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新たな強誘電性を微細な酸窒化物単結晶を用いて実証

新規強誘電体材料の開発に期待

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公開日:2019.12.20

要点

  • 酸窒化物の高品質な単結晶の合成に成功
  • 新たな機構による強誘電性を酸窒化物単結晶で初めて実証
  • 新規酸窒化物誘電体の開発に期待

概要

北海道大学 大学院工学研究院の鱒渕友治准教授、樋口幹雄准教授、吉川信一名誉教授、同総合化学院 博士後期課程の細野新氏(日本学術振興会特別研究員)、同理学研究院の武貞正樹准教授、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の安井伸太郎助教、伊藤満教授らの研究グループは、酸窒化物[用語1]ペロブスカイトBaTaO2Nの微小な単結晶を用いて、当該物質群におけるPolar Nano Regions(PNRs)[用語2]による強誘電性が発現することを世界で初めて実証しました。

本研究では、細野氏らが発見したBaCN2を結晶成長のフラックス[用語3]として用いることで、最大数µm(マイクロメートル)サイズの高品質なBaTaO2N単結晶を合成しました。研究グループは、微小部の電気物性を評価できる圧電応答顕微鏡[用語4]を用いて、BaTaO2N単結晶の自発分極の方向が電場の印加によって反転することを確認し、強誘電体であることを実証しました。また、本研究の微細な単結晶は耐電圧が非常に高く、物性データの信頼性が高いことも特徴です。本成果は、複数の陰イオンの共存によって無機物にPNRsによる強誘電性を導入できることを示しており、新たな強誘電体材料の開発指針の確立につながると期待されます。

なお、本研究成果は、2019年11月27日(水)公開のInorganic Chemistry誌に掲載されました。

また、本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究A(#24245039)、新学術領域研究「複合アニオン」(JP16H06439)、特別研究員奨励費(19J10301)の補助を受けて行われました。

(左)BaTaO2N単結晶の光学顕微鏡像(中)強誘電性の圧電応答信号シグナル(右)強誘電性の変位位相シグナル

(左)BaTaO2N単結晶の光学顕微鏡像
(中)強誘電性の圧電応答信号シグナル
(右)強誘電性の変位位相シグナル

背景

高度情報通信社会の実現に向けたインフラの整備や、電気自動車をはじめとする次世代交通手段への実装などを目指し、より高周波数帯及び高温環境で動作する強誘電体材料の開発が急務とされています。こういった情勢下において、新たな強誘電体材料の候補として酸窒化物ペロブスカイトが注目され始めています。過去に、酸窒化物ペロブスカイトの緻密な焼結体における強誘電性を報告しましたが、物性測定時に数Vの電圧印加で電流がリークするという課題点がありました。

このような電流のリークには焼結体中の粒界や、焼結時に生じた半導体成分の寄与が疑われており、より高絶縁性で高品質な酸窒化物試料を用いた信頼性の高い電気物性データの取得が望まれていました。

研究手法

酸窒化物ペロブスカイトは融点よりも低い約1,000 ℃で分解するため、その融液からの結晶成長は不可能です。北海道大学の細野氏らは、酸窒化物ペロブスカイトのフラックスとなる低融点な物質を探索したところ、BaCN2が900 ℃付近に融点をもち、目的材料の反応性フラックスとして機能することを発見しました[引用文献1]。これをBaTaO2Nと混合して加熱・徐冷することで、最大3.1 µm角の立方体形状のBaTaO2N単結晶を得ました(図1左)。この微細な単結晶粒子の上下面に電極を つけ、圧電応答顕微鏡を用いて印加電場による自発分極の反転を確認しました。

研究成果

BaCN2フラックス中で得られたBaTaO2N粒子は、光学顕微鏡で色や形状を確認できるほどの大きさを有しており、透過型電子顕微鏡を用いて粒子内部までペロブスカイト型構造の単結晶であることを確認しました(図1右)。これはBaCN2にBaTaO2Nが溶解し、冷却過程で再結晶したためです。

この単結晶粒子に圧電応答顕微鏡で電圧を印加したところ、先行研究における焼結体を大幅に上回る100 Vまで電圧を印加しても電流はリークせず、BaTaO2Nが非常に高い電気抵抗を有することが判明しました。さらに電圧を変化させると分極反転を伴う圧電応答が確認され、PNRsに由来する強誘電体である明確な根拠が得られました。

(左)立方体状のBaTaO2N結晶の走査型電子顕微鏡像。(右)粒子内部の透過型電子顕微鏡像。各原子が秩序よく結晶構造模型(緑:Ba、黄:Ta、赤: 酸素及び窒素)と同様の配列をしていることから、本研究で得たBaTaO2N粒子は単結晶。
図1.
(左)立方体状のBaTaO2N結晶の走査型電子顕微鏡像。
(右)粒子内部の透過型電子顕微鏡像。各原子が秩序よく結晶構造模型(緑:Ba、黄:Ta、赤: 酸素及び窒素)と同様の配列をしていることから、本研究で得たBaTaO2N粒子は単結晶。

今後への期待

酸窒化物ペロブスカイトBaTaO2NのPNRsに由来する強誘電性は、結晶構造に含まれる酸化物イオンと窒化物イオンが規則的に配列した領域が部分的に存在することが起源とされています。従来の酸化物誘電体材料における(変異型)強誘電性とは異なり、窒化物イオンなどの異種の陰イオンを共存させることによるPNRsに起源をもつ新たな強誘電性の発現を実証したことで、新たな電子材料開発と情報及びエネルギーシステムへの飛躍的な応用が期待されます。

用語説明

[用語1] 酸窒化物 : 陰イオンに酸化物イオンと窒化物イオンの両方を含む金属化合物のこと。光触媒や 白色LED用の蛍光体などの粉体としての用途が広く研究されている。

[用語2] Polar Nano Regions(PNRs) : 常誘電領域内部に生じるnmスケールの分極領域のこと。PNRsに起源をもつ強誘電体は誘電率の温度変化が小さい特徴がある。この性質をもつ酸窒化物ペロブス カイトにおいては、酸化物イオンと窒化物イオンの局所的な規則配列がその分極構造をつくると考えられている。

[用語3] フラックス : 融剤のこと。その融液に目的化合物が溶解し、再析出する過程で単結晶が得られる。

[用語4] 圧電応答顕微鏡 : 走査型プローブ顕微鏡の一種。微細な試料表面の凹凸や強誘電体の変位量などを測定できる。

引用文献

[1] Akira Hosono, Yuji Masubuchi, Takashi Endo and Shinichi Kikkawa, Dalton Transactions, 46 (2017) 16837-16844.

論文情報

掲載誌 :
Inorganic Chemistry(アメリカ化学会が発行する無機化学の専門誌)
論文タイトル :
Ferroelectric BaTaO2N Crystals Grown in a BaCN2 Flux(BaCN2フラックス中で合成した 強誘電BaTaO2N単結晶)
著者 :
細野新1、鱒渕友治2、安井伸太郎3、武貞正樹4、遠堂敬史5、樋口幹雄2、伊藤満3、吉川信一2
所属 :
1北海道大学 大学院総合化学院
2北海道大学 大学院工学研究院
3東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
4北海道大学 大学院理学研究院
5北海道大学 大学院工学研究院 工学系技術センター技術部
DOI :

お問い合わせ先

北海道大学 大学院工学研究院

准教授 鱒渕友治

E-mail : yuji-mas@eng.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-6742 / Fax : 011-706-6740

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

教授 伊藤満

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Tel : 045-924-5354 / Fax : 045-924-5354

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