研究
研究
2015年9月14日、世界で初めて重力波の観測にアメリカの重力波観測装置「LIGO(ライゴ)」が成功した。重力波はその透過性により、宇宙誕生直後の観測が可能になると考えられている。「現代宇宙論」を専門とし、重力波をベースに宇宙初期にできたブラックホールや宇宙の大半を占めるとされるダークマター(暗黒物質)の正体など、宇宙の根源的な謎を解明するための理論研究を進めているのが理学院 物理学系の須山輝明教授だ。
-重力波の直接観測にLIGOが成功した際、どう思われましたか。また、それは宇宙研究においてどのようなインパクトがあるのでしょうか。
初観測されたという話は聞いていたので、ワシントンD.C.での記者会見を楽しみにしていました。LIGOの責任者であるデイビッド・ライツィ博士の会見での最初の一言が、「重力波を検出した!」というものでしたので、とても興奮しました。
重力波は、巨大な質量をもつ天体などの運動により発生する時間と空間の歪み、すなわち時空の歪みが光速で波のように伝搬する現象です。アインシュタインの一般相対性理論で予言され、今まで間接的に確かめられていましたが、直接観測はなされていませんでした。
私は、大学院時代から重力波の理論研究をしていましたが、重力波は非常に微弱で、仮に1 m離れた2つの物体があったとすると、10-20 m程度、つまり、陽子の大きさの10万分の1くらいしか揺れないので、そのような波をとらえられるわけがないし、私が生きている間に観測されることはほぼ無理だろうと思っていました。そのため、本当に見つかったことがわかったときは衝撃を受けました。
宇宙論の研究者は、昔の宇宙からやってくる光を観測することで、宇宙の初期を見ようとしてきました。これまで宇宙の全方向からほぼ等方的に観測される「宇宙マイクロ波背景放射」が最も宇宙の初期を見ることができる光でした。しかしながら、宇宙誕生直後はまだ高温で光が直進できないため、現在の私たちまで光は届かず観測できないのです。
しかし、重力波はどんなところも通り抜けていく高い透過性をもっているので、強力な宇宙観測の道具になり、宇宙誕生直後に放出されたものであっても我々の元に届きます。宇宙誕生直後に放出された重力波はまだ見つかっていませんが、LIGOでの観測以来、すでに100を超える重力波が観測されています。今後、重力波の観測技術がさらに発展すれば、宇宙初期の重力波も観測でき、宇宙の謎がさらに解明されると考えています。
-そもそも、宇宙はどうやって生まれ、どのように成長し、これからどうなるのでしょうか。最新の「現代宇宙論」について聞かせて下さい。
現代宇宙論は、宇宙の歴史や成り立ちについて、物理学をベースに研究する分野です。宇宙の起源や成り立ちについては古代から人々の関心の的でした。星や銀河の動きを観察することが主な手段でしたが、大地は4頭の象が支え、その象たちは亀の甲羅の上に立っているといった神話もありました。
宇宙は永遠のものであるという考え方が古代から支配的でしたが、1920年代に宇宙は大昔に起こったビッグバン(大爆発)によって始まったという説が提唱されました。より遠くの銀河の方が、より早く遠ざかっていることが観測され、宇宙は膨張を続けているという考え方です。理論的にも「一般相対性理論」によって宇宙全体が膨張しているということが証明され、ビッグバン理論の確かさが認められるようになりました。その後の研究によって、ビッグバンが起こったのは138億年前と推定されています。
では、誕生した宇宙にある星や銀河はどうやってできたのか。それを説明するのが1981年に東京大学の佐藤勝彦名誉教授らが提唱した「インフレーション理論」です。宇宙は誕生直後の10-35秒という短い時間の間に、高温高密度のエネルギー状態から急速に膨張したという考え方です。宇宙のいろんな場所を観察すると、不思議なことに構造が全て同じということがわかってきました。その理由として、宇宙は同じ起源を持つ一カ所から発生し、急激に膨張したという理論に辿り着きます。
