研究
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2019年ノーベル化学賞は、リチウムイオン電池の基本技術を開発した3名に授与された。これは、スマートフォンやノートパソコンなどのモバイル機器から電気自動車まで、現代社会に欠かせないエネルギー貯蓄型の電源である。
電池の研究開発で世界をリードする東工大の菅野了次研究室※から巣立った2人の若き研究者がいる。パナソニックで電池開発と実用化に取り組んでいる夏井竜一氏と次世代型電池の研究に没頭する鈴木耕太助教だ。2人は同じ研究室で学び、卒業後は企業と大学という別々のキャリアを選んだ。当時、2人は何を考え、今の道を選び、これからどのような未来を創っていこうとしているのだろうか。
※ 2008年当時は、菅野了次・山田淳夫(現・東京大学教授)研究室。
パナソニック株式会社 夏井竜一(以下、夏井)お互い忙しく、頻繁に会うということはないですが、研究室メンバーの結婚式などの節目で連絡を取り合ったりしています。
東京工業大学 助教 鈴木耕太(以下、鈴木)プライベート以外では、外部の実験設備や学会で一緒になったことがあったよね。
鈴木リチウム電池の研究です。今年のノーベル化学賞は、リチウムイオン電池の基礎を築いたグッドイナフ先生、ウィッティンガム先生、吉野先生が受賞されました。大変嬉しく思います。同じ分野で研究に携わる者として、先生方の功績に心より敬意を表します。
私は学生時代、リチウム電池の界面(電極と電解質の境界)と呼ばれる部分の研究を進めていました。リチウム電池は、電解液の中に負極と正極を浸した構造で、イオンが両極間を移動することで放電したり充電したりしますが、その出入口である界面で起こる化学反応などを知ることは、電池の寿命などを左右するため、とても重要です。しかしながら、界面での現象はほぼ解明されていません。そこで界面を研究するために、薄膜のモデルを実際につくって調べていました。
夏井私はリチウム電池の材料で、粉末の正極材料と呼ばれるものを扱っていました。電池は充放電を繰り返すと劣化をしますし、最近は急速に充電ができる電池が求められています。その解決のためにはメカニズムを解明する必要があるので、その仕組みを調べる研究をしていました。
鈴木夏井くんは、短い時間で効率よく、合理的に研究を進めているという印象でした。
夏井鈴木くんは当時今よりやせていて(笑)、カッコよかった。豪快なところもあるのですが、それに反して、研究はしっかりと真面目にコツコツ行っていたイメージがあります。
夏井私は実際にモノをつくりたいという気持ちが大きかったので企業で働きたかった。電池のフィールドは今後も市場が拡大すると言われている分野なので、将来競争が激しくなる環境で勝負してみたいという想いが強かったんです。
鈴木私も就職は考えたのですが、外部施設での実験の準備や論文発表へ向けて研究漬けになる研究室での日々がやはりいいなと思って。正しい表現かわかりませんが、学園祭の前夜祭みたいな雰囲気が好きなんです(笑)。ここまでの設備・環境が整備された大学は他にはないという声も聞いていましたし、であればこのままサイエンスに没頭し、この分野の最先端の研究を続けたいと思い、この道を選択しました。
夏井以前、自分が参加した学会のチェアマンを鈴木くんがやっているのを見て、純粋にすごいと思った。そこに座れる人は業界内で認められた人だけですから。
鈴木逆に夏井くんを見ていいなと思うのは、モノが世に出る瞬間に自分が関われるところ。
夏井実際に製品として世に出るまでは、いばらの道だけどね。
鈴木現在は全固体型のリチウム電池の研究をしています。おそらくみなさんが最初にイメージするのは液体の入った電池かと思いますが、中身が固体のリチウム電池が次世代電池として注目されています。その全固体型のリチウム電池で一番重要とされている固体電解質という材料についてよりよいものを見つけようと奮闘中です。現在でもいい材料はあるのですが、世界に普及することを考えた場合、今の材料では難しいのです。現在の材料は大気に出せないものなので特別な箱の中でつくらなければならなく、コストがかかってしまう。大気でも安定していて同じ性能を出せる材料が見つかれば、製造コストが下がり普及しやすくなるのでブレイクスルーできます。
夏井私は液系のリチウム電池の研究開発を行っています。容量が大きい電池の材料開発になりますね。常に低価格と大容量、急速充電が求められ、今後はドローンにも搭載できる軽量な物も必要とされるでしょう。そういった市場のニーズに合った材料の開拓を行っています。
