東工大ニュース

MECとデジタルツインを活用したARグラスを用いる歩行者危険回避システム

Beyond 5Gを利用したスマートシティのサービス実現に貢献

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公開日:2024.09.13

要点

  • 大学キャンパス内に構築したBeyond 5Gモバイルネットワークの実証フィールドで、デジタルツイン上のAIとARグラスを用いた歩行者危険回避システムの実証実験に成功
  • 東工大デジタルツインMECサーバと楽天モバイルARアプリMECサーバの連携で、プライバシーを担保しつつ低遅延に情報を処理するネットワークを実現
  • Beyond 5GやMEC間連携アーキテクチャを利用したさまざまなスマートシティサービスへの展開に期待

概要

東京工業大学 工学院 電気電子系の阪口啓教授の研究グループは楽天モバイル株式会社と共同で、東京工業大学 大岡山キャンパスにBeyond 5G[用語1]モバイルネットワークの実証フィールドを構築し、大学キャンパス内のMEC[用語2]サーバで稼働するデジタルツイン[用語3]と連携することで、ARグラス[用語4]を用いて歩行者の危険回避を促す実証実験に成功した。

近年、MECとARグラスを用いた危険回避などのアプリケーションが注目を集めており、工場内などの特定の環境での活用が始まっているが、スマートシティなどのダイナミックスの高い公共の環境での活用は実現されていなかった。

本研究では、まず東京工業大学 大岡山キャンパスにBeyond 5Gモバイルネットワークの実証フィールドを構築し、ARグラスとARアプリケーションが稼働する楽天モバイルMECサーバの間での超高速低遅延通信を実現した。次に、大学キャンパス内のデジタルツインが稼働する東工大MECサーバと、ARアプリケーションが稼働する楽天モバイルMECサーバが相互連携可能なアーキテクチャを構築することで、公共の環境でプライバシーを担保しつつ、低遅延にEnd-to-Endで情報を処理するネットワークアーキテクチャを構築した。これらの環境を活用することで、キャンパス内で発生する衝突事故をデジタルツイン上のAIを用いて予測し、歩行者のARグラスに低遅延で通知することに成功した。

本実証実験で検証したBeyond 5GやMEC間連携アーキテクチャを活用することで、将来のスマートシティにおけるさまざまなサービスへの展開が期待される。

本研究成果は、情報通信硏究機構(NICT)の受託硏究「Beyond 5G超大容量無線通信を支える次世代エッジクラウドコンピューティング基盤の研究開発」の一部として実施されたものであり、6月27日公表の終了評価(対今年度までの目標)で最高評価の「S」を得ている(※)

参考リンク:革新的情報通信技術研究開発委託研究 令和5年度終了評価 結果(概要)|情報通信研究機構(NICT)

背景

「スマートシティ」と呼ばれる人が住みやすい未来都市を実現するためのネットワーク技術として、2030年頃に導入が見込まれる次世代の通信インフラ「Beyond 5G」に関する研究開発が進められている。スマートシティでは、Beyond 5Gモバイルネットワークを介して都市と人がつながることで、新たな生活スタイルやサービスが創出される。スマートシティにおける人のインターフェースとして期待されているのが、スマートウォッチやARグラスなどのウェアラブル端末である。ARグラスなどを用いることで、現状のスマートフォンとは異なり、直接視覚や聴覚に訴えることが可能になり、即時性の高いサービスが提供可能になる。一方ネットワーク側では、地域密着のARアプリケーションとの間で即時性の高い低遅延な通信を実現するためにMECの活用が必要になる。近年、MECとARグラスを用いたサービスは、工場内などの閉空間での危険回避アプリケーションとして導入が始まっているが、スマートシティなどのダイナミックスの高い公共の環境への導入は実現していなかった。

