研究
研究
vol. 30
理学院 物理学系 教授
河合誠之(Nobuyuki Kawai)
「2015年9月にブラックホール※1の合体によって発せられた重力波が世界で初めて観測され、いよいよ重力波天文学が幕を開けました。『ガンマ線バースト』の研究者として、残りの研究人生を重力波天文学に賭けるつもりです」
河合誠之教授は熱い思いをこう語る。
重力波とは、物体の質量によって生じる時空間※2のゆがみが波として伝わる現象だ。約100年前にアルバート・アインシュタインが予言した。検出可能な強い重力波の発生源としては、中性子星※3またはブラックホールからなる連星※4の合体、ある種の超新星爆発※5などが考えられている。ガンマ線バーストは、宇宙のある1点から強いガンマ線※6が発せられる現象で、1960年代に米国の核実験監視衛星が思いがけず発見した。しかし、その発生源や発生のメカニズムは、約30年間にわたり謎のままだった。最大の理由は、ガンマ線バーストの大部分が数十秒以下しか続かないという短時間の現象で、しかも、いつ、空のどこで発生するか予測ができないからだ。
ところが、2017年8月に、米国の重力波天文台LIGOによって中性子星の連星合体に伴う重力波が初めて観測され、奇妙な弱いガンマ線バーストが同時に観測されたことから研究は新たな段階に入りつつある。
「実は私は元々X線天文学の研究者で、1980~1990年頃は主にX線パルサーやX線バースターと呼ばれるX線を発生する中性子星の観測研究を行っていました。当時、ガンマ線バーストも同じようにある種の中性子星から発生するのだろうと予想されていたこともあり、ガンマ線バーストの研究をX線天文学の延長で始めたのです。その頃、ガンマ線バーストは正体不明の謎の現象でしたから、周囲の研究者たちからは、『こんな得体の知れないものを研究対象にすると、一生を棒に振るぞ』と冷やかされたこともあります」と河合は笑う。
そんな中、1997年に大きな転機が訪れた。イタリアとオランダが共同で打ち上げたX線天文衛星が、ガンマ線バーストの“残光”を発見したのだ。これは、ガンマ線バーストの発生後、同じ場所に、X線源や可視光源が出現し、数日かけて暗くなるという現象だ。短時間しか続かないガンマ線バースト本体と異なり、解像度の高い望遠鏡でじっくり観測できるようになった残光が発見されたことで、ガンマ線バーストが発生した方向と地球からの距離が正確に測られ、そして、エネルギーの規模がわかるようになったのである。
その解析結果は驚くべきものだった。ガンマ線バーストの多くが、数十億光年という遠方で発生していることが明らかになったのだ。これほどの遠方まで届くような莫大なエネルギーを、ほんの数十秒という短時間で放出するような天体現象は、太陽の数十倍という大質量で短寿命の恒星※7が重力崩壊によってつぶれてブラックホールを生成する場合か、極めてコンパクトな天体である中性子星同士が衝突するような場合しか考えられない。ガンマ線バーストの多数派を占める継続時間が数秒以上のものについては、さまざまな証拠から前者が起源であると明らかになった。
一方の少数派、継続時間が1秒程度以下の短いガンマ線バーストに関しては、大質量星が存在しない銀河でも発生していることがわかってきたため、連星中性子星が合体してブラックホールを生成する際に発生するものだという説が有力になっていった。
「2017年に中性子の連星合体に伴う重力波とともにガンマ線バーストが観測されたことによってその説が証明されたようにも見えますが、既知の短いガンマ線バーストとは異なる点もあり、今後の観測によって丁寧に確かめていく必要があります。いずれにせよ、重力波の観測とガンマ線・X線・可視光など電磁波の観測を組み合わせることで、宇宙の誕生や成り立ちの解明に大きな進歩をもたらす道筋が見えてきたと言えるでしょう」と河合。