鈴木そういった意味では、研究室時代とやっていることはほぼニアリーイコールだよね。
鈴木いつになるかはわからないけど、一緒にできる可能性はあるかもしれません。
夏井鈴木くんが所属している東工大の菅野了次教授の研究室は世界でもトップレベルの研究室なので、一緒にプロジェクトを進めたい企業は多いと思う。私のチームは液系の電池を扱っていて、鈴木くんのところでは全固体電池を研究しているので今のところ交わらないですが、電池の技術の潮流からいくと、鈴木くんの研究に企業が近づいていくことになると思うので、しかるべき時が来たら一緒に取り組むことがあるかもしれません。
夏井最近はマネジメント志向が強くなってきていているので、そちらへの比重が高まっているのかなと思います。ずっと技術研究を続けてきて、自分ひとりだけでできることには限界があると感じました。パナソニックは電池分野だけではない様々なフィールドの人が多くいますので、分野を超えた力を結集して課題を解決していきたいと思っています。
人をまとめていく立場になってきて、関わる全員のベクトルが同じ方向に向いた時のスピード感が心地いい。もちろん組織なので制約もありますし、常に結果を求められるプレッシャーもありますが、戦略を描きながら進める仕事に面白さを感じています。
鈴木私は、先ほどお話ししたような材料を見つけることだけでなく、材料の探し方そのものも見つけ出していきたい。昔はできなかったけど今ならできる計算科学や情報科学を組み合わせた探し方ですね。今後もっとAIが発達したら、データを入れれば機械が材料を提示してくれるようになるかもしれません。もちろん実際はそんな簡単なことではないので、今までのやり方と新しいやり方の両方を取り入れた新しい探し方を確立できていたらと思っています。
あとは、全固体電池の次の世代の研究が始まってきているので、それらの電池を10年後に本命だと言われるレベルまで持っていきたい。
夏井やはり大学はサイエンスの種を見つける役割であってほしい。大学には、種を見つけ、ひとつの花を咲かせることに専念してもらい、私たち企業の人間がその花を満開に咲かせる。そんなイメージをしています。オープンイノベーションが言われて久しいですが、実際にどれだけのプロジェクトが目標達成しているかというと、その打率は結構低い。よりよいオープンイノベーションのためには大学がベーシックなサイエンスの研究を行い、私たち企業がよりクオリティの高いモノに発展させ、社会に提供していくという考え方はやはり大切だと思います。
鈴木私もそこは同意ですね。時間やコストなどの制約から過度にしばられてしまい、大学が種を見つけることに専念できなくなると、企業と大学の境目がなくなってしまう。そうなると本当に新しいアイディアが必要になった時に頼れる存在がいない状態になると思うんです。ここまでは大学でやること、でもここからは大学ではやらないこと、という線引きができるようになると、より実りある産学連携になるのではないでしょうか。
夏井私はもっと研究室を超えた交流をしていればよかったなと当時を振り返って思います。うまく結果が出なかった時にその壁を超えていくには、異なる思考や別の分野の発想が必要になると感じます。そういった意味でいろんな出会いが必要。みなさんにはそういった経験を学生時代に積み重ねてほしいと思います。
鈴木私はプレゼン能力と英語の能力の重要性を伝えたいですね。研究者というとコツコツひとりで研究するイメージかもしれませんが、実は、様々な国や分野の人々とコミュニケーションをとることにより新しいアイディアが生まれてきます。例えば国際学会に出て人前に立って英語で話すこともよくあります。英語とプレゼン力は学生のうちからスキルアップしておくとよいと思います。
鈴木耕太
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 助教
リチウム電池電極薄膜の合成と、放射光、中性子を用いた固液界面および固固界面構造解析。
全固体リチウム硫黄電池用の正極複合体の作製と構造解析。
機械学習を活用したリチウムイオン導電体の探索手法開拓。
夏井竜一
パナソニック株式会社 エナジーテクノロジーセンター
先行開発部 開発1課 主任技師
これまで主にリチウムイオン電池用正極材料の開発を担当。
2012年1月より、現職にて、次世代材料の開発に従事。
「NEXT generation」は、次世代を担う若手研究者が取り組む最先端研究や、その未来社会へのインパクトを共に考えていく新たなシリーズです。
スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。
2019年10月掲載