こうした背景を受けて、東京工業大学と楽天モバイルは2021年度より、情報通信硏究機構(NICT)の受託硏究「Beyond 5G超大容量無線通信を支える次世代エッジクラウドコンピューティング基盤の研究開発」において、スマートシティの実現に必要となるネットワークアーキテクチャの研究開発に取り組んできた。今回の研究ではその一環として、Beyond 5GとMEC、ARグラスを活用した、スマートシティにおける歩行者の危険回避システムの実証実験を実施した。

研究成果

Beyond 5Gモバイルネットワークの実証フィールド

本研究では、スマートシティの実証フィールドとして、東京工業大学 大岡山キャンパスにBeyond 5Gモバイルネットワークを構築した(図1)。キャンパス内では、広域の4GエリアにSub 6とミリ波[用語5]のエリアがヘテロジニアスに展開されている。5Gで導入されたミリ波は、4G/Sub 6と比較すると高速かつ低遅延な通信が可能である一方で、カバレッジが狭いという課題があり、いまだ普及が進んでいない。これに対して、Beyond 5Gの活用を目指した本研究では、ミリ波のカバレッジ問題を解決するために、ミリ波アナログリピータをフィールド内に複数設置し、カスケードやマルチホップなど多段に中継可能なアーキテクチャを導入することで、屋内/屋外のカバレッジを拡張している。その結果、ミリ波のカバレッジはSub 6と同等またはそれ以上になり、キャンパスの主要な場所で1 Gbps以上の面的なカバレッジが実現可能になった。さらに本フィールドには、スマートシティで必要となる低遅延アプリケーションを稼働させる楽天モバイルMECサーバが導入されており、キャンパス内のARグラスユーザに対して、アプリケーションレベルで超高速かつ低遅延な通信環境を提供できる。

図1. Beyond 5Gモバイルネットワーク実証フィールド
図1.
Beyond 5Gモバイルネットワーク実証フィールド

デジタルツインMECサーバとARアプリMECサーバの相互連携アーキテクチャ

スマートシティの実現において重要な役割を果たすのがデジタルツインである。ただし、工場内などの閉空間でのデジタルツインは既存のネットワークとMECサーバを用いて実現可能であるのに対し、スマートシティなどのダイナミックスの高い公共の環境でのデジタルツインの実現には、ネットワークの高速性と低遅延性だけでなく、計算サーバのスケーラビリティと柔軟性、さらにプライバシーの保護が必要になる。

そこで本研究では、クラウドサーバに単一の巨大なデジタルツインを構築するのではなく、分散したMECサーバに場所や役割に応じたデジタルツインを構築し、異なるMECサーバおよびクラウドサーバをARアプリケーションがオーケストレート[用語6]する階層型デジタルツインを提案した。具体的には、本研究の実証フィールドにおいて、スマートモビリティデジタルツインが稼働する東工大MECサーバと、ARアプリケーションが稼働する楽天モバイルMECサーバが相互連携可能なネットワークを構築した(図2)。このネットワークでは、ARグラスユーザがキャンパス内の特定の位置に到達すると、ARアプリケーションが東工大MECサーバをオーケストレートする。これにより、東工大MECサーバから楽天モバイルMECサーバに向けて、ARナビゲーションが必要とする情報を、プライバシーを保護しつつ、低遅延に送信できる。

図2. デジタルツインが稼働する東工大MECサーバとARアプリケーションが稼働する楽天モバイルMECサーバが相互連携可能なネットワークアーキテクチャ
図2.
デジタルツインが稼働する東工大MECサーバとARアプリケーションが稼働する楽天モバイルMECサーバが相互連携可能なネットワークアーキテクチャ

