけでなく、高密度に集積できることを示すものであり、次世代の磁気メモリデバイスの構築へ大きく前進したといえる。
今後は、コバルト酸鉄酸ビスマスの強誘電・磁気単一分域ナノドットに電場印加することによる磁化反転の動作実証と検出方法の確立に取り組む。さらに、コバルト酸鉄酸ビスマスのナノドットへの加工に半導体製造工程で使用される微細加工技術を適用することで、次世代の低消費電力不揮発性磁気メモリデバイスの実現を目指す。
付記
本研究の一部は、地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所 実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)、文部科学省 科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)「電場印加磁化反転を用いた低消費電力メモリデバイスの実証」(21K18891、代表:東正樹 東京工業大学 教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(18H05208、代表:腰原伸也 東京工業大学教授)、基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(19H05625、代表:東正樹 東京工業大学 教授)、若手研究「薄膜化した四重ペロブスカイトの機能開拓」(20K15171、代表:重松圭 東京工業大学 助教)、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトなどの支援を受け、住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点において行われた。
用語説明
[用語1] 強磁性 : 電子は自転に例えられるスピンと呼ばれる内部自由度を持ち、2つ状態(例えば上向きと下向き)をとる。隣り合う電子のスピンが同じ方向を向いて整列した状態を強磁性状態と呼ぶ。
[用語2] 強誘電性 : 電界(電圧を、その電圧が印加されている試料の厚みで割ったもの)を印加されていない状態でも電気分極(物質中で陽イオンと陰イオンの重心がずれていることから生じる、電荷の偏り)を持ち、かつ外部電界の向きに応じて電気分極の向きを可逆的に反転できる性質のこと。
[用語3] マルチフェロイック酸化物 : 一般に、複数の強的秩序を有する物質のことを指す。狭義では、強磁性と強誘電性の2つの強的秩序を有する物質を指す。
[用語4] 陽極酸化アルミナ : 金属アルミニウムを酸溶液中で電解処理することで、アルミニウム表面に形成された酸化被膜。この電解処理はアルマイトとも呼ばれ、アルミニウム製品の耐久性向上や着色処理に利用される。
[用語5] 走査型プローブ顕微鏡 : 先端を尖らせた探針を用いて、物質の表面および表面近傍をなぞるように走査することで、物質表面についての情報を得る顕微鏡。探針の種類や走査方法を変更することで、強誘電ドメインの構造を調べる圧電応答顕微鏡や、強磁性ドメインの構造を調べる磁気力顕微鏡として使用することができる。
[用語6] 分域 : ドメインとも呼ばれる。磁気分域は磁化の向きがそろった区域を、強誘電分域は電気分極の向きがそろった区域を指す。
論文情報
掲載誌 : |
ACS Applied Materials and Interfaces |
論文タイトル : |
Single or vortex ferroelectric and ferromagnetic domain nanodot array of magnetoelectric BiFe0.9Co0.1O3 |
著者 : |
Keita Ozawa, Yasuhito Nagase, Marin Katsumata, Kei Shigematsu, and Masaki Azuma |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
助教 重松圭
Email kshigematsu@msl.titech.ac.jp
Tel 045-924-5380 / Fax 045-924-5318
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
教授 東正樹
Email mazuma@msl.titech.ac.jp
Tel 045-924-5315 / Fax 045-924-5318
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661
<KISTEC実用化実証事業「次世代半導体用エコマテリアルグループ」に関すること>
地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所 研究開発部
Email rep-kenkyu@kistec.jp
Tel 044-819-2034