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世界最高性能の固体フォトン・アップコンバージョン材料を開発

人工光合成などで光エネルギーの利用効率を向上させる技術

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公開日:2022.01.11

要点

  • 人工光合成などで現状未利用な光を利用可能な光に変える波長変換技術
  • 独自のコンセプトに基づき高効率、超低閾値、安定な固溶体結晶を開発
  • 太陽光より弱い入射光、空気中で安定使用できる初の材料、応用に前進

概要

東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授、同研究室博士後期課程学生 榎本陸らは、日産自動車株式会社、出光興産株式会社と共同し、世界最高性能をもつフォトン・アップコンバージョン(以下UC)の固体材料を開発した。UCは脱炭素に重要な役割を果たす人工光合成用光触媒などで現状未利用な長波長光を利用可能な短波長の光に変換し、これらの効率を高める光の変換技術である。

UCは、長波長の光子をキャッチする「増感分子」と、そこから励起状態を受け取って短波長シフトした光子を出す「発光分子」とを組み合わせて行われる。従来の固体UC材料は増感分子同士の凝集や低い結晶性のために効率が低く、UCに要する入射光強度の閾値が高く、光照射下での安定性の情報が示されないことが大半だった。また不活性ガス中での結果のみが示されることが多かった。

本成果では、熱力学的に安定な固溶体相(後述)を用いるコンセプトに基づき、コスト的に有利な炭化水素系の発光分子と高品質な固溶体結晶の生成条件を発見し、高効率(理論上限の32 %)、超低閾値(太陽光強度の約5分の1)、空気中で安定という前例のない固体UC材料を開発した。これは超高性能なUC材料の作製指針を与え、本技術の応用実現に向けた諸要件を解決した初の材料となる。

本成果は、王立化学会(英国)の査読付学術誌、Materials Horizonsの2021年12月号(Issue 12, 2021)にオープンアクセス掲載された。

背景

カーボンニュートラルの実現には再生可能エネルギーの効率的利用が必須である。太陽光はその代表であり、水からの水素生成やCO2からの有用物質生成を行う人工光合成用光触媒、太陽電池などが広く研究または使用されている。しかし、これら効率には、次の理由から根本的な制限が存在している。

光は「光子」という粒からなり、光の波長が短いほど光子1粒のエネルギーが大きい。もし光触媒や太陽電池などに入射した光子のエネルギーが各材料に固有な「ある最低限必要なエネルギー」よりも高ければ材料を励起でき、利用される。一方それより低ければ材料を励起できず、その光子は利用されない(図1a)。つまり、このような目的にすべての波長の光を使えるのではなく、各材料に固有の「ある波長」よりも短波長側の光のみが利用され、それより長波長側の光は利用されておらず、損失となっている。この側面が様々な太陽光エネルギー利用の効率に根本的な制限を与えている。この制限を回避する方法としてフォトン・アップコンバージョン(以下UC)がある。これは低エネルギーの光子群(長波長の光)をより高エネルギーの光子群(より短波長の光)に変換する技術である(図1b)。

図1 (a)半導体の場合を例にとり、光エネルギーの利用効率には根本的な制限があることを表す模式図。ここでのバンドギャップの幅は例。(b)フォトン・アップコンバージョンの概念模式図。
図1
(a)半導体の場合を例にとり、光エネルギーの利用効率には根本的な制限があることを表す模式図。ここでのバンドギャップの幅は例。(b)フォトン・アップコンバージョンの概念模式図。

現在、太陽光に適用しうるUCの方式は、有機分子間の励起エネルギー移動を用いる方式(TTA方式[用語1])のみである。この方式による研究の多くは分子を有機溶媒などに溶かした液体の形態で行われてきた。しかし、少数の例外(※1)を除き、液体系の試料には溶媒の蒸発や着火、沸騰などのリスクが伴う。この解決のため、近年ではUC材料の固体化が追求されている。
 
TTA方式は、長波長の光子をキャッチする「増感分子」と、その励起状態を受け取って短波長シフトした光子を出す「発光分子」とを組み合わせて行われる(通常、増感分子数:発光分子数の比は1:数百~数千)。このため発光分子の固体中に増感分子を低濃度でバラバラに散らして存在させる必要があるが、多くの場合、同種類の分子同士は集まった方が全体的に安定であるため、光子をキャッチする役割の増感分子同士が凝集してしまい、効率よく増感分子から発光分子に励起エネルギーの受け渡しが行えず、高いUC効率を目指す上での障害となっていた。

