研究
研究
特別編(上)
東京工業大学フロンティア研究機構 教授
細野 秀雄(Hideo Hosono)
2013年、鉄系超伝導体の発見(2008年)により、トムソン・ロイター社[用語1]の論文引用栄誉賞を受賞し、ノーベル賞の有力候補とされた細野秀雄教授。その材料研究に向ける情熱はとどまるところを知らず、今も物質の新しい機能を発見し続けています。そんな細野教授が最先端を走っているのは、鉄系超伝導体だけではありません。最近、スマートフォンなどに搭載され話題となっている透明なIGZO(イグゾー)半導体も、細野教授の研究成果から生まれたものです。さらに、触媒研究では、約100年続けられてきたアンモニア合成法を変えようとしています。細野教授がこれだけ多岐にわたる研究を手がけ、それぞれに大きな成果を挙げてこられたのはどうしてなのでしょうか。今回から2回にわたり、細野教授の研究成果と、それを可能にした研究スタイルについて紹介します。
私の研究グループは2008年に鉄系の酸化物超伝導体(主成分として鉄を含む高温超伝導体)を発見したことを発表しました。これのどこにインパクトがあったかというと、「鉄のように大きな磁気モーメントをもつ元素は磁性をもってしまうので、超伝導の発現には有害だ」という常識を覆したからなんです(写真参照)。それで、世界に衝撃を与えることになりました。
永久磁石の上に、超伝導体が浮いています。これは、マイスナー効果といって、超伝導体に磁場を加えたとき、磁場がある一定の強さをこえない限り、超伝導体内部に磁束が侵入しないという超伝導体に特有の現象です(下右図)。そのため、磁性を帯びやすい鉄を含む物質は、超伝導体にならないと考えられてきました。
結果的にそうなったようです。超伝導では、1986年のベドノルツさんとミュラーさんによる銅酸化物系超伝導体の発見が、まさに事件でした。電気をほとんど流さない銅の酸化物にキャリア(正孔)を添加する(この工程を“ドープ”と呼ぶ)ことで超伝導体になって、しかも超伝導転移温度(超伝導になる温度)が−238℃と、当時知られていた金属や合金の超伝導体と比べてずっと高い温度だったこと(高温超伝導)が衝撃でした。世の中をひっくり返したわけです。
超伝導研究では、多くの研究者が、より高温で超伝導体になる物質を今でも必死になって探しています。それというのも、超伝導体を使えばリニアモーターカーやエネルギー損失のほとんどない電線などをつくることができるのですが、極低温にしないと超伝導現象がおこらないという点が実用化を阻んでいるからなんです。
ところが2000年代になると、銅酸化物系超伝導体の超伝導転移温度の上昇は頭打ちになっていました。超伝導研究は、新物質による新展開を必要としていたんです。そこに我々の鉄系超伝導体が登場した。これを機に、超伝導転移温度の高い新たな物質探しの研究が世界中で再び猛烈に始まりました。そういう背景の中で、2008年に「鉄系超伝導体の発見」を報告した最初の論文は、年間の引用件数が世界一になっていますね。引用は今なお続いており、2014年5月時点で5000回以上引用されています(Google Scholar)。
それが、違うんです。1986年の銅酸化物系超伝導体の発見をきっかけに、超伝導研究を始めた人が僕の周りにもずいぶんいました。しかし、僕は手を付けませんでした。どうみても、勝てないと判断したからです。研究で勝てるというのは、世界的に明確なオリジナリティがあってこそだと、僕は思っていて、オリジナリティのない研究はやらないと決めているんです。
ところが2007年に、長年研究してきたセメント物質(C12A7、次回で紹介)が、狙ったとおりに超伝導体になることがわかりました。超伝導体になる温度は予想に反して低かったのですが、この研究をきっかけに、超伝導研究をやってみようという気になりました。でも、鉄系超伝導体は、こうして遅ればせながら始めた超伝導研究の中で発見したものではないんです。こういうところが、研究は面白いですよね。
実は、超伝導研究とは別に、「半導体[用語3]に磁石の性質をもたせる」研究をしていたんです。新しい性質を備えた半導体をつくることで、酸化物系の半導体の新たな利用の可能性を見い出そうとしたのです。例えば、半導体メモリにも磁気メモリにもなれるとか、演算回路にも磁気メモリにもなれるとか…。鉄系超伝導体はこの流れの中で、見い出すことができたんです。
