東工大ニュース
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公開日:2024.06.19
東京工業大学 理学院 化学系の水野裕彬大学院生(研究当時)、福原学准教授、大阪大学大学院工学研究科の櫻井英博教授、燒山佑美准教授、中澤廣宣大学院生(研究当時)、筑波大学の宮川晃尚助教らの研究チームは、モノマーが水素結合のような弱い分子間相互作用で連なる超分子ポリマー[用語1]形成が、化学センサー[用語2]のシグナルを増幅(平衡定数[用語3]を向上)させることを実証した。
化学センサーは有害物質の検出や爆発物の検知、がんの発見などに利用されており、主に超分子化学や分析化学の分野において特に注目を集めている。また、化学センサーで得られたシグナルを増幅する手法として、蛍光共役高分子を用いる系が代表例にあげられる。本研究での革新的な点は、シグナル増幅手法として、生体内のヘモグロビン[用語4]で用いられているアロステリズム[用語5]に着目したことである。本研究チームは、このアロステリズムの度合を調節できるエフェクター[用語6]としておわん型分子のスマネンを使用した。このスマネンから構成される超分子ポリマーを用い、標的となる薬理活性なステロイドをセンシングしたところ、化学センサーのみでセンシングした際と比較して平衡定数は62.5倍に増幅された。今回見出した超分子ポリマーについて、シグナル増幅機能を動的に調節できるという特徴から、ダイナミックアロステリックエフェクターと命名した。
本成果は2024年5月31日(現地時間)発行の英国科学雑誌「Scientific Reports」に掲載された。
人工受容体や超分子ホスト分子などに代表される化学センサーは、主に超分子化学や分析化学の分野において近年注目を集めている。化学センサーの原理は、E. Fischerにより提唱された「鍵と鍵穴モデル」に基づいており、この機構を発展させることで従来の化学センサーでは達成できなかった分析が可能になる。
従来の化学センサーの構築方法では感度が高くなりにくいといった問題点を抱えている。一方、感度を向上させる手段として、図1(a)のように化学センサーから得られるシグナルを増幅する方法がある。この手法では、ゲスト分子の濃度に対する化学センサーの応答が増幅(青い実線→赤い実線)されており、感度も向上している(青い点線→赤い点線)。このようなシグナル増幅を引き起こさせるためには、化学センサーとゲスト分子の平衡定数を向上させることが必須となる。平衡定数を向上させる機構として、生体内においてはエフェクターによって酵素の協同性を変化させるアロステリズムが緻密に用いられており、アロステリズムを利用している生体物質としてはヘモグロビンが有名である。
アロステリズムには、ヘモグロビンにおける酸素分子のようにエフェクターと基質が同じであるホモトロピックアロステリズムと、エフェクターと基質が異なるヘテロトロピックアロステリズムが存在し、どちらの機構においてもエフェクターの性質によってアロステリック効果が一義的に決定される。この事実は、エフェクターに工夫を施すことにより、アロステリズムを制御できることを示している。
このような背景より、本研究では、アロステリック効果を調節可能な動的なエフェクター(ダイナミックアロステリックエフェクターと命名)を用いて化学センサーのシグナル増幅を試みることにした。動的なエフェクターを探索した結果、水素結合に代表される分子間相互作用によってモノマー分子がスタックして形成される超分子ポリマーがエフェクターに最適であると結論付けられた。つまり、超分子ポリマーの重合度を濃度や溶媒などにより変化させることで、図1(b)に示すようにアロステリック効果を制御し、平衡定数を向上できると考えられた。本研究では、超分子ポリマーを形成する分子におわん型の分子であるスマネンを用いることで本コンセプトを達成し、最大で62.5倍のシグナル増幅を実現した。
まず、スマネン化学センサー(SC)のみでモデルゲスト分子のメチルベンゾエート (MB)をセンシングした結果、MBの濃度増加に伴いSCの蛍光強度が低下することが明らかとなり、平衡定数(KSC)は7 M-1と算出された(SCとスマネンの構造は図2(a)を参照)。一方で、SCとスマネンを共存させてヘテロ超分子ポリマーを形成させてからMBをセンシングした結果、より大きな蛍光強度の低下が観測された。この時の平衡定数(KSMP)は79 M-1と算出され、スマネンヘテロ超分子ポリマーの存在による11倍のシグナル増幅を確認した。
次に、シグナル増幅機構を解明するため、分子軌道計算によりLUMO[用語7]のエネルギー準位を算出した。この結果、ヘテロ超分子ポリマーのLUMOの準位はSCのLUMOの準位よりも低下することが明らかとなった。LUMO準位の低下は、超分子ポリマーを形成することでアクセプター性[用語8]が向上することを示しており、この現象がシグナル増幅の起源であると結論付けた。