この回避のため、従来の材料研究ではしばしば「増感分子同士が凝集し始める前に、急速な溶媒の蒸発や溶液中での析出によって、速やかに固体を生成する」という方法がとられてきた。しかし、このような高速法で作られた固体は一般に欠陥を多く含む微結晶粉であり、励起エネルギーが材料中をよく伝搬しないために低効率で、有意なUCに要される光照射強度の閾値も比較的高かった。また、従来報告の大半では連続的な光照射下での安定性データは示されてこなかった。

研究の着想

本研究チームは発想の転換を行い、「二成分があるときは、わずかでも互いに混ざり合う方が安定」という法則(エントロピーの自発的な増大則[用語2])を利用することを着想した。二成分を混ぜたときに現れる安定状態を整理するために、縦軸を温度、横軸を存在比とし、各状態の領域を示したものを相図という。図2aに模式的に描いた二成分系の代表的な相図を示す。ここでは左端が純粋な発光分子(増感分子0 %)、右端が純粋な増感分子を表している。α相が微量な増感分子が発光分子の結晶中に溶液のように溶け込んだ固溶体相であり、β相がその逆の固溶体相(生成を避けるべき増感分子の凝集相)になる。上述の「エントロピーの自発的な増大則」が溶け込みの駆動力となる。下の中央の「α and β」の領域はα相とβ相が混在する状態で、これも生成を避けるべき状態である。このような着想と狙いに基づき、高品質なα固溶体結晶の選択的生成を追求した。

図2 (a)二成分系の代表的な相図の模式図。中央下の領域はα相とβ相の共晶混合物。α相が本研究で追求した固溶相。(b)使用した増感分子(既知)および青色発光分子(本研究で発見)。
図2
(a)二成分系の代表的な相図の模式図。中央下の領域はα相とβ相の共晶混合物。α相が本研究で追求した固溶相。(b)使用した増感分子(既知)および青色発光分子(本研究で発見)。

具体的に、増感分子には緑色光を吸収して励起三重項状態(用語1中に説明)を高効率で生成する図2b上に示す分子を選んだ。そして、上述の着想を実現する青色発光分子として、応用時にコストの抑制を行える炭化水素分子(炭素原子と水素原子のみからなる分子)の広い選択肢から探索と評価を行い、また、結晶生成条件の探索を行った結果、図2b下に示す炭化水素分子(以下ANNP、※2)を用いることによって上記の着想を実現できることを見出した。

研究成果

生成条件の最適化の結果、図3aに示す透明で薄ピンク色をした1 mm前後の結晶を得た。ピンク色は増感分子の色であるため、これは無色透明なANNPの結晶中に増感分子がわずかに固溶したことを示している。結晶の光吸収測定からANNP約5万個に対して増感分子1個が固溶していることが判明し、この高い比率も本結晶がα相固溶体であることを示している。結晶に波長542 nmの緑色光を照射したところ、波長434 nmにピークをもつ青色のUC発光が得られた(図3b)。さらに、UCに要される光照射強度の閾値を調べるため、波長542 nmの入射光強度とUC量子効率(放出された青色光子数を、吸収された波長542 nmの緑色光子数で割った値、理論上限は50 %)との関係を10個の結晶試料について測定したところ、図3cのように最高で約16 %(=理論上限の32 %)と非常に高いこと、および光照射の閾値強度が極めて低いことが見いだされた。別の実験から、本試料の閾値が太陽光強度の約5分の1と前例のない低さであることが判明した(下記「論文情報」の論文に詳細記載)。これは高効率なUCにはもはや入射太陽光の集光が不要であることを示す画期的な結果である。さらに、空気中における長時間の光照射に対しても極めて高い安定性を有することが明らかになった(図3d)。

(a)本成果で生成した高性能なフォトン・アップコンバージョン固体材料の外観(左)と光学顕微鏡像(右)。(b)波長542 nmの緑色光を照射したときの試料の発光スペクトル。青色域に発光が得られている。(c)波長542 nmの励起光強度とアップコンバージョン量子効率との関係。10個の試料を測定した結果を示している。カーブは実験データ点をフィットした理論曲線。(d)閾値強度の約10倍である20 mW/cm2の強度で波長542 nmの入射光を連続して当て続けた際の発光強度の時間推移(初期値を100とした)。図中の写真はこの実験における様子の写真。(b), (c), (d)は空気中で測定。本図の著作権情報は※3参照。
図3
(a)本成果で生成した高性能なフォトン・アップコンバージョン固体材料の外観(左)と光学顕微鏡像(右)。(b)波長542 nmの緑色光を照射したときの試料の発光スペクトル。青色域に発光が得られている。(c)波長542 nmの励起光強度とアップコンバージョン量子効率との関係。10個の試料を測定した結果を示している。カーブは実験データ点をフィットした理論曲線。(d)閾値強度の約10倍である20 mW/cm2の強度で波長542 nmの入射光を連続して当て続けた際の発光強度の時間推移(初期値を100とした)。図中の写真はこの実験における様子の写真。(b), (c), (d)は空気中で測定。本図の著作権情報は※3参照。

