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触媒機能をサポートする新規担体の開発に成功

H-含有BaTiO(3-x)HxとPd触媒の協働による反応効率向上を観測

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公開日:2022.04.21

要点

  • 負電荷を持つ水素イオン(ヒドリドイオン)を高濃度に含む六方晶 BaTiO(3-x)Hxを合成
  • Pd担持BaTiO(3-x)Hxは液相および気相水素化に対して高い活性と再利用性
  • 高い耐水性および大気安定性を示すため様々な化学反応への応用が期待できる

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の宮﨑雅義助教、北野政明准教授、同 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授らは、高濃度のヒドリドイオン[用語1]を含む六方晶系の酸水素化物[用語2](BaTiO(3-x)Hx)をBaH2とTiO2との直接反応によって合成した。BaTiO(3-x)Hxを触媒担体に用いると、パラジウム(Pd)触媒によるアルキン水素化反応の活性と選択性が大幅に向上することを示した。

BaTiO(3-x)Hxは高濃度のヒドリドイオンに起因する低い仕事関数[用語3]を有しているにもかかわらず、大気中、水中でも安定というユニークな性質を示す。この化合物を触媒担体として用いると、担持されたPdナノ粒子へ電子が移動する。それによってPd粒子の電子状態が負の状態になり、液相および気相でのアルキン水素化反応[用語4]において高い活性および選択性を示すことが明らかとなった。本研究は、高濃度ヒドリドイオンを有する酸水素化物が担体(support)として、触媒ナノ粒子を固定する土台機能だけでなく、触媒機能をサポートする機能も有することを明らかにしたものであり、今後様々な化学反応への応用展開が期待できる成果である。

研究成果は米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society(ジャーナル オブ ジ アメリカン ケミカル ソサイエティー)」オンライン速報版に4月5日付で公開された。

研究の背景と経緯

不均一系触媒[用語5]を用いた有機化学反応では、反応基質が液体や気体である一方で、粒子状(固体)の白金やパラジウムといった金属を触媒とすることで基質と触媒が混ざり合うことがない。そのため、反応完了後に触媒を分離・回収することができ、資源を繰り返し有効活用できる点に特徴を持つ。反応効率を高めるため、触媒となる金属はナノサイズの粒子とすることが多く、それらを担体と呼ばれる別の物質に担持させるのが一般的である。この時、触媒である担持ナノ粒子と担体との相互作用が触媒反応の制御に対して重要な役割を持つことに、近年注目が集まっている。

具体的には、低い仕事関数を持つ物質を担体として用いると、担体−ナノ粒子間に電気的な相互作用が生じ、担体からナノ粒子へ電子が移動する現象(電子供与)が生じ、触媒活性を高めることがある。担体の仕事関数が低いほど、また触媒との仕事関数の差が大きいほど電子供与が大きくなるため、担体の仕事関数をいかに小さくするかが重要である。例えば、担体として広く使われる酸化物の仕事関数を下げる手法として、酸化物の酸素イオンの一部をヒドリドイオンに置き換えることによって酸水素化物とすることで、仕事関数が低下することが報告されている。

本研究グループは以前から、ヒドリドのドープ量によって酸水素化物の電気伝導性が変化することを報告している[参考文献1]。すなわち、多量のヒドリドドープは酸化物の仕事関数を低下させ、より効果的な電子供与がなされることが期待される[参考文献2]。しかし、ヒドリドイオンは水や大気と反応性が高いため、酸水素化物の多くは化学的に不安定である。そのため、これまで酸水素化物を用いた触媒反応は還元的雰囲気の気相反応に限定されていた。

研究の内容

本研究では、水や大気に触れても劣化することのない、新たな触媒担体の開発に取り組んだ。具体的には、六方晶BaTiO(3-x)Hxを合成するとともに、触媒としてPdナノ粒子を担持させたPd/BaTiO(3-x)Hx触媒の水素化反応における機能を評価した(図1)。

図1 本研究の概要

図1. 本研究の概要

BaTiO(3-x)Hxの合成

BaH2とTiO2を原料として、六方晶BaTiO(3-x)Hxを合成した(図2)。この化合物は多量のヒドリドを骨格内に有しており、BaTiO2.01H0.96の組成比であることがわかった。第一原理計算[用語6]から、ヒドリドイオンはTi2O9ダイマーとBaO3サイトで安定化され、仕事関数の低下に寄与することを明らかにした。
 この酸水素化物上に、Pdナノ粒子の担持を行いPd/BaTiO(3-x)Hx触媒を得た。BaTiO(3-x)Hxは比表面積が小さいため、担持金属ナノ粒子が大きく成長しやすいが、本研究では光照射によるヒドリド活性化を利用することで、平均粒子径5ナノメートル以下のPdナノ粒子を担持できることを明らかにした(図3)。

BaTiO(3-x)Hxの(a)結晶構造、(b)XRDパターン

図2. BaTiO(3-x)Hxの(a)結晶構造、(b)XRDパターン

図3 (a-c)Pd担持のHR-STEM像と(d)Pdナノ粒子の平均粒子径

図3. (a-c)Pd担持のHR-STEM像と(d)Pdナノ粒子の平均粒子径

Pd/BaTiO(3-x)Hxの水素化反応への応用

Pd/BaTiO(3-x)Hxの触媒能を評価するため、フェニルアセチレン水素化反応を行なった。また、Pdナノ粒子を異なる担体に担持したものを用いた反応も行い、触媒機能の比較を試みた。結果として、Pd/BaTiO(3-x)Hxは一般的な酸化物触媒と同程度の大きさのPdナノ粒子を有しているにもかかわらず、著しく高い活性を持つことが明らかとなった(図4 a)。また、繰り返して使用しても活性の低下は見られず(図4 b)、触媒を水および大気にさらしても活性の低下は観測されなかった(図4 c)。また、この触媒は気相アセチレン水素化に対しても高い活性と選択性を示した。このような触媒活性と安定性はこれまで報告されたPd担持触媒の中でも優れているといえる。