その際に、量子力学をあてはめると、誕生直後の状態においても、宇宙空間は常にゆらいでおり、エネルギー密度のむらができます。その密度が濃いところには、重力により周囲の物質が集まりますます密度が濃くなり、密度の薄いところはますます密度が薄くなることで、密度の濃淡が大きくなっていったと考えられています。それにより星や銀河ができたのです。
現代宇宙論はここ数十年の間に、急速に進歩しています。理論的な発展とともに重力波の観測により、新たに明らかになることが増えるにつれて、次々に新たな疑問も出てきています。インフレーション理論もまだまだ明らかになっていないことがたくさんあります。
また、星や銀河のような物質は宇宙全体のわずか4.9%であり、それ以外はダークマター(暗黒物質)やダークエネルギー(暗黒エネルギー)と呼ばれ、実態が明らかになっていません。これらの正体を探ることは、宇宙の解明に留まらず、幅広い分野に関わる極めて重要な課題だと考えています。
-須山先生が取り組んでいる研究についてお聞かせください。
原始ブラックホールとダークマターについて研究をしています。
「LIGO」によって観測された重力波は2つのブラックホールが連星を作り、合体した際に放出された重力波であることがわかりました。しかし、これらのブラックホールの起源はわかっていません。いずれも太陽の36倍と29倍という大きな質量を持つものであり、太陽の数十倍の質量を持つブラックホールは、宇宙にはほとんど存在しないと考えられていたため、私は、これらが原始ブラックホールである可能性について調べています。
星が潰れるなどしてできるブラックホールとは異なり、原始ブラックホールは宇宙誕生直後にできたと考えられるブラックホールです。すなわち、エネルギーの密度が特に高い領域で重力による収縮が起きてできたと考えられています。理論的にはこのようなブラックホールが存在可能であることはわかっており、これまでさまざまな方法による探査が行われてきましたが、決定的な存在証拠は見つかっていません。その存在が確認されれば、インフレーション理論に関する理解がさらに深まると期待されています。
重力波が初観測される以前は、「星が一生を終えてブラックホールになったとしても、太陽の約30倍の質量をもつような重いブラックホールにはなれないだろう」と言われていました。しかし、観測結果を受け計算し直したところ、実は可能であることがわかってきました。そのため、LIGOで観測されたブラックホールは、原始ブラックホールなのか、一生を終えた星のブラックホールなのかの決着はついていません。
-一方で、原始ブラックホールは「ダークマター」の候補の1つだと聞きました。
その通りです。ダークマターとは宇宙にある物質で、大量に存在するものの見ることができないので、正体はわかっていません。未知の素粒子と原始ブラックホールの可能性が考えられています。
仮に、2015年の重力波の観測で見つかったブラックホールが原始ブラックホールであった場合、それがダークマターを説明できるのかどうかが論点になりました。ダークマターが及ぼす重力の強さの測定から、宇宙に存在するダークマターの全質量はわかっているので、重力波観測で見つかったブラックホールと比較し、質量の大きな原始ブラックホールがダークマターである可能性を検証しました。
その結果、わかったことは、このような質量の大きな原始ブラックホールは、ダークマターの0.1%に過ぎず、ダークマターの主要成分にはならないということでした。もしこれよりもたくさんの原始ブラックホールがあったなら、重力波観測で見えた以上の頻度で合体が起こるはずだからです。
一方で、1020~1022グラムの軽い原始ブラックホールがダークマターである可能性は残されています。そのため、現在、軽い原始ブラックホールがダークマターの主要成分かどうかの研究が盛んに行われています。
-重力波観測からダークマターの正体がわかるのでしょうか?