多くの研究者が超伝導研究を始める中、僕は何をやっていたかというと、感覚的に大好きな透明物質(次回で紹介)の研究を続けていたんだよね。長年、“透明”ってことにこだわって研究していた。このこだわりを捨てることになったのは、半導体に磁性をもたせる研究を始めることになったから。物質に磁性をもたせるには、鉄やコバルトのようなスピンをもつ遷移金属を扱わなくてはならないんだけど、これらを含む物質は透明ではない。“透明な物質”というのは、見かけだけでなく、その性質や電子状態にも共通することが多い。そういった物質を長年研究してきたことで、物質を見る目が養われたと思っている。
半導体に磁性をもたせる研究では、鉄のような大きな磁気モーメントをもつ遷移金属の層状化合物を対象に選びました。その中の1つとして鉄を主成分とするオキシニクタイド化合物(LaOFeAs)を調べました。しかし、この物質では、狙った性質が得られなかった。もちろん、超伝導体でもありませんでした。そこで、LaOFeAsの中の酸素イオンをフッ素イオンで置き換えるという手法を使って、電気的な性質を変えてみることにしたんです(コラム1参照)。原子価の違う大きさの類似したイオンを置換することでキャリアをドープするというのは、半導体の研究では一般的な手法です。そうしたら、超伝導体になった。これが、2008年の鉄系超伝導体の発見です。
普通、金属(例えば鉄)には電気が流れますが、金属酸化物(酸化鉄)には流れません。また、鉄のように磁石になる性質をもつ金属は、超伝導体にはならないというのが常識でした。しかし、細野教授が2008年に発見した鉄系超伝導体は鉄を含む酸化物です。どうして、鉄を含む酸化物が超伝導体になり得たのでしょうか?
それは細野教授が、酸素を含んでいても電子が動く(電気が流れる)ことのできる“構造”と、鉄の磁性を打ち消す“成分”を実現したからです(図)。
鉄系超伝導体の正体は、鉄を主成分とするオキシニクタイド化合物(LaOFeAs)です。この化合物は、LaO層とFeAs層が交互に積み重なった構造をしています。しかし、このままでは低温にしても電気抵抗はゼロになりません(超伝導体にならない)。そこで、細野教授は、電子をドーピングすることで電気的な性質を変えてみようと考えました。電子ドーピングとは、物質の内部に電子を注入することです。具体的には、LaOFeAsの酸素イオン(O2-)の一部をフッ素イオン(F-)に置き換えました。酸素イオン1つをフッ素イオン1つに置換するごとに、1つの電子をドーピングしたことになります。こうして注入された電子はFeAs層を流れ、低温になると電気抵抗ゼロの超伝導状態をつくり出します。このように超伝導体になるのは、注入された電子が鉄の磁性を打ち消す働きもするからです。こうして、鉄系超伝導体は生まれたのです。
ベドノルツさんとミュラーさんの銅酸化物の場合とよく似ています。銅の場合はイオンの置き換えで正孔を、鉄の場合は電子をドープすることで、超伝導を発見したというのが正確な表現でしょう。超伝導の研究の結果は予想したようになるとは限りませんが、理論に基づいて予想を立てて進めていくことは重要だということです。何も考えずむやみにやっても超伝導体は見つかりませんよ。よく考えて徹底的に攻めることが必須。でも最後は運がなければ画期的な超伝導体は見つからないというのが、この分野の専門家の一致した意見です。
また、この経験から、優れた新物質を発見するためには、軸となる研究のほかに、その周辺をカバーするような研究をやっていることが重要なのだと思うようになりました。
鉄系超伝導体の重要性が認められて、2009年から2013年には、「超伝導体とその周辺研究」を国の大型プロジェクト(FIRST:最先端研究開発支援プログラム)として進めるチャンスを得ました。そこで、私は日本のエース研究者を集めて物質探索の最高のチームをつくり、新しい超伝導体の発見と、超伝導転移温度の上昇の研究に取り組みました。その結果、我々が合成した約1,000種類の候補物質のうち、25種類(化合物としては70あまり)の超伝導物質を見い出しました。
確率は2.5%。この数字を聞いてどう思いますか?低いという印象をもちますか?でも、これだけ新しい超伝導体を発見したことは、超伝導研究のプロの世界では高い確率だといわれています。
僕は、オリジナルな研究というのは孤独な作業なので、どのくらい、孤独に耐えられるかがオリジナルな成果を生み出す必須な要素だと思っている。FIRSTでも誰が何をやっているか、お互いの研究内容を知り合う機会は、6ヵ月に1回の全体ミーティングの時だけにした。メンバー間のいい緊張感を保てたと思っている。もちろん、全体会議では、お互いに手の内を明かして、厳しく議論して、全体の進展を図ったけれどね。オリジナル(独創的)な研究をやろうと思ったら、孤独を恐れてはいけない。独創とは、まさに独りで創ることだからね。