Pd担持触媒を用いたフェニルアセチレン水素化における(a)転化率とスチレン選択率および(b)Pd/BaTiO(3-x)Hxの触媒再利用性と(c)暴露条件に対する触媒安定性、(d)担体中のヒドリド量に対するTOF(触媒回転数)

図4.
Pd担持触媒を用いたフェニルアセチレン水素化における(a)転化率とスチレン選択率および(b)Pd/BaTiO(3-x)Hxの触媒再利用性と(c)暴露条件に対する触媒安定性、(d)担体中のヒドリド量に対するTOF(触媒回転数)

Pd/BaTiO(3-x)Hxの高活性に対する考察

Pd/BaTiO(3-x)Hxの高い触媒活性のメカニズムを検討するため、速度論的解析および構造・電子状態解析を行なった。その結果として、Pdナノ粒子の構造が触媒活性に影響しているのではなく、負に帯電したPdナノ粒子が高い触媒活性の要因であることが明らかとなった。すなわち、BaTiO(3-x)Hx担体への多量のヒドリドドープによって、担体の電子供与性が増加し、電子がPdナノ粒子へと移動することによってPd/BaTiO(3-x)Hxは高い活性を示したと考えられる。また、他種の酸水素化物担体を合成し、ヒドリド量が触媒特性に与える影響を検討したところ、ヒドリド量の増加に伴って触媒活性が向上した(図4 d)。これらの結果から、ヒドリド量が最も多く高い電子供与性を示すBaTiO(3-x)Hxがアルキン水素化反応に対して最適な担体であるといえる。

また本研究では、負に帯電したPdナノ粒子は触媒活性だけでなく選択性も向上させることも明らかにした。すなわち、ニトロ基の酸素原子のような負に帯電した官能基はPdナノ粒子と電気的に反発するため、Pd/BaTiO(3-x)Hxはニトロ基を水素化せず、ビニル基のみを選択的に水素化することも可能であることが示された。

今後の展開

今回の研究は新規酸水素化物の合成に加え、液相反応における酸水素化物担体の有用性を明らかにしたものであり、触媒に限らず、担体に工夫を加えることで、さらに反応効率を高められる可能性の広がりを示したといえる。また、開発した触媒は高濃度ヒドリドイオンを有するにもかかわらず大気中、水中においても変質することなく安定な触媒活性を示すことから、液相水素化反応以外の様々な化学反応への応用にも期待でき、さらなる展開を目指している。

付記

今回の研究成果は、科学研究費助成事業(No. JP20K22550、JP21H00019)、北海道大学触媒科学研究所共同利用・共同研究(No. 21A1002)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(No. JPMJPR18T6)、文部科学省元素戦略プロジェクト<拠点形成型>(No. JPMXP0112101001)、徳山科学技術振興財団の支援によって実施された。

用語説明

[用語1] ヒドリドイオン : 負の電荷を持った水素イオン(H-イオン)であり、プロトン(H+イオン)や原子状水素(H0)とは異なる性質を示す。

[用語2] 酸水素化物 : 酸化物中の一部の酸素イオン(O2-イオン)が水素イオン(H-イオン)で置換された物質。

[用語3] 仕事関数 : 固体内部にある電子を真空中に取り出すために必要な最小限のエネルギー。

[用語4] アルキン水素化反応 : 炭素三重結合をもつ化合物(アルキン)の水素化反応。アルキンの選択的水素化とはアルキンの炭素二重結合を持つ化合物(アルケン)へ水素化させる反応。

[用語5] 不均一系触媒 : 不均一系触媒は固体触媒であり、気相・液相の反応基質に対して触媒の分離・回収が可能であるという利点を持つ。

[用語6] 第一原理計算 : 理論計算手法の一種であり、経験的パラメーターを用いずに物質の構造や安定性、反応性を解析することができる。

参考文献

[1] K. Fukui, S. Iimura, T. Tada, S. Fujitsu, M. Sasase, H. Tamatsukuri, T. Honda, K. Ikeda, T. Otomo, H. Hosono, Nat. Commun. 2019, 10, 2578.
中温域で世界最高の伝導度を示すヒドリドイオン伝導体を実現|東工大ニュース

[2] M. Kitano, Y. Inoue, H. Ishikawa, K. Yamagata, T. Nakao, T. Tada, S. Matsuishi, T. Yokoyama, M. Hara, H. Hosono, Chemical science, 2016, 7, 4036-4043.

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Hexagonal BaTiO(3-x)Hx Oxyhydride as a Water-Durable Catalyst Support for Chemoselective Hydrogenation (六方晶BaTiO(3-x)Hx酸水素化物を耐水触媒担体として用いた化学選択的水素化)
著者 :
Masayoshi Miyazaki, Kiya Ogasawara, Takuya Nakao, Masato Sasase, Masaaki Kitano, and Hideo Hosono
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 栄誉教授/同 元素戦略研究センター 特命教授

細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 准教授

北野政明

E-mail : kitano.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5191

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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