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『混ぜるだけ』で作れる両親媒性分子

多様な機能性分子の創出に向けた新手段としても期待

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公開日:2021.07.06

要点

  • 安価な原料を混ぜるだけで作れる、両親媒性分子の新規合成法を開発
  • 一般的な両親媒性分子より高い性能を示し、様々な誘導体の作り分けも可能
  • 水中で球状のミセルを形成し、疎水性の色素分子の取り込みにも成功

概要

東京工業大学 理学院 化学系の山科雅裕助教と鈴木颯大学院生、豊田真司教授らの研究グループは、独自に開発した親水性分子と安価なリン化合物を混ぜるだけで、誰でも簡便に両親媒性分子を作れる新手法を開発した。

両親媒性分子は、水と結びつきやすい親水部位と、水をはじき油と結びつきやすい疎水部位とを有する分子であり、洗剤などに使われる界面活性剤、食品、また化粧品や医療品といった製品に幅広く用いられている。両親媒性分子を合成する最も効率的な方法は、既存の親水性分子と疎水性分子を直接連結させることである。しかしながら、反応剤を用いず混ぜるだけで構築される化学結合は水に対して不安定であり、水中での利用を前提とした両親媒性分子のような材料系に応用できない問題があった。

本研究では、シュタウディンガー反応[用語1]に着目し、予め合成した親水性アジ化物[用語2]と、様々な疎水性リン化合物を混ぜるだけで連結し、簡便に両親媒性分子へと変換する手法の開発に成功した。得られた両親媒性分子を水に溶かすと、約2ナノメートルの球状の集合体を形成していることが各種分析により明らかとなった。また、ナイルレッドなどの疎水性色素分子を水中で取り込み、水溶化させることにも成功した。本研究成果は、熟練の合成技術や高価な試薬を必要としない有機合成手法の新展開であり、様々な機能性材料開発への応用が期待される。

これらの研究成果は、科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の吉沢道人教授、岸本夏月大学院生らとの共同の成果で、欧州の主幹化学雑誌『Angewandte Chemie International Edition(アンゲバンテ ケミー 国際版)』に2021年5月21日にオンライン掲載された。

研究の背景とねらい

両親媒性分子とは、分子内に疎水性部位と親水性部位の両方を有する分子である。水中では疎水部同士が疎水効果で集合し、球状集合体のミセル[用語3]を形成する。ミセルは様々な有機分子を取り込めることから、洗剤や石鹸を筆頭に、古典的な超分子[用語4]材料として分野を問わずに研究されてきた。

一般的な両親媒性分子は、効率的な化学反応の実施と分離精製の観点から、『(1)疎水部を構築し、(2)親水基を導入する』という段階的な方法で合成されている(図1a)。これに対し、既存の親水性分子と疎水性分子を混ぜるだけで直接連結できれば、反応試薬の添加や反応後の精製操作が不要となるため、非常に簡便かつ効率的な両親媒性分子の合成法になり得る。しかしながら、これまでに報告されている『混ぜるだけで形成する化学結合』は、そのほとんどが水に対して不安定である上、特殊な官能基を骨格に導入する必要があった。即ちこれらの化学結合は、水中でのみ機能するミセルのような超分子材料の合成手段に利用できない問題があった。

当研究グループではこの課題を克服するにあたって、『アザイリド』と呼ばれる化学種を形成する、シュタウディンガー反応に着目した。そのエッセンスを抽出し、分子合成の手段に応用することで、『混ぜるだけで構築できる両親媒性分子』の開発を目指した(図1b)。