ARグラスを用いて歩行者の危険回避を促す実証実験

スマートシティにおける新たなサービスの検証のために、上記のネットワークを利用して、キャンパス内で発生する衝突事故などの危険情報をARグラスユーザに低遅延に通知し、危険回避を促すシステムを構築した。このシステムではまず、東工大MECサーバで稼働するスマートモビリティデジタルツインが、キャンパス内に設置された路側機[用語7]のカメラやLiDAR[用語8]などのセンサを用いて、交差点周辺の自転車や歩行者などの物体を認識する。次にデジタルツイン上の機械学習AIを用いて物体の数秒後までの経路を予測し、複数の物体の予測経路が交わるか否かで衝突予測を行う。衝突の可能性がある場合は、楽天モバイルMECサーバに物体の位置や衝突予測位置などの情報を送信し、ARアプリケーションが緊急度と危険エリアに応じた衝突アラートを生成し、ユーザが利用するARグラスに通知し、表示することで行動変容を促す。

見通しの悪い曲がり角での危険回避を促す実証実験(図3)では、歩行者は危険を事前に認識し、衝突する前に歩行を停止したため、衝突を回避できた。こうしたARコンテンツの切り替えによる行動変容の例以外にも、聴覚演出、視覚演出などの検証実験も行った(詳細は動画を参照)。

図3. ARグラスを用いて歩行者の危険回避を促す実証実験
図3.
ARグラスを用いて歩行者の危険回避を促す実証実験

社会的インパクト

本研究成果は、スマートシティのサービス実現に向けて、Beyond 5GやMEC、ARグラスのポテンシャルを、実証実験を通して示したものである。今後、さらに小型・軽量で視野角の広いARグラスの製品化が予定されており、ARグラスを介して人と都市がつながることで、新たな生活スタイルやサービスが創出される未来も遠くないと期待されている。

今後の展開

本実証実験で検証したBeyond 5GやMEC間連携アーキテクチャを活用することで、将来のスマートシティにおけるさまざまなサービスへの展開が期待される。ARグラスを用いたスポーツ観戦やショッピング、スマートウォッチが子供の安全な通学路を守る街などワクワクする未来が待っている。

付記

本研究の一部は、NICT「革新的情報通信技術研究開発委託研究(#00101)」の助成を受けて行われた。

用語説明

[用語1] Beyond 5G : 現在の5Gの次の世代の通信技術で、2030年頃の商用化が目指されている。Beyond 5Gでは、AIやMEC、デジタルツインなどの技術と密接に連携し、スマートシティ、自動運転、スマートファクトリーなどの高度なアプリケーションに対応することを目指している。

[用語2] MEC(Multi-access Edge Computing) : ネットワークエッジでデータ処理とストレージを行う技術であり、データをユーザに近い場所で処理するため、低遅延でリアルタイムなサービスを実現可能にする。

[用語3] デジタルツイン : 実世界の物体、システム等をサイバー空間上で緻密に再現する仮想モデル。現実の状態をリアルタイムで反映・分析し、最適化や予測を可能にする。

[用語4] AR(Augmented Reality)グラス : ユーザの視界にデジタル情報を重ね合わせるウェアラブルデバイスであり、現実世界の映像に仮想オブジェクトやテキスト、画像、指示などをリアルタイムで重畳することを可能にする。

[用語5] Sub 6/ミリ波 : 5G通信で利用が開始された周波数帯の2つのカテゴリ。Sub 6は6 GHz以下、特に3.5 GHzや4.9 GHz帯を指し、一方ミリ波は24 GHz以上の高周波数帯、特に28 GHz帯を指している。

[用語6] オーケストレーション : ITやネットワークの分野で、さまざまなシステムやサービス、リソースを自動的に調整・管理し、効率的に運用するプロセスを指す。このプロセスにより、異なるソフトウェアやハードウェアが連携して作業を行い、複雑なタスクを自動化可能になる。

[用語7] 路側機 : 交通インフラの一部として道路脇に設置される通信装置。交通環境の認識や、車両や歩行者との情報交換を行い、交通の安全性や効率性を向上させる目的で使用される。

[用語8] LiDAR : レーザを利用して対象物の距離や形状を測定するセンサ技術。自動運転車両などにおいて周囲の環境を3Dで把握するために使用される。

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