続いて、スマネン超分子ポリマーの重合度(連なる分子の数)を変化させてMBをセンシングした。この結果、スマネンのスタック数に応じて平衡定数の自然対数(ln K)は指数関数的に増幅した。この結果より、エフェクターの機能を動的に調節できることが実証され、ダイナミックアロステリックエフェクターという概念を提唱できた。
最後に、本手法の一般性を実証するため、実サンプルとしてステロイドのセンシングへと展開した。この結果、薬理活性(前立腺肥大症の治療薬)なアリルエストレノールをセンシングした際に最大で62.5倍(KSMP = 250 M-1 vs KSC = 4 M-1)のシグナル増幅を達成した(図2(b)参照)。
新たな増幅センシング手法を提唱したことから、従来の化学センサーでは分析が不可能であった分子に対するセンシング手法として、超分子化学・分析化学分野への波及効果が高いと考えられる。また、ダイナミックアロステリックエフェクターは分子認識能を自在に調節可能であることから、ドラッグデリバリーシステムやタンパク質のフォールディング異常に起因する疾患の治療薬である薬理学的シャペロンなど、超分子ポリマーを用いた医薬品への展開が期待される。
本研究は、これまで興味深い構造を構築することに主眼が置かれていた超分子ポリマーをシグナル増幅のツールとして用いた初めての研究であり、新たな超分子ポリマーの利用法の提唱が期待される。また、超分子ポリマーの特性を生かし、重合度の高いモノマーによるダイナミックアロステリックエフェクターを探索することで、さらなるシグナル増幅をもくろんでいる。今般のコロナ禍で世界中で活用された増幅分析手法であるPCRを超える手法になりうる技術として、今後の探索を進めていきたい。
付記
本研究は、科学研究費 特別研究員奨励費(研究者:水野裕彬(21J22528, 22KJ1283)、中澤廣宣(21J10937))、基盤研究(B)(研究者:福原学(19H02746))、学術変革領域研究(A)(研究者:福原学(23H04020))、新学術領域研究(研究者:櫻井英博(26102002))、基盤研究(A)(研究者:櫻井英博(19H00912, 20H00400))および学術変革領域研究(A) (研究者:櫻井英博(21H05233))、徳山科学技術振興財団(研究者:福原学)を受けて行われた。
用語説明
[用語1] 超分子ポリマー : 非共有結合のみで連なった(重合した)高分子の総称。
[用語2] 化学センサー : 化学的に合成された指示薬であり、標的検体に対して電気・光応答する分子群。
[用語3] 平衡定数 : 化学反応の平衡状態を物質の存在比で表現。
[用語4] ヘモグロビン : 血液中に見られる赤血球の中に存在するタンパク質。
[用語5] アロステリズム : タンパク質の機能が他の化合物(エフェクター:後述)によって調節される現象。
[用語6] エフェクター : タンパク質に選択的に結合してその生理活性を制御する分子。
[用語7] LUMO : 電子に占有されていない分子軌道のうちエネルギーの最も低い軌道。
[用語8] アクセプター性 : 本稿では、電子の受け取る能力のこと。
論文情報
掲載誌 : |
Scientific Reports |
論文タイトル : |
Amplification sensing manipulated by a sumanene-based supramolecular polymer as a dynamic allosteric effector |
著者 : |
Hiroaki Mizuno, Hironobu Nakazawa, Akihisa Miyagawa, Yumi Yakiyama, Hidehiro Sakurai, Gaku Fukuhara |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 理学院 化学系
准教授 福原学
Email gaku@chem.titech.ac.jp
大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻
教授 櫻井英博
Email hsakurai@chem.eng.osaka-u.ac.jp
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
Email media@jim.titech.ac.jp
Tel 03-5734-2975 / Fax 03-5734-3661
大阪大学工学研究科 総務課 評価・広報係
Email kou-soumu-hyoukakouhou@office.osaka-u.ac.jp
Tel 06-6879-7231