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世界第一線科学者らから学ぶ授業「科学・技術の最前線」初実施

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2016.10.04

はじめに

2016年度に始まった東工大教育改革の中で、学士課程入学直後の高度創造性育成教育に焦点をあてた「国際フロンティア理工学教育プログラム」は、世界に飛翔する気概と人間力を備え、科学・技術を俯瞰できる優れた理工系人材を育成するための革新的な創造性育成プログラムで、「バックキャスト型低学年教育」を創成・展開し、学内外におし広げていくことを目的としています。

現在の工学教育における最大の問題点は、高校から大学への接続にあり、大学が将来を担う人材を育成するためには、高校の延長線上の教育ではなく、科学技術の先端を一部でも学生に体得させ、一流技術者として必要な目標の高さを理解し、そこに至る道程を自ら考える力を育成する必要があります。その意味で、バックキャスト型の教育は、フロンティア科学・技術を維持すべき現在の日本にとって極めて重要な役割を担います。

この型の教育の核を成す「科学・技術の最前線」が、学士課程入学直後の学生に対して科学・技術の最先端を紹介する授業として2016年度にスタートしました。新入生を4グループに分け、国内外から招へいした世界第一線の科学者・技術者が講師として授業を実施します。第一線で活躍する人々がどのような考え方で課題に向き合っているかを体感することで、学生自身の将来像を描いてもらい、その将来像と現在をつなぐことで、大学でどのように学修するかを考えてもらうことが狙いです。

※バックキャスト…未来を予測する際、目標となるような状態を想定し、そこを起点に現在を振り返って今何をすべきかを考え、分析、実行すること。

講師と授業内容

バラエティーに富んだ各類の授業

この授業は選択科目にもかかわらず、本授業に相応しい場として2015年度に開設された「東工大レクチャーシアター(TLT)」の定員をほぼ毎回満たすほどの学生が履修しました。第1、2類の授業は、4クラスとも同じテーマで1人の講師が担当、第5、7類は、同じテーマで複数の講師が担当、そして第3、4、6類は、複数の講師がそれぞれ異なったテーマで授業するなど、バラエティーに富んだ構成となりました。

バラエティーに富んだ各類の授業

バラエティーに富んだ各類の授業

バラエティーに富んだ各類の授業

氏名
職名
所属
テーマ
1
若山正人
理事・副学長
九州大学
数学-永遠に枯渇しないエネルギーの科学・技術応用最前線-
2
原亨和
教授
東京工業大学
サバイバルサイエンスの挑戦
3
菅野了次
教授
東京工業大学
蓄電池・燃料電池の開発の歴史と将来
山口猛央
教授
地球温暖化問題と燃料電池技術
4
只野耕太郎
准教授
東京工業大学
医療用ロボット
輪島義彦
航空機エンジンR&Dセンター
センター長
本田技研
ホンダにおけるジェットエンジン開発への挑戦
呉允鋒
開発部長
ファナック
最先端マニファクチャリングシステム
-ファナック(株)の取り組み-
5
中村正人
教授
あかつきプロジェクトリーダー
JAXA
あかつきとはやぶさ2
廣川二郎
教授
東京工業大学
ラジアルラインスロットアンテナとミリ波
津田雄一
准教授
はやぶさ2プロジェクトリーダー
JAXA
あかつきとはやぶさ2
6
今石尚
部長
大成建設 技術センター
土木技術開発部
厳しい海洋環境に挑んだ ボスポラス海峡横断鉄道トンネル
伊藤一教
室長
大成建設 技術センター
土木技術研究所
水域・環境研究室
彦根茂
代表
Arup Japan
ARUPの世界への展開
納口恭明
総括主任研究員
防災科学技術研究所
ドクターナダレンジャー-災害のメカニズム-
罇優子
専門員
防災科学技術研究所
7
山口雄輝
教授
東京工業大学
GFP-緑色蛍光タンパク質の科学と応用
木村宏
教授
村上聡
教授
田口英樹
教授
白川英樹
ノーベル化学賞
受賞者
筑波大学名誉教授
導電性高分子の発見とセレンディピティ

(敬称略)

各回の講師、授業内容は以下の通りです。

第1類

九州大学の理事・副学長が講師となり、冒頭、授業当日の西暦、年月日からなる7桁の数字を素因数分解し、それを意味のある文に読み替えてみせました。この種の能力、文化が古くから日本に根付いていたことを紹介し、日本の数学発展の歴史を展開しました。後半は講師の専門である「ゼータ関数」について、やや専門的な話題に移り、オイラーらが導いた無限級数の和の不思議さについて解説しました。さらに真空空間に平行な金属板を置くと微弱な力によって引きあうというカシミール効果を紹介し、この力がゼータ関数によって表されることを示しました。

第2類

アンモニア生産の重要性に関する授業が行われました。将来の人口増を支える食糧増産にはアンモニアを原料とする肥料が不可欠であり、その生産には今もって20世紀初頭に開発されたハーバー・ボッシュ法が使われているが、大量エネルギー消費型のプロセスであるため、より効率よくアンモニアを生成するために、本学教員らが新たな触媒を開発したことの説明がありました。授業では、実際にこの触媒を用いた実験により、学生たちが舞台上で匂いや指示薬による色変化でアンモニアの生成を確認し、現在はさらに高性能の触媒の開発にめどをつけたことが紹介されました。

