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原子スイッチ内部の金属フィラメントを「見る」ことに成功

究極のナノデバイスの機能向上に新指針

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公開日:2019.07.19

要点

  • 原子スイッチ内部に形成される金属フィラメントを直接観測することに初めて成功
  • 原子スイッチの動作機構を原子レベルで解明することに成功

概要

東京工業大学 理学院 化学系の相場諒(博士後期課程2年)、木口学教授らのグループは、原子スイッチ[用語1]の電気特性を精密計測することで、スイッチ内部に埋もれていて、これまで確認できなかった金属のフィラメントを直接観測することに初めて成功した。

本研究では、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを作製した。このスイッチを極低温まで冷却し、電気特性を計測した。その結果、振動に由来する電気伝導度の微弱な変化から、振動エネルギーを実験的に決定できた。この振動エネルギーは、銀単体の振動エネルギーと一致し、原子スイッチ内に単体の銀のフィラメントが形成していることが明らかになった。

原子スイッチは、究極サイズの電子デバイスであり、加えて消費電力が少ない、不揮発性であるなど、既存の半導体スイッチにはない特性を多数有する次世代の電子デバイスである。原子スイッチの動作機構は、金属のフィラメントの形成と破断によって説明されているが、これまでは内部を直接確認することができず、フィラメントの組成は不明であった。本研究は、フィラメントが単体の金属であることを証明し、デバイス特性を最適化する原子スイッチの設計指針を与えた。本研究で得られた知見は、原子スイッチの動作機構の解明、機能向上へとつながる。

研究成果は2019年7月5日発行の「ACS Appl. Mater. Interfaces」にオンライン掲載された。

原子スイッチ内に形成される金属フィラメントの概念図

図. 原子スイッチ内に形成される金属フィラメントの概念図

背景

金属・イオン伝導体・金属の3層構造の原子スイッチは、究極サイズの次世代電子デバイスとして注目を集めている。動作機構としては、原子スイッチに電圧を与えると、電気化学反応によりイオン伝導体内に金属のフィラメントが形成されてスイッチがオンになること、逆の電圧をかけると、フィラメントが破断しスイッチがオフになることが知られている。金属フィラメントの形成と破断によって動作するため、状態保持に電源が不要であり、不揮発性のデバイスとしても注目を集めている。しかし、このフィラメントは、スイッチの動作機構に関わっていることは分かっているものの、原子スイッチのイオン伝導体層の内部に形成されていて直接観測できないため、金属単体なのか、電気を流す化合物なのかは不明であった。スイッチ内の金属フィラメントの組成を決定し、その全容を明らかにすることが、原子スイッチ研究の重要な課題となっていた。

研究成果

本研究では、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを用いて、極低温においてオン状態にある原子スイッチの電流―電圧特性を計測することで、振動スペクトル[用語2]を決定した。まず、銀線を硫黄の蒸気下に置き、表面を硫化させて硫化銀層を作製した。その上に白金線を置き、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチを作製した(図1a)。図1bには、作製した原子スイッチの室温における電流―電圧特性を示す。最初のオフの状態から電圧を正に掃引すると、0.2 Vで電流が急に流れ始め(SET)、オンの状態になった。その後、そこから電圧を負に掃引すると、-0.25 Vで電流が急激に流れなくなり(RESET)、オフの状態になった。スイッチに加える電圧の極性および大きさにより、スイッチのオンオフを制御できていることがわかる。

スイッチを動作させることはできるが、SET電圧、RESET電圧が共に小さすぎるため、フィラメントの原子種を決定するための振動スペクトル計測を行うことができない。そこで、原子スイッチを冷却し、原子の運動を抑制することで、SET電圧とRESET電圧を共に±1 Vまで増加させた。

(a)銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチの構造モデル、(b)作製した原子スイッチの電流―電圧特性SETで伝導度の高いON状態になり、RESETで伝導度の低いOFF状態になる。
図1.
(a)銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチの構造モデル、(b)作製した原子スイッチの電流―電圧特性SETで伝導度の高いON状態になり、RESETで伝導度の低いOFF状態になる。

図2aには、オン状態における原子スイッチの振動スペクトルを示す。28 mVのところに急激な減少が観測され、28 meVの振動モードが存在することを意味している。比較のために、図2bに単体の銀のワイヤの振動スペクトルを示す。29 meVの振動モードが観測され、振動エネルギーが原子スイッチの振動モードの値と一致した。これから、オン状態のフィラメントが銀から構成されていることが実験的に明らかになった。

