東工大ニュース
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公開日:2021.06.17
東京工業大学 科学技術創成研究院の河野行雄特定教授(中央大学 理工学部 教授 兼任)と同 工学院 電気電子系の李恒大学院生(博士後期課程2年)らの研究グループは、高感度のフレキシブルカメラシートを搭載した、無人インフラ検査のためのユビキタスな電磁波非破壊撮像プラットフォームを開発した。
IoT[用語1]社会の発展により、危険を伴う難所インフラ検査において、非破壊かつ非接触の電磁波画像診断の活用に期待が集まっている。しかしこれまでは、検査対象物の形状やサイズの制約、システム自体の持ち運びにくさなど、動作環境の自由度が低いことが実装の大きな妨げとなっていた。
河野特定教授らは、独自保有技術である、カーボンナノチューブ薄膜[用語2]を材料とするフレキシブル電磁波撮像カメラシートの撮影感度向上を実現した。また3Dプリンタを活用した検査モジュールの設計や、小型光源の一体化を行い、これらを自走探査や多軸関節といったユニット駆動と組み合わせたオールインワン型ロボット支援モニタリングシステムの構築に成功した。さらに、さまざまな工業製品や難所インフラ模型を例として、無人・遠隔操作での高速全方位非破壊画像診断を実証した。本技術は、既存の電磁波撮像技術が抱える動作環境制約を打破でき、将来的には環境親和型なセーフティネットとしての役割が期待される。
本研究成果は、2021年5月21日付で国際科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開された。
本研究開発したユビキタスな電磁波非破壊撮像プラットフォームは、(1)高感度フレキシブルカメラシート、(2)反射系マルチビューカプセル型イメージャー、(3)透過系マルチビュー内視鏡、(4)オールインワン型ロボット支援モニタリングシステムの4つから構成されている。
このカメラシートの動作原理となっているのは、素子材料であるカーボンナノチューブ薄膜の光熱起電力効果[用語3]である。素子領域上に化学的ドーピング[用語4]液を塗布することで、受光による発熱・膜内部での熱拡散・熱拡散に伴う電気信号変換の効率を高められる。本研究では、ドーピング液濃度を変えて、カーボンナノチューブ薄膜の光・熱・電気物性を精査することにより、光熱電変換効率の点で最適なドーピング濃度の同定に成功した。その結果、カメラシートの撮像感度を従来の約4倍に高めることができた。
このフレキシブルカメラシートが持つ、社会実装に適した動作感度や、機械的な柔軟性、超広帯域周波数領域での動作特性といった特長を最大限に生かした、反射系マルチビューカプセル型イメージャーのプロトタイプを開発した(図2)。
このイメージャーの開発にあたっては、検査対象物構造に最適な形状に設計した検査モジュールを3Dプリンタで作製し、これにフレキシブルカメラシートを装着した。モジュールに取り付けた窓枠から内部に向けて電磁波を照射し、対象物からの反射信号をマルチビューにモニタリングすることで、対象物の異常検知が可能である。また、フレキシブルカメラシートの動作帯域であるミリ波・テラヘルツ波・赤外線[用語5]照射を適切に使い分けることで、透過率の違いに基づいた多層構造物の任意階層の断層画像を非破壊・非接触で抽出することに成功した。このイメージャーに期待される用途としては、架空送電線の高速非破壊全方位内部欠陥画像診断が挙げられる。上記の帯域の電磁波は、架空送電線の被膜を透過するが、その内部の金属素線では反射するためである。
本研究では、上記の反射系イメージャーのプロトタイプに加えて、透過系マルチビュー内視鏡のプロトタイプの開発にも成功した(図3)。この内視鏡は中空構造の検査に特化しており、対象物内部から外部への電磁波照射に対応する透過信号をマルチビューにモニタリングすることで、対象物の異常検知が可能である。例として、ガス管に離散的に生じた微小欠損の高速非破壊全方位画像診断に成功した。さらに、このプロトタイプを自動走行ユニット上に実装した自走型全方位内視鏡を開発し、狭く閉ざされたL字型トンネル模型の無人遠隔探査を実証した。
(2)、(3)で開発したプロトタイプでは、機能性や操作性をさらに向上させるため、小型光源の一体搭載による自己発光システム化が鍵になる。ミリ波Gunnダイオード[用語6]やテラヘルツ共鳴トンネルダイオード[用語7]、量子カスケードレーザ[用語8]、赤外LEDといった素子を検査モジュールに直接組み込めば、煩雑な光学系等を要さないポータブルな運用が実現できるだけでなく、高所などの測定場所の制約を打破することも可能になる。
本研究では、カメラシートと3Dプリンタで作成した検査モジュール、複数の赤外LEDを一体化させた「携帯式360°アラウンドビューカメラ」を開発した(図4)。モジュールには、小型光源のサイズに合わせて3Dプリンタにより複数の窓枠を形成し、その内部には計6個の赤外LEDを格納した。これにより、モジュールを回転させることなしに、任意の箇所にある立体物の全視野撮像を可能にした。また、これまでに得た知見や技術を活かして、各構成要素を多軸関節可動式アームユニット上に集約した「オールインワン型ロボット支援モニタリングシステム」のデモ機の作製に成功した(図5)。さらに、曲がりくねった高所架橋道路模型を使用して、このデモ機の特徴でもある、人の手のように滑らかで自由度の高い動きを活用した非破壊全方位画像診断を実証した。
IoT社会の到来をきっかけに、製品の生産や流通の大規模な全自動化など、ヒトの手に届く範囲ではモノのスマート化が進む一方で、日常生活を支えるインフラ設備の保守・点検のあり方に関しては、依然として多くの問題が山積している。その一例であるガス・水道管検査では、作業の度に地中からの掘り起こし作業が必要なため、コストや時間の両面で持続的な検査実施が難しくなっている。社会生活のリモート化が急速に進む今日において、安定した家庭用エネルギー供給の確保は必要不可欠であり、持続的な検査手法の新規創出が強く求められている。また、日本を含めた自然災害と隣り合わせの国々では、断水等の二次被害を最小限に留めるためにも、作業環境に制約されない長期連続的モニタリングシステムの開拓は必須である。