今後の展開

UCでは2個の低エネルギーな入射光子から最大で1個の高エネルギー光子を生成することから、UC量子効率(放出されたUC光子と吸収された光子の数比)の上限は50 %だが、今回の成果では最大16 %という高い量子効率を達成した。その閾値は太陽光強度の約5分の1と超低強度であり、本材料の開発によってUCにおいて太陽光の集光はもはや不要となった。図4は今回の成果のイメージを表している。

しかし、このUC効率も上限値の50 %にはまだ隔たりがある。その主な理由はANNPの蛍光量子効率(励起状態から光子が放たれる効率)が比較的低いことにある。このため、今後さらに好適な発光分子を探索する必要がある。より高いUC量子効率の達成と社会実装の実現を目指し、今後さらに本研究を発展させてゆく。

図4 本成果を表すイメージ図。太陽光の照射によって、両端に緑色で描かれた増感分子が励起されている。その励起状態が開発した結晶中を伝搬し、それらが出会った場所で、短波長シフトした、すなわち入射光子より高いエネルギーを持つ青色の光子が放出される。左奥には本成果が用いたコンセプトである二成分系の相図が示されている。本図の著作権情報は※3参照。
図4
本成果を表すイメージ図。太陽光の照射によって、両端に緑色で描かれた増感分子が励起されている。その励起状態が開発した結晶中を伝搬し、それらが出会った場所で、短波長シフトした、すなわち入射光子より高いエネルギーを持つ青色の光子が放出される。左奥には本成果が用いたコンセプトである二成分系の相図が示されている。本図の著作権情報は※3参照。

用語説明

[用語1] TTA方式 : 長波長の光子を吸収し、励起三重項状態(分子内で相関する2個の電子スピンが同じ向きを向いた状態)を作る増感分子と、そこからその励起状態を受け取り、短波長シフトした光子を放出する発光分子とを組み合わせて行うUCの方式。励起三重項状態にある発光分子2個が空間的に出会うと、ある確率で「三重項-三重項消滅(Triplet-Triplet Annihilation, TTA)」という過程が起こり、両者のうちの一方がより高い励起準位に遷移し、そこから短波長シフトした光子が放出される。この方式は太陽光への適用可能性を有していることから近年研究が盛んになってきている。TTAの詳細は2021年8月24日の関連プレスリリースの「用語説明(3)」参照。

[用語2] エントロピーの自発的な増大則 : エントロピーは複雑さを表す尺度と考えられ、ある注目した領域の状態は、その外から作用を加えなければ、時間経過とともにエントロピーが増大する方向に自発変化してゆく。よく用いられる例として、コーヒーにミルクを入れると自発的に混ざり合い、ミルクの濃度に偏りがない状態へと向かってゆく例えが挙げられる。ただし本成果に関する二成分系の結晶では混合に反発する力も同時に働いており、これがエントロピーを増大させようとする力と均衡した辺りで、増感分子が発光分子の結晶中に入り込める濃度が決まることになる。

※1
有機溶媒は一般に可燃性と揮発性をもち、水も温度や圧力によって蒸発や沸騰などの相変化を起こすリスクがある。しかし、液体試料であっても、村上准教授らが開発したイオン液体(イオンのみからなる室温で液体の塩)などを溶媒に用いた試料ではこのようなリスクを解決したものも少数存在しており、例えばChemical Physics Letters, vol. 516, pp. 56–61, 2011 (DOI: 10.1016/j.cplett.2011.09.065)、Physical Chemistry Chemical Physics, vol. 19, pp. 30603–30615, 2017 (DOI: 10.1039/C7CP06494B) などがある。
※2
この分子の名称は9-(2-naphthyl)-10-[4-(1-naphthyl)phenyl]anthracene.
※3
これらの図は下記「論文情報」の論文からの抜粋(一部改変)だが、当該論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC BY 3.0区分でオープン化されており、図表の再使用と改変使用は著作権上許されている。

論文情報

掲載誌 :
Materials Horizons (IF = 13.266)
論文タイトル :
van der Waals solid solution crystals for highly efficient in-air photon upconversion under subsolar irradiance
著者 :
Riku Enomoto, Megumi Hoshi, Hironaga Oyama, Hideki Agata, Shinichi Kurokawa, Hitoshi Kuma, Hidehiro Uekusa, and Yoichi Murakami
DOI :
本論文はオープンアクセスで、上記リンクから無料公開されている。

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