東工大ニュース
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公開日:2024.05.22
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の遠藤匡哉大学院生(研究当時)、同 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所のロレンツォ・カッティ助教と吉沢道人教授らは、新しい傘型両親媒性分子[用語1]の設計と合成により、アルキル鎖と芳香環パネルの両方を組み込んだ、前例のない高機能性の「ハイブリッドミセル」を開発した。
ミセルは、親水部と疎水部からなるひも状の両親媒性分子が水中で形成する集合体である。その研究の歴史は長いが、これまで疎水部にはアルキル鎖が利用されていた。2013年に吉沢らは、疎水部に芳香環パネルを持つ湾曲型両親媒性分子を開発した。その自己集合で形成される「芳香環ミセル[用語2]」は、既存のアルキルミセルと異なり、水中で大小さまざまな色素分子を効率良く捕捉した。しかしながら、その機能を超えるミセルの開発は達成できていなかった。
本研究では、ひも状のアルキル鎖と湾曲型の芳香環パネルの両方を備えた「傘型」両親媒性分子を設計した。この分子が水中で自己集合することで形成する球状のハイブリッドミセルは、既報のアルキルや芳香環ミセルを上回る、加熱と希釈条件に対する高い集合安定性を示した。さらに、この新型ミセルでは、巨大な色素分子や環状分子を高効率に捕捉し、水溶化することに成功した。本成果は、機能性ミセルの新しい設計指針を提示するものであり、環境調和した水媒体での特異物性や新奇反応への展開が期待される。
これらの研究成果は、欧州の主幹化学雑誌「Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)」に掲載された(オンライン版:4月15日、冊子版:印刷中)。
ミセルは、親水部と疎水部から構成される「ひも状」の両親媒性分子が水中で形成する集合体である。その開発の歴史は長いが(100年以上)、疎水部には主にアルキル鎖が用いられてきた[参考文献1]。2010年に近藤圭博士(当時 本学修士課程1年)と吉沢道人教授(当時 本学准教授)は新しい研究テーマとして、既存のひも状両親媒性分子(図1a)の親水–疎水の接続部に湾曲型の芳香環パネル(具体的にはアントラセン)を導入した「傘型」の両親媒性分子UA(図1b)の合成を開始した。水溶性の向上のため、その親水部は1つから2つに変更した。この分子設計では、アルキル鎖同士の相互作用に加えて、芳香環パネル同士の相互作用が働くことで、水中で前例のない特徴を持つミセルが作製できると考えた。しかしながら、数ヶ月間のさまざまな合成検討では、目的分子UAは得られなかった。そこで設計を変更して、UAの芳香環パネルを残してアルキル鎖を除いた「湾曲型」の両親媒性分子AA(図1c)を目指した。
同年、近藤らは目的の両親媒性分子AAの効率的な合成に成功し、その水中での自己集合により「芳香環ミセル」(AA)n が定量的に形成することを明らかにした[参考文献2]。その後、このミセルはアルキル鎖からなる一般的なミセル(図1a;以下、アルキルミセル)と異なり、大小さまざまな色素分子(ナイルレッド、フラーレン、ポルフィリン金属錯体など)を効率良く捕捉できることが判明した[参考文献3] [参考文献4] [参考文献5]。しかしながら、10年以上の間、当初の狙いの傘型両親媒性分子の合成は達成できなかった。今回、遠藤匡哉大学院生(修士課程)とロレンツォ・カッティ助教らは、こうした過去の研究を踏まえて、アルキル鎖と芳香環パネルの両方を含む傘型両親媒性分子UAの合成に再挑戦した。
本研究チームはまず、選択的な脱メチル化を鍵とした合計9段階の反応により、直鎖のヘキサデシル基(炭素数16)を導入した傘型両親媒性分子UA16を合成した。この新規分子から、アルキルとアルキル、芳香環と芳香環、アルキルと芳香環の間で働く多点の相互作用を駆動力にして、球状集合体のハイブリッドミセル(UA16)nが室温条件下の水中において短時間で自発的かつ定量的に形成した(図2a)。その構造は種々の機器分析(NMR、DLS、AFM、分光測定)で明らかになり、分子モデリングの結果、得られた約3ナノメートルサイズの新型ミセルには、内部空間に高密度なアルキルコアが形成していることが確認された(図2b)。
次に、内部アルキル化したハイブリッドミセル(UA16)nの構造特性を蛍光およびNMR分析により調べた。その結果、このミセルはアルキル鎖を持たない芳香環ミセル(AA)nの100倍以上の希釈安定性と120℃でも解離しない高い加熱安定性を持つことが判明した。また、アルキルミセル(DA)n(図2c)に対して、2,000倍以上の希釈安定性を示した。さらに、ソルバトクロミズム[用語3]を示す色素分子を捕捉することで、アルキル化されたミセル空間がより低極性であることが分かった。
最後に、このハイブリッドミセル(UA16)nの巨大な平面分子や環状分子に対する高い捕捉能や特異な蛍光性を見出した。まず、ハイブリッドミセルは水中で、側面をアルキル化したナフタロシアニン錯体NcBuに対して、既存の芳香環ミセルやアルキルミセルよりも高い分子捕捉能を示した。実際に、UA16とNcBuを固体状態でよく混合し、それに水を加えて超音波照射後に濾過することで、NcBu内包体に由来するクリアなオレンジ色の水溶液が得られた(図3a)。その捕捉効率は、同条件でのAAとDAと比較して、それぞれ約6倍と600倍であった。このことから、ハイブリッドミセルの剛直な芳香環骨格と柔軟なアルキル空間が巨大分子の捕捉に有効に機能することが判明した。
