研究
研究
医学、工学の観点からコロナ禍克服への取り組みを取り上げた第1回に続き、第2回はコロナ禍で変化する価値観や生活様式に適応する最新の研究や、ストレスを軽減して“しなやか”に生き抜くための研究を取り上げる。
科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 長谷川晶一 准教授
専門分野はバーチャルリアリティ(VR)です。VRとは、HMD(Head Mounted Display)などの専用デバイスを装着することで、コンピュータで作られたVR空間を現実のように体験できる技術のことです。しかし、現在のところ、現実空間でできることのごく一部しか再現できていません。たとえば、製品開発の現場では、コンピュータシミュレーションによるバーチャル実験を行いますが、その後、モックアップを作製して検証します。VR空間では現実空間のように製品の操作性や触り心地を確認することができないからです。この課題を克服するため、私の研究室では、シミュレーションとヒューマンインターフェースの両方の研究に取り組んでいます。
シミュレーションとVRの大きな違いは、VRの場合、人がVR空間をリアルタイムに体験できることです。しかし、コンピュータの性能や計算容量には限界があるため、リアルタイムかつリアリティを高めるには、膨大な情報量の中から、人にとって真に不可欠な情報とは何か、人間はどのような情報を基に現実空間を認識し活動しているのかを見極めることが重要です。そのための数理モデルの研究開発に注力しています。
コロナ禍以前の私たちは、テレコミュニケーションで十分な場合であっても、飛行機や電車に乗り、わざわざ時間やお金をかけて直接、人に会いに行っていましたよね。その最大の理由は、テレコミュニケーションの性能が低く、現実空間と遜色ないVR空間を提供できなかったからです。そのため、私自身、VR空間におけるリアリティの追求に注力してきました。しかし、コロナ禍により突然テレコミュニケーションを余儀なくされたことで、急遽対応を迫られたことがあります。学会での発表は、話者は通常1人で、それ以外は聴衆なのでオンラインでも全く問題ありません。しかしながら、会場で開催されるポスターセッションや懇親会を、オンライン上でいかに開催するかが課題でした。例えば、ポスターセッションの場合、周囲にいる人のうち、興味を示した人のみが発表者のもとに近づいていき質疑応答するといったプロセスを踏みます。従来のテレコミュニケーションにはそのような機能がありません。そこで、我々は急遽ポスターセッションをオンライン上で開催できるソフトウェア「バイノーラル・ミート」(図1)を開発しました。留意した点は、HMDなど新たなデバイスが不要で、誰でも簡単に利用できることです。
このソフトウェアを開発して改めて認識した点は、会話への参加や離脱には、身体の向きや視線が重要な役割を果たしているということです。本質を見極め、限られた資源内でリアリティを追求するのがVR研究の醍醐味ですが、それはコミュニケーションにおいても同様であり、コミュニケーションの種類によって求められる機能は大きく異なるのだということを今回、実感しました。
将来的には、コンピュータが常に我々のことを認識し、現実/VRにかかわらず空間を最適に制御してくれるようなシステムの実現を目指しています。たとえば、現在でも、スマートフォンは所有者の現在地を把握しており、それに即した情報を提供してくれますが、画面に情報を出すことしかできません。それに対し、街を通行中の所有者を交通事故から防いでくれたり、スポーツにおいて私たちの身体を直接動かして指導してくれるようなコンピュータシステムを実現したいと考えています。
長谷川晶一准教授からのメッセージ
長谷川晶一准教授からのメッセージ
私の研究室の学生にいつも言っていることですが、若い世代の方々には、研究者になるならないにかかわらず、「研究をする」という経験を是非してほしいですね。研究とは、ある1つのテーマを突き詰めて考え、自分なりの答えを得ようとする行為です。他人との競争ではなく、自分が実現したいと思うテーマに没頭し、真剣に取り組むことによって得られるものは非常に大きいと思います。その醍醐味を一人でも多くの若者に経験してほしいと願っています。
環境・社会理工学院 十代田朗 准教授