第3類

エネルギー、環境問題に関連する「電池」をテーマに、1、2回目はリチウム電池、3、4回目は燃料電池の研究者が講師を務めました。前半の授業では、一般的なリチウム電池が抱える安全性の課題を克服し開発された全固体電池の特徴、性能、原理などについて解説し、後半は、コストや使用条件の広さなどから注目されている固体高分子型燃料電池の研究者が、新たな電解質膜や触媒層を開発し、この組み合わせによるさらに高性能な電池を開発しつつあることを紹介しました。いずれも問題点を設定し、それをクリアしてゆく過程を、実例を挙げながら示しました。

第4類

医療手術支援ロボットに注目し、本学教員が開発した空気圧駆動のロボットの特徴や性能について実機を操作しながら解説が行われました。次にエンジンをテーマに、実機によるデモを行いながら様々な原理のエンジンについて概説し、ホンダジェットに搭載されたターボファンエンジンの開発担当者が、その特徴、開発時のトラブルとその解決策などを紹介しました。最後の産業用ロボットの話題では、本学教員がロボットの水平、高さ方向への移動、回転運動のコントロール方法について、直交3軸およびデルタ機構のデモ機を操作しながら解説し、ついで、ファナックの開発担当者が最先端技術の紹介を行いました。

第5類

2015年末の再挑戦で打ち上げに成功し、現在金星探査を行っている宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「あかつき」と、2014年の打ち上げ後、順調に小惑星「リュウグウ」を目指して現在飛行を続けている「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャーが両プロジェクトの特徴、現況を説明しました。また、両探査機に使用されている平面アンテナについて、東工大の開発担当教員がその特徴、構造について述べるとともに、多量の情報を短時間で送るデモ実験を行いました。

第6類

土木分野からは、ボスポラス海峡横断トンネル建造にかかわった経験をもとに、講師がさまざまな困難を乗り越えた末に完成させた同トンネルの構造や特徴について述べました。建築分野からは、ARUP社の手がけた建築例を示しながら建築分野の最新技術の一端を紹介しました。最後は、防災科学技術研究所の雪崩の専門家が、簡単な模型を駆使しながら、雪崩の特徴についてわかりやすく解説したほか、地震による建物の揺れ方、液状化現象などについても模型を使って紹介しました。

※ARUP社…建築分野全般におけるエンジニアリング、設計、計画、およびコンサルティング・サービス事業を国際的に提供している技術コンサルタント会社

第7類

下村脩博士が講師を務め、2008年ノーベル化学賞を受賞した「緑色蛍光タンパク質 GFP」について解説しました。GFPは、特定の分子が、いつ、どこで、どの分子と連関して機能しているかを可視化する技術に使われており、いまでは生命科学の研究者にとって必要不可欠な技術となっているが、それがノーベル賞につながったのは発見から50年以上たってからのことだったと述べました。その後、一部実物を示しながら、4人の講師それぞれの専門分野で、GFPがどのように使われているかを説明しました。

授業終了時の課題の記入と並行して設けられた質問の時間にも多くの質問が寄せられ、すべての質問に答えられず打ち切りになる授業もありました。また、終了後に講師に直接質問する学生も多く、いずれの授業も学生にとってきわめて良い刺激となったことが伺えました。最終回のノーベル賞受賞者の白川英樹博士の特別講演を除き、授業は全てTLTで行われ、類によっては実験・実演を交え、これをスクリーンに映しながら進める等、TLTならではの授業となりました。

白川英樹博士の特別講演

講演を行う白川博士
講演を行う白川博士

本授業の最終回の6月1日、本学出身で2000年にノーベル化学賞受賞した白川英樹博士による、「導電性高分子の発見とセレンディピティ」と題する講演が行われ、約800名の学生が聴講しました

幼少期から高校卒業、東工大入学から博士後期課程修了までの様子、そしてノーベル賞受賞につながった導電性高分子の発見に至った研究の話まで、新入生にとって非常に示唆に富むものでした。単科大学で学生数も少なく、同学年の多くの学生と友達になれそうだと考えて東工大を選んだが、同じような考えを持った集団の中で過ごすデメリットもあったと語り、自分と異なる分野や考え方の人と付き合うことの大切さ、教養の大切さを強調しました。

ノーベル賞を受賞した導電性高分子の研究については、触媒量を1,000倍にするという失敗が、それまで粉末しかできなかったポリアセチレンの合成を薄膜状へと導き、それにより高度な構造解析が可能となったことが、その後の研究の転換点となったと振り返りました。そして、この薄膜状ポリアセチレンがたまたま東工大を訪れていたペンシルベニア大学のマクダイアミッド博士の目にとまって同大学での共同研究につながり、それがハロゲンのドーピングによる導電性高分子の発見につながったと述べました。このように失敗から生まれた偶然の発見をそのままで終わらせずに、その原因を追究しさらなる進展につなげる姿勢の大切さを強調する博士の言葉に、偶然をひき寄せる力「セレンディピティ」を授業のタイトルに入れた意図を伺うことができました。

最後に、失敗や偶然を期待するのは邪道であるが、偶然を積極的に求めることには意味があり、そのためには、当たり前と思っていることを改めて疑ってみること、できるだけ多くのことを学び、経験すること、何にでも興味を抱く努力を怠らないことが大切であること説きました。専門的な話はもちろん、新入生としての心構え、励ましなど、本授業の締めくくりにふさわしい講演となりました。

おわりに

2年間の試験的な実施を経て、「科学・技術の最前線」の授業が学士課程1年目の学生を対象に実施されました。アンケート結果にも、本授業が目指す、理工学者として高い志を持たせ、学習意欲を高める効果が得られていることが表れていました。受講した学生達が、高い学修意欲と目指す人物像から「どのように学修を進めて行くか」をバックキャストすることにより、今後大きく成長することが期待されます。

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