(a)オン状態における原子スイッチの振動スペクトル (b)銀単体のワイヤの振動スペクトル

図2. (a)オン状態における原子スイッチの振動スペクトル (b)銀単体のワイヤの振動スペクトル

振動スペクトル計測により、銀・硫化銀・白金の3層構造の原子スイッチでは、オン状態では銀のフィラメントが形成していることが分かった。次に、銀または銅、硫化銀または硫化銅、白金による3通りの原子スイッチで、同様にオン状態において振動スペクトルを計測した。その結果、銅・硫化銀・白金(図3b)および銀・硫化銅・白金(図3c)の組み合わせでは、先に実験した銀・硫化銀・白金(図3a)の組み合わせと同じ28 meVに振動モードが観測され、銀のフィラメントが形成していることが分かった。一方、銅・硫化銅・白金(図3d)の組み合わせでは、36 meVに振動モードが観測された。これは単体の銅のワイヤと同じエネルギーであることから、銅のフィラメントが形成していることが分かった。以上の結果から、電極金属と硫化物層はいずれも、金属フィラメントを構成する金属の供給源であることが分かった。さらに銀と銅では、銀の方が硫化物層内を動きやすいために、銀の金属フィラメントが形成されることが明らかとなった。

組み合わせが異なる原子スイッチにおける振動スペクトル。(a)銀・硫化銀・白金、(b)銅・硫化銀・白金、(c)銀・硫化銅・白金、(d)銅・硫化銅・白金の組み合わせ。
図3.
組み合わせが異なる原子スイッチにおける振動スペクトル。(a)銀・硫化銀・白金、(b)銅・硫化銀・白金、(c)銀・硫化銅・白金、(d)銅・硫化銅・白金の組み合わせ。

今後の展開

本研究は、これまで確認できなかった原子スイッチ内部の金属フィラメントを直接観察することに初めて成功した。また、フィラメントが化合物ではなく、単体の金属であることを明らかにした。さらに、電極金属のイオン伝導体層のいずれからも、フィラメントを構成する金属が供給され、イオン伝導体層内を動きやすい金属がフィラメントを優先的に形成することも明らかにした。つまり、原子スイッチの動作電圧は、スイッチの組成のなかで最も動きやすい金属種に依存することになる。原子スイッチでは、動作電圧を小さくすることは省電力につながる。一方、情報を読み出すときに電圧を与えるので、動作電圧が小さすぎると安定性が悪くなる。今回得られた知見は、原子スイッチの目的に合わせた、最適な金属種の選択の指針になる。これにより、より高性能な原子スイッチの開発、応用展開につながることが期待できる。

用語説明

[用語1] 原子スイッチ : 上部金属・イオン伝導体・下部金属の3層構造のナノ電子デバイス。上部金属には、電気化学反応によってイオン伝導体層にイオンが溶出する、銅や銀などの金属が用いられ、下部金属には安定な白金が用いられる。例えば、銀・硫化銀・白金からなる原子スイッチにおいて、銀電極に正の電圧を与えると、電極から銀イオンが溶出して、硫化銀内を拡散し、白金電極近傍で銀イオンが過飽和になる。その後、還元反応で生じた銀の結晶が成長して、最終的には銀のフィラメントが形成し、抵抗の小さなオンの状態になる。逆に銀電極に負の大きな電圧を与えると、フィラメントに電流が流れて破断し、抵抗の大きなオフの状態になると考えられている。原子スイッチは、微小サイズ、省電力性、不揮発性に加え、放射線損傷に強いという特徴も持っており、宇宙での実証実験も行われるなど応用が進んでいる。

[用語2] 振動スペクトル : 金属の微小接点を流れる電流の電気特性を利用して、金属ナノ構造体の振動情報を得る計測方法である。金属の微小接点の両端に電圧を与えると、電極間を流れる電子が、振動を励起することでエネルギーを失う非弾性散乱現象が起こる。この非弾性散乱によって、接点の電気伝導度が減少する。電圧が低い時には電子のエネルギーが低いために散乱が起こらず、一定以上の電圧を与えた時に散乱が起こる。つまり、電気伝導度が減少した時点のエネルギーを調べることで、振動エネルギーが決定できる。伝導電子と振動の相互作用は、接点の中の最も細い部分で最も頻繁に起こるため、この計測方法でも、その部分の振動情報が得られることになる。今回の実験では、金属ワイヤで最も細い部分はフィラメント部分である。したがって、本計測法はフィラメントを直接計測できたといえる。

論文情報

掲載誌 :
ACS Appl. Mater. Interfaces
論文タイトル :
Investigation of Ag and Cu Filament Formation Inside the Metal Sulfide Layer of an Atomic Switch Based on Point-Contact Spectroscopy
著者 :
A. Aiba, R. Koizumi, T. Tsuruoka, K. Terabe, K. Tsukagoshi, S. Kaneko, S. Fujii, T. Nishino, M. Kiguchi
DOI :

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