図1. (a)従来の両親媒性分子の合成法と(b)本研究の合成戦略の概略図

図1. (a)従来の両親媒性分子の合成法と(b)本研究の合成戦略の概略図

研究の手法と成果

本研究では、あらかじめ合成した親水性アジ化物と疎水性リン化合物を、シュタウディンガー反応を用いて連結していく。

シュタウディンガー反応は、アジ化物とリン化合物を混ぜると、リン-窒素二重結合を持つ『アザイリド』と呼ばれる化学種を形成する反応である[参考文献1]。この過程は室温で迅速かつ定量的に進行するが、アザイリドは水に不安定であり、水中では迅速に加水分解されてしまう性質がある。これに対し、近年ハロゲン置換基をアジ基の両隣に導入すると、生成したアザイリドが水中でも顕著に安定化されることが報告された[参考文献2][参考文献3]。そこで本研究では、(1)あらかじめ親水性アジ化物を合成し、(2)これと様々な疎水性リン化合物を混合し、(3)アザイリド形成を介して両者を連結させるようにした(図1b)。さらに、シュタウディンガー反応を用いた両親媒性分子の構築に加え、形成された両親媒性分子の水中での集合挙動と安定性の評価、および疎水性色素分子の内包能評価も実施した。

研究内容

シュタウディンガー反応を用いた両親媒性分子の構築

まず、シュタウディンガー反応を利用するために、アジ基とハロゲン置換基を含む親水性アジ化物1を合成した。この化合物は市販品からわずか3段階で合成でき、精製も洗浄とろ過のみで簡便に行うことができる。続いて、合成した親水性アジ化物1とメチル基を有するトリトリルホスフィン(PTol3)をアセトニトリル中で混合して60℃で3分加熱すると、窒素分子の脱離を伴いほぼ定量的に両親媒性分子(NPTol3)を得ることに成功した(図2a)。両親媒性分子の形成は、核磁気共鳴(NMR)および質量分析(MS)測定、および単結晶X線結晶構造解析により決定した。同様に、親水性アジ化物1とトリフェニルホスフィン(PPh3)、トリアニシルホスフィン(PAni3)を混合することで、対応する両親媒性分子NPPh3NPAni3を定量的に得ることに成功した(図2b)。

(a)シュタウディンガー反応を利用した両親媒性分子の合成と(b)NPPh3の結晶構造

図2. (a)シュタウディンガー反応を利用した両親媒性分子の合成と(b)NPPh3の結晶構造

水中での集合挙動評価と安定性評価

次に、得られた両親媒性分子の水中での集合挙動と安定性を評価した。

NPTol3を水に加え、室温で撹拌すると、疎水効果と複数の分子間相互作用により、球状集合体のミセルが定量的に形成された(図3a)。NMR測定と動的光散乱(DLS)測定により、形成されたミセルは約2ナノメートルの大きさであり、平均10分子からなる集合体(NPTol3)10の存在が確認された(図3b)。そのミセルを形成するのに必要な臨界ミセル濃度[用語5]は約0.4 mMであり、一般的な両親媒性分子であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS, 8.0 mM)より低濃度で集合体を形成することが判明した。NPPh3NPAni3でも同様の集合挙動が確認されたが、リン化合物にアルキル基を含むNPTol3の方が、効率的良く集合体を形成した。

続いて、両親媒性分子の水中での安定性を比較した(図3c)。前述の通り、一般的なアザイリドは加水分解しやすく、ハロゲン置換基を持たないNPTol3'は水中で加水分解の進行が確認された。これに対して、狙い通りクロロ基を有するNPTol3は、同一条件下で全く分解しなかった。この顕著な安定化は、クロロ基によりアザイリドのリン-窒素二重結合周辺の電子状態が変化したことに起因することが、量子化学計算により明らかとなった。

図3. (a)両親媒性分子NPTol3の水中での集合挙動の概略図と(b)(NPTol3)10のモデル構造、(c)NPTol3とNPTol3'(クロロ基無し)の水中における安定性の比較

図3. (a)両親媒性分子NPTol3の水中での集合挙動の概略図と(b)(NPTol3)10のモデル構造、(c)NPTol3NPTol3'(クロロ基無し)の水中における安定性の比較

