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リュウグウの銅・亜鉛同位体分析が解き明かす地球の揮発性物質の起源

太陽系の果てで生まれたリュウグウ的物質は地球にも存在する

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公開日:2022.12.13

要点

  • Cb型小惑星「リュウグウ」の銅・亜鉛の同位体組成はイヴナ型炭素質隕石と一致する。
  • リュウグウの銅・亜鉛の同位体組成は太陽組成の最適な推定値と考えられる。
  • 太陽系外縁部由来のリュウグウ的物質が地球質量の約5%を占めると推察される。

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の横山哲也教授、北海道大学大学院理学研究院の圦本尚義教授、東京大学大学院理学系研究科の橘省吾教授らの研究グループは、Cb型小惑星「リュウグウ」の銅および亜鉛の同位体組成[用語1]を測定し、太陽系外縁部に由来するリュウグウ的な物質が地球にも存在し、それは地球質量の約5%に相当することを突き止めた。

リュウグウ試料の初期分析により、Cb型小惑星[用語2]「リュウグウ」はイヴナ型炭素質隕石[用語3]に似た化学組成・同位体組成を持つことが明らかとなった。しかし、これまでに測定された同位体組成は難揮発性元素[用語4](チタン・クロム・鉄)や揮発性の高い元素(酸素など)であり、地球の形成過程を議論する上で重要な中程度の揮発性を持つ元素に関しては、同位体組成に関する情報がなかった。

研究グループは、中程度の揮発性元素である銅および亜鉛の同位体組成を測定し、リュウグウとイヴナ型炭素質隕石の分析値が一致することを明らかにした。また、リュウグウとイヴナ型炭素質隕石の銅および亜鉛の同位体組成は、他の炭素質隕石と明らかに異なることもわかった。これは、リュウグウのチタン・鉄・クロムの同位体分析から得られた結論、すなわち、「リュウグウとイヴナ型炭素質隕石が他の隕石とは全く異なる場所で生まれた」という考察と整合する。さらに、リュウグウと地球の亜鉛同位体組成を比較した結果、地球に存在する亜鉛の約30%はリュウグウ的物質に由来すると推察された。このことから、リュウグウが生まれた太陽系外縁部に存在していた物質が地球の形成にも寄与しており、その量は地球質量の約5%であると予想される。

なお、本研究成果は、日本時間2022年12月13日に、Nature Astronomy 誌にオンライン掲載された。

背景

JAXAの探査機「はやぶさ2」がCb型小惑星「リュウグウ」の試料を地球に送り届けてから約2年が経過した。試料到着後のキュレーション[用語5]ならびに複数の国際チームが行った初期分析により、リュウグウ試料の持つ物理的・化学的特性やリュウグウの起源など、貴重な情報が次々と明らかになった。特に重要な発見は、リュウグウの鉱物組成、化学組成、および同位体組成において、イヴナ型炭素質隕石とほぼ一致する点が見られたことである。

太陽系の起源や進化を調べる研究において、隕石の化学組成や同位体組成は有益な情報となる。中でも、イヴナ型炭素質隕石は全ての隕石の中で最も始原的かつ太陽に最も近い化学組成を持つと考えられており、極めて重要な研究対象である。しかし、地球上にある約7万個の隕石の中でイヴナ型炭素質隕石はわずか9個しか見つかっておらず、貴重な存在であることが研究の障壁となってきた。リュウグウとイヴナ型炭素質隕石が近い化学組成・同位体組成を持つことが明らかとなったため、リュウグウも太陽系の起源研究に寄与する重要な役割を持つと期待されている。

しかしながら、リュウグウとイヴナ型炭素質隕石との類似性が全ての元素で確認されたわけではない。特に、これまでに測定されたリュウグウの同位体組成は、凝縮温度が862 ℃を超える難揮発性元素(チタン・クロム・鉄など)および392 ℃以下の揮発性元素(酸素・炭素・窒素など)であり、中程度の揮発性を持つ元素群に関しては同位体組成が測定されてこなかった。そこで、研究グループは凝縮温度453 ℃ である亜鉛および764 ℃である銅に着目し、リュウグウ、イヴナ型炭素質隕石、およびその他の隕石の同位体組成を精密測定した。

研究手法

はやぶさ2が採取したリュウグウ試料を水溶液化し、パリ・シテ大学地球物理学研究所のマルチ検出機付きICP質量分析装置[用語6]により銅および亜鉛の同位体組成を精密測定した。

研究成果

リュウグウとイヴナ型炭素質隕石の銅および亜鉛同位体組成は、分析誤差の範囲内で一致した(図1)。この結果は今までに行われたリュウグウ試料のチタン・クロム・鉄および酸素同位体分析の結果と整合しており、難揮発性元素から中程度の揮発性元素、揮発性元素に至るまで、リュウグウとイヴナ型炭素質隕石がほぼ同一の同位体組成を持っていることを示している。すなわち、リュウグウとイヴナ型炭素質隕石のもととなる天体は、誕生したタイミングや場所、形成過程などに関して多くの共通性があり、両者は親戚関係にあるといえる。また前述の通り、イヴナ型炭素質隕石は全隕石の中で最も始原的であり、かつ太陽に最も近い化学組成を持つ。従って、リュウグウ試料の銅および亜鉛同位体組成は、太陽の銅・亜鉛同位体組成の最適な推定値であると考えられる。