専門分野は、観光学と都市計画の融合領域である「観光地計画学」です。簡単に言えば、観光振興によるまちづくり、観光地におけるまちづくりの研究です。観光に関する研究分野の特徴は、学際領域であるということです。空間デザインなど都市工学だけでは不十分で、マーケティングや観光客が何を期待しているかといった心理学、地域への経済的な波及効果がどれくらいあるかといった経済学、ホテルなどの経営学、文化人類学などの視点も必要で、複合的な見方をしていかなければなりません。これらを幅広く学び、他分野の方々の知恵も借りて、観光地やリゾート地の発展の歴史を振り返りながら、都市計画や地域振興に関する考察を行っています。
コロナ禍により、観光業は大きな打撃を受けました。今後コロナ禍が収束したときに、旅行形態や観光地がどのような変化を見せるかについて注目し、学会の研究会などで他の研究者と議論を重ねています。その中で、大きく変わると考えられているものとして、例えば、修学旅行など団体旅行に対する考え方が注目されています。修学旅行の場合、修学が目的ですので、必ずしも遠くに行く必要はないといった考えが出てきており、修学旅行の在り方そのものが見直される可能性があります。また、団体旅行全般に関しては、よりいっそう個人化が進むものと思われます。加えて、インバウンドに頼り過ぎない観光を心がけ、国内需要を高めていくといった路線変更が考えられます。また、コロナ禍により市場が拡大したワーケーションやノマドワーキングに向けて、長期滞在型の旅行が増えていくことでしょう。コロナ禍収束後も快適な環境下で仕事をしたいというニーズは高いと思いますので、今後は、「ライフスタイルに寄り添う観光」が増えると予想しています。
また、こうした変化により、観光が一過性のものではなくなると、「旅の恥はかき捨て」といった意識から、観光客の行動規範がより強く求められるようになると思います。それにより、観光地やリゾート地が観光客であふれかえるといった「オーバーツーリズム」に関する課題の改善にもつながると期待しています。加えて、今後は安心安全の観点から、色々な場所を訪れる「広く薄い旅行」から、馴染みの場所を何度も訪れる「狭く濃い旅行」に移行することも予想されます。
当面は、現在の観光における変化が一過性のものなのか、コロナ禍収束後も続くのかについて、旅行会社や観光地の対応についての事例などを数多く集め、分析していく予定です。その結果に基づき、今後の対応策を検討、提案していきたいと考えています。またコロナ禍収束後も、技術が進化し、普及が伸びるものとしては、テレワークやバーチャルリアリティ(VR)関連のサービス、安心安全で環境負荷の少ないレンタサイクル、電気自動車などが考えられます。これらをどのように活用し、観光振興に活かしていくかについても考察していこうと計画しています。また、観光客の行動規範についても、調査を継続的に進め、観光客と地域住民が共存共栄を図れるような観光地の在り方を提案していきたいと思っています。
十代田朗准教授からのメッセージ
十代田朗准教授からのメッセージ
研究者を目指している若い世代に対しては、流行しているテーマに安易に飛びつかないことが重要だと強くお伝えしたいですね。自分が本当にやりたいことは何なのかを真剣に考えた上でテーマを設定してほしいと思います。
私の場合、観光に関する研究に興味を抱いたのは約40年前の東工大の学生時代で、観光学者の先駆者である故・渡辺貴介教授の研究室に入ったのがきっかけです。当時、観光学は研究分野としてあまり認知されていませんでした。しかし、東工大には古くから学際領域を支援する伝統があり、社会工学科という学際領域を扱う学科がありました。そして、近年ようやく、わが国でも観光による地域振興を考えたり、外国人客を誘致したり、観光が盛んになり、観光学が注目されるようになりました。このように、未来は予測不能であり、私自身も観光学が今ほど注目されるようになるとは思ってもみませんでしたが、好きなこの道を選んで良かったと思っています。研究者として1つのことを突き詰めていこうと思うと、40年、50年といった長い時間が必要になりますので、若い方々にも自分の本当に好きなことに挑戦してほしいですね。
リベラルアーツ研究教育院 永岑光恵 准教授
