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簡便、確実、短時間に骨転移モデルマウスを構築

骨転移研究を推進する新モデルで創薬研究を加速

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2018.07.31

要点

  • がん細胞を尾動脈から移植して骨転移モデルマウスを作る手法を確立
  • がん細胞の生体内での転移状態を可視化
  • 骨転移の新規治療法や新薬開発の加速に貢献

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の口丸高弘助教(現自治医科大学・講師)と近藤科江教授らは、創薬研究などで有用な骨転移を特異的に確実に形成するマウス(骨転移モデルマウス)の新たな構築法を開発した。

がん細胞の骨への転移は、乳がん、前立腺がん、肺がんなど多くのがん種で高頻度に発生する。しかしながら、根本的な治療や予防法は確立されていない。開発した骨転移モデルマウスは、簡便・確実・短期間にがん細胞の骨転移を形成できる手法だ。これは、マウス尾部表面にある尾動脈から、がん細胞を移植する新たな移植方法で、高度な手技を必要としない。従来の左心室移植法[用語1]に比べ、がん細胞を高効率、かつ特異的に骨髄に送達できる。その結果、他の臓器へのがん転移頻度を抑えることで、骨転移病巣を形成する時間を短縮できる。この新たな骨転移モデルにより、骨転移研究の裾野が広がり、がんに関する新規治療法や新薬の開発が進むと期待できる。

本成果は、7月30日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンラインジャーナル「Nature Communications」に掲載された。

背景

骨転移は、がんが最初に発生した場所(原発巣)から血中に流出したがん細胞が骨髄組織に到達し、増殖することで発症する。その過程で重要な役割を果たす分子機構が明らかになれば、効果的な治療・予防のための方法・薬剤の開発が進む。そのためには、骨転移の実験動物モデルを用いた解析が求められていた。

1990年代に、マウスの左心室にがん細胞を移植して、動脈血流によって骨髄にがん細胞を送達する左心室移植法が確立された。以来、左心室移植法は、骨転移モデルのゴールドスタンダードとして、転移機構の解明や創薬研究に利用されてきた。

しかし、マウスを用いた左心室移植法は、数ミリメートルのとても小さなマウスの左心室に正確に針を刺し、がん細胞を注入するという高度な手技を必要とする。また、心臓に直接針を刺すため、マウスにとって大きなストレスとなり、移植ができても致死的なストレスのために、実際に研究で使用できるマウスの数は限られている。それが骨転移研究を実施する上での大きなハードルとなっていた。さらに、この手法は、左心室から動脈を経て全身にがん細胞が送達されるため、骨髄以外の臓器にも転移巣を形成する。骨転移自体は、転移巣形成が遅いため、転移巣が確認された時には、他の臓器の転移が進行して死亡することも多く、長期の骨転移の観察ができないという課題を抱えていた。これまで幾つかの代替法の開発も行われてきたが、手術が必要であったり、骨への送達頻度が低かったりと左心室移植法に代わる有用な骨転移モデルは確立していなかったことから、汎用的で簡易な骨転移モデル構築法が望まれていた。

研究の経緯と成果

そこで今回、マウスの尾動脈に注目した。尾動脈は、血流に対して逆行性の移植になるため細胞の移植経路に適さないと考えられていたが、研究グループでは、麻酔下のマウスは血圧が下がるため、尾静脈注射よりもやや勢いよく尾動脈から細胞を注入することで、下肢に血液を送る腸骨動脈の分岐点まで血流に逆行して細胞を送り込むことができることを見出した。尾動脈移植により細胞がどのような経路で下肢の骨に到達するかは、1,000 nmを超える近赤外光を放つナノ粒子を細胞にみたて、尾動脈移植直後からビデオ撮影をして明らかにした(図1、以下のビデオ参照)。

尾動脈移植による移動経路

図1. 尾動脈移植による移動経路

生体発光イメージング[用語2]を用いて、左心室と尾動脈から移植したがん細胞の体内分布を可視化したところ、左心室から移植されたがん細胞は全身組織に分布し、尾動脈から移植されたがん細胞は主にマウスの下半身に分布していることがわかった(図2a)。両手法について、同数のがん細胞を移植して2週間後の大腿骨に形成された骨転移病巣(赤色)を比較すると、尾動脈移植による骨転移病巣は有意に成長が亢進していた(図2b)。また、従来の左心室法ではマウスは頭部に形成された転移が原因となり短命だったが、新規の尾動脈法では、100%の成功率で骨転移が形成され、長期の観察が可能であった(図2c)。さらに、尾動脈移植により、乳がん、前立腺がん、肺がん、腎がんなど、これまで左心室法では骨転移の再現が難しかったがん細胞の骨転移モデルの構築に成功した。

これらの結果は、尾動脈からがん細胞を移植することで、高効率かつ特異的にがん細胞をマウスの骨髄に送達することで、簡便・確実・短時間に骨転移病巣が形成され、長期にわたり骨転移を観察できることを示している。

(a)各移植経路からがん細胞を移植して30分後のがん細胞の分布。(b)各移植経路からがん細胞を移植して2週間後に大腿骨に形成された骨転移病巣(赤色)。(c)各移植経路からがん細胞を移植した後、25日目と32日目の転移巣の成長と分布。黄色矢印は頭部への転移を示している。
図2.
(a)各移植経路からがん細胞を移植して30分後のがん細胞の分布。
(b)各移植経路からがん細胞を移植して2週間後に大腿骨に形成された骨転移病巣(赤色)。
(c)各移植経路からがん細胞を移植した後、25日目と32日目の転移巣の成長と分布。黄色矢印は頭部への転移を示している。

今後の展開

新規の骨転移モデルである尾動脈移植法は簡便・確実・短時間に構築できる。骨転移治療薬開発における薬効評価のプラットフォームとして活用でき、創薬研究の加速に貢献すると期待できる。また、この新手法で骨転移能が低いがん細胞株のマウス骨転移モデルを構築できる可能性があり、新たな骨転移研究に道を拓くと期待できる。

研究サポート

この研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業 新学術領域研究「がん微小環境ネットワークの統合的研究」、若手Bの支援を受けて実施した。

用語説明

[用語1] 左心室移植法 : 触診で位置を把握したマウスの左心室に極細の注射針を挿入し、がん細胞を移植する手法。

[用語2] 生体発光イメージング : ホタルが発光酵素と基質との反応で発光する仕組みを利用して、発光酵素を導入したがん細胞を樹立・移植し、マウスなどの小動物の体内にあるがん細胞を非侵襲的に可視化する手法。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
A reliable murine model of bone metastasis by injecting cancer cells through caudal arteries
著者 :
Takahiro Kuchimaru, Naoya Kataoka, Kenji Nakagawa, Tatsuhiro Isozaki, Hitomi Miyabara, Misa Minegishi, Tetsuya Kadonosono, Shinae Kizaka-Kondoh
DOI :

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