図1 リュウグウ試料(Ryugu)、イヴナ型炭素質隕石(CI, 紫の範囲内)、およびその他の炭素質隕石(C-ung, CM, CV, CO)の銅および亜鉛同位体組成。リュウグウとイヴナ型炭素質隕石は誤差の範囲内で同一の同位体組成を持つが、その他の炭素質隕石は異なる同位体組成を持つことがわかる。Alais、Orgueil、Tarda、Murchison、Allendeはそれぞれ隕石名。(© Paquet et al., 2022を一部改変)
図1
リュウグウ試料(Ryugu)、イヴナ型炭素質隕石(CI, 紫の範囲内)、およびその他の炭素質隕石(C-ung, CM, CV, CO)の銅および亜鉛同位体組成。リュウグウとイヴナ型炭素質隕石は誤差の範囲内で同一の同位体組成を持つが、その他の炭素質隕石は異なる同位体組成を持つことがわかる。Alais、Orgueil、Tarda、Murchison、Allendeはそれぞれ隕石名。(© Paquet et al., 2022を一部改変)

研究グループはさらに、リュウグウの原子核合成に由来する亜鉛同位体異常[用語7]の解析も行った(図2)。その結果、地球の亜鉛同位体組成を説明するためには、太陽系の内側(地球に近い領域)に存在していた物質に加え、太陽系外縁部のリュウグウ的な物質も必要であることが判明した。計算したところ、地球に存在する亜鉛の約30%はリュウグウ的物質、残りの約70%は太陽系の内側物質であることが推察された。リュウグウ的物質は太陽系内側の物質と比較し、亜鉛のような中程度の揮発性元素に富んでいる。そのことを勘案すると、地球の形成に寄与したリュウグウ的物質は、地球質量の約5%であることが予測される。

太陽系内側物質(Ureilites, NC iron, Ordinary, Enstatite)、炭素質隕石(Carbonaceous, Carbonaceous iron)、リュウグウ試料(Ryugu)、および地球物質(Earth)の核合成起源亜鉛同位体異常(ε<sup>66</sup>Zn)を示す図。リュウグウ試料と炭素質隕石は正のε<sup>66</sup>Zn値を持つ一方、太陽系内側物質は負のε<sup>66</sup>Zn値を持つ。地球のε<sup>66</sup>Zn値(~0)を説明するには、リュウグウ的組成を持つ亜鉛が30%、太陽系内側物質の組成を持つ亜鉛が70%必要である。(© Paquet et al., 2022より引用)
図2.
太陽系内側物質(Ureilites, NC iron, Ordinary, Enstatite)、炭素質隕石(Carbonaceous, Carbonaceous iron)、リュウグウ試料(Ryugu)、および地球物質(Earth)の核合成起源亜鉛同位体異常(ε66Zn)を示す図。リュウグウ試料と炭素質隕石は正のε66Zn値を持つ一方、太陽系内側物質は負のε66Zn値を持つ。地球のε66Zn値(~0)を説明するには、リュウグウ的組成を持つ亜鉛が30%、太陽系内側物質の組成を持つ亜鉛が70%必要である。(© Paquet et al., 2022より引用)

社会的インパクト

リュウグウとイヴナ型炭素質隕石は、中程度の揮発性元素である銅および亜鉛に関しても同じ同位体組成を持つことが分かった。リュウグウは太陽系で最も始原的な物質であり、まさに太陽系の化学組成を知るための「ロゼッタストーン」である。本研究は、そのようなリュウグウが生まれた太陽系外縁部の物質が地球形成にも関わっていたことを突き止めた。その質量は地球質量のわずか5%であるが、リュウグウ的物質は揮発性元素に富んでいるため、地球に存在する揮発性元素の相当量(亜鉛の場合、約30%)が太陽系の果てからやってきた、と推察される。

今後の展開

地球の形成に寄与した5%のリュウグウ的物質がどのようにして地球形成領域にやってきたのか、また、リュウグウ的物質からやってきた亜鉛以外の揮発性元素はどのくらい地球に取り込まれたのか、今後の研究により明らかにされることが期待される。

用語説明

[用語1] 同位体組成 : 元素には中性子の数が異なるため、原子1個あたりの重さが異なるものが存在する。例えば銅は中性子数34個の63Cuと36個の65Cuが存在する。同位体組成とは、各々の同位体の存在度を表したものである。同位体組成の違いは、物質が異なる起源をもっていることの証拠となる。

[用語2] Cb型小惑星 : 小惑星とは、主に火星と木星の間に存在する大きさが数kmから数百km程度の小天体である。小惑星を光で観測すると、表面の化学組成の違いに応じて異なる特徴(スペクトル)を示す。Cb型はスペクトル分類の一種で、炭素を多く含む小惑星である。