さらに、架空送電線や高所架橋道路、狭く閉ざされたトンネルといった難所インフラ設備の検査手法に関しては、検査員の安全面からも持続的な手法への転換は喫緊の課題である。従来の有人作業では、高所設備に対する地上からの目視確認や、直接的な上空からの点検、さらには狭所地での打音法を用いたひび割れ調査などが行われてきたが、こうした手法に代わるユビキタスなアプローチの開発に大きな期待が寄せられている。
上記のような現状に対して、電磁波照射を用いた画像診断が有力なアプローチの一つとして挙げられている。このアプローチで鍵になるのは、既に成熟した技術である、可視光や紫外線による撮像に加え、ミリ波・テラヘルツ波・赤外線などのより低周波領域の電磁波を最大限に活用することである。いずれの電磁波も透過性と直進性を両立させており、目視では確認できない内部構造を、非破壊かつ非接触で可視化できるという特長がある。また、照射周波数毎の透過率が材料によって異なることを利用して、プラスチックや木材、液体、コンクリート等の材料を使用した多層構造物でも、内部の特定箇所の断面画像を選択的に抽出できると考えられている。さらには上記の電磁波は、X線と比べて極めて低侵襲であるため、生体材料にも優しい撮像が可能である。
河野特定教授らは従来から、ミリ波から赤外線を含む超広帯域に対する吸光材料であるカーボンナノチューブ薄膜に着目してきた。特に、テラヘルツ帯利用を念頭に、カーボンナノチューブ薄膜が併せ持つ機械的柔軟性との相乗効果を実現する、フレキシブルなカメラシートの開発と全方位非破壊検査の原理検証(D. Suzuki, et al. Nature Photonics 10, 809–813, 2016)を行ってきた。さらに、将来的な実装を見据えた超高感度化(K. Li, et al. Advanced Photonics Research 2, 2000095, 2021)や、多素子集積化(D. Suzuki, et al. Advanced Functional Materials 31, 2008931, 2021)を実証してきた。こうした研究を背景に、本研究では、多周波吸光特性の最大限の活用や、携帯性と自由度の高い操作性の実現、そして用途に合わせたシステム全体の柔軟な設計等に注力した。
今後は、高速撮像につながるカメラシートの大面積化に向けて、現在の液体濾過製法からインクジェット射出装置[用語9]を用いた全印刷工程の確立を目指す。また、本研究で実証した欠損や不純物の画像診断に加えて、漏油や内部腐食、錆といったより多様な状態に対応する電磁波透過率のデータベース化を行う。また、時間帯や季節、天候を問わない長期連続的な野外運用を見据えて、防水、防湿、防塵等のカメラ表面保護処理に取り組む。さらに、本研究で実証した検査モジュールへの小型赤外LEDの一体化搭載に続いて、チップ状の小型テラヘルツ・ミリ波発振器の結合を目指すことで、ユーザーから完全に独立した多周波全方位撮像システムを構築する。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業 探索加速型「共通基盤」領域 研究開発課題「計測・解析融合による高速分光超解像赤外イメージング」 (研究開発代表者:河野 行雄)、同 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム、「『サイレントボイスとの共感』地球インクルーシブセンシング研究拠点」、同 研究成果最適展開支援プログラムA-STEP、東レ科学技術研究助成、立石科学技術振興財団研究助成、日本学術振興会 科学研究費助成事業(基盤研究(A)、基盤研究(B)、挑戦的研究(萌芽)、新学術領域研究(研究領域提案型))、東京工業大学 未来社会 DESIGN 機構研究奨励金DLab Challengeの援助および日本ゼオン株式会社の試料提供を受けて実施された。またデバイス材料物性計測の一部は、奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域の野々口斐之助教(現 京都工業繊維大学 材料化学系 講師)の協力の元に実施された。
用語説明
[用語1] IoT : Internet of Things(モノのインターネット)の頭字語。
[用語2] カーボンナノチューブ薄膜 : 筒状構造体であるカーボンナノチューブを積層した膜。
[用語3] 光熱起電力効果 : 物質に光を照射した際に物質内で温度勾配が発生し、その温度勾配が電圧に直接変換される現象。
[用語4] 化学的ドーピング : 化学的プロセスを用いて半導体に電子ないし正孔を注入する方法のこと。
[用語5] ミリ波・テラヘルツ波・赤外線 : 電波から光に至る周波数領域に位置する電磁波のことで、ミリ波がより低周波で、赤外線がより高周波である。
[用語6] Gunnダイオード : ミリ波・サブテラヘルツ帯における代表的な小型発振器の一つ。
[用語7] 共鳴トンネルダイオード : サブテラヘルツ・テラヘルツ帯における代表的な小型発振器の一つ。
[用語8] 量子カスケードレーザ : テラヘルツ・赤外帯における代表的な小型光源の一つ。
[用語9] インクジェット射出装置 : 液滴の微量塗布が可能な印刷機であり、近年では電子デバイス作製においても大きな注目を集めている。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Robot-assisted, source-camera-coupled multi-view broadband imagers for ubiquitous sensing platform |
著者 : |
Kou Li, Ryoichi Yuasa, Ryogo Utaki, Meiling Sun, Yu Tokumoto, Daichi Suzuki, and Yukio Kawano |
DOI : |
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東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
特定教授 河野行雄(中央大学 理工学部教授 兼任)
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