河合は、ガンマ線バーストを研究する主な動機として次の3点を挙げる。「1点目は、ガンマ線バーストという現象自体の面白さです。ガンマ線バーストは光の速さに限りなく近い高速の噴流から放射されていることまではわかっていますが、その噴流がブラックホールか中性子星によって、どのように作られるのかはほとんどわかっていないのです。2点目は、ガンマ線バーストによる宇宙創成の謎の解明です。ガンマ線バーストは、宇宙には一体どれくらいの数のブラックホールがあり、それらがいつ、どこで、どのようにして生まれたのかを知るための鍵となります。また、創成当時の宇宙を観測するには、宇宙の果てに近い遠方を見なければなりませんが、そのような遠方の星は暗くて観測が困難です。しかしガンマ線バーストは極めて明るいので、宇宙最初の星が生まれたころのものでも、現行の衛星と望遠鏡で十分観測可能です。3点目は、『r過程元素※8』と呼ばれる鉄よりも重い元素の生成過程の謎の解明です。水素やヘリウムは約138億年前のビッグバンのときに、また、それ以降の鉄までの元素は恒星内部の核融合によって作られたことがわかっています。しかし、金や白金などのr過程元素が宇宙のどこで、どのようにして作られたのかについてはわかっていないのです。かつては超新星で作られると言われていましたが、近年は中性子星の連星合体の際に生成され、宇宙空間に放出されたという説が有力になってきていますから、今後、重力波天文学により、中性子星の連星合体が観測される回数が増えていけば、元素の起源にも迫ることができるものと大いに期待しています」
河合はこれまで、ガンマ線バーストを観測するため、いくつかの観測装置を開発してきた。最初に開発したのが、理化学研究所時代に日米仏共同で製作した観測衛星「HETE-2」だ。HETE-2は、継続時間の長い方のガンマ線バーストの発生源が大質量の恒星の重力崩壊である決定的証拠となる事例を観測した。
また、ガンマ線バーストの観測は一刻を争うことから、現在、米国航空宇宙局(NASA)のガンマ線バースト連携ネットワーク(GCN)が、ガンマ線バーストが観測衛星によって検出されると、即座にインターネットを通じて世界中の観測者にその情報を伝えている。それに対し、河合は、東京工業大学に移ってきた2001年頃からロボット望遠鏡の開発に着手。GCNからの情報を受けると、人手を介することなく即座に自動的に観測を開始できるようにした。現在、国立天文台と東京大学宇宙線研究所の支援を受けて、岡山県浅口市および山梨県北杜市で、それぞれ口径50 cmのロボット望遠鏡「MITSuME」を稼働させ、多くのガンマ線バースト残光を観測している。
「これまでで最も印象に残っている観測は、2005年にハワイ島のすばる望遠鏡でとらえたガンマ線バーストの残光です。スペクトル※9の解析から、このガンマ線バーストは、ビッグバンからわずか9億年後の129億年前に発生したものであることが判明しました。これは、当時としてはガンマ線バーストの観測史上最遠でした。また、これにより、ビッグバンの1万年後には原子核と電子が結合し中性化したと想定される宇宙が、この時代には、再び電離していたことも明らかとなりました。これは、初期宇宙の様子や、恒星や銀河の形成の歴史を知る上で、非常に重要な成果となりました」と河合。
河合は、このようなHETE-2やすばる望遠鏡での観測実績が評価され、ガンマ線バースト研究の第一人者として、2007年に文部科学大臣表彰(科学技術賞・研究部門)、2011年に日本天文学会「2010年度林忠四郎賞」を授与された。
2017年8月の重力波の観測の際には、日本を含め世界中の70ヵ所におよぶ天体望遠鏡が、中性子星の連星合体により発せられた電磁波の観測を開始した。その結果、この連星合体は、地球から約1.3億光年離れた場所で発生したことが突き止められた。
「私の研究チームでも、国際宇宙ステーション『きぼう』に搭載した全天X線監視装置『MAXI』を使って、重力波に伴うX線の観測を試みました。今回は運悪く観測できない方角で発生したので思うような結果は得られませんでしたが、今後、重力波望遠鏡LIGOやVirgoの感度がさらに上がり、加えて、日本の重力波観測装置『KAGRA』が稼働を開始すれば、年間10回以上の連星中性子星の合体が観測されると予想されます。中性子星の破片からの光・X線などの電磁波放射や、短いガンマ線バーストを観測して、連星中性子星合体で何が起きているのか調べるチャンスが来るでしょう」と河合は心躍らせる。