ストレスに関する研究をしています。現在の主なテーマは4つで、1つ目はホルモンに関する研究です。人はストレスを感じると、「ストレスホルモン」と呼ばれるコルチゾールの分泌が増加します。急性ストレスと慢性ストレスではコルチゾールの分泌の様相が異なることがわかっています(図3)。慢性ストレスによる日内分泌リズムの変化により、身体がどのような影響を受けるかを研究しています。
一方で、ストレスは一概に「悪いもの」というわけではありません。ストレスは、変化への適応反応です。ストレス学説の提唱者セリエ(1936)は、ストレスを全身適応症候群と表現しました。そこで、約10年前から、2つ目のテーマとして取り組んでいるのが、ストレスのとらえ方が私たちに与える心理的、生理的な影響に関する研究です。実際ストレスをネガティブにとらえるか、ポジティブにとらえるかによって心理的、生理的な影響が大きく異なることがわかっています。そのため、私たちのストレスへの向き合い方が、私たちの心身の健康に及ぼす影響を明らかにし、ストレスマネジメント教育につなげたいと思っています。
3つ目は、振り込め詐欺などにみられる特殊状況下における意思決定に関する研究です。強い不安やストレスにさらされた状況下で急な判断を迫られると、私たちは正しい判断ができにくくなり、被害に繋がることがあります。そこで、振り込め詐欺の被害を減らすために、不安や時間的な切迫が私たちの意思決定過程に及ぼす影響を明らかにし、どのような予防策を行うべきかについて研究しています。そして、4つ目は、大地震や洪水など命の危険にさらされた際のストレスマネジメントに関する研究です。この研究では主に環境要因に着目し、不安の軽減につながる情報提供の在り方などを検討しています。
新しい働き方やライフスタイルに適応する際には、誰しもが不安やストレスを感じることでしょう。ここで重要なことはそのストレスを長期化させないことです。そのためのキーワードとして「レジリエンス」という概念に注目しています。レジリエンスとは、弾力や復元力、回復力といった意味ですが、ここでは「心のしなやかさ」といった意味合いで使っています。コロナ禍が長期化する中、レジリエンスの重要性が増していると感じています。レジリエンスの基盤としては、主に社会的なつながりと身体の健康の2つが重要だと言われています。しかし、コロナ禍においては前者が強く制限されています。オンラインでつながることも一つの方法ですが、そういう環境にない人もいます。このような状況の中、レジリエンスを保つにはどうしたらよいかが、大きな課題となっています。実は以前から「社会的孤立」という問題がありました。コロナ禍により、社会的孤立に直面している人の数が増えているのです。感染防止対策として、外出自粛が呼びかけられる中、児童虐待や家庭内暴力など自宅が安心安全な場所とは限らない人もいます。このような弱い立場の人たちのための場を考えること、そして周りの人たちが気を配れるようにしていくことが期待されます。そして、レジリエンスのもう1つの基盤である身体の健康をいかに維持・向上させるかも重要になってきています。
コルチゾールには、免疫を抑制する作用があることがわかっています。新型コロナウイルスに感染しないためにも、仮に感染したとして重症化しないためにも、免疫力の低下は避けなければなりません。そのため、コルチゾール分泌の慢性化を防ぐための心身の状態をモニタリングできる測定機器の開発など、ストレスマネジメントに関する研究を発展させ、一人でも多くの人が、ストレスをポジティブにとらえ、上手にマネジメントできるような社会を作っていきたいと思っています。
永岑光恵准教授からのメッセージ
永岑光恵准教授からのメッセージ
私が心と身体の相互作用を明らかにしたいと思い、ストレスに関する心理生理学の研究を始めたのは、学部4年のことでした。研究すればするほどその複雑さを知ると同時に、解明したいことも増え続け、今日に至っています。現在では、基礎研究だけでなく、振り込め詐欺防止対策など応用研究も増えており、裾野の広さに驚いています。研究の多くはすぐには答えが見つからない長期的な挑戦です。そのため、途中で挫折しそうになる場合もあるかも知れませんが、続けることで思いもかけないような道が拓ける場合があります。自分が強い興味を抱き、心から楽しいと思えるようなテーマを選び、焦らず地道に挑み続けてほしいですね。
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2021年3月掲載