重力波の観測により初めて、「ダークマターは少なくとも太陽など恒星質量のブラックホールではない」ということがわかったということに、私は重力波観測のすごさや可能性を再認識しました。そこで、現在は、ダークマターの正体を重力波を使って明らかにすることに取り組んでいます。
ダークマターは、天の川銀河の中にも大量に存在しますが、その中でダークマターがどのように分布しているかはわかっていません。ダークマターが原始ブラックホールではないとすると、未知の素粒子ということになります。その場合、素粒子の質量がポイントになります。ある程度、軽ければダークマターは飛ぶことができるので、空間の中にまんべんなく分布しているはずです。逆に、重ければ、いくつかのかたまりとして分布しているはずです。
したがって、天の川銀河の中でのダークマターの分布がわかれば、ダークマターを構成する物質の性質がつかめると考えています。そして、重力波を使えば、ダークマターがどのように分布しているかがわかるのではないかと思っています。
具体的には、遠方から重力波がやってきたとき、ダークマターの分布にむらがあると、ダークマターが作る重力によって、重力波の波面が少しだけゆらぎます。このような現象を「重力レンズ効果」と言います。その揺らいだ重力波を観測することで、ダークマターの分布を知ろうというわけです。
現在の観測レベルでは残念ながらダークマターの重力レンズ効果の観測はできません。もっと感度の高い次世代の重力波検出器が必要です。稼働中の重力波検出器は第2世代で、アメリカとヨーロッパが第3世代の重力波検出器を開発中です。10~20年後の完成が予定されています。それによりダークマターの重力レンズ効果の観測も期待できます。
また、ヨーロッパや中国は、重力波検出器を宇宙に打ち上げる計画です。理由は、地上の重力波検出器のターゲットは10 Hz~1,000 Hzの重力波で、10 Hzよりも低周波数の重力波の観測は、地面の振動があってむずかしいからです。そこで、地面振動がない宇宙空間でmHzという低周波数の重力波を観測しようというわけです。質量の大きなブラックホールが連星合体すると低周波の重力波を出すので、低周波の重力波は宇宙物理学において極めて重要です。
-今後の目標を聞かせて下さい。
現在は、重力波の重力レンズ効果に関する理論研究が中心ですが、実は最近、LIGOの研究者と共同で、実際に観測データを使いながら、重力波の重力レンズ効果に関する波形の研究を始めています。データ解析の研究者とも協力しながら、重力波の重力レンズ効果を発見することが今後10年間の目標です。それにより、ダークマターの正体を解明したいですね。
-須山先生が現代宇宙論の研究者になられたきっかけを聞かせて下さい。
大学で物理学を選んだのは、高校生の時に相対性理論の本を読んで感動したからです。特殊相対性理論も一般相対性理論も、物理学の分野ではシンプルな理論に属しますが、このシンプルな理論から、森羅万象の真理に迫ることができるという点に、物理学のすごさを感じました。そして、大学院から本格的に現代宇宙論の研究を始めました。
宇宙論の基礎研究のおもしろさは、宇宙の謎に迫るといった人々の知的好奇心をかきたてて人を感動させることができるという点に尽きると思います。
-研究者として大切にされていることはありますか?
大学院時代に指導教員に言われたことを意識しています。それは、「先行研究がない研究テーマを見つける」ということです。先行研究があれば一部を改良するだけで成果にはなります。しかしそれでは、その研究分野のパイオニアになれません。ですから、リスクは伴いますが、先行研究がほとんどない研究テーマを自分で見つけて研究していくことを大切にしています。重力波の重力レンズの研究はまさにそのような研究です。
-最後に、研究者を目指す学生に向けてメッセージをお願いします。
研究は自分の頭で考えて道を切り拓いていかなければなりません。しかし、逆に、自分で自由にやりたいことができるという点が最大の魅力であり、醍醐味(だいごみ)です。多くの若手の皆さんにもその醍醐味を味わってほしいですね。
須山輝明
理学院 物理学系 教授
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2023年12月掲載