同時に、僕らが最初に発見した鉄系超伝導体の超伝導転移温度を上げるという研究も進めました。LaFeAsOの酸素イオンをこれまでのようにフッ素イオンに置き換えるのではなく、水素のマイナスイオン(H-)に置き換えてみることを考えました。セメント化合物のC12A7(12CaO·7Al2O3)に適用し、2002年に成功したアプローチです。こうすると、フッ素イオンに置き換えた場合よりも多量の電子をドープでき、超伝導転移温度が上がるのではないかと期待したからです。結果は、目論見通り、電子ドープ量はこれまでの2倍以上まで可能になりましたが、超伝導転移温度には期待したほどの効果はありませんでした。
しかし、水素のマイナスイオンに置換したことは予期しない発見に繋がりました。フッ素イオンに置き換えた場合には見ることのできなかった、超伝導現象を示す新しい領域(領域2と呼ぶことにした)を発見できたのですから(コラム2参照)。磁性をもった母物質にキャリアをドープしていって、磁性が消えたところで超伝導現象が現れます。鉄系物質には、これまでキャリアをドープしていない状態が母物質だという合意があったのですが、この研究からキャリアを膨大にドープした状態ももう1つの母物質だということが明らかになりました。つまり、親物質が2つ存在することがわかったのです。これは、超伝導研究に新しい展開をもたらす結果として、今、いろいろなところで注目されています。どんな展開が待っているのかはわかりませんが、「一山超えたら、もう一山あった」といったところです。超伝導研究はこれからますます面白くなりますよ!
水素は普通、プラスのイオンになるけれど、実はマイナスにもなる。このことに、僕はセメント物質であるC12A7(特別編(下)で紹介)の電気的な性質を変える研究をしていた時に気づいて、水素のマイナスイオン(H-)はいつか使えると思っていた。それで、FIRSTではLaOFeAsに電子を注入するためにH-を利用した。
普通の周期表を見ると水素は左上に書いてあるけれど、僕の周期表では、プラスにもマイナスにもなるという意味で、水素を真ん中に置いている。領域2については、水素のマイナスイオンを使おうという発想がなければ発見できなかったから、僕らにしかできなかったことだと自負しているんだ。この領域が出てきて、もっと山があるんじゃないかとか、いろいろなことをいう人がいる(笑)。そういうこともあるかもしれないね。これからが正念場かもしれない。
図は、鉄を主成分とするオキシニクタイド化合物(LaOFeAs)のイオンの置換(電子を注入したことになるので、電子量は増える)の程度と、超伝導体への転移温度との関係。左図は、酸素イオンをフッ素イオンに、右図は酸素イオンを水素のマイナスイオンにそれぞれ置換した場合。
グラフから、酸素イオンをフッ素イオンに置き換える方法では、どうしても電子を15%くらいまでしか注入できないことがわかります。これは、酸素をこれ以上フッ素で置き換えられないからです。そのため、相図の右側はどうなっているのかわかりませんでした。細野教授も「いくら何でもこれで超伝導を議論してはいけないのではないか」と考えていたと話します。それが、酸素イオン(O2-)を水素のマイナスイオン(H-)に置き換えたことで、電子を50%以上注入でき2つ目の山があることがわかったのです。どうして、このようになるのか、解明が待たれます。
用語説明
[用語1] トムソン・ロイター社 : アメリカに本社を置く世界的な情報サービス企業。毎年ノーベル賞の発表前に、その年の学術論文の引用栄誉賞を発表する。この賞の受賞者は、ノーベル賞を受賞する可能性が高いとされる
[用語2] 超伝導 : 低い温度にすると、電気抵抗がゼロになり、同時に磁力線を排除してしまう完全反磁性が現われる現象。この現象が生じる物質を、超伝導体という。
[用語3] 半導体 : 物質を電気の流れやすさで分けると、金属のように電気を通しやすい「電気伝導体」、電気を通さない「絶縁体」、絶縁体と電気伝導体の中間の性質の「半導体」がある。半導体は電気伝導体でも絶縁体でもないが、電気の流れやすさを意図的にコントロールすることができるので、トランジスタなどの電子デバイスの素材として用いられる。
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2014年7月掲載