また、ハイブリッドミセル(UA16)nは巨大な環状分子のシクロパラフェニレン(CPP)[用語4]に対しても高い捕捉力と蛍光性を示した。具体的には、9つのベンゼン環を連結した9CPPとUA16から、1分子の9CPPを捕捉したハイブリッドミセルの淡黄色の水溶液が得られた(図3b)。その捕捉効率はAAの3倍以上であった。興味深いことに、得られた9CPP内包体は、UA16のアルキル鎖が9CPPのリング内を貫通した構造(=擬ロタキサン構造)であることが分かった(図3c)。さらに、この内包体は水中で、高い緑色蛍光(量子収率35%;図3b)を発現した。さまざまな環サイズのCPPの効率的な内包と水溶化にも成功した。
以上のように本研究では、既存の2種類の両親媒性分子を融合させることで、新規な傘型両親媒性分子の設計と合成に成功した。この分子が水中で自己集合することで形成した新型のハイブリッドミセルは、既存のミセル以上の高い集合安定性と分子捕捉能を実現した。これらの成果は、水中で利用できる「便利な分子道具」としてのミセルの新しい設計指針を提示するものである。今後、自在に空間修飾した種々のハイブリッドミセルの作製により、環境に調和した水中での特異物性や新奇反応の開拓が期待される。
付記
本研究は、科学研究費助成事業(JP22H00348、JP23K17913、JP23K13760(代表:吉沢)およびJP22H05560、JP23KK0127(代表:カッティ))、高度人材育成フェローシップ(青山慎治大学院生)の支援を受けて行われた。また、環状分子(CPP)に関する成果は土戸良高助教(東京理科大学理学部)との共同研究で行われた。
用語説明
[用語1] 両親媒性分子 : 水に馴染む親水部と水を避ける疎水部からなる分子。その大部分は、直鎖アルキル基(親水部)とイオン性官能基(疎水部)から構成される。
[用語2] 芳香環ミセル : ひも状アルキル鎖(疎水部)からなる従来のミセルとは異なる、湾曲型の芳香環パネルからなる新種のミセル。
[用語3] ソルバトクロミズム : 溶媒の極性変化に応じて化合物の色調が変化する現象。
[用語4] シクロパラフェニレン : カーボンナノチューブの部分構造として注目される巨大な環状分子。さまざまな環サイズが合成されている[参考文献6]。
参考文献
[1] Y. Moroi, Micelles: Theoretical and Applied Aspects, Plenum, 1992.
[2] K. Kondo, M. Yoshizawa et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 2308–2312.
[3] M. Yoshizawa, L. Catti, Acc. Chem. Res. 2019, 52, 2392–2404.
[4] L. Catti, H. Sakai, M. Yoshizawa et al., J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 9361–9367.
[5] S. Aoyama, L. Catti, M. Yoshizawa, Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202306399.
[6] Y. Yoshigoe, Y. Tsuchido, H. Kawai et al., JACS Au 2022, 2, 1857–1868.
論文情報
掲載誌 : |
Angewandte Chemie International Edition (Wiley-VCH) |
論文タイトル : |
Umbrella-shaped Amphiphiles: Internal Alkylation of an Aromatic Micelle and Its Impact on Cavity Features (傘型両親媒性分子:芳香環ミセルの内部アルキル化とその空間機能) |
著者 : |
Masaya Endo, Shinji Aoyama, Yoshitaka Tsuchido, Lorenzo Catti*, Michito Yoshizawa*(遠藤匡哉, 青山慎治, 土戸良高, ロレンツォ・カッティ*, 吉沢道人*) |
DOI : |
10.1002/anie.202404088 (Open Access) |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
助教 ロレンツォ・カッティ
Email catti.l.aa@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5284
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
教授 吉沢道人
Email yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
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