最後に河合は、研究の醍醐味についてこう語った。「最初、ガンマ線バーストは正体不明の謎の現象でしたが、1997年の残光の発見、そして、2017年の重力波観測装置による中性子星の連星合体の観測と、大きな展開を見せてきました。こういった経験を振り返ると、私にとって研究の醍醐味は、最初は予想もしていなかったような展開を迎え、いきなり大発見をしたり、逆に、大きな謎に遭遇したりできることでしょうか。自然には、我々の想像力も及ばない壮大な豊かさがあることを日々実感しています。それだけで、研究者になって本当に良かったと思います。ですから、これから研究者を目指す若者に対しては、直ちに社会の役に立つ研究テーマにこだわることなく、まずは、自分の好奇心に忠実に生きてほしいと思います。誰も答えを知らない謎を解いていく経験は、変化する社会の新しい課題に取り組むためのよい訓練にもなるはずです」
ある物体が質量で決まる一定の大きさより小さいと、その表面近くでは強い重力のために光も脱出することができず、遠方からは周囲に重力だけを及ぼす黒い穴のように見える。このような天体が宇宙に存在することが知られており、ブラックホールと呼ばれる。太陽の十倍程度の質量のブラックホールは大質量星が一生の最後につぶれることによって生まれると考えられているが、様々な銀河の中心に存在する超巨大ブラックホールの起源はわかっていない。最初に検出された重力波はおよそ太陽の30倍の質量をもつ2つのブラックホールの合体によって発生したが、このような質量のブラックホールがどのように生まれたかは諸説あり、決着していない。
相対性理論によれば、時間と空間は区別することができず、観測者が運動すると空間座標と時間が混じり合うため、両者をまとめて時空間と呼ぶ。
普通の恒星と異なり、ほとんど中性子だけが固まって出来ている巨大な原子核のような星。太陽と同程度の質量をもつのに半径は10 kmほどしかなく(太陽の半径は70万 km)、密度が極端に高く、表面の重力も極めて強い。強い磁場をもち速く回転するものは周期的な電磁波を放射する天体パルサーとして観測される。
2つの星が重力によって引き合いながら互いのまわりを回っているもの。
恒星がばらばらに飛び散り、数ヵ月間にわたって明るく輝く巨大な爆発現象。銀河系では百年に一回ぐらいの割合で発生しており、肉眼で見えるほど明るくなったものは、「客星」として中国の古文書に記録されている。起源は大別して二種類ある。ひとつは大質量星の一生の最後にその芯が潰れるときに星の一部あるいは全てが飛び散る重力崩壊型超新星で、爆発後にブラックホールや中性子星を残すことがある。もう一つは白色矮星と呼ばれる古くてコンパクトな恒星が暴走的熱核反応によって爆発するものである。
空間を電場と磁場の変化が伝わる電磁波は、その波長によって物質への作用が異なるため異なった名で呼ばれる。例えば波長が1 mm程度以上より長いものを電波と呼び、0.4~0.7 μmのものは可視光である。波長が0.01 nm程度より短いものは、波というより粒子のような性質が強くなり、ガンマ線と呼ばれる。宇宙から飛来するガンマ線は大気と反応して地上に届かないため、天体起源のガンマ線を直接に検出するためには人工衛星などによって大気圏外で観測する必要がある。
太陽のように、内部に熱源をもち、自分の重力によって球形に集まっている高温のガスの塊。中心での核融合反応を熱源とする。夜空に見える星の大多数は恒星である。質量が大きいほど中心の核融合反応が速く進むために明るく輝き、表面温度は高く、寿命も短い。
宇宙に存在する元素のうち、炭素から鉄までの原子番号をもつ元素は主に恒星の内部で熱核融合反応によって合成されるが、それよりも重い元素は特別な環境で、原子核に中性子が加えられることによって合成されると考えられている。特に、速く次々に中性子を取り込む過程によって合成される、ネオジムなど希土類元素、銀、金、白金、ウラニウムなどをr過程(rapid process - 速い過程)元素と呼ぶ。
天体から放射される電磁波はさまざまな波長の成分をもつ。太陽の光をプリズムに通して七色に分けるように、天体からの光(あるいは一般的に電磁波)を波長ごとの強さ(明るさ)に分解したものをスペクトルと呼ぶ。特定の元素やイオンが電磁波を放射したり吸収したりするとスペクトルの特定の波長に現れ、ドップラー効果によって生じる波長のずれから光源の運動を調べることができる。宇宙は膨張しているために遠方の天体ほど大きな速度で遠ざかっていくように見えることから、その波長のずれから遠方の天体の距離を推定できる。
河合誠之(Nobuyuki Kawai)
理学院 物理学系 教授
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2018年5月掲載