作製した両親媒性分子による疎水性色素分子の内包

本手法で得られた両親媒性分子の分子内包能を明らかにするため、疎水性色素の取り込み実験を行った。

まず、NPTol3と小過剰量のナイルレッドNR(赤い蛍光を発する生体染色試薬)を水中で一晩撹拌した。その後、余剰のNR分子を除去すると、ピンク色の水溶液が得られた(図4a)。この水溶液の紫外可視吸収(UV-vis)と蛍光測定より、水に不溶のNRに由来する吸収と蛍光スペクトルが観測された。動的光散乱(DLS)測定より、直径4.5ナノメートルの粒子の存在が確認された。これらの事実より、およそ40分子のNPTol3が15分子のNRを取り込んだNR内包体NR15•(NPTol3)40の形成が示唆された(図4b)。同様の方法で緑色の蛍光色を発するBODIPY色素の内包にも成功した。さらに、NPPh3NPAni3でも色素分子の内包を達成した。これら両親媒性分子の内包能を比較したところ、混合するリン化合物上の官能基の種類によって、ホスト-ゲスト間での相互作用の差に起因する分子内包能の差が生まれ、アルキル基をもつNPTol3の方が高い内包能を有することが確認された。

(a)NPTol3による疎水性色素NRの内包と(b)NR15•(NPTol3)40のモデル構造

図4. (a)NPTol3による疎水性色素NRの内包と(b)NR15•(NPTol3)40のモデル構造

今後の研究展開

本研究では、シュタウディンガー反応を用い、親水性アジ化物と疎水性リン化合物をアザイリドで直接連結することで、前例のない両親媒性分子の簡便な合成法の開発に成功した。リン化合物は有機合成で幅広く使われており、その有用性・汎用性の高さから膨大な種類が販売・報告されている。即ち本成果は、アジ化物とリン化合物の組み合わせ次第で、両親媒性分子に留まらず、多種多様な機能性分子の創出手段の一つになることが期待される。今後は、アザイリドの特異的な反応性や化学的性質を通じて、アジ化物とリン化合物の性質を融合させた新材料を開発していく計画である。

用語説明

[用語1] シュタウディンガー反応 : ヘルマン・シュタウディンガーにより発表された、アジ化物とリン化合物が反応してアザイリドを与える有機反応。ホスファジドの形成後、窒素ガスが脱離することでアザイリドが得られる(下図)。近年ではタンパク質の化学修飾法として、ケミカルバイオロジーの分野で利用されている[参考文献4]

シュタウディンガー反応

シュタウディンガー反応

[用語2] アジ化物 : 窒素原子が3つ並んだアジ基(-N3)を有する化学物質。クリックケミストリーなど、化学物質を合成する原料として多方面で頻用される。

[用語3] ミセル : 水中で両親媒性分子の疎水部が集まることで形成した集合体(下図)。親水部と疎水部の組み合わせ次第で、球状や棒状など様々な構造をとる。

ミセル

ミセル

[用語4] 超分子 : 複数の分子が水素結合やパイ相互作用、疎水効果などの弱い分子間相互作用で構築された分子集合体。単一の分子とは異なり、超分子は集合体として性質を示す。

[用語5] 臨界ミセル濃度 : 両親媒性分子がミセルを形成する際に必要な最低濃度。臨界ミセル濃度が低い程、低濃度で集合体を形成できる。

参考文献

[1] H. Staudinger, J. Meyer, Helv. Chim. Acta 1919, 2, 635–646.

[2] M. Sundhoro, S. Jeon, J. Park, O. Ramström, M. Yan, Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 12117–12121.

[3] T. Meguro, N. Terashima, H. Ito, Y. Koike, I. Kii, S. Yoshida, T. Hosoya, Chem. Commun. 2018, 54, 7904–7907.

[4] E. Saxon, C. R. Bertozzi, Science 2000, 287, 2007– 2010.

論文情報

掲載誌 :
Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル :
Synthesis of Azaylide-Based Amphiphiles by the Staudinger Reaction
(シュタウディンガー反応によるアザイリドを基盤とした両親媒性分子の合成)
著者 :
Masahiro Yamashina*, Hayate Suzuki, Natsuki Kishida, Michito Yoshizawa, Shinji Toyota*
(山科雅裕*、鈴木颯、岸田夏月、吉沢道人、豊田真司*
DOI :

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