[用語3] イヴナ型炭素質隕石 : イヴナ隕石に代表される隕石グループ。イヴナ隕石は1938年、アフリカのタンザニアに落下した隕石で、総重量は705 gである。イヴナ型炭素質隕石は一部の元素(希ガス、炭素、窒素、リチウムなど)を除き太陽光球と同じ化学組成を示すが、このような特徴を持つ隕石はイヴナ型炭素質隕石だけである。国際隕石学会によると、地球に存在する約70,000個の隕石のうち、イヴナ型炭素質隕石はわずか9個である。

[用語4] 難揮発性元素 : ほぼ真空の空間に太陽と同じ化学組成をもつ高温(> 1700 ℃)のガスを置き、徐々に冷却すると、沸点の高い元素から順番に固体となって凝縮する。チタン、クロム、鉄などの元素は、ガス温度が比較的高い状態(> 900 ℃)で凝縮するため、難揮発性元素と呼ばれる。これに対し、酸素、窒素、炭素などはガスが低温(< –70 ℃)にならないと凝縮しないため、揮発性元素と呼ばれる。本研究で測定した銅や亜鉛は両者の中間的な凝縮温度を持つ。

[用語5] キュレーション : 試料をデータベース化し、保管する作業。また、保管試料の一部を研究者に供給する作業も含まれる。データベース化のため、測定による記載が必要である。はやぶさ2帰還試料はオーストラリアで回収された後、日本に空輸され、JAXA相模原キャンパスに設置された専用のクリーンチャンバに保管された。このクリーンチャンバ内で、外部からの汚染を避けながら帰還試料の分類や物理的、化学的特性の測定などが行われた。

[用語6] ICP質量分析装置 : 目的元素の同位体組成を測定するための装置である。アルゴンプラズマを用いて目的元素をイオン化し、磁場と電場を用いて同位体を重さごとに分け、各同位体の存在比率を精密に測定する。

[用語7] 原子核合成に由来する亜鉛同位体異常 : 亜鉛は5つの同位体(64Zn, 66Zn, 67Zn,68Zn, 70Zn)を持つが、これらの同位体は太陽系の形成以前に存在した恒星の進化過程で合成されたものである。それぞれの同位体には複数の供給源(超新星や赤色巨星など)があり、その供給割合のわずかな違いによって、同位体組成に違いが表れる。これを原子核合成に由来する同位体異常と呼ぶ。地球と比較したとき、リュウグウは相対的に66Znに富む同位体異常を持ち、一方で太陽系内側物質は66Znに欠乏する同位体異常を持つ。

論文情報

掲載誌 :
Nature Astronomy
論文タイトル :
Contribution of Ryugu-like material to Earth's volatile inventory by Cu and Zn isotopic analysis(銅および亜鉛同位体分析が明らかにした、地球の揮発性物質へのリュウグウ的物質の寄与)
著者 :
*Marine Paquet, *Frederic Moynier, Tetsuya Yokoyama, Wei Dai, Yan Hu, Yoshinari Abe, Jérôme Aléon, Conel M. O'D. Alexander, Sachiko Amari, Yuri Amelin, Ken-ichi Bajo, Martin Bizzarro, Audrey Bouvier, Richard W. Carlson, Marc Chaussidon, Byeon-Gak Choi, Nicolas Dauphas, Andrew M. Davis, Tommaso Di Rocco, Wataru Fujiya, Ryota Fukai, Ikshu Gautam, Makiko K. Haba, Yuki Hibiya, Hiroshi Hidaka, Hisashi Homma, Peter Hoppe, Gary R. Huss, Kiyohiro Ichida, Tsuyoshi Iizuka, Trevor R. Ireland, Akira Ishikawa, Motoo Ito, Shoichi Itoh, Noriyuki Kawasaki, Noriko T. Kita, Kouki Kitajima, Thorsten Kleine, Shintaro Komatani, Alexander N. Krot, Ming-Chang Liu, Yuki Masuda, Kevin D. McKeegan, Mayu Morita, Kazuko Motomura, Izumi Nakai, Kazuhide Nagashima, David Nesvorný, Ann N. Nguyen, Larry Nittler, Morihiko Onose, Andreas Pack, Changkun Park, Laurette Piani, Liping Qin, Sara S. Russell, Naoya Sakamoto, Maria Schönbächler, Lauren Tafla, Haolan Tang, Kentaro Terada, Yasuko Terada, Tomohiro Usui, Sohei Wada, Meenakshi Wadhwa, Richard J. Walker, Katsuyuki Yamashita, Qing-Zhu Yin, Shigekazu Yoneda, Edward D. Young, Hiroharu Yui, Ai-Cheng Zhang, Tomoki Nakamura, Hiroshi Naraoka, Takaaki Noguchi, Ryuji Okazaki, Kanako Sakamoto, Hikaru Yabuta, Masanao Abe, Akiko Miyazaki, Aiko Nakato, Masahiro Nishimura, Tatsuaki Okada, Toru Yada, Kasumi Yogata, Satoru Nakazawa, Takanao Saiki, Satoshi Tanaka, Fuyuto Terui, Yuichi Tsuda, Sei-ichiro Watanabe, Makoto Yoshikawa, Shogo Tachibana, Hisayoshi Yurimoto
(*corresponding author)
DOI :

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