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高効率で安定な固体触媒「Y3Pd2」を活用

鈴木カップリング反応の高活性化と安定性を実現

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公開日:2020.01.20

要点

  • 炭素―炭素の結合の形成反応に高い活性と安定性をもつ固体触媒を発見
  • 触媒となる物質はY3Pd2という化合物で電子が陰イオンとして働く電子化物
  • 優れた特性はイオン化しやすい電子と負の電荷をもったパラジウムに起因

概要

東京工業大学 元素戦略研究センター長の細野秀雄栄誉教授、同センターの叶天南(Tian-Nan Ye)特任助教、北野政明准教授らは、金属間化合物[用語1]のなかで、電子が陰イオンとして働く電子化物(エレクトライド)[用語2]であるY3Pd2(イットリウム・パラジウム)が、鈴木カップリング反応[用語3]に対して高い活性と安定性をもつ固体触媒として機能することを見出した。

電子化物はこれまでアンモニアの合成や分解、オレフィン類[用語4]の選択的な水素化反応の触媒として有効に機能することが見出されてきたが、今回の研究成果により、電子化物の新たな適用範囲が広がったことになる。

炭素―炭素の結合形成[用語5]は、有用な有機分子を合成するのに極めて重要である。その中でも鈴木カップリング反応は取扱いが容易で適用範囲が広いため、工業分野で広く応用されている。その触媒としては溶媒に溶けるパラジウムの錯体が一般的に用いられているが、パラジウムを含む固体で活性が高く安定な物質であれば、反応後に触媒の回収が容易になるなどのメリットがある。

研究成果は英国科学誌Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーション)オンライン版に2019年12月11日に掲載された。

背景

鈴木カップリング反応は、有機化学で最も重要な化学反応の一つである炭素―炭素の結合を生成するのに広く用いられている。

RX + R'-B(OH)2→R-R’(1)

この反応では一般的に可溶性のパラジウムの錯体が触媒として用いられている。固体のパラジウム触媒を用いてこの反応を効率よく進めることができれば、反応物、出発分子や溶媒と触媒の分離が容易になる。さらに高価なパラジウムが構造中にしっかり組み込まれた金属間化合物では、反応によって表面からパラジウムの溶出が抑えられ、再利用性に優れたものが得られると期待できる。

研究成果

空気中でも安定な金属間化合物Y3Pd2(図1)を鈴木カップリングの触媒に用いると、図2のようにパラジウム(Pd)金属だけの場合よりも触媒活性が大幅に増大し、反応の活性化エネルギーも約30%減少した。また、触媒を繰り返して使用しても活性の低下は観測されず、それ自体にも変化が見られなかった。このような触媒活性と安定性はこれまで同反応に対して報告された固体触媒の中で最も優れていると判断できる。

Y3Pd2の結晶構造。Yの囲まれたサイト(X)に高い濃度の電子が存在する。

図1. Y3Pd2の結晶構造。Yの囲まれたサイト(X)に高い濃度の電子が存在する。

検討したカップリング反応(上)、触媒の活性(中)と反応の繰り返しによる安定性(下)。 Pd金属に比べ、反応速度、TOF(触媒回転数)も大幅に増大し、活性化エネルギー(Ea)は30%程度減少している。

検討したカップリング反応(上)、触媒の活性(中)と反応の繰り返しによる安定性(下)。 Pd金属に比べ、反応速度、TOF(触媒回転数)も大幅に増大し、活性化エネルギー(Ea)は30%程度減少している。

図2.
検討したカップリング反応(上)、触媒の活性(中)と反応の繰り返しによる安定性(下)。 Pd金属に比べ、反応速度、TOF(触媒回転数)も大幅に増大し、活性化エネルギー(Ea)は30%程度減少している。

研究の経緯

電子がアニオン(陰イオン)としてみなすことができる物質は電子化物(エレクトライド)と総称される。細野栄誉教授らの研究グループは、これまで電子化物で最大の課題となっていた空気中で安定な物質を2003年に初めて実現して以来、電子化物の物質科学とその応用に力を注いでいる。

これまでの研究で、電子がいずれの構成元素の軌道に属さないので、仕事関数[用語6]が小さいという普遍的な物性を有することを明らかにしており、この物性を活用できる応用を検討してきた。温和な条件下でのアンモニア合成触媒の開発はその一例である。2016年には電子化物の母物質は絶縁体だけでなく、金属間化合物まで拡張できることを報告した。

Y3Pd2は結晶構造内に3種の空隙が存在し、そこに高い電子密度をもつ金属間化合物である。その仕事関数は3.4 eV(電子ボルト)で、パラジウム金属(5.1 eV)より圧倒的に小さい。また、パラジウムは電子陰性度[用語7]の小さいイットリウムによって、X線光電子分光のピークの位置から分かるように、明確に負の原子価になっている。

低仕事関数のアニオン電子[用語8]と負の原子価をもつパラジウムによって、反応分子であるハロゲン化アリール[用語9]に作用して電子を供与することで、カップリング反応の律速段階である炭素―ハロゲン結合の切断を促進することで、優れた触媒作用を示すと考えられる(図3)。

反応機構の模式図

図3. 反応機構の模式図

今後の展開

今回の研究は金属間化合物の電子化物を炭素―炭素結合の生成反応の触媒に応用したもので、金属間化合物の電子化物LaCoSi(ランタンとコバルトの金属間化合物)のアンモニア合成触媒(2018 Nature Catalysisに掲載)に続くものである。今後、より価値の高い反応へ展開することをめざしている。

用語説明

[用語1] 金属間化合物 : 二種類以上の金属元素(炭素、窒素のような非金属元素を含む場合もある)が簡単な整数比で結合した化合物で、成分金属元素と異なる特有の物理的・化学的性質を示す。

[用語2] 電子化物(エレクトライド) : 電子がアニオン(負に荷電したイオン)として働くとみなすことができる化合物。

[用語3] 鈴木カップリング反応 : カップリング反応は2つの化学物質を選択的に結合させる反応のこと。中でも鈴木カップリングはパラジウムの錯体を触媒とし、炭素―炭素の結合を得るために広く用いられている。

[用語4] オレフィン類 : 不飽和炭化水素。二重結合のある炭化水素類のこと。

[用語5] 炭素―炭素結合 : 2つの炭素原子間の共有結合。

[用語6] 仕事関数 : 固体内部にある電子を、固体の外、正確には真空中に取り出すために必要な最小限のエネルギーの大きさのこと。

[用語7] 電気陰性度 : 原子が電子を引き寄せる強さの相対的な尺度。小さいほど陽イオンになりやすい。

[用語8] アニオン電子 : 固体中で陰イオンとして働く電子。

[用語9] ハロゲン化アリール : 芳香族化合物のうち、芳香環上の水素の1個がハロゲン原子に置換したものの総称。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Palladium-bearing intermetallic electride as efficient and stable catalyst for Suzuki cross-coupling reactions(鈴木カップリング反応に適した高効率で安定な触媒としてのパラジウム系金属間化合物エレクトライド)
著者 :
叶天南(Tian-Nan Ye)、Yangfan Lu、肖泽文(Zewen Xiao)、李江(Jiang Li)、中尾琢哉(Takuya Nakao)、阿部仁(Hitoshi Abe)*、丹羽尉博(Yasuhiro Niwa)、北野政明(Masaaki Kitano)、多田朋史(Tomofumi Tada)、細野秀雄(Hideo Hosono)
(*高エネルギー加速器研究機構、他は東工大元素戦略研究センター)
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 元素戦略研究センター長、栄誉教授

細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009 / Fax : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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